#3.もしも、俺が真選組じゃなかったら
 
真弓が目覚める前に仕事に出た。
書いた文は分かるように枕元に置く。
それとは別に「気を付けて帰れ」というメモを残した。
冷たくはしたくないが、優しくもしてやれない。
(斡旋所を辞めさせても真弓が諦めるとは限らねェ。こちらも何かしら対策を考えておかねェと…。)
そう考えながら、隊服に袖を通した。
俺がやるべき事自体は変わらない。
真弓を守ること、残党を全員捕まえること。
残党に関しての情報は山崎に調べさせている。
だから、俺の当面の仕事は前者の方だろうと思う。

真弓が斡旋所を辞めたかは、俺には分からなかった。
情報屋に電話を繋げても「教えられない」「本人の希望を最優先している」としか答えない。
挙げ句「そんなに気に入ってるなら派遣しましょうか?」と笑われる始末だった。
電話を切ろうとした時、情報屋が言った。
「副長さん。あれってどうなりました?」
「あァ?あれってどれだ。」
声だけなのに、情報屋が不適に笑っているのがすぐ想像出来た。
「もちろん、…"有村邸事件"ですよ。」
「!」
「この前、とある方から調査依頼書受け取りましてね。いやー、不思議な事件ですよねぇ。調べていたら証言が一致しないんですよ。ですので、個人的に真相に興味がありまして。真選組の襲撃、他一派の襲撃。或いは…。」
一体、どこの誰が何故、調査依頼なんて出したのか。
何でも無いように話すが、情報屋は真弓の事情をどこまで知っているのか。
真弓が真選組に執着しているのを知って派遣したんだろうから、真弓が有村さんの娘という事は、本人が話していなくても情報屋には筒抜けなんだろう。
(あの真弓が他人に自分の境遇をペラペラ話す訳ァねーし…。悟られちまってンだろうな。)
「或いは、有村一派内で問題が起きていたか。…副長さんはどうお考えで?」
「……。」
単純にコイツの興味で聞かれているのか、真弓の為に情報を集めているのか。
後者なのだとしたら、言うことは決まっている。
「知らねェなァ。だが、そこらを嗅ぎ回ったって真相には辿り着けやしねェよ。残念だったな。」
「…そうですか。ありがとうございます、参考にしますよ。」
「勝手にそうしてくれ。」
「いやぁ、ろくなお礼も出来ずにすみません。明日もよろしくお願いします。ではー。」
そう言って、探り合いの通話が終わった。
きっと情報屋なら気付いてくれただろう。
"そこらに真相が無い"と真選組副長が言うなら、真選組幹部レベルしか知らないという事を。
真弓の身の安全の為、今はまだ真選組を敵だと思っていてくれて構わない。
(情報屋も、さすがに俺しか知らないとは思わねェだろうがな。)
そして、充分すぎる礼も受け取った。
情報屋は"明日"、屯所に斡旋所の女達を寄越すと言っているのだ。
利用しない人間にとっては当日知る事も多いし、正直、知っても知らなくても俺には関係無い。
それをわざわざ教えてきたのは、そこに真弓が含まれているという意味だ。
(やっぱ辞めてねェのか…。)
時間帯的に、俺は夜間見廻りで屯所にいない。
タイミング的には最悪だ。
ならば、俺がいなくても真弓を足留め出来る方法を考える必要がある。


「オイ、山崎。」
「ヒッ!?違います副長!今日のラッキーアイテムがミントンラケットなんですよ!ただ持ってるだけです、信じてください!」
明らかに直前まで素振りをしているのを確認していたが、ここは山崎の主張を飲んでやる事にした。
「今日の夜、斡旋所の出入りがある。もし女達の中に真弓という女がいたら、方法は問わねェ。足止めして大部屋には通すな。出来なきゃ切腹しろ。」
「ちょ、突然そんな無茶な、」
「理由は言えないが、…頼む。」
俺が頭を下げると山崎は一瞬息を飲んでから、分かりました、と答えた。


その夜の見廻りは落ち着かないったらなかった。
一緒に出た総悟はそんな俺の様子にきっちり気付いていて、何度もからかわれた。
「そんなに早く戻ってヤりてェんですか?鬼の副長もただのオスって事ですねィ。つーか、そんなにヨかったんなら、今度、俺にもヤらさせてくだせェよ。」
真弓が俺の部屋から出ていくのを、数人の隊士に目撃されているらしい。
その噂は当然、総悟の耳に入った。
「馬鹿言え。未成年でドSのお前に紹介出来るような女なんざ居るかよ。」
「土方さんは分かってやせんねェ。俺がヤらせろって言やァ、喜んで股開く女があの斡旋所には一定数居やすぜ?」
「それはお前の顔だけを見て、その性癖を知らねェからだろうよ。少なくとも、」
少なくとも、真弓は一度だって喜んで体を差し出したりはしていないだろう。
言いかけた言葉を飲み込んで、自分の心の底に落とした。
総悟は暫く俺の言葉の続きを待っていたようだが、俺が喋るのを止めたのを理解して視線を空へと移した。
「…浪士共の動きも、あの日から分かりにくくなったと思いやせんか?」
「どういう意味だ。」
「そのまんまでさァ。…何か様子を見てるような、何かを企んでいるような。浪士共にとってもでけェ事件だったんじゃねェかなって。」
あの日というのは、当然、有村邸事件の事だ。
「別にアンタがあれこれ抱え込もうとしてんのは、いつもの事だし、それで信用されてねェって拗ねるつもりはありやせん。つーか、その方が仕事減って楽が出来やすし。ただ、」
総悟は一旦言葉を区切って、まっすぐ俺を見据えてから言った。
「自分を犠牲にしようなんて思ってるなら、今すぐ副長の座を明け渡してくだせェ。俺がアンタをすっきり殺してやりまさァ。」
それは歪みに歪んだ総悟なりの励ましと労いだというのは分かっている。
実際、癒されたりするわけでは無いのだが。
「…そうしてくれ。」
もし真弓と和解出来なければ、俺は立場上、真弓を斬らなければならないだろう。
でも、それは真選組副長としてだ。
ただの土方十四郎としては、そうじゃない。

(俺が真弓を殺そうとしたら、その前にそんな俺を殺して欲しい。)

しかし、有村さんはどちらの結末も望んじゃいねェだろう。
俺が真弓の信頼を勝ち取らなければならないのは急務だった。


「山崎、首尾はどうだ?」
「あ、副長お疲れ様です!該当人物は一人しかいなかったので、向こうで待機してもらってます。」
それを聞いて自分でも驚くくらい安心した。
そんな俺を見て、山崎が少し言いにくそうに床に目を落とした。
「あの…副長…?あの子がこの前、副長の部屋から出てきたって子ですか?……。」
「だったらどうした。…何か言いたいことがあるなら言え。」
「! いえ、否定や批判じゃないです。ただ…、何か深い事情でもあるのかなって。ホラ、今まで副長は斡旋所利用してこなかったじゃないですか!あぁ、勿論副長にだってそんな気分の日もあるかなって思いますけど、でも、」
「ンだよ。要領を得ねェな。」
「…違ってたらスンマセン。副長が、何かでかい事件とか問題を一人で抱え込もうとしてるんじゃないか、それの鍵になってるのがあの子なんじゃないかなって。」
いつもの頼りない山崎はそこにはいなかった。
真弓に関わるうちに、俺も顔に出やすくなってしまったんだろうか。
総悟だけじゃなく、山崎にまで心配を掛けているとは。
「大した推理だな。…今日の事は感謝する、もう下がって良いぞ。」
「無理せんでくださいよ。」
気が抜けたのか、少しだけくだけた言葉を残し、山崎は部屋から出ていった。
(一人で抱え込んでる、ね。…こうやって周りに助けられて心配されてる身で、そんな立派な評価されると罪悪感すらあるな。)
それでも、まだ言えない。言うわけにはいかない。
俺は一つ深呼吸をしてから真弓の待つ部屋へ向かった。


「待たせたな。」
襖を開けて声を掛けると、真弓はびくりと肩を震わせて俺を見た。
「土方…副長様…。」
真弓の表情を見てすぐに気付く。
(コイツ、俺が見廻りで出払ってるのを知ってたな。)
前回、無理矢理に返事をさせた手前、真弓が簡単に納得したとは思っちゃいねェけど。
それでも、嘘を吐かれた事実に、どこか裏切られてしまったような苦しさが胸に湧いた。
「……どうしてここに居る?」
「…ぁ。」
真弓の唇が震えて、うまく言葉を紡げないのだと悟る。
親子揃って馬鹿正直だから、咄嗟に言い訳を思い付けないのも原因に違いない。
俺は溜め息を吐きながら、俯いて喋れなくなった真弓に向き合うように腰を下ろした。
「俺が前に言った事、覚えてるか?」
「……はい。」
「あの額じゃ足りねェと?」
「! …ちっ、違いますっ!」
真弓が勢いよく顔を上げると、硝子玉みたいな瞳が俺を捉えた。
俺は不覚にも、その眼差しに心臓が跳ねる。
「あんな大金…受け取れません…。まだ手を着けていないので、すぐにでもお返しします。」
「って事ァ、辞める気はねェんだな?」
「………。」
「目的は何だ?金じゃねェなら、仕事自体にハマっちまったか…?」
「違っ…!……っ。」
真弓は否定の言葉を言いかけて、止めた。
こうやって真弓を追い詰めている自分に嫌悪する。
金はいらないと言ってしまって、仕事まで否定してしまって、それでも真選組に立ち入る理由を真弓に考え付くはずがない。
ただ、真弓がどこまで真実や虚実を知っているか俺には分からない。
その情報はどうにか吐かせたいところだが…。
(とりあえず話題をずらすか。)

「まだガキのくせに自分を安売りしてんじゃねェよ。」
「あの、…勘違いなさってるかもしれませんが、私、とっくの昔に成人してます…。」
真弓は言いにくそうに俺にそう言った。
まさか、たかが年齢とはいえ自分の情報を開示してくるとは思わなかったから少し驚いた。
(名前も年齢も詐称しねェのは逆に心配になるな…。)
当然、俺は真弓の年齢を知ってはいるが、確かに知らなけりゃ未成年だと思ったかもしれない。
そのズレに気付かれないように、怪訝を顔と声に込めた。
「嘘つくんじゃねェ。どう見たって、」
「…よく言われます。身分証明書は、お見せ出来ませんが、本当です。」
「……。そうか。」
俺が納得したと分かると、真弓は安堵の表情を浮かべた。

きっと、敵意が薄くなった今がチャンスに違いない。
(ここで真弓との距離を詰める…!)
実は部屋に入った時から気付いていた件を問う為に、俺は真弓の腕を掴む。
真弓は驚いたように目を見開いたが、腕は振りほどかれなかった。
「こんな目に遭っても続ける価値のある仕事なのか?」
手首に残った、痛々しい赤い痕。
これは縄か何かで縛られた痕だ。
頼むから、自分を傷付けないでくれ。
「…申し訳ありません。この仕事に関しては譲れません。」
やっぱり嘘は吐けない人間なんだな、と思う。
今だけ、退職します、と言えば簡単に逃げられるだろうに。
真弓をこの仕事から離れさせる為には、真弓が納得出来る他の条件を用意するしかないようだ。
でも、どうやって。
「…はぁ。…お前がそこまで言うなら強制はしねェけどよ。」
「ありがとうございます…。」
「礼なんて必要無ェよ。俺はお前の味方になった訳じゃねーからな。」
なれるものなら、とっくになっている。
俺は、お前の味方になりたかったと思っている、お前の敵だ。
嘘の数なら俺の方がきっと多い。
(敵で構わない。真弓が幸せになる為なら、嫌われ役だって喜んで引き受ける。)
「温かいお言葉を頂いた事は、感謝しておりますので。」
どうして、そんなに悲しそうな顔をするんだ。
俺が冷たい言葉を放ったせいか、真弓の表情は曇ってしまった。
もどかしくて、やるせなくて、俺の中の何かが暴れる。
時間を掛けてはやれないが、丁寧に接していきたかった。
でも、…どうやら俺の方が限界だったらしい。

「……お前の目的は真選組への出入りか?」
真弓はハッと息を呑んだまま、黙ってしまった。
核心を突かれて頭が真っ白になってるに違いねェ。
「答えられねェって事は、肯定なんだな?」
開ききってない心を無理矢理に抉じ開けるような、そんな最低の問いだ。
だけど待てない。
もうコイツが傷付くのも悩むのも苦しむのも見ていられない。
膠着した展開を進める為の力技だった。
(真弓の答え次第によっては、俺が、)
「……全部。」
「あ?」
「全部です。お金も欲しいし、欲も満たしたい。だから真選組案件は譲れません。…軽蔑して構いません。土方副長様の目には触れないように致します、私を見逃しては頂けませんか?」
真弓はまっすぐに俺の目を見ながら言う。
俺もその視線を外さず、じっと真弓を見据えた。
(最悪だ。)
恐らく一番言いたくない嘘を言わせてしまった。
金が欲しい、欲を満たしたい、…それが大前提だから真選組案件に固執すると。
真選組自体に目的があるわけじゃないと。
もしも、俺が真選組じゃなかったら、もっと簡単にコイツを助ける事が出来たんだろうか。

真弓の瞳からは諦めのような、それでも揺るがない決意のようなものを見た。
「………………そうかよ。」
俺が納得の言葉を呟くと、真弓は安堵よりも傷付いた顔をした。
(真弓がそんな女じゃねェのは知ってる。嘘吐かせてすまねェ…。)
それでも、俺はお前を守れるならきっと何度も繰り返し傷付けてしまうんだろう。
そんなのは、…ただのエゴなのに。
「お前が強情な事は分かった。どうせまた辞めるって約束させても、今日みたいに反故にすンだろうしな。」
真弓から返答は無い。
肯定を意味する、少しの沈黙。

"自分を犠牲にしようなんて思ってるなら、"
"無理せんでくださいよ。"

(有村さん、俺に真弓を守ることは出来ンのかね?)
沈黙にそんな事を尋ねては、やはり返ってこない答えに、ひっそり溜め息を吐いた。


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