【赤頭巾さんと狼くん】
 
「随分遅くなっちゃったねー。神楽ちゃん大丈夫?」
「あ、あー…。今日は新八のとこに泊まってます。」
「なら良かった。付き合わせちゃってごめんね。」
「いえ!むしろ御馳走になりました!!」
レストランを出て、二人で夜道を並んで歩く。
ちなみに俺が使い慣れない敬語を話してる相手は真弓さん。
俺より年上ってのもあるけど、何より常連の依頼人だったりする。…んだけど。

大江戸スーパーのエリア長である彼女は、万事屋を派遣か何かだと思っている節がある。
つまり、試食販売だったり、バックヤードの整理とか補充とか搬入とか。
突発的に人手が欲しい時に助かる、なんて真弓さんに言われりゃ手伝わねー訳がない。
…そ、俺はこの人に惚れている。

今日は棚卸しで予定より遅く仕事を終えて、お礼に奢るから!と食事に誘われた。
ここで素直に奢られるのが俺の悲しい財布事情であり、年下の特権でもある。
…つーか、本当は払うつもりでいたんだが、これも業務の内だから賄いだと思って?、と言われちまうと、じゃあ次は俺が払います、なんて約束が出来ると計算しちまった訳で。
(…必死な自分に軽く嘲笑すらァ。)
「こんな時間から自炊するのは疲れるし、外食は一人じゃ味気ないもん。むしろ、ありがとう。」
「…俺で良かったら、いつでも呼んでください。」
「えー?毎回はさすがに奢らないよー?」
そう言って真弓さんは年上なのに子供っぽく笑う。
背も俺より当然小せェし華奢だし…抱き締めたくなる。

「じゃ、私こっちだから。…またお仕事お願いする時はよろしくね、銀時君。」
「おー。……。」
ひらりと手を振って、ふと思う。
いつもは「いついつ頃にまたお願いするかも」って言うのに、今日は「またお仕事お願いする時は」だった…。
求人もしてるみてェだし、エリア長の真弓さんがいつも現場にいる訳じゃねェ。
「っ、真弓、さん…!!」
「ど…どうしたの…?」
突然名前を呼ばれた真弓さんが目を丸くして俺を見る。
俺は真弓さんの手から鞄を取り、横に並ぶ。
「メシ奢って貰ったお礼に家まで送ります…!」
「えっ?家、逆方向でしょ?いいよ、悪いよ!」
困惑した表情の真弓さんを見て、拒絶されたみてェで胸がざわつく。
「迷惑だったらすんません。でも、もし、そうじゃなかったら…俺に送らせてください。」
「銀時君…。…、…うん、じゃあお願いします。」
「っしゃ!!」
「ざ、残業代は出ないからねっ!?」
俺のガッツポーズに驚く真弓さんすら可愛かった、なんてもう完全に虜だわコレ。

メシに誘われた事は何回もあったけど、家まで送った事は無かった。
…というのも、解散が夕方だったり、新八や神楽が一緒にいる事がほとんどで、わざわざ送る、と言いにくい状況もあったからだ。
そんな回想をしていると、真弓さんが俺に話しかけてきた。
「銀時君ってさ、」
「はい。」
な、な、な、なんだ!!?
まさか、好きな子いるの?、とかか!?
いますいますぅー、目の前にいますよォー!!
「大型犬みたいだよね、白くてふわふわの!なんだろ、…天パのゴールデンレトリバー?みたいな?」
「…は?」
「あ、でも格好良いからシベリアンハスキーとかかな?天パの?」
「ちょ、真弓さんんん!?俺は犬になっても天パの呪いから解放されねェの!?」
「ぷっ…あははは、でも元気一杯だから意外とチワワかもね?天パの!」
「真弓さーん…俺、打たれ弱いんであんま虐めないでくださーい…?」
「え!ごめん!…ごめんね?元気出して?」
…あーもうマジ可愛いなこの人。
今然り気無く、格好良い、という言葉を聞き流したのは動揺したからであって、今も脳内再生されてっからな。
それに銀さん犬じゃなくて狼だからね?
真弓さんなんかペロリだからマジで。
俺今アレだわ、赤ずきんの横歩いてる狼の気分だわ。
ここで食い散らかしてェけど、家まで我慢、みたいな?
…。
……違っ!そういう不埒な事考えてる訳じゃねーからァァァ!!
ちょっとしか考えてねーからァァァ!!
「でも銀時君が犬だったら、忠犬っぽいなー。優しいもんね。」
ほらほらソレです。
信用されてっから、裏切れねェの。
何より真弓さんに悲しい顔させんのは本意じゃねェし。
「俺はそこらの野良犬と一緒ですよ。餌付けされてるから大人しいだけで。」
「じゃあ、暴れたら、たくさんご飯あげたら良いのかな?」
「暴れてからじゃ遅いんじゃないっすかね?」
「それもそうか!」


こんな取り留めもない会話すら永遠に続けば良いと思いながら、その時間は終わりを迎える。
「ここが私の家。本当にこんな遠くまでごめんね。」
「いや…、全然。楽しかった、っす。」
シンプルで外装は煉瓦造りなマンションは少し江戸っぽさが無い。
一番上、と指差した真弓さんの部屋はどうやら三階らしい。
「…………私も。」
「…え?」
真弓さんは、優しく笑った後、ゆっくり息を吸った。
「ねぇ、銀時君。まだ、時間ある?」
「! あ、あります!何日でも!!」
「ふふ、日付は跨がないから大丈夫。散らかってても平気なら上がっていって?」

キタァァァァーーーーー!!!!
これはもうGOサインだろ!フラグビンビンだろが!!
何なら既に銀さんの銀さんだってビンビ…おっと何でもない。
こっからは年齢指定だから!成人向けだから!!未成年撤収ゥゥゥ!!
……なーんて舞い上がってもいられねェ。
そんな簡単に煉瓦の家に狼を招き入れたらセキリティ意味無ェから!

「それは、……そ、そんな簡単に男を家に上げたらいけないと僕は思いマス。」
「何で?」
ポカンとする真弓さんを見て、俺もポカンとする。
え?真弓さんってそういう人なの?ビッチなの?
銀さん別に構わないけどね?ちょっとビックリしただけで!
「危ないでしょーが、…色々と。」
「……あ!送り狼!!?」
「ちょ、声が大きい!俺捕まっちまいますゥゥゥ!!」
「銀時君はそんな事しないもん。ね?」
「……。」

や、確かにそういう目では見られてねーかな、ってのは思ってたよ?
だがしかし、男としても意識されてねェとなると…。

「あー、お茶菓子買ってきたら良かったかなー…。」
真弓さんは俺が付いて来てるのを確認しながら先を歩く。
裏表が無いって事も、誰にでも優しいって事も当然知ってる。
そんなアンタを狙ってる男がいるのも、知ってる。
だから、それを自覚して欲しいし、知ってても欲しいんだけど。
俺だって真弓さんを狙ってる、ただの男なんだって。

「狭いけど、どーぞ。あと鞄ありがとね。」
玄関のドアを開けて中に入ると、俺の持っている鞄に手を伸ばされた。
あー…もう、本当、信頼され過ぎだろ俺。
(真弓さん、分かってねェ…、マジで分かってねェよ…。)
鞄はすとんとそのまま床に落とす。
代わりに伸ばされたその手を掴んで壁に縫い付けた。
ほとんど無意識だったが、やっちまったものは仕方ねェ。
「ぎっ…銀時、君…?痛い…っ。」
「……俺、言ってねェよ。」
「な、に…?」
「"そんな事しない"とか。」
ハッと息を飲んだ真弓さんを見ると、理性が飛びそうになる。
追って、追いかけて、追い詰めた。
俺は空いているもう片方の手でドアの鍵を掛ける。
押さえ付けた真弓さんの腕が震えているのが分かる。
「し、しないよ、銀時君は…。そんな酷い事は、しない…。」
「…そーいう事言っちまう真弓さんのが酷いと思いますけどね、俺は。」
「や、もう、冗談なんでしょ?大人を、からかうんじゃありません…!」
「冗談かどうか、確かめてみます?生憎、俺も大人なもんで。」
掴んでいた腕を真弓さんの身長目一杯まで引き上げて、また壁に縫い付ける。
背伸びをするように、踵が少し浮いた。
苦しいのか真弓さんは小さく呻いて、真意を探るように涙目で俺を見上げる。
(そんな目で見られたら止めらんなくなるだろうが…!)
「ぎ、んとき、く…。離、して……。」
「……。」
「…………っ!……腕、吊っ、た……っ!」
眉を寄せて痛がる真弓さんを見て、俺は恐怖で掴んでいた手を離した。
真弓さんはズルズルと壁を伝いながら座り込む。
「ちょっ、…待っ、て、て……。痛……。」
「あ………。」
何て声を掛けて良いのかも分からない。
俺はただ立ち尽くしてしまうだけ。
数分も無いこの時間が、ひどく長く感じた。
何よりも、この後、真弓さんに言われる言葉を想像して心が潰れそうだった。
(完全に終わったわコレ…。)

「銀、時君……。」
「……。」
「ごめんなさい…。そ、だよね。男の人、だもんね。私じゃ、勝てないん、だよね…。」
「真弓さん…?」
「……教えて、くれたんだよね?今度は、気を付ける、…ね?」
この人は、結局自分の非にして、俺を悪者にはしなかった。
まだ震えてる。
あんな目に遭って、怖かったに違いねェのに。
俺なんかを、庇ってる。
腹の底から自己嫌悪の感情だけが競り上がってくる。
「すんません。ちょっと、触ります。」
一言断ってから、俺は真弓さんを抱き締めた。
柔らけーし、良い匂いするし、俺とは違う生き物なんだなと思う。
「銀時君…?」
「真弓さんは優しいから心配してんです。俺みたいな奴なんざ沢山いるんだから、"今度"じゃなくて、今、ちゃんと拒絶して悪者にして、トドメを刺して下さい…。」
「………ご飯あげたのに暴れられちゃったなら、餌付けは失敗だね?」
きっとどこかで気付いてた。
真弓さんは、俺を何とも思って無くても拒絶しないって。
だから、…今も俺に優しい、優し過ぎる。
俺の背中に手を回して、真弓さんは子供をあやすようにゆっくりと撫でた。
その優しい手に、声に、柄にもなく泣きそうになる。

「ねぇ、銀時君。私ね、ちゃんと挨拶したかったから部屋に上げたの。聞いてくれる?」
「挨拶…?」
「……私ね、エリアが変わるの。もう、あの店は私の管轄外。引き継ぎの子には一応万事屋の事は伝えてあるから、何かあったら助けてあげて。」
「っ、」
言葉が出なかった。
あの時に感じた違和感と予感は正解だった。
「銀時君には本当にお世話になりました。…ありがとうね?」
子供をあやすように俺の背を撫でていた手が、今度は頭を撫でる。
「……嫌だ。」
「え?」
「! っあ、何でも無…」
つい思ったことがそのまま言葉になったらしい。
だけど、今言わねェで、いつ言うんだって事で。
「だから万事屋にはもうあんまり縁が無くなっちゃうけど、もし、」
「そんな事、言わないで下さい…。」
真弓さんを抱き締める腕に力が入る。
「く、苦しいよ、銀時君…。」
「離したくねェんすよ。…好きなんです、真弓さんが。俺の事、せいぜい弟か犬くらいにしか思ってないかもしんねーけど。…どうしたら、俺のモンになってくれますか?」
ゆっくりと真弓さんの顔を覗き込む。
きっと今、俺はすごく情けない顔をしている。
真弓さんは思案するように目を伏せていた。
「……銀時君には私じゃなくて、もっと可愛くて、ちょっと年下で、優しくて、いつも一緒に居られる女の子が似合うよ。」
「話、反らすなよ…。俺は、真弓さんが良いの。」
「……。」
「駄目なら、ちゃんとフッて下さい。じゃないと俺、ストーカーになるよ?」
(フラれて泣けば、それはそれで思い出に出来るかもしんねェしな…。)
腕の力を緩め、真弓さんの両肩を掴んで向き合う。
「ストーカー…?」
「そ。ストーカーって想像以上に悪質なんすよ?気付いたら居るし、遭遇しない日は無ェし…。」
言ってて、俺気持ち悪ィな、と思う。
いや、そんな気持ち悪ィ目に合ってる俺も何だか可哀想じゃね?
「そ、か…。」
「そーです。」

沈黙が続く。
ふいに部屋の奥に目線を向ければ山積みの段ボールが見えて、引っ越し間近なのもすぐに分かった。
(散らかってる、ってそういう意味か…。)
真弓さんは、本当に俺の前からいなくなっちまうんだな…。
あー…やべ、走馬灯みたいに頭ん中ぐるぐるしてらァ。
すっと覚悟を決めたような目で真弓さんが俺を見据える。


「じゃあ、ずっとはぐらかす。」
「…え?」
「そしたら、ストーカーになってくれるんでしょ?」
「え、あ、ちょ…!?真弓さん、ストーカーの意味分かってますー??」
俺が慌てると、真弓さんはクスクスと笑う。
「分かってるよ?毎日、銀時君に会えるんでしょ?」
「そ、んな事言われたら、俺、本気にするぞ?マジに実行しちゃうよ?」
「あはは、だって、嬉しくて。それに、最後まで話聞いてくれないんだもん。」
俺が肩に置いていた手に、自分の手を添えて真弓さんが笑う。
「移動しちゃうし、もう万事屋に依頼する事も減っちゃうだろうけど…、もし。もし、銀時君さえ良ければ、またご飯付き合ってくれませんか?」
「……!」
「引っ越しもするけど、電車で移動できるレベルなの。ここからだと乗り換えして一時間半くらいかな?」
「…俺、調子乗りますよ?期待しても良いんだって、勘違いしますよ?」
「うん。私で良ければ。…私だって、ずっと銀時君に平常心で接するの大変だったんだから。」
「は、ははは…。」

え?なにコレ、夢?
いや、真弓さんの手の温度がもう現実のそれだし。
これで夢オチとか絶対ェ認めねーから!却下だ却下!!

「あー!もうっ!何か分かんねェけど、色々ヤベェ!…俺、真弓さんに翻弄されてる気がするわ。」
「ふふふー。暴れないなら遊びに来てね?いちご牛乳常備しとくから。」
「それに関しては保証出来マセン!」
「えー?じゃあ頑張って餌付けしておかないと!若いからなんて言い訳、お姉さんには通じませんからね!」
「はっ、生憎子供なもんで。」

狼なんて怖くない、怖くない。
その狼は捕食対象の彼氏に昇格しました。
きっと生涯、赤ずきんちゃんを守ってくれることでしょう。


end

 
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