#4.親子揃って思い通りになってくれない
 
会話が止まると、居づらそうにしていた真弓が思い出したように恐る恐る話し掛けてきた。
「あ、の。ひとつお聞きしたい事が…。お医者様が診察に来られるって事なんですけど…、!!」
言いながら何かに気付いたのか、真弓は部屋の隅に逃げた。
「…どうした?」
「っあ、あの、私、ウイルス感染の疑惑がありまして、ひ、土方副長様に、感染してしまうかも…!!」
医者?ウイルス感染?
意味が分からなかったが、どうやら山崎の嘘らしい。
「山崎の奴、よくそんな出鱈目で引き留められたな…。まぁ、引っ掛かるお前もお前か。」
笑いを堪えながら、俺は部屋の隅に逃げた真弓を捕まえて、そのまま畳に縫い付けた。
暴れられる前に、その細い手首を掴んで頭の上に押しやる。
いきなり押し倒された真弓はパニックになったのか唇を震わせていた。
(…杞憂だったな。やっぱ恐ェよな、好きでもねェ男に無理矢理組み敷かれンのは。)
耐えられるのは、…いや、"耐えなきゃいけない"のは、それがコイツの願いに繋がる為の仕事だからだ。
俺はそのまま顔を近付けて、真弓が目を瞑ったタイミングで強めに額同士をぶつけた。
「いったぁああぁ、痛っ…!な、何するんですか!」
「アレは俺が留守の間にお前が紛れ込まねェように足止めさせただけだ。忘れて構わねェよ。」
真弓は状況が理解出来ていないのか、ポカンとしている。
「何で…。」
「…お互い詮索は無しにしようぜ。その方が、お前も良いんじゃねェか?」
「…。」
「ま、今日はウイルス感染で早退って事にしてやるよ。また文書を書いといてやるから、」
「そ…!そんなの駄目です!何もせずには帰れません!!」
まただ。
こういうところは父親に似なかったのか、クソ真面目だと思う。
まぁ…、真弓にとっちゃ、やりたくねェ仕事でもサボったと言われるのは嫌なんだろうし、それより真選組に来たのに情報を得ずに帰らされるのも大きいのだろう。
(今日もどうにか誤魔化して大部屋には行けないように留めなきゃいけねェか…。)
俺は押し倒した状態のままひとつ息を吐いてから、真弓に言う。
「…分かった。じゃあ、別案件だ。一晩、俺の言う事を聞け。」
「わ、…分かり、ました…。」
真弓の目に映るのは俺に対する恐怖なのかもしれない。
だけど、こっちも焦ってる。
色んな事が片付く前に、真弓がここまで積極的に行動するなんて、最初は思いもしなかったのだから。
(また俺の部屋に閉じ込めておくしかないんだろうな…。流石に二回目となると、そろそろ近藤さんの耳にも入りそうだし、総悟がさらに煩くなりそうだ。)
だからといって投げ出すわけにはいかない。
俺は押し倒す形になっていた真弓を解放した。
「付いてこい。」
そう告げると、真弓は大人しく俺の後に付いてきた。
その事に、ひどく安心した。


俺の部屋の前に着くと、真弓は立ち止まって自分の足元をじっと見ていた。
何か考えているようだが、俺にそれを知る方法は無い。
「お邪魔、します…。」
俺から少し遅れて真弓が部屋に入る。
言葉は俺に向けてなんだろうが、目線は俺には無い。
真弓が見ていたのは、事務処理をそのままにしている俺の机だった。
俺は、ぼんやりとしていたその瞳が、僅かに鋭くなったのを見逃さなかった。
前回、俺は有益な情報をコイツに与えていない。
情報が欲しい真弓にとって、恐らく俺は価値がないだろう事は気付いている。
それでも今従ってるのは、俺と問題を起こすと屯所に立ち入れなくなる可能性を考えての事だろう。
おそらく…隙があれば、今も大部屋に行くつもりだ。
(ここからは、賭けだ。)
真弓が俺の別案件とやらに従うか、俺を裏切って大部屋に向かうか。
不安を押し殺して、平静を装って真弓に言う。
「真弓、…逃げるなよ?」
「っ、逃げません。」
ギクリ、という音が聞こえてきそうな表情をした真弓に、俺はまた有村さんの面影を見た。
俺はその答えを信じて、部屋に真弓一人残し、食堂へ向かった。

食堂の戸棚を開けて目当てのものを取り出す。
酒の力を借りて現状を打破する、鉄板の作戦だ。
後は、俺のあるかないかもしれねェ演技力に掛かっている。
内側に踏み込めれば一番良いが、確実なのは外側から固めていくことに違いない。
(相手に信用させる為には、先にこちらから信用を示さなきゃいけねェ。)
問題なのは、真選組であるというマイナスから始めなきゃいけない事だ。
…頭が痛い。
どう行動したくても、全て遠回しにやる必要があるのは不便だ。


グラスと酒の瓶を持って、部屋の前まで戻ってきた。
この緊張は二回目か。
襖を開けると、真弓は正座をして待っていた。
(書類に触れた形跡は無い、か…。これは予想外だ。)
全てに触れるのは難しいとしても、上の一、二枚くらいなら見る時間はあっただろうに。
「お酒ですか…?」
「あぁ、…成人してンだろ?ちっと付き合えよ。」
それに、座っていたところを見るに、大部屋に行こうともしなかったのかもしれない。
(まぁ、場所が場所だから、道中で捕まえられたと思うけどな。)
俺は真弓の向かいにそのまま腰を下ろした。
酒を開けようとしたところで、真弓が慌ててそれを制した。
「あの!私、御酌出来ますから…!」
そう言うと、手際良く酒を開けてグラスに注ぐ。
少し嬉しそうに見えるのは気のせいではないと思う。
「手馴れてンな。」
「最近までキャバクラに居たので…。」
「…。」
気付いてないのか。
無意識に過去の事を話してしまっている事に。
接待で何度も利用した、あのキャバクラにいた。
「…ずっとか?」
「へ?あ、いえ、半月くらいの体験みたいな感じでしたけど…。…どうぞ。」
俺の前に酒の入ったグラスが差し出された。
(半月…。タイミングが悪かったのか。)
その期間のどこかで情報屋と接触したんだろう。
俺は目の前に置かれた酒を横に移動させ、自分の分を注ごうとしている真弓から酒瓶を奪った。
「お前のは俺がやってやるよ。」
「あ、だ、大丈夫です!自分でやります!」
「…こういうのは信頼関係だろうがよ。」
「信頼、関係…?」
「酒を交わすってのは、互いの腹を割るも同義。怪しい奴の注いだ酒は飲まねェだろ?…何が入ってるか分からねェんだからな。」
これは牽制でも、警告でもない。
単純な俺の本心だ。
真弓はこの言葉をどう捉えただろう。
ただ、浮かべられたのは無理に作られた笑顔だった。
「…信頼関係だなんて。それって口説き文句ですか?先輩方ならイチコロだと思いますけど。」
まだ信頼には程遠い。
分かっちゃいたが、その現実は手強い。
「お前が落ちねェなら意味無ェな。」
「! お戯れを…。」
「まァ、お前の注いだ酒なら飲んでやっても良いと思ってるのは本心だ。」
もし、そこに毒が混ぜられていても。
それを責める権利は俺には無い。
「それは、どういう…、」
俺は酒を注ぎ終えると、真弓に手渡し、言葉を断ち切るようにグラスを合わせた。
俺達の間に乾杯する言葉は無い。
俺が一気に酒を飲み干したのを見届けて、真弓も酒に口を付けた。

しかし、真弓の表情は少しずつ曇っていく。
(何を考えている?…それが、聞きたいのに。)
信頼を得ないままでは、到底無理な話だ。
葛藤に耐えるかのように噛み締められた唇を見て、俺も心が痛くなる。
「…はぁ。やっぱお前、こっち側の仕事向いてねェよ。…ンな泣きそうな顔されちゃ気持ち良く飲めねェだろうが。」
「! も、申し訳ありません…!」
「正直過ぎンだよ。…お前は。」
色々考えてしまうのは仕方のない事だ。
父親の事、真選組の事、目の前にいる本当の敵の事。
(…そんな顔をさせたい訳じゃないのに。)
焦りはあるが、丁寧に。
まずはひとつ前に進ませる。
俺は懐から煙草を取り出して火を付けながら言った。
「あー…、それからよ。こないだから思ってたんだが、」
「はい…。」
「役職で呼ぶの終いにしてくれるか?俺はお前にとって副長じゃねェしな。」
「えぇと…、分かりました。…土方、様。」
待て待て待て、分かってねェ分かってねェ!!
そうじゃねェだろうが。
ああ、でも真弓は大真面目って顔してやがるし。
俺は煙草を灰皿に置きながら、あー、と低く唸る。
この"様"は、お客"様"の"様"だ。
それを取っ払って欲しいというのは、直球じゃないと伝わらないのかもしれない。
「分かった。様もやめろ。」
「え?なっ、…無理です!」
何で無理なんだコラ。
ここまできたら意地もある。
「お前、一晩言う事聞くし、逃げねェんだろ?」
「それとこれとは…!あ!…ひ、土方、殿?」
「何でそっちだァァァ!!」
忘れてた、真弓は有村さんの娘だった。
親子揃って思い通りになってくれない。
天然なんだか勘が悪いんだか…、気付いたらしっかりツッこんでしまっていた。
真弓は混乱した顔のまま、何とか俺に向かって言った。
「だっ、て…!もう、土方さん、しか思い付かないですもん…!」
「…出来ンじゃねェか。今日はそれで通せ。」
今日以降もそう呼ばせるつもりだけどな、と心の中で続けた。
副長や様が付いてたんじゃ、俺個人としての話なんて出来やしない。
「…約束ですもんね。そう仰るなら、その様に呼ばせて頂きます。」
「よし。いい子だ。」

無意識に俺は真弓の頭を撫でていた。
その手を拒絶されなかった事を、俺はどう考えたら良かったのだろう。


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