【かぶき町最強の女<後編>】
 
「ほんっっとうに、地球人って少食なんだねー。おかわり。」
「まぁ、見た目は比較的近いが、細けェとこは違うように出来てんだろうな。ちゃんと噛んで食べなさい。」
ついていった先は、どうやら食堂らしかった。
次から次へと出てくる料理を二人はどんどん完食していく。
まるで親子の様な会話をしている二人の間で、私はパスタを一皿だけ食べた。
その間にも両サイドには空のお皿がどんどん積まれていく。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「っあ、有村真弓と言います。私、多分、勘違いで連れてこられたと思うんです。天人の知り合いなんていないし、家も裕福じゃないし…。」
本当に、拐われた理由が分からない。
拐うからには理由があるはずなのだけど、身に覚えがない。
「真弓ね、うん覚えた。飯済んだら俺としてよ。早くやりたい。」
「な、何をするんですか。さっきから、やるとか、してとか…。同意も無しに…、…そ、そんなの犯罪です!」
反論は立場を悪くするかもしれないとは思ったけど、言わなきゃいけないと思った。
「犯罪?そんなの今さらデショ。」
目の前の男はきょとんとした顔で私を見た。
何故だろう。
ずっと会話が噛み合っていない気がする。
「あー、そいつは神威っつって、春雨第七師団の団長サンでな。…春雨って聞いた事ある?」
「いえ…。何かのチームですか?」
「宇宙海賊。具体的には、麻薬の売買や取引斡旋、人身売買とか…、まぁ、そんな組織だ。」
「! 人身売買って…!!」
まさか本当に犯罪者だったなんて!

私は慌てて立ち上り、食堂を出ようと出入り口に走るも、横から腕か伸びてきて遮られた。
「ッ!!」
「逃がすとでも思ってるの?」
(うそ…!)
神威さんの腕が私の行く手を阻む。
(どうして…!?)
ただ壁に手を当てているだけのはずなのに。
その一部だけ車が激突したんじゃないかと思うほど壁が変形していた。
一般的な地球人の私では理解しがたいけど、この天人は相当破壊力が高いのかもしれない。
殴られたりしたら痣なんかじゃ済まない、骨折とか内臓破裂でも済まないかもしれない。
「あれ?真弓、ドキドキしてる?地球の女は壁ドン好きって本当なんだねー。」
「…ドキドキはしてんだろうけど、そいつ顔面蒼白だから、お前の壁ドンは嫌みたいだぞ。」
はぁ、と阿伏兎さんは盛大に溜め息を吐いて席から立った。
そして、真っ直ぐに私を見て言う。
「真弓。お前さんがかぶき町最強ってのァ、事実か?俺にはそうは見えねェが、如何せんあの町は強い地球人が多すぎる。」
私も阿伏兎さんの目を見つめ返しながら、言葉を選ぶ。
だって私の横ではまだ壁にめり込んだ神威さんの腕があるし、首を動かしただけで触れてしまいそうなほどの距離から覗き込まれているからだ。
心臓がドキドキするのはときめきじゃなくて、警鐘に違いない。
(何となくは思っていたけど、もしかして…。)
私を武術の達人か何かと勘違いしてたりするんだろうか。
そうだとしたら急いで否定しないと!
「あ、の。私が出た大会は"かぶき町ジャンケン大会"です。ジャンケンなんです!天下一武道会みたいなの想像してたらごめんなさい!空も飛べないし、衝撃波みたいなのも出せません!」
これでもかというくらい深いお辞儀をする。
なぜ私が謝らなければいけないのかと、ほんの少し思ったりもしたけど、見逃してもらえるなら頭くらい下げたって良い。

そして、少しの沈黙の後。
「ぷっ、あはは!俺も飛べないし出せないよ。これでも地球人には詳しいつもりだったけど。あははは!」
神威さんは、そんなに面白かったのか蹲って笑い続けた。
「そんなこったろうと思ったよ俺ァ。そういう訳で、元いた場所に返してきなさい。」
笑い続ける神威さんと、呆れ返っている阿伏兎さん。
(一時はどうなるかと思ったけど、誤解が解けたなら良かった…。)
私もホッと安堵の息を吐くと、顔を上げた神威さんと目が合った。
「え?何で?」
「…え?ええ??」
今の流れが全く分かってない様子の神威さんは首を傾げている。
「確かにちょっと勘違いしてたのは認めてあげるよ。真弓は見たまんま、別に戦闘や喧嘩が強い訳じゃない、普通の地球人って事なんでしょ?」
「そうです。神威さんに殴られでもしたら、多分即死するんじゃないかと思います…。」
「あれ?じゃあ、叩いてかぶってジャンケンポンでもないんだ?」
危ない…ピコピコハンマーだったとしても、私の命の危険は変わらないところだった…。
「…うーん、若干拍子抜けしちゃったけど、せっかくだから勝負しようよ。そのつもりで連れてきたんだし。」
どうしたら良いか分からず、私は思わず阿伏兎さんに視線を送る。
それを受けて、阿伏兎さんは頷いてから言った。
「ただのジャンケンで団長が手を打つなら、気が変わらねェうちにやっといた方が良いぞ。…いつも市中で暴れて事件起こすから、隠蔽しやすいように艦の近くでやれって言ったが、まさか拐ってくるとは思わなかったぜ。」
「い、隠蔽…?」
「ホラ、拷問部屋だったら、うっかり殺しちゃっても色々都合良いデショ?」
「!!」
何なんだこの人、さっきから恐ろしいことばかりさらっと言う。
一刻も早くかぶき町に帰してもらわなきゃ…。
そう思ったところで私はふと気付いた。
「あの…もし私が勝ったりしたら、逆上されて殺されたり、しませんよね…?」
「へー、俺に勝つつもりなんだ?良い根性してるね。」
「それは安心しろ。カタギの婦女子にゃ優しくしとかねェと体面悪ィからな。責任を持って解放する。」
イマイチ不安は拭えないけど、そこはもう信じるしかない。
「じゃあ、神威さん。三回勝負でお願いします。」
そうして、臨時ジャンケン大会が始まった。


「真弓…。やっぱりお前を帰すわけにはいかない。」
一時間後、神威さんは恐い顔で私を睨んでいた。
「そんなの、話が違います…!」
このやり取りの繰り返しで私は困り果て、阿伏兎さんは盛大に笑い転げていた。
「いやぁ、ジャンケンとはいえ、ここまで一方的に負け続ける団長ってのは滅多に拝めねェからな。もっと負かして欲しいねェ。」
「阿伏兎、殺しちゃうぞ?…真弓、もう一回やるよ。」
あの後、三回勝負は私のストレート勝ちだった。
納得出来なかった神威さんは何度も勝負を挑んできたけど、全部私の勝ち。
私が強いと言うより、神威さんが弱いような…。
そんなこと恐ろしくて言えないけれど。
「最初はグー。ジャンケンポン!」
予定調和みたいに、勝つのはまた私だった。
これ、神威さんが勝つまで解放してくれないんじゃ…。
「絶対ズルしてる…。」
「してませんよ。神威さんが弱、…苦手なんじゃないですか?ジャンケン。」
「だっはっはっはっ!」
神威さんは段々子供みたいにむくれ始めて、阿伏兎さんは笑いすぎて涙すら浮かべている。
「なに?俺が弱いって言いたい訳?」
「そっ、そんな事は…!ただ、もしかしたら得手不得手もあるかなー…とは、思いますけど…。」
「真弓、ちょっとオジサンとも勝負してくれ。」
一旦、神威さんとの勝負は中断して、阿伏兎さんとの三回勝負をする。
またしてもストレート勝ちだったけど、もう一回と頼まれた三回勝負では一度だけ私が負けた。
「団長ォ、こりゃイカサマじゃなくて実力だ。」
「久々に負けた気がします…。」
「なに俺以外に負けてんの?殺すよ?」
覗き込むように私に顔を近づける神威さん。
物騒な人だと思うけれど、どうしてこんなに純粋な目をするんだろう…。
神威さんは暫く私の目をじっと見詰めた後、ため息混じりで言った。
「…分かった。解放してあげるよ。」
「本当ですか!?」
私の言葉に神威さんはにっこりと微笑む。
「うん。対策考えたらまた明日拐いに行くから。」
「いや、ジャンケンだけなら別に街中でやりゃァ良いんじゃないか?」
「なるほど!じゃあ、そのつもりでいて。」
私抜きで話が進んでしまい、気付いたら明日も会うことになってしまったらしい。
「いや…ジャンケンくらいでそこまで固執しなくても…。」
「諦めな、真弓。たかがジャンケンだろうが、団長をここまで負かしちまったんだから。」
どういう理屈なんだろう。
どんな勝負事でも勝たないと気が済まない、とかなのかな…。
(子供みたいで何か可愛いかも…。)
そう思ったら少し微笑ましい気持ちになった。
「分かりました。神威さんが来るの待ってますね。…それじゃ。」
出て行こうとする私の肩を阿伏兎さんが掴む。
「待て待て真弓チャン待って。そのまま帰す訳にゃいかねェのよ。」
「………へ?」
「この馬鹿が勝手に連れてきて申し訳ねェんだが、所在バレっと、真弓を口封じの為に殺さなきゃなんなくてね。返り討ちに出来るなら止めねェけど。」
何でもない事のように阿伏兎さんがさらりと言った。
忘れてた、この人達は恐い人達なんだった…。
「……あの、私、どうやって帰れば、」
「もっかい気絶させて元の場所に置いておけば良い?」
「ごめんなさい、それは勘弁してください。」
神威さんがめり込ませた壁を思い出すと、加減を間違うと本当に首が取れてしまうと思う。

結局、私は目隠しをして、神威さんにおんぶしてもらうという事になった。
「団長ォ。ちゃんと返すまで、戻ってくンじゃねーぞ。」
「うるさいなー。それより真弓用ジャンケン対策本部作っててよ。」
阿伏兎さんは、ハイハイ、と後ろ手で返事をしながら部屋から出ていった。
振り返った神威さんの手には包帯のような細長い布が握られていた。
それで目隠しをする、ということなんだと思う。
私がゆっくり目を閉じると、その上から優しく目隠しを掛けられる。
(意外だな、すごく優しい手付き…。)
そう思っていると、ふいに唇に柔らかい感触がした。
(………ん?)
いやいや、まさかね?
「あの…、神威さん??何か、今…。」
「ん?欲しいなって思ったものには印付けとく主義なんだ。海賊に狙われちゃうなんて運が悪かったね、真弓。」
「って事は今、神威さん、わ、わ、私にキ」
「はい出来た。んじゃ、ちょっと黙ってて。喋ってると舌噛み切れちゃうよ。」
目隠しを巻き終わった神威さんは、私の言葉を聞き終わらないうちに、私を背負って歩きだした。


途中、バイクに乗っているのかと思うほど風を浴びていたら、いつの間にか目的地に着いたらしく、私はゆっくり地面に下ろされた。
「じゃあ、また明日。」
目隠しは取ってくれなかった。
私が自分で目隠しを取った時には、既に神威さんの姿はなくて、最初に話しかけれた場所に戻っていた。
(白昼夢でも見てたみたい…。)
さっきまでのが夢だと言われたら信じてしまいそうな程、今ここにいる私は日常だった。
そうじゃないと思えるのは、ジャンケンのし過ぎで右手が疲労しているからだ。
(明日…か。)
それは夢の続きなのか、現実なのか。
そもそも、随分気まぐれそうな彼の事だから、飽きてる可能性もある。
恐い仕事をしている人達なのに、また会いたいと思っている自分に少し驚く。
「明日も、負けるつもりはありませんから。」
すっかり日が落ちた空を見上げながら呟く。


それが私と夜兎族との出会いだった。
そして、神威さんが私に勝てるのは、まだずっと先のお話。


end

 
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