#2.真相は俺しか知らない
 
部屋を出た俺は、とある場所へと向かった。
身柄を保護してある叔父のところではない。
正直、今の仕事をしている真弓を会わすのは躊躇われる。

何となくの統計の話だ。
斡旋所から来る女の目当ては、ほとんどが金。
場所が場所なだけに、守秘義務や割り切った関係が絶対条件になる。
その分の金額は厚めに付けてあるし、隊士達の仕事の効率が上がるならと多少は目を瞑っているのだ。
だから、新人がここに来る事は基本的には無い。
稀に真選組に恨みを持っている女が混ざっているらしいが、それでも、大金を手にしていくうちに復讐なんて忘れていくらしい。
俺は否定も軽蔑もしない、それも生き方のひとつだ。
そういうつもりで、"あの男"はここに危険な女を斡旋したりもしているのだろう。

"あの男"、斡旋所のオーナーであり、江戸の情報屋だ。
真選組ともやり取りがあるが、攘夷浪士とも繋がっているらしい。
それでも、俺達がその存在を放置しておくのは、情報屋の持つ情報が貴重だからだった。

そんな男の居るところから真弓は派遣されて来た。
(可能性をいくつも想像はするが、答えはほぼ決まりだろう。)
真弓は、父親とその仲間が真選組に殺されたと思っているはずだ。
そして悲しみが憎しみと怨みに変わる。
きっと真選組の情報を独自に調べていたところ、どうしてか情報屋が真弓に接触してきた。
そして、こうして回りくどく真選組に潜入してきたのは、真選組全体に復讐する為というより、父親を殺した隊士個人が誰かを調べる為なんだろう。
…さすがの情報屋も、こればかりは知るはずがない。
あの時の残党は"土方=真選組"だと認識するだろうから俺個人の名前だけ上げたりはしない。
それに俺が有村さんを斬るところは誰にも見られていない。
隊士達は、有村一派は他の組織に潰されたと思っている。
(まぁ、新聞にはあること無いこと書かれてるし、総悟は納得しきれない顔をしてやがったが…。)

つまり、真相は俺しか知らない。
真相を知る事と知らないでいる事、真弓にとってどちらがマシなんだろう。
(もし、真弓が真相を知ったら、…俺はどうすンだろうな。)
出来れば、極力真弓を傷付けずに解決させたい。
でもそれは俺の希望なだけであって、真弓が復讐に囚われていたら?
そうなれば、話し合いや説得なんてのは無意味だろう。

(真弓を殺す?)
降り掛かる火の粉を払うのは当然の事だ。
今まで女子供を斬って来なかった訳じゃない。
真選組の害になるなら、きちんと殺すべきだ。
でも、それは有村さんとの約束を破るという事。
それに、その答えは俺が一番望んでいないのだから、今後選択肢にすら上がらないだろう。
(真弓に殺されてやる?)
有村さんを助けられなかったのは俺のせいだ。
今でも何か方法があったんじゃないかと、叶わない未来の事を考えたりしている。
ただ、自分が真選組副長という立場である事と、復讐とはいえ真弓を人殺しにするわけにはいかない事を考えると、これもまた現実的ではない。
(…いや、結果的に真弓が真選組に復讐したいなら都合が良いんじゃないか?)
もし父親の首を斬った俺より、父親を罠に嵌めた残党の方に怨みが向いてしまうのが一番まずい。
そうなってしまったら、真弓はすぐに殺されてしまうだろう。
真弓が真選組を恨んでいる限り、残党や攘夷浪士に悪い様にはされないはずだ。
むしろ、利用するために真弓に協力的な態度をとるかもしれない。
(皮肉だな。俺が傍に居るよりも、その方がずっと真弓にとって安全だとは。)
とりあえずは現状維持だな、と溜め息を一つ吐いて俺は先を急いだ。


俺は目的地の食堂の灯りを点け、奥にある炊飯器を開ける。
夜食用にと女中達が用意してくれている米がまだ残っていた。
俺はそれを丼によそい、常備されているマヨネーズを惜しみなく盛り付けた。
(腹が減ってちゃ、ロクなこと考えられねェからな…。きっとそれは俺も同じか。)
残ったマヨネーズを胃に流し込み、盆に丼と湯呑みを乗せ、来た道を戻る。
道中に例の大部屋の横を通ってみたが、かなり盛り上がっているらしい。
(ここに留まるのは毒だな、誘われちまいそうだ。)
やはり、真弓をここに通すわけにはいかない、と思う。
真弓が欲しい情報は俺以外持っていないなら、自分を削っても意味が無い。
(とりあえず、問題はどうやって真弓に大部屋を諦めさせるかだ。)
諦めさせるのは不可能でも、女達が帰るまで引き留めることが出来ればいい。


自分の部屋の前に立ってから、突然ある可能性にギクリとした。
(真面目に待ってるって保証は無ェ。もしかしたら、さっきの大部屋に居たかもしれねェ。)
恐る恐る襖に手をかけると同時に声がした。
「うん、これで準備は万端ね。」
真弓はちゃんとそこにいた。
バレないように安堵の息を吐く。
ただ、俺の布団を勝手に敷いているのは何故だ。
まさか、俺を誘おうとしてる…のか?
「…何だ?眠いのか?」
それに気付かないように後ろから声を掛けると、真弓は俺の顔と盆を交互に見やった。
「?? お夜食ですか?」
「違ェよ、…お前のだ。食え。」
「こ、こんな夜分に丼、ですか…?」
「腹鳴らしたの自分だろーが。」
俺は言いながら机の上にそれを置いて、その前に真弓を座らせた。
真弓は訳が分からないとでもいうような顔をして何度も瞬きを繰り返している。
「あの…この時間に出前ってやってるんですか?あ、屯所の食堂って遅くまでやってるんですね?」
「何言ってんだ。やってる訳ねェだろ。俺が用意してやったんだ、残さず食え。」
瞬きを繰り返していたと思ったら、今度は目を丸く見開く。
ころころ変わる表情の豊かさは、やっぱり有村さんの娘だなと思う。

「い、いただきます…!」
そう言って丼の蓋を取った真弓は暫し固まってから俺に聞いた。
「土方副長様、この…上に乗ってるのって…。」
「マヨネーズだが?」
俺の答えを聞いて、真弓は困ったような躊躇うような顔をする。
(まさか、マヨネーズが苦手なのか?この世の万能調味料マヨネーズだぞ?そんな奴いるのか?)
俺の視線に気付いたのか、真弓は神妙な顔をしながら土方スペシャルを口に運ぶ。
「…どうだ?」
「あ、意外と…。」
いや、意外とって何だ、意外とって。
真弓がもそもそ食べ始めたのを確認してから、俺は煙草に火を点けた。

真弓は恐る恐ると食事を進めていたが、後半は掻き込むようにして食べていた。
「マヨ丼…ご馳走さまでした…!」
「おぅ、気に入ったみてェで何よりだ。」
真弓から空の丼を受け取った時には、もう丑三つ時だった。
きっとまだ大部屋は盛り上がったままだろう。
何としてもこのまま引き留めておくしかない。
それなら、何も知らない振りを押し付けてしまうのが、一番妥当なのかもしれないと思った。
「真弓。」
俺は名前を呼びながら、敷かれた布団を捲り、中に入るように誘導する。
真弓は体を強張らせながら、それに従う。
(望んでこの仕事をしてる訳じゃなさそうだ。)
キャバクラはギリギリ許容出来るが、今みたいに自分を削らざるを得ない仕事は、有村さんじゃなくとも辞めさせないといけないと思う。
いや、俺が見ていられないだけかもしれないが。

俺は真弓が布団に潜り込んだのを確認すると、そのまま布団を掛けてやった。
そして、その場から離れる俺に真弓は慌てて話しかける。
まぁ、当然そういうリアクションになるわな。
「え、…あの?土方副長様?あれ…??」
「何だ。」
「お、"お仕事"させて頂けると先程…。あ、分かりにくいですか?"お仕事"っていうのは体を、」
「アホか。斡旋所から来た女の仕事なんざ、一個しかねェだろ。言わなくても分かる。」
「…んん?えっと、じゃあ土方副長様?私、」
「ガキの"仕事"は食って寝る事だろうが。もう遅ェから、とっとと寝ろ。」
俺は布団から出ようとする真弓の肩を押す。
途端、真弓は面白ェくらいに狼狽え始めた。
「あの、ご飯頂いてその上お布団お借りするとか、申し訳無さすぎます!」
「心配すンな、お前は俺の部屋で"仕事"してたって事にしといてやる。指名代を金額上乗せしとけばオーナーもとやかく言わねェだろ。」
「それは…。」
「……まだ納得出来ねェって顔だな。」
情報屋宛に今回の件についての文書を書きながら、分かりやすく溜め息を吐いてみせた。
内容は勿論、今回真弓は大部屋に行かなかったが俺の部屋で仕事をしていたから責めるな、という事。
そして、それよりも大事な事を真弓に言っておかなくては。
「お前に支払う報酬だけ三倍にしといてやる。…だから、この仕事を辞めろ。」
当然、真弓は驚いて言葉も紡げずにいる。
俺はそれに気付きながら、畳み掛けるように続けた。
「そんだけありゃ、二、三ヶ月は生活に困らねェだろ?馬鹿な真似は止めて、それで別の、真っ当な仕事に就け。」
真弓は言葉を飲み込んで黙った。
というより、言いたい事はあるんだろうが、まとまらず言葉にならなかった、が正しいのかもしれない。
(憎い真選組に、ンな事ァ言われたくねーだろうよ。でも、お前が嫌がろうとも、これが俺の本心だ。)
馬鹿な真似。
それは別にこの仕事を否定しているわけではない。
復讐に囚われて、自分を傷付け続ける行為の事だ。
真選組の繋がりが欲しいだけなら、正直キャバクラに戻って近藤さんか俺を落としても良いんだから。
いつまでも反応を返さない真弓に低めの声で問う。
「返事は?」
「…………はい。」
真弓は返事をしたが、チラリと様子を窺うと納得していない顔だった。
それでも一応は従うと決めたらしく、大人しく布団に潜り直す音がした。

俺はというと、情報屋に真弓を退職させるようにという文も別で書いた。
そして、情報屋と完全に信頼関係が結べているかと言われると難しいところで、遠回しにしか"ある事"を書けなかった。
"今、攘夷浪士界隈で特殊な動きは無いか"。
何とか書き上げて、俺は肺に溜まった息を吐き出す。
真弓を見ると、何とか眠りについてくれたみたいで、その素直さに安堵した。
俺はなるべく音を立てないように真弓に近付いた。
改めて見なくても分かる、本当に普通の娘だと。
「……こんな生き方すンな。」
ふいに零れた言葉は、無責任な俺の本音だ。
なぁ、どうしたら真弓を救ってやれる?
(違うか、真弓を救えれば、俺も救われるんじゃないかと期待しているのかもしれない。)
あまりにも身勝手だ。
ただ、俺はお前の味方なんだと伝えたくて、そっと髪を撫でる。
起きていたら、気味悪がられるかもな、と思った。

それから少しして、大部屋の連中が解散したのを話し声で確認した。
真弓はその声に反応しなかったから、本当に眠っているんだろう。
(夢の中くらい何もかも忘れて笑ってくれてりゃいいンだが…。おやすみ、真弓。)
俺は壁に背中を預けて、浅い睡眠を取った。


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