#10.どうして変わらないなんて思ってた
 
私が坂本さんに出会ってから五日経った。
桂さんは日に日に手の込んだご飯を作ってくれるようになり、大体の事は一人でこなせるまでに回復している。
病院には行ってないから、どの程度回復してるかは私には分からないけれど。
(多分、お別れの時期はすぐなんだろうな…。)
最初から分かってはいるけど、ずっとここに居てもらうわけにはいかない。
私達の今の関係は特殊で、本来はありえない。
きっと桂さんを見送ったら、もう会う事はないんじゃないだろうか。
私は少しずつ近付いている"その日"を、今から覚悟しておかないといけないんだ。

覚悟といえば。
あの日以来、銀さんには会えていないし見掛けてもない。
(無事でいてくれれば良いけれど…。)
真選組とは知り合いのようだったし、知り合いなら銀さんに酷いことはしないと信じたい。
でも、それなら、銀さんが攘夷志士問題集を"自分の"と主張するのは、よく考えたらおかしいし、通じるとも思えない。
顔見知り、くらいで真選組も銀さんの事をあまり知らないんだろうか。
じゃあ、ますます私を助けるのは大変だったと思う。
(どっちにしろ、銀さんに何のメリットも無いのに。)
そう思うと、銀さんの彼女と言われている人は、今どんな気持ちなんだろう。
自分の好きな人が、知らない所で危険な目に遭ったなんて、すごくすごく嫌だと思う。
(略奪愛になるのかな、これ…。)
はぁ、と溜め息を一つ溢すと桂さんは窓の外を眺めながら私に言った。
「真弓殿、今日はとても天気が良いぞ。俺の事は気にせず、たまには外で自分の為に過ごしてみるのはどうだ?」
桂さんがうちに来てから、私は仕事以外ではなるべく家に居るようにしていた。
他人を家に置いておく時間を減らしたかったわけではなく、もし不測の事態が起きてしまったら…という心配の方が大きかった。
それこそ、怪我が突然悪化してしまったら、とか。
今の元気すぎる桂さんを見てると杞憂だと思うけれど。
「そうですね…、ちょっとお散歩してこようかな!桂さん、何か欲しいものありますか?」
「俺の事は気にしなくていい。先に言っておくが、家捜しもしないし、勝手に居なくなったりもしないから、安心してくれ。」
「それはすごく安心です。…晩御飯までには帰りますね。」
私は桂さんに見送られながら家を出る。
…これも、あと何回あるのだろう。


お昼過ぎの空は晴れ渡って、気持ち良い風が頬を撫でていく。
夜には天気が崩れるらしいけれど、夕方に戻れば問題も無いだろう。
(さて、どこに行こうかな。)
あんまり早く帰ると桂さんもビックリするだろうし。
(少し遠出しても…。あ、)
そう思った時に、かぶき町方面に話題のカフェが出来たというのを思い出した。
店長も気になってたみたいだし、行って感想を伝えるのも良いかも。
(偶然、銀さんに会えるかもしれないし。…なんて、さすがにそんな都合良くいかないかな。)
目的地が決まって、私はかぶき町を目指す。


いつもは行列が出来ると聞くカフェだけど、時間帯が微妙だからか並んでいるのは数人だった。
その最後尾に並ぼうかと思った時、カフェの扉が開いて、中からふわふわの銀髪が出てきた。
「銀さんっ!?」
気付いた時には、私はその名前を呼んでいた。
だけど銀さんは私を見付けた後、眉をしかめた。
(え…?)
驚かれるか笑顔を返してくれると漠然と思っていた私は、心臓が警鐘を鳴らした事に気付かない振りをして銀さんに近付く。
「あの、この間は、ありがとうございました!」
「……おー。」
銀さんの様子がおかしい。
そっけないというか、私に話しかけられて煩わしそうな雰囲気がある。
ザワザワと胸が騒ぐのに、退けない。
「あの後、大丈夫でしたか?私、」
「銀ー、おまたせー!」
カフェから出てきて、自然に銀さんの腕に抱きついた女性。
見覚えがあるし、店の皆が言っていたのはこの人で間違いないと思う。
(彼女だ…!!という事は、今まさにデート中!?)
近くで見ると、本当に綺麗な女性だった。
私が見ているのに気付いたのか、女性は腕にくっついたまま、銀さんに話し掛けた。
「銀、知り合いの子?」
「いや…。」
銀さんは、一度も視線を私に合わせてくれないまま、言葉を詰まらせる。
この女性が彼女だとしても、私と銀さんは甘味処の店員とお客様なだけだから、説明出来ない関係ではないはずなのに…。
銀さん達と入れ替わりに、先頭で待っていた二人組が店内へと案内される。
それ以外の時は止まってしまったみたいだ。
多分、それはたった十数秒。
だけど、その空気に耐えられなくなった私は、知り合いとも通りすがりとも分からないような、小さい会釈をして二人の前を横切る。
振り返りはしない。
銀さんも私を呼び止める事は無かった。


その後はどこをどう歩いたか分からない。
方角的にはかぶき町に入ったんじゃないかと思うけれど、一度も来た事のない町だから確信は無い。
(銀さんのあんな表情、初めて見た…。)
笑顔も飄々とした顔も、この前の真剣な顔も。
そのどれとも違う。
さっきのは、完全に拒絶してる顔だった。
真選組に捕まりそうになった日までは、いつも通りだったのに。
(つまり…、あの日から銀さんと私の関係は変わってしまった…?)
どうして変わらないなんて思ってたんだろう。
私が銀さんの事を知らないなら、銀さんだって私の事を知らないのは当たり前なのに。
ちょっと考えたら分かる事だった。
(銀さんは私の事、攘夷志士の仲間か何かだと思ってるよね…。)
一般的に考えたら、攘夷志士なんて物騒な人達だというのはすぐに分かる。
私だって桂さんに出会わなかったら、攘夷志士になんか絶対に関わりたくないと思うもの。
きっと、今まさに銀さんがそうなんだ。
この前は、私を助けかけた手前、最後までフォローしてくれたけれど、本心は嫌だったのかもしれない。
(銀さん、優しいから…。途中で見放す事が出来なかったんだろうなぁ…。)
もしかしたら、お店に来てくれなくなったのも、私がいるからかもしれない。
(攘夷志士じゃない、なんて言い訳するのも聞き入れてもらえない雰囲気だったな…。)
話す事すら拒絶されてしまったら、もうどうにも出来ない。

気付いたら、…馬鹿みたいだけどまた泣いていた。
(私が嫌われたのは仕方無い。あれは私のミスだったし、銀さんには迷惑も掛けたし素敵な彼女がいる。仕方無い。全部、仕方無い。)
やっぱり私は強くなんかなってないんだろう。
せめてもと、下唇を噛んで声だけは抑えた。
(…でも、良かった。銀さんが無事そうで。それだけは、本当に、良かった…。)
そのひとつだけが、唯一の救いだった。
(もう散歩なんていう気持ちじゃなくなっちゃったな…。)
少し落ち着いたら引き返そう。
かぶき町の奥に入り込んだら、道が分からなくなりそうだから。

「危ないーーッ!!!」

それは、私が目を擦りながら十字路に出た瞬間だった。
ドンっと鈍い衝撃が体に走る。
私は2、3メートル吹き飛ばされ、地面に転んだ。
(私、跳ねられた…?何に…?すごく柔らかかった…。)
理解が及ばず、私はぼんやりと倒れたまま空を見上げた。
こんなに晴れているのに、遠く遠くに見えるのは雨雲なんだろうか。
「大丈夫ですか!?」
「新八!この人の顔、涙でぐちゃぐちゃネ!どこか痛むアルか!?」
「…あ、…だい、じょうぶです…。今日って、もう雨、…降るんですか…?」
すぐに起き上がれなかったのは、突然の事で体が言うことを聞いてくれなかったのと、打ち付けた体が少し痛んだからだ。
ちょっと待てば普通に歩いて帰る事が出来るだろう。
「天気予報では夜までは曇りですけど、…って、本当に大丈夫ですか?神楽ちゃん、この人を万事屋まで運んで手当てしよう。」
「それが良いネ!」
眼鏡の男の子が、チャイナ服の女の子に指示を出している。
(ふふっ、懐かしいな…。桂さんも初めて会った時はチャイナ服を着てたっけ…。)
そんな事を思い出していたら、体が宙に浮いた。
「………え、」
「しっかり掴まってるアルよ!」
どうやら、私を軽々と持ち上げた女の子は、何かの上に私を乗せた。
(あったかい…やわらかい…。これって…。)
私にぶつかった正体はこれらしい。
ゆっくり体を起こすと、私は白い大きな犬の背中にいた。
(な、な、なにこれ!?大型犬にしたって大きすぎる!!)
驚いているうちに大きな犬は私と女の子を乗せてゆっくりと走り出す。
すぐに追い付くから、と男の子が遠くでそう言った。

あれよあれよと、気付いた時には知らない家屋の前にいた。
(スナックお登勢…、街並みから結構かぶき町の中に入り込んじゃった気がするな…。)
私は女の子の手を借りて、犬から下ろしてもらった。
私と視線が合うと、犬は耳としっぽを下げて小さく鳴く。
「定春も反省してるネ。許してやって欲しいアル。」
定春、がこの犬の名前らしい。
「大丈夫だよ、私もボーッとして歩いてたのがいけないんだし。だから気にしないでね。」
目の前にある定春君の額を軽く撫でる。
もふもふ…、荒れてた心が少しだけ柔らかくなった気がした。
「私、神楽ネ。定春のこと許してくれてありがとアル。」
「どういたしまして。でも、私も不注意だったし。えっと、有村です。」
神楽ちゃんは安心したように笑って、私の手を引いて二階へ上がる。
きちんと見ていなかったけど、スナックの上にある家だから普通に考えればスナック従業員の自宅なのだろう。

「とりあえず、ここに座るアル。新八が戻ってくるまでお茶でも飲んで待ってるネ。」
神楽ちゃんは私をソファーに案内してから、お茶を取りに居間から出て行った。
私はソファーの横にくっついてきた定春君を撫でながらそれを待つ。
(大人しいけど、犬種は何なんだろう?それにしても、噛まれたら怪我じゃ済まなさそう…。)
これだけ撫でさせてくれるのは、私に負い目があるからなのかもしれない。
私は手を動かしながら視線を部屋の家具に移す。
向かいにもソファー、中心には電話のある机、テレビ、ゴミ箱、そして大きい"糖分"という文字。
(スナックの休憩室か、事務所なのかな…。)
そんな事を考えていたら、遠くからガチャンとかドサッとかドンッという激しい音が聞こえてきて、神楽ちゃんが不服そうな顔で居間に戻ってきた。
「か、神楽ちゃん大丈夫…?」
「有村…、お茶とコーヒーは全滅したアル。市販のいちご牛乳か、ロッキーが飲んでるやつか選ぶヨロシ。」
どうやらお茶とコーヒーは淹れるのに失敗したようで、市販品をコップに移すだけなら出来るという事になったらしい。
「ロッキーがあのロッキーなんだとしたら、いちご牛乳の方でお願いしても良いかな…?」
「任せるアル!」
神楽ちゃんが元気よく返事して立ち去ったのと同時に、眼鏡の男の子が帰ってきた。
手にはドラッグストアの袋が握られていた。
「すみません。救急箱の中、丁度切らしてたもので…。手当てしますね。」
確か、神楽ちゃんはこの子の事を新八君って呼んでたっけ…。
新八君は手際良く私の傷を消毒していく。
「あ、頬も少し擦りむいてますよ。女性の顔に傷を付けるとか…。本当にすみませんでした!」
「有村!お待たせアル!」
「ちょ、神楽ちゃん、呼び捨てにしないの!」
神楽ちゃんは私の前にピンクの液体が入った湯呑みを置いた。
「ありがとう。………うん、甘くて美味しい。」
湯呑みでいちご牛乳って何だか斬新。
(そういうの、創作菓子のアイディアとして思い付けるようになりたいな。)
向かい側のソファーに座った神楽ちゃんは、私が新八君に手当てされている様子をマジマジと見ている。
「迷惑かけちゃってごめんね。また今度お礼持って、」
「たっだいまぁ〜!!」
私の言葉を掻き消すように、玄関から女の人の声がした。

その声に聞き覚えがある気がして、…思い出した時にはもう手遅れだった。
「なァ、玄関に女物の靴があンだけど、」
「ッ!!」

銀さん…。
どうして、あんなに会いたくても会えなかったのに。
こんなに会いたくない時に限って、会ってしまうなんて。
(逃げたい。消えたい。)
でも、私を心配してくれた神楽ちゃんや新八君は、私の事情なんて知りはしない。
銀さんは私を見付けて言葉を失ったようだった。
そして、また眉をしかめられた。
(嫌だ。無理だ。)
また銀さんに拒絶されてしまったら、私はもうどうにかなってしまうだろう。
銀さんの腕が彼女の腰に回されているのを見付けて、心の一部がぐしゃりと潰れた気がした。
(邪魔しないから。干渉しないから。)
もう私に優しくしてくれなくたって、笑いかけてくれなくたって良いから。
その他大勢で構わないから。
だから、だから私を拒絶しないで。

私は知った。
本当に泣きたい時は、涙が出ないんだって事を。


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