#6.酷い男だな、俺は
 
俺が再び目を覚ましたのは、あれから割りとすぐのようだった。
正直、体は疲れてるし、頭はもっとずっと疲れている。
ついでに久々に酒を飲んだ。
起き上がれないものだと思っていたが、…やはり気掛かりなんだろう、コイツが。
目の前で安心しきった顔で寝ている真弓を見ていると、早く全部終わらせてやらなきゃいけねェと思う。

(…あれ?)
真弓の頬を何かが伝った。
それに気付いたのとそれは同時だった。
「嫌っ…!!」
「……、どうした?」
涙を流して、絶望した顔で真弓は目を覚ました。
なるべく優しく声を掛けてみたが、俺を見て何とも言えない顔をした理由はきっと二つだ。
まず、昨日何があって今こんな所にいるのかを整理している。
そして、俺を見てそんな顔をするって事は、真選組に関する夢を見たんだろう。
(つくづく自分の立場が嫌になるな。)
俺は自嘲したまま、真弓の涙を拭う為に手を伸ばした。
「!!」
「…ンだ、その反応は。何もしねェよ…、悪い夢でも見たのか?…ククッ、ガキみてェ。」
正直過ぎる真弓の反応から、真選組に斬られる夢でも見たんじゃないかと思った。
だが。
「…大事な人が、亡くなる夢を見ました。」
「………、そうか。」
悪夢を見たと言うのかと思っていたが、内容まで話してくれた。
"大事な人"というのは、…有村さんの事だろう。
真弓は"亡くなる夢"と言ったが、正確には"殺される夢"に違いない。
そして、やっぱりそれは、…俺達真選組が殺す夢なんだとも。
もしかしたら、踏み込んでみても良かったのかもしれない。
それでも、傷付いて泣いている真弓を見て、今わざわざ傷口を広げる必要は無いだろうと思い止まった。

「目ェ覚めちまったな。始発なら動いてるかもしンねーし、…引き留めて悪かったな。」
俺は子供をあやすように真弓の頭を数回撫でて、そう言った。
大部屋はとっくに解散しているし、今回も文書を持たせてある。
真弓を引き留める理由は無かった。
俺は真弓から距離を取るように机の前に座る。
(そういや、書類まとめンの途中だったな…。急ぎじゃねェし、後回しにして真弓が出てったらもう少し眠るか。)
それでも手が勝手に作業してしまうのは呪いなんだろうか。
最近はタイミング悪く書類関係の仕事が重なってしまっているのが原因だろう。
見廻り等と違って、これに関しては出来る人間が決められている。
(最近じゃ刀を握るより、筆を握ってる方が多くないか…?)
そんな事を考えている間も、真弓が出ていく気配が無いことが不思議だった。
「あれ?土方さん、今日はお休みなんじゃ…。」
「あ?…あぁ、そうだが?」
後ろから掛けられた声に返事をする。
あえて振り向かなかったが、真弓が布団から抜け出してゆっくりと畳むのを気配で感じた。
(二度寝するから布団そのままで良いってのは、…さすがに言えねェな。)
何を格好付けてンのかと思うが、さすがに真弓にだらしないところを見せたくはない。
「それ、お仕事ですよね?お休みなのに、それじゃ休みになりませんよ。」
「そーかもな。…ま、休みじゃねェと片付けらんねー仕事もあるってこった。」
本心では、たまには寝て過ごしたいと思っているが。
真弓は少しだけ俺に近づいて言う。
「何をしてるんですか?」
「あー…。見ての通り、書類整理っつーか。上がまとめて提出しろって言ってきてな…。書類ミスが無ェか確認しながら月日別に並べ直してンだよ。」
「それって難しい仕事ですか?」
「…いや、難しくはねェけど、細けェ作業だから面倒ではあるな。」
やけに話し掛けてくるんだな。
昨日は書類に触れた形跡すら無かったのに。
これじゃ、まるで俺の行動に興味があるみたいだ。
(…それは無い。真選組副長だぞ、俺は。)
それでも、少し嬉しく感じてしまった事に苦笑する。
そんな俺の横に、真弓が当たり前のように座った。
「おい!何、」
「…それって、私でも手伝えますか?」
「は…?」
斡旋所としての仕事は終わっているし、俺も帰って良いと言ったはずだ。
ここに残りたい理由なんてもう無いだろうに。
真意を探ろうと思案していたら、真弓が突然声を上げた。
「…あ!もしかして、見たらマズイものだったりしますか!?…します、よね?」
失言した、という顔をしているのを見て、手伝うと言ったのは単純に真弓の親切心だったのだと気付く。
それと同時に、有村邸事件の資料があるかもしれない、という可能性に今更至ったのかもしれない。
「あー…。いや、…秘密を守るってンなら構わねェよ。この辺りは去年より前の報告書ばっかで、とっくにニュースでもやってるしな。」
当然、有村邸事件の資料なんてここには無い。
一応は調査中を装っているが、そもそも書類で残さないと決めたのは他ならぬ俺だ。
最近の事件の書類は無いと理解すると一瞬残念そうな顔をしたが(本人はバレてるつもりねェんだろうが)、すぐにパッと笑顔に戻る。
「一宿一飯の恩があるので頑張ります!」
「じゃあ、これ頼む。サイン漏れがあれば教えてくれ。」
憎い真選組と同じ空間にいて、目的の情報も得られない。
真弓の利益になるものは何も無い。
それなのに、コイツは俺の邪魔にならないように少し離れた畳の上で作業し始めた。
(もしかして、本当に俺を心配しているだけなのか…?)
自分の事で手一杯だろうに、お人好しにも程がある。
…少しは、真弓に近付けたんだろうか。

作業に戻りつつ、チラリと真弓を盗み見ると真剣な顔で書類を手にしていた。
やっぱり、キャバクラや斡旋所よりも向いているんだろう。
真弓を見ていると、時折どうしようもなく切ない気持ちになる時がある。
それが俺個人のものなのか、有村さんの想いを汲んで抱いているものなのかは分からない。
守りたい、幸せに生きてほしい。
有村さんを救うことが出来なかった事は、今でも悔しくて仕方ない。
だから、有村さんの為というより、きっと俺自身の為に真弓を救いたい。
(酷い男だな、俺は。)
実際の真弓を守っているのは、攘夷浪士や情報屋であって、俺じゃない。
俺は今のところ、真弓を苦しめる事しかしていないのに。

それから、本当に少し後だった。
真弓が手を止めている気配に気付いたのは。
気になる事件でもあるんだろうか。
「…真弓?」
「ッ!!!」
俺に名前を呼ばれて、真弓がビクリと肩を震わせた。
呼吸が浅い。
真弓は振り返らなかったが、これは…。
「あ、あは、は……。あの…っ、御手洗い…って、どこにありますかね?」
「お、おー。一番近ェのは食堂の隣だけどお前、」
「ちょっと失礼しますっ!!」
俺の言葉を最後まで聞かずに、真弓は部屋から飛び出した。
(あれは、俺に対する恐怖だった。)
だが、突然どうしてそうなったかは分からなかった。
俺はゆっくりと立ち上り、真弓が見ていた書類を手に取る。
内容は、大江戸スーパーの万引き犯が主婦のグループだった、という資料。
そもそも攘夷志士とは関係のない事件だし、有村の親戚にも該当しないはずだ。
(真弓は何を見てあんな状態になった…?)
前後の書類にも目を通したが、しっくりくるものは全く無かった。

真弓は暫く待っても戻ってこなかった。
顔色も悪かったし、何よりここは真選組の屯所だ。
少しくらい干渉されない場所で落ち着きたいのかもしれない。
(道中倒れたりしてねェよな?…もう少し待って戻らなければ探しに行くか。)
そして俺は、また書類作業を始めた。

気付いたら真弓が部屋から出て一時間は経過していた。
さすがにおかしいと思い、俺は屯所唯一の女子トイレに向かった。
中に入るわけにはいかないから、外から声を掛ける。
「…真弓、大丈夫か?」
返事は無い。
というより、人の気配が無かった。
(普通は元来た道を戻るよな…?途中にもいなかったし…。)
真弓は、どこへ消えた?
あれ程までに生真面目なところがある真弓が、俺に断りもなく帰るはずがない。
…と思うのだが、女子トイレにいないのなら居場所は分からない。
昨日、他の隊士は情報を持っていないと伝えたばかりで、自分から接触していくはずは無い。
ざわめきのようなものを押し殺して、俺は屯所中を探したが、結局真弓を見つける事は出来なかった。

変わりに見つけたものといえば…。
「山崎。」
「!? ち、違います副長!これはミントンのシャトルじゃなくて、何かそういう感じの鳥の羽です!!」
俺は、こそこそと大量のシャトルを抱えた山崎と遭遇した。
「…鳥の羽だと?」
俺がそう言うと山崎はビクリと肩を震わせた。
本来ならここで局中法度を唱えたいところだが、ある事を思い出してそれを飲み込んだ。
私情で法度をねじ曲げようとする俺もどうかしているのかもしれない。
「それを片してからで構わねェから、調べ事を頼みたいんだが?」
「! も、ももも、もちろんです!!暫しお待ちを…!!」
山崎は慌てて一礼すると、逃げるようにその場から立ち去り、すぐに戻ってきた。
一体どこに大量のシャトルを隠していたのやら。
「調べ事って何でしょうッ!?」
「……。万事屋が有村邸事件を嗅ぎ回って無いか調べて欲しい。」
「え…?何で万事屋の旦那が?事件自体を知りようが無いでしょう?」
「いや、有村邸で何らかの事件があったらしいという事はゴシップ誌があること無いこと書いたのを一度見ている。…まァ、世間的にはもう興味も薄れている頃だろうがな。」
「たったそれっぽっちの情報であの人達が動く理由があるとは思えませんけど…。」
「………事件の関係者が、万事屋に接触した可能性がある。」
あくまで、可能性、だ。
真弓が"坂田"を名乗ったのには理由があるはず。
"有村"を名乗るはずはねェし、叔父から聞いた偽名の中に"坂田"は入っていなかった。
友人の名前は、万が一を考えて咄嗟にでも出さないだろう。
ならば、"坂田"は通常では真弓が出会うはずの無い人間、つまり最近出会った人間ではないのか。
確証じゃなくて、直感だった。
"坂田"と聞かされて、あの銀色を思い出した。
違うなら違うで構わない。
むしろ違ってくれた方が色々と有り難い。
「分かりました。…でも、副長の中で全てが終わったら、いつか聞かせてもらいますからね。この事件の事。」
「…あぁ。」


結局、真弓が戻ってくる事はなく、空にはすっかり月まで浮かんでいる。
(少しは近付けたかと思ったが、真選組を信用するわけねェよな。斡旋所の方法では情報を引き出せないと悟って一旦退いたのかもしれない。)
それか、俺の事を怖がっているようにも見えたし、単純に一緒にいるのに我慢の限界が来たのかもしれない。
正直なところ、それが一番理由としては納得出来る。
俺は真弓の邪魔ばかりしているし、二度も無理矢理部屋に泊まらせた。
まァ…、嫌われてようが、放っておくわけにはいかないんだが。
俺が溜め息を吐いてから、すぐにやる気の無い声で名前を呼ばれた。
「土方さーん。」
ひらひらと手を振りながら俺の部屋に現れたのは総悟だった。
「何か用か?」
「げ、休みの日にも仕事してんですかィ?こいつァ病気でさァ。」
「誰かさんのおかげでなァァァ?俺だって休みくらい休ませて貰いてェよ。」
総悟が適当に作った書類を本人に突き付ける。
気まずそうにするでもなく、総悟は初めて見るかのようにキョトンとしている。
「はー、書いたような書いてないような気がしやす。あ、そんな事より、土方さん。」
心底どうでも良いという顔をした総悟を殴りたくなる気持ちをぐっと抑えて、言葉の続きを待つ。
「SMに興味あるなら言ってくだせェよ。とっておきお貸ししやすぜ?」
「…………………はあァ?」
「あんな痕、一週間は消えねェでしょう。…あ、そのつもりでやってんのか。」
総悟が何を言いたいのか、よく分からない。
「待て、一体何の話をしてンだ。別にSMにゃ興味ねェよ、むしろそりゃお前だろうが。」
「…マジで言ってんですかィ、それ。」
俺の反応が思ったものと違ったのか、総悟が面食らったような顔をする。
総悟は、見てねェのか、と小さく呟いた。
妙な話だ、何を見て俺がSMに興味があると思ったのやら。
「…忘れてくだせェ、俺の勘違いみたいなんで。」
「気持ち悪ィな…。用件はそれだけか?」
「今のところは。んじゃ、失礼しやしたー。」
総悟は来た時同様の声で挨拶して、俺の部屋から出ていった。


やはり翌日には、真弓の事は噂として広まっていた。
大部屋に行かさない為に俺の部屋で守ったつもりだったが、事情を知らない人間には色んな含みを抱かせるようで。
(今回を機に真弓に興味を持つ隊士が出てくるかもしれねェ。総悟辺りに目を付けられたらマズイし、何か対策を考えないといけねェな…。)
真弓を傷付けないようにと遠回りに接した事で、余計に傷を負わせている時間が長引いているんじゃないか。
初手で真弓を捕まえておけなかった事に対する後悔は日に日に大きくなる。
それに俺は、昨日真弓の身に何が起きていたかなんて、知らなかったんだ。


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