#5.何が知りたくてここに来た?
 
「も、…無理です。…っ許して下さい。」
「…嘘つけ。まだイけんだろうがよ。」
あれからサシ飲みになった訳だが…。
まだたったの三杯だぞ?
本当にそれでキャバクラで働けたのかと疑問だ。
俺はというと、その倍以上は飲んでいる。
当然、酔いを回すようなヘマはしていない。
(…さて、そろそろ始めようか。)
俺はまだ半分残っている真弓のグラスに酒を注ぎ足した。
「ひ、酷い…。」
「あァ?俺の酒が飲めねェってーのかぁ!?」
「土方さん…、酔っぱらってます?」
「んだとコラ。やんのか?」
「や、…ち、近いです、土方さん!」
なるほど、酒の力を借りるってのァ、道理なのかもしれない。
これはもう、今日から世の酔っぱらいを馬鹿に出来ねェな…。
近付いて見下ろした真弓の頬は酔っているからか紅潮していて、瞳も熱で潤んでいた。
(どうしても有村さんの娘だって思いが先に来るけど、…可愛いよな、コイツ。)
見た目もあるんだろうが、言動とか、そういうの。
(…もしかしたら、思ったより酔ってンのかもな、俺。)
俺はまた少し真弓との距離を詰め、なるべく覇気を抜いて喋る。
「なァ…、聞きてェ事があンだけど…。」
「な、何でしょう?」
「…………なまえ。」
「…へ?」
「お前の、本当の名前。なに?」
「っ、」
「答えろ。」
普通なら本名は明かさない、源氏名を答える。
それが斡旋所のルールのはずだ。
だけど、真弓は何も答えない。
…本名を言うか悩んでいるからだ。
もし、真弓が有村だと名乗ったなら、俺は酔った勢いのままお前を保護出来る。
「真弓、が本名ですけど…。」
悩んだ挙げ句、告げられた答えがそれだった。
まぁ当然、言えねェか。
その結果は想定内で、誤魔化す為に適当な理由を見繕って言った。
「あー…?別に、お前がどこの誰かを特定しようって訳じゃねェよ。…ただ、一緒に飲んでる奴の名前を知らねェってのも、寂しいだろうが。」
言い終わって、俺はまたグラスを空ける。
そう簡単に相手の心を開かせる事が出来るなら、人間関係なんてやつはもっと単純だったに違いない。

「坂田…、坂田真弓、です。」
少しの沈黙を破ったのは、その言葉だった。
どうやら真弓が本名として示してきたのは『有村真弓』ではなく、『坂田真弓』。
「坂田ァ…?」
よりによって、何で『坂田』なんだ!?
偽名を選ぶにしたって、もっと定番の名字があるだろう。
一瞬、酔いが覚めかけたが、何とか酔ったフリを続けた。
「…………真弓で呼ばせてもらうわ。構わねェよな?」
「は、はい!」
真弓が気まずそうな顔をしながらも頷いた。

信頼が無いまま出す提案に、真弓は乗るだろうか。
酔って口が軽くなっている真選組副長を利用する度胸は、お前にあるか?

「…ひとつ。」
「え?」
「ひとつだけ、何でも答える。対等じゃねェし。」
「……。」
ここで俺を信じてくれたら、お前が知りたい事を聞いてくれたら。
何でも答えてやれるのに。
なぁ、何が知りたくてここに来た?
事件の詳細?
父親がどうやって死んだか?
事件の顛末か?
誰が誰を殺したか?
「土方さん、は……。」
「おぅ。」
平静を装ったが、主語が俺だった事に驚いた。
少しは心の距離が詰められたのだろうか。
「真選組が関わった事件とか、小さいものでも把握してるんですか?そういうのって他隊士も知ってるものなんですか?」
「…俺に、じゃなくて真選組についてかよ…。」
「え?」
「や、何でもねェ…。」
さすがに、そう簡単じゃねェよな。
さて、何て答えてやれば俺に都合が良いか。
「ん、そーだなぁ…。報告書はほとんど俺がチェックしてるし、覚えてるかは別として、…一番把握してンのは、…、やっぱ俺か…。」
「!!」
そう答えておけば、情報源として一番真弓の興味を引くのは俺になるだろう。
少なくとも、一般隊士への接触は減るに違いない。
「ニュースになってない、事件、も…?」
「あァ?ひとつだけだって言っ…、まぁ構わねェか…。マスコミに言うか言わねェか口止めするかは、基本的に俺か近藤さんの判断、だな…。あとはもっと上の人間か。そういうのは、一部の隊士しか知らねェな…。」
「そう、ですか…。」
真弓は何かを考えながらも、納得したようだった。
(気付いてねェのか、自分が怨んでる真選組の言葉を信じちまってる事に。)
今なら踏み込んだとしても、酔っぱらいの言葉で片付くかもしれない。
「……対等に。」
「ぅえ?」
「…俺も追加だ。確認させろ。…本当に、金と欲か?その先には何がある?」
ここでも真弓はこの二つが全てだと押し切るだろうか。
真弓は、俯いて暫く黙り込んでいた。
さっきとは違う言葉を探しているらしい。
そうして、やっと口を開く。
「私の、生きる意味が、あります…。」
「それはまた…、随分、」
ずるい答えだ、どちらにも取れる。
金と欲が生きる意味だとも聞けるし、その先に生きる意味があるとも聞ける。
俺は繋げる言葉を失って、また酒を飲んだ。
(自分で言って、自分で傷付いてりゃ世話ねェよな。)
真弓の辛そうな顔を見て客観的にはそう思う。
だが、真弓に言いたくない言葉を無理矢理言わせて、傷付けているのは俺だ。
その傷を癒す方法を俺は持っていない。
きっと俺も今、どうしようもない顔をしてしまっているに違いない。
俺は何とか表情を正して、俯いた真弓の顔を覗き込んで言う。
「だーから…っ、その顔なんとかしろって…!…もういい、寝るぞ。」
俺は酒を部屋の隅に追いやって、乱暴に布団を敷いた。
突然の行動に驚いている真弓の手を引き、布団の上に倒す。
真弓は不安げに俺を見上げた。
「土方さ…、」
「逃げんな。」
大部屋には行かせない。
動けなくなっている真弓にじりじりと近付く。
(結局、真弓が欲しがってそうな情報は与えてやれなかったな。俺相手にこれなら、他の隊士からもロクな事は聞けやしねェだろうが…。)
思ったより酒が回ったのか、これ以上は頭が働きそうになかった。
「駄目だ、疲れた…。」
「…え?へ?ひ、土方、さん??」
俺は糸が切れたみたいに、真弓の横に倒れ込んだ。
最近の通常業務に加え、個人的に動いている有村一派の調査の無理が祟ったのかもしれない。
(そういや、ここ数日きちんと眠ってなかったかもしれないな。)
俺が眠ってしまったら、コイツは部屋を抜け出して大部屋に行ってしまうだろうか。
そう思った時には、俺は真弓を抱き締めていた。
酔っぱらいの行動だと思ったのか、真弓は身動ぎもせず受け入れた。
このまま、ここに居てくれれば良いのだが。
「…三徹…で、明日休み、だから、…朝ま、で…。……。」
喋りながら、自分でも日本語が紡げなくなっているのを他人事のように感じていた。
(せっかく真弓を捕まえたのに、不覚だ…。)
段々と意識が保てなくなってきた。
「…おやすみなさい、土方さん。」
それは幻聴だったんだろうか。


その夜、夢を見た。
有村さんと真弓が出てくる夢。
真弓は小学生くらいのガキになっていて、わんわん泣き喚いていた。
暫く様子を見ていたが、周りには俺しかいない。
仕方無く話し掛けてみると、大事なおもちゃが無くなったのだと言った。
真弓が俺に見せてきたのは、所謂人形の家だった。
家の壁面に付いていたであろうパーツは半分以上が剥がれ落ちて、家の中に揃っていた家具も引っくり返ったり欠けたりしてしまっている。
これで遊ぶのは危険だろうとすぐに分かる状態だった。
新しいのを買ってやろうか?と聞くと、真弓は一瞬泣くのをやめたが、これがいいと首を振った。
そして、家が壊れている事より、中に入れていた人形が無くなった事が悲しいらしい。
昨日までは一緒に遊んだ、無くなるなんてありえないと泣く。
どんな人形が無くなったのか聞くと、一番最初からあった、あったかくて大好きな人形だと、謎々のような答えが返ってきた。
だけど、夢の世界で真弓とどれだけ探しても見付けられない。
次第に真弓は諦めと絶望に染まり、泣く事さえしなくなり、立ち止まって俯いた。
俺は何とか励まそうとするが、真弓には届かない。

そうして、二人して俯いた瞬間に声がする。
"真弓の帯に挟まっているのは、なーんだ?"
声のした方を振り返ると、少し離れた場所に有村さんがいた。
俺が真弓の帯を確認すると、そこに人形が入っていた。
…動物かと聞かれると、俺の知ってる動物に該当する生き物はいない。
一目で有村さんのオリジナル作品だと理解したが、作品自体は理解出来なかった。
神話の生き物か、あるいはキメラか。
見たことのない角が生え、陸海空のどこに住む生き物か想像がつかない。
人形を真弓に渡すと、その表情は明るくなった。
"わー!可愛い『犬のおまわりさん』だぁ!"
"は、…はぁァァァ!!?"
得たいの知れない人形はどうやら"可愛い犬のおまわりさん"らしい。
無くしたのはそれか?と聞くと、真弓は違うと答える。
でも、その顔にはもう暗い影はなく、嬉しそうにニコニコと笑っていた。
"土方くん、私は行かなきゃいけない所があるから、この子の相手を頼めるかい?"
その言葉は俺にしか聞こえてないようで、真弓は反応しなかった。
"真弓が人形を失った事実は変わらない。同じもので心の穴を埋める事は出来ないんだ。だから、"
そう言って、有村さんは俺の隊服を指差した。
違和感を感じて上着のポケットに手を入れると、人形が出てきた。
俺にはやっぱり何の生き物か分からないが、きっと"犬"なんだろう。
ふと有村さんの方を向いた時には、その姿は既に無かった。
真弓は一度も有村さんには気付かなかったみたいだ。
新しく出てきた人形を真弓の前に差し出すと、私と遊んでくれるの?と俺を見上げた。
俺は一瞬躊躇ったが、なるべく笑顔を心がけて頷いた。
"お兄ちゃん、ありがとう。これでもう寂しくないね、よかったね!"
真弓は俺の持っている人形にそう話し掛けた。
"寂しい?"
"うん、だってこの子『迷子の子猫ちゃん』だもん。かなしそうな顔してるでしょ?"
"猫ォォォ!?"
オイオイ、さっきの犬とどう違うんだ!?化け猫かコレ!?
つか、何でそれが迷子とかおまわりだって分かるんだ!?
そう言えば、そんな童謡があったなと思い出す。
迷い猫が、犬に家や名前を聞かれても答えられなくてお互いが困り果てるみたいな内容だった気がする。
…その子猫は、それからどうなったんだっけな。
(娘が心配で夢にまで出てくるなんて、アンタ相変わらずだよ。)
俺は姿を消した有村さんがいた方に向かって頭を下げた。


そこで、夢から覚めた。
目の前には真弓の寝顔があって、大部屋を諦めていてくれた事に安堵した。
(もうすぐ夜明けか…。恐らく大部屋も解散してンだろ、…お前の決意をことごとく踏みにじって、ごめんな。)
どういう意図だったのか俺に回された真弓の腕を楽な位置に戻してやる。

真弓の見ている夢が、有村さんが出てくる温かいものであればいいと思いながら、俺は再び瞼を閉じた。


next

 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -