【かぶき町最強の女<前編>】
 
「優勝者、有村真弓!!」
日曜日のかぶき町で行われた町内大会。
(まさか拳ひとつでここまで上り詰められるなんて…。)
私はボランティアで参加していた真選組や見廻組も1発で倒し、そのままストレートで優勝したのだった。
今日の為に戦術勉強とか開運とか頑張ったのが効いたのかもしれない。


本日行われたのは『かぶき町ジャンケン大会』。
まぁ、ジャンケンではあるのだけど、かぶき町最強という響きは単純に嬉しい。
(後にも先にも、私がかぶき町最強なんて呼ばれるのは今回だけだろうしね。)
優勝トロフィーとお米券4万円分を手に入れて私は上機嫌だった。

…だから、大会が終わった後に話し掛けてきた彼の言った事に、私は正直に答えてしまった。

「ねェ、君がかぶき町で一番強いってホント?」
「え…?あ、はい。今のところ優勝者なので…。」
「地球のおまわりもいたんでしょ?勝ったの?」
「あ、真選組ですか…?一応。執念的な意味では、サングラスをかけたオジサンの方が迫力ありましたけどね。」
よほどお米券が欲しかったのか、私に負けた後、真っ白になっていたオジサンがいたのを思い出す。
だから私はお米券1万円分、サングラスのオジサンにあげたのだった。

そんな私の話を聞いて、目の前の男は満面の笑みを浮かべる。
中華服を着ていて、髪型は三つ編み、肌の色は白くて透き通るみたいだ。
こんなに良い天気なのに傘を差しているのが印象的だった。
(体弱いのかな…?大会に参加出来なかった子なのかな…?)
もしかして、せめて優勝者と戦いたいって感じなのかもしれない。
今日の私は負ける気がしないけど。
男は私が持っている優勝トロフィーを確認すると、明るく言った。
「あはは、欲しくなっちゃった。」
「いや、トロフィーは無理ですし、さすがにもうお米券も減らしたくないんですけど…。」
「何言ってるの、君のことだよ。もう決めたから。」
「………え?」
私が首を傾げるより早く、その男は私に近づいて、あっという間に担ぎ上げてしまった。
「ちょ、離して…!だ、誰か…!」
「うるさいなー、耳元で大きな声出さないでヨ。ちょっと黙ってて。」
「なに…、…。」
首に触れられたかと思ったら、急に意識が白濁し始める。
手刀というのだろうか、何故か痛みが無かったのが意外だった。
(この人、慣れてる…。)
きっと人さらいだ。
(私なんかが、かぶき町最強になったせい…?)
助けを呼ばなきゃと口を開いたものの、声を出すより先に意識が途絶えてしまった。


「ん…。」
どれくらい意識を飛ばしていたのか分からないけれど、私はようやく目を覚ました。
ぐるりと辺りを見回して、多分室内だと思った。
…というのも、和風でも洋風でもないし、牢屋とかでもないからだ。
ならば、室内、としか言えない。
部屋と呼ぶにはあまりに殺風景だった。
(どうやって逃げよう…。そもそも、拐われた理由が分からない。)
考え込んでいると、遠くで足音が聞こえた。
その足音はだんだんとこっちに近付いてくる。
(やばい!どうしよう、寝たフリで一度くらいはやり過ごせる!?)
寝たフリで誤魔化せるのって熊だっけ!?
私がそれを思いながら倒れたのとドアが開くのはほぼ同時だった。

「まだ目ェ覚まさねェか…。ったく、あのすっとこどっこい、一般人に迷惑掛けやがって。」
聞こえてきた声は少しの疲労感を纏った男の人の声だった。
(三つ編みの人とは違う声だ…。人さらいの仲間!?)
薄目でその姿を確認すると、無精髭でいかつそうな、かなり背の高い男の人だった。
殺気や敵意は無さそうな気だるそうな目をしていたけれど、どう頑張っても倒せるとは思えない。
どうしたものかと思案していると、その男が私に近付いてきた。
(こ、殺される…!!)
だけど、バクバクと心臓を鳴らす私に触れたのは男の手ではなく、薄いシーツだった。
シーツは腰より下中心に掛けられ、まるで膝掛けを掛けられたような、その紳士的な行動は私をさらに混乱させた。

「あーぶとー!」
聞いたことのある声。
私を拐った張本人の声だ。
「ねぇ、もう起きてるでしょ?早くやらせてよ。」
「!?」
思わず叫ぶところだった。
(えっ?私が連れてこられたのって、まさか、そういう…?)
なるべく反応しないように気を付けながら、会話を聞く。
「寝てるよ。それに、どう考えても、そうとは思えねェけどなァ。」
「見た目で判断するのは小者の証拠だよ。とりあえず、やってみたら分かるって。その為にここまで連れて来たんだから。」
内容がいまいち分からないけど、"やる為に拐われた"って事らしい。
嫌な汗が背筋を通ったのが分かる。
ここで助けてと叫んだら、誰か助けに来てくれるだろうか。
少しの沈黙の後、三つ編みの男は音もなく私に近付いて手を握った。
「寝たフリしてる?さっさと起きないと指引きちぎっちゃうぞ。」
「ッ!!」
恐怖で反射的に飛び起きてしまった。
「あ、起きた。」
明るい笑顔と明るい声、だけど本能的に感じるのは死の恐怖。
早くこの男から離れなきゃ逃げなきゃと思うのに、手を振りほどけない。
力を入れている風でも無いのに、どうして。
「い、嫌です…。やめてください…。私…、」
ただただ怖かった。
知らない場所で、知らない男に捕まって、これから自分がどうなるのかも知らない。
体の震えが止まらなくて、気付いたら涙まで流していた。
それまで黙って様子を見ていた別の男が盛大に溜め息を吐いた。
「こりゃあ、俺の方が正しいかね。」
言いながら私達に近付いて、私と男の手を引き剥がした。
「お嬢ちゃん、ちょっとお話しようや。悪いようにはしねェし、させねェから。」
「何だよ、阿伏兎のケチ!」
阿伏兎と呼ばれた男に悪態をつきながらも、彼は従うらしい事にほっとした。
「あのね、客人をこんな場所に閉じ込める方がどうかしてんの。それもこんな地球の女を。」
「こんな場所って、この拷問部屋のこと?だって、この部屋なら使う度に清掃されるから、ある意味艦で一番清潔な部屋だと思うけど。」
今、拷問って言った…。
ここ、拷問部屋なの!?
天井の隅を見るとうっすら赤黒くて、漠然とあんな所にまで血が飛ぶ拷問を想像して目眩がした。
(気持ち悪い…。)
ううん、今は考えないようにしよう。
この部屋に通されたのは、悪意じゃないみたい(だと信じたい)し…。
それに艦って…、もしかして、この人達って。
「天人、なの…?」
「そうだよ。俺達は夜兎。よろしくネ、地球の女。」
すっと握手をするかのように手を差し伸べられたけど、無意識に阿伏兎さんの方に寄って逃げた。
正直どちらも怖いのだけど、この人の方が話が通じそうな気がする。
「あの、帰してください…。もう、トロフィーもお米券も全部差し上げますから…。」
三つ編みの男は、宙に浮いたままだった腕を髪にやり、ガシガシと掻いた。
「そんなのいらないから、俺とやろうよ。すごく楽しいと思うんだよね。」
口は笑っているのに、目だけがギラギラと鈍く光っている。
「このすっとこどっこい。怯えてんだろうが。…仕方ねェ、一旦飯にしよう。」
阿伏兎さんは私の方を見て、お嬢ちゃんも来な、となるべく柔らかい声で言ったみたいだった。


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