#1.どうしたら今度は守れる?
 
「土方さん、こいつァ…。」
「見ての通りだ。俺が踏み込んだ時にゃ既にこうなってた。」
「マジですかィ。この感じだと内輪揉めか、別の派閥にやられたか…。マスコミどもが食い付きそうな事件だ。」
「…いや、…この件は、表には出さねェ。お前の隊にも周知させとけ。」
そう言うと、総悟は目を丸くした後、じろりと俺を射抜くように見た。
「何を企んでんだか…。ま、今はそうしてやりまさァ。」
「……。相変わらず可愛くねェガキだよ、お前は。…調べたいことがある。今から明けまで捜査だ。俺も隊服取って来っから、それまで指揮を頼む。」
「夜分とは言え、せいぜい身形に気付かれないように。これは一個貸しですぜ?」
俺は短く、分かった、と返して有村邸を後にした。

総悟は気付いてる。
俺が中で立ち回った事を。
バレないように刀は門の横の茂みに隠し、肌に付いた血は洗い流した。
それでも、僅かな血の臭いに気付くのだろう。
まるで狼だ。

(何て説明すりゃ良いンだよ…。)
空を見上げながら溜め息を吐く。
真選組に関してはどうにでもなる。
しかし、有村さんを守れなかった事実を、娘にどう伝える。
いや、それよりも。
助かったとはいえ、残党を逃がしてしまっている。
別の派閥にも今回のことは結末だけは正しく伝わるだろう。
問題なのは、娘が父親の正体を知らないことだ。
突然、父親が死んだと知って、冷静に俺の話を聞く精神力は普通の娘には無いだろう。
(どうしたら今度は守れる?)
全てが片付くまで俺の傍に置いておければ良いが、それは容易ではない。
有村真弓は何も知らない、父親の正体も、俺の存在も。
「チッ…。」
考えてもどうにもならないと自身を納得させ、俺は屯所へと急いだ。


総悟はいつだって反抗的だが、本当に間違えちゃいけねェところは分かっている。
俺が戻った時には死体の処理にしか着手していなかった。
「屋敷内は勝手に手を着けちゃまずいと踏んで、誰も入れてやせん。…これで貸し二個ですぜ。」
「さっきの貸しの延長にしてくれ。」
「…。一応、報告しまさァ。ここで死んでたのは党首の有村と有村一派の奴らみてェです。最近じゃ穏健派っつー事で勢力も落ちてるから事件もそんなに起こしてやせん。正直、今のタイミングでこんな目に合う理由は見当がつかねェや。」
総悟は肩を竦めながら、俺の顔を覗き込んだ。
「鬼の目にも涙。」
「!」
有村さんに言われたその言葉は、今度は総悟から紡がれて、心臓が跳ねる。
「…貸し三つで構わねェから、くだらねーこと言わずに働け。死体は極秘に扱え。終わったら報告しろ。」
「へーい。」
総悟は俺に表情を見せずに現場に向かった。
その隙に俺は総悟とは逆方向、有村さんの部屋へと向かった。

有村さんが遺したという手紙はすぐに見付かった。
(手紙っつーより書類だな、これは…。)
場違いだが思わず吹き出してしまった。
有村さんらしいというか…。
そのおよそ手紙とは言い難い手紙には「真弓へ」と書かれていた。
「有村さん…。アンタが大切にしてたもの、俺が必ず守るよ。」
ぽつりと呟き、隊服の内側に手紙をしまい、程なく到着した近藤さん達と合流した。


徹夜が珍しい訳じゃねェが、立ち回りで体力を磨り減らし、現場の指揮を全てこなすというのは重労働だった。
娘が祖母のところにいるのなら、帰宅する前に事件のほとんどを片付ける必要がある。
ただ、日が昇ると野次馬の数は増えていく。
嗅ぎ付けたマスコミも騒ぎだし、手の空いた隊士には追い払うように指示を出した。
「ちょっと煙草買ってくる。」
近藤さんに告げ、有村邸を出た。
死体は全て運び出した、重要そうな書類は全て先回りして手に入れた。
(次は隣に住んでる有村さんの弟が「どちら側なのか」を調べに行かねェと。)
思案していると、屋敷を覗き込むように様子を伺っているガキがいた。
全く、こっちは真面目に仕事してるっつーのに、コイツらは祭りみてェに騒ぎ出すし、払っても払っても湧いて出てくる。
「オイお前、ここで何をしている?」
「!」
なるべく怒気を込めて後ろから声を掛けると、驚いたように振り返って一瞬だけ俺の顔を見て、視線を下げた。
余程俺が怖かったのか涙目で震えている。
「真選組の人、ですか?…あの、これは一体…。」
「あァ?女子供には関係無、」
言いながら、ハッとした。
ただの野次馬はこんな反応はしない。
それに、一瞬しか顔を確認出来なかったが、俺の目の前にいるのは…!
「副長ォ!一頻り家の中は調べました!ちょっと来てくださいー!」
「チッ…。」
捜査の指揮を他人に任せる訳にはいかないなら、優先すべきはこちらの言葉だった。

…あの時、ここで待っていろ、と伝えていればコイツを無駄に苦しめずに済んだんじゃないかと、今は思う。

急いで用件を片付け、再び表に出た時には、もうどこにもその姿は無かった。
どうやら総悟が野次馬全員を帰らせたらしい。
張り詰めていたものがわずかに緩み、俺はパトカーにもたれ掛かった。
(名乗らなかったんだな…。当然か、突っ立ってるのが精一杯みてェだったし。)
早く保護してやらねェと、今頃泣き崩れてンじゃねェかと思う。
「…っ、…ぅ…。」
そう、こんな風に声と感情を押し殺して。
(…?いや、待て、この声…!!)
パトカーの死角から聞こえてきた声の方へ向くと、バチリと目が合った。
「…、あ、オイッ!!」
「!」
そこにいたのは間違いなく真弓だったが、俺を見て反射的に走って逃げ出した。


その後、真弓との接触は何の嫌がらせか、全てすれ違うことになる。
何故かキャバクラにいると聞いた時には退職した後だったし、同じ時期に逃げ隠れしていた真弓の叔父をようやく捕まえて事情を話した時には、既にアパートには居なかった。
正直、真弓がどこに消えたのかは、俺にも叔父にも見当が付かなかった。
真弓を手引きしている人間がいる。
それはアイツの事情を知っているから。
つまり、裏表はハッキリしねェが、何かの組織に接触してしまったということ。
真選組内では真弓は既に死んでいることになっている。
今更、隊を使って探す訳にはいかない。
…俺は完全に情報を失ってしまった。


しかし、ある日突然事態が急変する。
翌日の仕事の為、普段より早めに休もうとしていた時だった。
何処からか、女のすすり泣く声が聞こえてきたのは。
(…オイオイオイオイ。もう食堂のおばちゃん達も帰って、屯所にゃ女なんていねェだろ。…え、何これ。まさかね?ナイナイナイナイ。刀で斬れねェ存在なんて居るわけねェし!!)
嫌な汗が浮かぶのが自分でも分かった。
息と気配を殺して、襖の隙間から外を覗くと、女が俺の部屋の前で泣いている。
(マジでかァァァ!!夜目でもハッキリ見えちまってンじゃねェか!!しかし何でよりによって俺の部屋の前!!??)
無意識に口の端が引くつくし、心臓が馬鹿みてェに暴れる。
(落ち着け土方十四郎!見えるなら叩っ斬れるだろ!よし、先手必勝だ!)
俺は色んなものが混ざったうろ覚えの念仏を脳内再生しながら、音を立てずに襖を開けて、女の頭を強めに掴む。
「いッ…!!」
女は驚いたのと痛かったからか、小さい悲鳴を上げた。
微かなシャンプーの匂いと、掌に伝わる体温。
…あぁ、なるほど。

「……ここで何をしている。」
目の前にいる女は、生きている人間だ。
別にビビってねェけど、驚かすンじゃねェよ、まったく。
しかし、何でこんな時間に女が…。
そう思って、すぐに答えが浮かんだ。
「…お前、斡旋所の女か?」
「ひじ、かた…、副長…?」
「…、お前、何で。」
二度も驚かされるとは思いもしなかった。
そこにいたのは確かに真弓だった。
本能的に逃がしてはいけないと感じて、俺は真弓の腕を掴んで立たせる。
(細ェ腕だ…。)
「……とりあえず、中に入れ。」
「あ、でも、私…。大部屋を探し、」
「黙れ。お前に拒否権は無ェよ。」
理由は分からねェが、本当に斡旋所から来たらしい。
これからコイツがどんな目に合うか分かっていて、そう簡単に大部屋に行かせるわけにはいかない。

「そこに座れ。まず、お前が何者か説明しろ。」
優しく声を掛けてやれなかった事は反省だが、危機感と緊張感が俺にそういう言葉を吐かせた。
「お、仰る通り"お仕事"で此方に来ました。ただ、うっかり先輩方と逸れてしまいまして、途方に暮れていました。…あの、申し訳ございませんが、大部屋まで案内して頂けると助かるのですが。」
真弓の方も、俺に見付かって気まずいらしい。
…いや、俺の事を恐がってる、が正解だろう。
あの時は知らなかったであろう俺の顔と名前を、今は知っている。
それが意味する事を考えながら、俺は真弓を見据えて答える。
「……駄目だ。認められねェ。」
「! そ、んな!私クビになるのは困ります…!」
また泣き出しそうな顔をされたが、その願いは叶えてやれない。
恐らく"仕事"は口実で、ここにいるのは別の理由だろう。
(有村さんは、お前の幸せ以外望んでねェってのに。)
とりあえず、今回の仕事とやらは何とか回避させねェと。
俺は真弓の反応を探る為に敢えて煽るように言う事にした。
「チッ。こんなガキまで裏に落とすなんざ、大した優良会社だなァ。…一度しょっ引くか。」
「あの、私、」
真弓が話し始めた途端、ぐぅ…、と腹の鳴る音がした。
本人は目を見開いて顔を真っ赤にして固まっている。
「…………お前、それ。」
「す、すみません!」
「ククッ、このタイミングで鳴らすかよ。」
「う…、本当にすみません…。」
「そんなんじゃ大部屋行ったところで体力保たねェよ。悪い事ァ言わねェから止めとけ。」
何とも間の抜けた理由だが、それで真弓を大部屋に通さなくて済むなら、それが一番良い。
むしろ、今なんじゃないか?
真弓に、事件の真相を話すは。
そうすれば、コイツはこんな仕事をしなくても済むんじゃないか?
(ただし、それは真弓が俺を信じてくれねェと無理だ。もし、真選組に情報を盗りに来たんじゃなくて、真選組に復讐する為に来たのだとすれば…。手順を間違えると、真弓は俺の言葉を一切信じなくなるだろう。)

「このまま帰る訳には参りません。土方副長様、私に"お仕事"させて頂けませんか…?」

「………。」
正直、そう来たか、と思った。
(自分で何言ってるのか分かってンのか、コイツ…。)
意志の堅そうな瞳をしているが、肩が震えている。
(そこまでして、…そこまでしなきゃいけねェのかよ。)

「……お前、名前は?」
「えっ、あ、真弓と申します。」
「真弓…。」
源氏名は使っていないらしい。
これなら名前の呼び分けでミスする事は無いだろう。
それに、せっかく二人で話す機会だ。
コイツの置かれている現状を確認するのは今しかない。
「そんなに金に困ってンのかよ…。」
「! …そ、それは。」
これは答えが分かっていて、敢えて聞いた。
仕事が仕事なんだから、金には困ってないだろう。
誰にも頼れず辿り着いたのが、やりたくもないこの仕事なんだと思う。

「……分かった。ここで待ってろ。」
初めて言葉を交わしたあの日に、こう言ってやれてれば良かった。
心の中で、すまない、と呟いて、俺は真弓を部屋に残し廊下へ出た。


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