【vanilla】
 
「は?今なんて言ったの、真弓ちゃん?」
「え?オイルマッサージ行くって言ったけど??」
唖然として聞き返した俺に、不思議そうな顔で真弓が答えた。
意味が理解出来なくて聞き返したわけだが、聞き間違いでは無かったらしい。
「じゃあ、行ってきまーす。」
「ちょ、待て待て待てェェェ!お願い!ちょっと待ってェェェ!!」
俺は颯爽と家の外に踏み出した真弓を呼び止めた。
やっぱりキョトンとして振り返った真弓の顔を見て、自分の独占欲を思い知らされる。

普通は分かるよね!?
銀さんがこんな必死になるの、彼女だったら分かるはずだよねェ!?
何でコイツ全く分かンねーみたいな顔してンのォォォ!?

「…ちょっとこっち見なさい。」
俺はなるべく平静を装って真弓に言った。
真弓は少し不服そうに時計に視線を落としてから、真っ直ぐ俺に向き直った。
「よしよし。良い子だから出掛けるのやめなさい。」
「え、無理だよ。もう予約してるし。…行っていい?帰りにプリン買ってきてあげるから。」
「コラ、プリンで釣ろうとすンな。なめらかプリンで頼む。」
「はーい。……あの、肩を掴まれてると出掛けられないんだけど。」
まだ出掛けようとしている真弓に、俺は一度大きく溜め息を吐いて、あのさァ、と言葉を続けた。
「初めて会う男に、」
「施術の先生ね。」
「全身にヌルヌルの液体塗られて、」
「アロマオイルね。」
「隅々まで素肌を触られるとか…、」
「マッサージだからね。」
「ダメダメ!銀さん許しませんからね!?なに白昼堂々といやらしい事しに行こうとしてンのお前ェェェ!!」
真弓は肩を掴んでいた俺の手を払いながら、呆れたような顔で俺を見た。
「いやらしいのは銀ちゃんの頭の中だよ!さっきも言ったけど、西郷さんのお友達の店だからマッサージしてくれるのは男というか"お姉さん?"だし、お妙ちゃんと一緒に行くから心配になる要素無いでしょ!?」
「ぐ…。」
確かにそうだ。
本来なら真弓のやりたい事を止めさせる権利は俺には無ェ。
ただ、そうしてやれねェくらい…俺は他人に真弓の肌を触られるのが嫌らしい。
つーか、俺でさえそう易々と真弓に触れさせてもらえねェってのに!
「…分かった。」
真弓が引かねェなら、こっちにも考えがある。
「分かってくれた?じゃあ、良かった!私そろそろ、」
「俺がオイルマッサージする。」
「うん、……ん?…え、ごめん、何て言ったの??」
冒頭の俺達とは逆の顔をする真弓に改めて言う。
「真弓の体を他人に任せられっか!俺がオイルマッサージしてやるっつってンの!」
「え、えええぇ!?」
もうこれしか方法がねェ。
マッサージの心得なんてモンはねェが、何とかなるだろ。
真弓は驚いて、ぽかんと俺を見つめていた。
「…した事あるの?オイルマッサージ…。」
「無ェけど何とかなンだろ。銀さんってば器用だしィ?」
ついに真弓は折れたらしく、お妙に断りの電話を掛けた。


布団の上にバスタオルを何枚か敷いて、その上に真弓をうつ伏せに寝かせる。
「すげーイイ眺めなンだけどさァ、…何で裸じゃねェの?」
「銀ちゃんが信用出来ないから。」
「辛辣!」
真弓は下着姿に短めのTシャツを着ていた。
いや、それはそれでエロいんだけどね?
「明るいのも恥ずかしいから暗くして。」
「ハイハイ。じゃあ、お前もシャツくらい脱げよ?でろでろになっちまうぞ。」
俺は豆電球だけ点けて、カーテンを閉めた。
薄暗くなった部屋で下着だけになった真弓は目に毒だ。
「変な事したら、今からでもお妙ちゃんと出掛けるからね。」
「分ァったから、大人しくしとけって。すぐにヨくしてやっから。」
「…そういうとこだからね?」
文句を言いながらも真弓はころんと布団に寝転んだ。
あー、やべムラムラしてきた。
…いやいや、我慢だ我慢。
俺は作業しやすいように左肩の袖を脱ぎ落とす。
「さて…、どこをどんな風に触られたい?」
「聞き方がなんか嫌なんだけど。…あれ?そういえばアロマオイルなんてうちに無いよね?」
「あぁ、さっきそれっぽいの作ってみた。」
俺は瓶に詰めた液体を一掬いして、真弓の背中に落とした。
「つめた…っ!…あ、何か甘い匂いがする。」
「結構良い出来だろ?ローションにバニラエッセンス混ぜてみたやつ。」
言いながらも真弓のブラのホックを外す。
言っとくけど、汚さない為に仕方無くだからな?
俺は少し粘度のある液体を真弓の背中に伸ばした。
「え、ローション…?な、なんで、そんなものが…。」
「いや、いつか真弓に使おうと思ってたンだが、まさかこういうお披露目になるとはなァ…。ちょっと髪避けて。」
真弓は何か言いたげにしていたが、言われた通り髪を横に流してうなじを晒した。
(細ェな、やっぱ…。)
さすがに一周は出来ないが、簡単に片手で覆える。
こうやって急所を預けてくれるのは、無意識だとしても真弓の信用を勝ち取ってるからだと思う。
(多分、この辺がリンパだよな…。)
結局は素人だから、無理に本格的な事はしない方がいい。
後で体が辛くなるのは真弓だからだ。
相当に手加減しながら、真弓の首筋を撫でる。
「ど?気持ちいい?」
「んー…。」
返ってきたのはそれだけだったが、声の反応からするに問題は無さそうだ。
「肩も凝ってンな。オイルマッサージとかリンパドレナージュより整体行ったら?」
「ん、詳しいね…。でも、それとこれとは、別…。…銀ちゃん、マッサージ上手…。」
「そりゃどーも。」
そんな蕩けた声を出されるとギクリとしてしまう。
(俺の我儘でこうなった訳だが、邪念に負けずに最後までやり遂げられっかね…。)
首と肩を終えて背中に手を当てて滑らせると、真弓が身動ぎした。
「どうした?ちょっと強かったか?」
「ううん。…何か、改めて銀ちゃんの手って大きかったんだなって思ったら、ちょっとドキッとしただけ。いい感じだから続けて。」
「………。」

もう何なのこの子ォォォ!!
今、俺、我慢しようと思ったばかりなんですけどォォォ!?
何勝手にドキドキしてくれちゃってンの!?
こっちはムラムラしてるっつーの!!

動揺を落ち着かせる為に無心で真弓の背中をマッサージしていく。
(目の前にあるのはあれだ、マネキンだ、マネキンだと思え!)
そう思い込ませてから程なく、真弓から抗議の声が上がった。
「っん、ぁ、銀ちゃ…、…ぃ、痛い…ん、だけど…っ、」
(ンな声出すなよ…!こっちは色々と我慢してンだぞ。)
「んー、…んん、」
呻き声のような喘ぎ声のような、どちらともつかない声を受けて俺は手を止めた。
(一旦冷静になれ、俺ェェェ!!)
あれだ、ババアの顔を思い出せ、鮮明に。
…よしよし、銀さんの銀さんも冷静になったみたいだ。
俺はなるべく萎えそうな事を考えながら、何とか背中から腰までのマッサージを終えた。

上から順番にやってきたわけだが、という事は、つまり…。
「真弓ちゃーん、これ脱がしてイイ?」
「絶対やだ。そこ飛ばして足お願い。」
「いや、でも、尻も凝るらしいし。」
「っ、…やだって、言ってるのに…っ。」
下着の間に手を差し入れ尻を撫でると、真弓はびくりと反応を返す。
「あと鼠径部とか。」
「ゃ、…、」
ゆるりと足の付け根に指を這わすと恨めしそうに首だけ動かして睨まれたが、羞恥なのか少し涙目になっているのがたちが悪い。
苛虐心に負けた俺は、するりと下着の奥に指を這わせる。
「…そんな顔されっと、こっちの方も触りたくなンだろうが。」
「あッ、ダメ…っ、」
「何。ちょっと濡れてっけど、これローション?俺まだここ触ってないんですけどォ?」
真弓の秘部をゆっくりと撫でる。
表面では分かりにくいが、明らかに奥は潤っていた。
その正体を知りながらからかうと、真弓はガバッと飛び起きた。
「酷いよ、銀ちゃん!!もうやだ、やっぱりお妙ちゃんと出掛けてくる!!」
「……逃がさねェよ。」
立ち上がろうとする真弓を無理矢理組み伏せ、そのまま布団に縫い止める。
仰向けに倒したせいで、今度は向かい合う形になった。
ホックを外されたブラは中途半端に真弓の肩に引っ掛かって、胸を隠す事すら出来ていない。
(何か無理矢理犯してるみてェだな…。まァ、真弓にとっちゃ違いねーンだろうけど。)
「…………。」
無言で俺を見る真弓の瞳を見て、やり過ぎたな、と少しの後悔と反省。
その表情は、今にも泣き出しそうなものだった。
「悪かった、ちょっと調子乗りすぎたわ。ごめんな。真面目にやっから最後まで俺に任せてくンねェ?」
「……のに。……、」
真弓は俺から目を逸らして、ぼそりと呟く。
「ん?ごめん、もっかい言って。」
「だから、……、銀ちゃんに直接肌を触られて意識しない方が難しいのに…。意地悪。」

もォォォ!!
どっちが意地悪だ、コラァァァ!!
その顔で、その仕草で、そんな事言う方が意地悪だろうがァァァ!!

俺は目を伏せて冷静なフリをしながら、心の中で叫んだ。
こんな据え膳を我慢して、こっちは最初から限界だってのに。
(やめだ、やめだ。最初から我慢とか無理だったっつーの!!)
俺は真弓を抱き抱え、うつ伏せに寝かせてから太股に手を掛けた。
「銀ちゃん…?」
「もうさっきみてェな事はしねェ。お前は安心して体を任せてくれ。…ただし、終わったら抱く。」
「! な、何それ最後の!安心出来ないんだけど!…痛っ、痛くしないで。」
「…はぁ、煽ンないでくれない?決意が揺らぐだろうが。足が痛ェのはリンパが滞ってるからですー。全然力入れてませんー。」
全然、は言い過ぎだが、首から太股に至るまでに力加減は特に変えていない。
何つーか、足に触れたら真弓がもっと乱れちまうかも、とか、ムラムラ抑えられっかな、とか考えていたが、どうやらそれは俺の儚い願望だったらしい。
「やだっ、無理無理無理!痛い!優しくして!死んじゃう!!お願いだからぁぁ!!」
俺の手から逃れようと叫びながら身を捩る真弓を見ていると、さっきまでの色気のある展開はどっかに吹き飛んだらしい。
(台詞だけ聞いてたらやらしーンだけど、シチュエーションが違いすぎる…。)
ドタバタと必死に暴れる真弓の攻撃をかわしながら、足裏を揉み始めた時はピークだった。
どこを押しても絶叫。
…どんだけ体疲れさせてンだよ、コイツ。
(もっと、こう…爪先触られてゾクゾクしちまうとかさぁ。あ、駄目だ、妄想だけで俺が反応しちまいそう。)

途中から叫び声すら上げなくなった真弓の耳元に近付き、声を掛けた。
「ハイ、これでおしまい。…こっからは、お楽しみな?」
「………。」
真弓からの返事は無かった。
機嫌を損ねているのかもしれない。
俺は真弓の上体を起こして顔を覗き込んだ。
「おい、真弓?……オイオイオイ、マジかよ。」
寝てる。
寝てた。
え、何で寝てンの、コイツ。気絶?
体の疲れが取れたからとか、叫び疲れたからとか?
もう一度確認したが、やっぱり眠っている。
「はぁ…。」
でかい溜め息をひとつ。
(終わったら抱くって言い放った男の前で爆睡するかねェ、普通。)
少し揺すっても目を覚まさない真弓の首元に、痕が付かないキスを落とす。
「銀さん、その気になったらお前が寝たままでも構わず食っちゃうからね?……。まぁ、今回は我慢してやらァ。」
最初に無理言ったのは俺だしな。
用意していたタオルでローションを拭って、真弓に服を着させてやる。
「気持ち良さそうに眠りやがって。…ふぁ、俺も寝させてもらうわ。」
真弓の横に寝転がり、その体を抱き締めると、ふわりとバニラの甘い匂いがした。
(やらけーし、あったけーし、美味そうな匂いするし、もう完全に銀さん虜にされてンじゃん。)
真弓の寝顔を見つめていると、段々と瞼が重くなってきた。
「真弓。」
囁くようにその名前を呼ぶと、真弓は潜り込むように俺の胸元に顔を埋めた。
その位置に落ち着いたのか、布団と勘違いされてるのか、その両手は俺の服をしっかりと掴んでいる。
「俺はお前の事、絶対ェに手放してやらねーけど…。これからもそうやって俺を捕まえててくれな?」
勿論、返事なんか無い。
これは俺の我儘で、単なる俺の希望だ。
何ともいえない温かい気持ちになりながら、俺はゆっくりと意識を沈めていった。


「あ、銀ちゃんと真弓、お昼寝してるアル!」
「人に買い出し頼んどいて…、って神楽ちゃんまで横になってどうしたの?」
「幸せそうに寝てる二人を見てたら、何だか私も眠くなってきたヨ…。新八も横になるヨロシ。みんな仲良く川の字でお昼寝ネ。」
「…それ一人居なくない?え、まさか僕じゃないよね?ね?」
「zzz〜。」
「ちょっとォォォ!置いてかないでェェェ!!」


end

 
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