【銀時誕生日2015 side.G and...】
 
「真弓、遅くなりました。…おや?」
「マジで遅ェよ。もう薬飲ませて寝かし付けたからな。」
言いながら、俺はゴロリと体の向きを変えて、戻ってきた男の方を向いた。
「銀時は起きていましたか。というか、どこに消えたのかと思ったら、真弓と一緒にいてくれたんですね。」
松陽は両手いっぱい荷物を抱えていて、袋の中には薬や消化の良さそうな食材が詰まっていた。
俺は横たえていた体を起こして、松陽を睨む。
そんなことに怯む男ではないが、それでも真弓が待っていたのはコイツだろう事実が俺をそうさせた。
もちろん、松陽の帰りが遅くなったのは、俺たち生徒の為だし、真弓の風邪を治す為の買い物をしていたのも理解は出来るけれど。

「さて、今からお粥を作りますが、銀時も手伝ってくれますか?」
「は?何で俺が、」
「銀時が手伝ったと知れば、真弓も喜ぶでしょうねぇ。」
「……。」
コイツのこういうところが気に食わねェ。
松陽が、というより、大人の狡猾さというか、どうやったらガキを言いくるめられるか考えてンのが見える。
それでも、今の俺は結局、思い通りにされてしまうわけで。
「では、先に台所にいますね。」
松陽は荷物を抱え直して、俺が持ってきた盆も持って部屋から出て行った。
「……次、目が覚めたら楽になってるからな。負けんじゃねーぞ。」
じわりと寝汗を掻いて、少しだけ辛そうな真弓の寝顔を見届けて、俺は真弓の部屋の襖を閉めて台所に向かった。

実際のところ、松陽は本気で俺に粥作りを手伝わせたいわけじゃないのは分かっている。
あの部屋に居続けて、俺が風邪を感染されるのを案じたんだろう。
でも、この部屋にいると風邪が感染る、なんて言ったりはしない。
もし言ったら、俺は口論になったんじゃないかと思う。
だって、その言い方は真弓があまりに可哀想だ。
だから松陽は、俺をあの部屋から出す理由に真弓の為なんて言う。
そんな事を言われたら、そりゃ…こうなっちまうわけで。
どうしたって俺はまだガキで、アイツは大人だと思い知らされる。


「まんまと来ましたね、銀時。」
「モノローグ撤回。大人げねェぞ、松陽。」
台所に着いた時には、すでに粥が出来ていた。
恐らく、朝のうちに仕込んでおいて、あとは火に掛けて味の調整をするだけだったんだろう。
「真弓に感謝されるのは私一人で充分です。」
「……何、俺に真弓取られるかもしンねーって心配してンの?」
「えぇ、まさか銀時がお見舞いに来るような関係になってるとは思いませんでした。…油断しました。」
「そこは否定しろよ!!このロリコンんん!!」
「…おや、銀時は何か勘違いしていませんか?大事な大事な娘が弱ってる時に床に忍び込む男がいたら、お父さんなら憤って当然でしょう。」
真弓が松陽を好きなように、松陽もまた真弓のことを大切にしている。
二人の信頼関係はかなりのもので、もしかするとその辺の親子より、よっぽど親子かもしれなかった。
ま、孤児である俺には親子なんて想像の中の関係性ではあるが…。
俺の表情が変わったのをいち早く察知して、松陽は俺の目線に合わせて微笑んだ。
「真弓が私の大事な娘であるならば、銀時は私の大事な息子なのですよ。」
「……はは、似てねェな。そりゃ本物の親子じゃねーしな。」
精一杯で吐いた言葉は動揺を纏っていて、どうにも格好悪かった。
「似てますよ?銀時は甘いもの好きですか?」
「…三食甘いものでもいい。」
「それは認めませんが、私もです。寺子屋の皆のことは好きですか?」
「……嫌いじゃねェけど。」
「銀時は素直じゃないですね。私も皆のこと好きですよ。…銀時は真弓の風邪が早く治って欲しいと思ってるでしょう?」
「ンだよ、さっきから。そんなの当然に決まってンだろ!」
松陽から意図の分からない質問ばかりされて少しイラッとした。
多分、そんな俺の気持ちに気付いたうえで、松陽はにこりと笑う。
「同じですよ。銀時と私はこんなにも似てるじゃないですか。…勿論、本当の親子は見た目も似てるでしょう。でも、本当の親子でも心が似るとは限らない。そう考えると、とてもすごい事だと思いませんか?」
俺が求めてた答えとはきっとズレていたのだろうと思うけれど、俺は松陽が言った言葉の方が正解であって欲しかった。
黙り込んだ俺を見て松陽は満足そうに頷くと、鍋の蓋を開けて粥の様子を確認した。
「さ、銀時。口開けて。」
「………は?いやそれ俺のじゃ、」
「手伝ってくれるから来たんでしょう?…味見も立派なお手伝いですよ。」
松陽は匙に粥を少し乗せて、俺の口元に差し出した。
何だか質素なのにあたたかくて優しい匂いがした。
「……酷評してやる。」
「それは参考になりそうです。」
俺は松陽の手から匙を奪い取って、粥を口に運んだ。
匂いで感じたものが、そのまま舌に伝わる。
「どうです、銀時?」
「…不味くはねーよ。」
松陽は、それなら安心しました、と言って笑った。

「ちょっと真弓の様子を見に行きますか。朝からあまり食べれていないから、そろそろお腹を空かせて目を覚ますかもしれません。」
「行きますか、って俺も!?ダメなんじゃねェの!?」
「…嫌ですか?」
松陽はきょとんとした顔で俺を見た。
「い、いや、じゃ、ねェけど…ッ!!」
「なら行きましょう。早く治って欲しいですからね、出来ることは全部しましょう。」
手早く盆の上に鍋と器、水の入った湯飲みを乗せて松陽は台所から出た。
(そういえば。)
松陽、さっき甘いものは好きか、寺子屋の皆は好きか、なんて聞いてきたくせに、"真弓のことが好きか"は聞かなかったな。
……むかつく。
何もかも分かってるみたいな大人がむかつく。
「別にあんな奴、好きじゃねーし…!」
誰もいない台所で小さく呟いて、俺も松陽の後を追った。


真弓の部屋に着くと、丁度松陽が真弓の熱を測っているところだった。
「大分下がってきましたね。これなら、すぐに良くなるでしょう。」
「本当か!?」
松陽の言葉に思わず聞き返してしまった。
「ええ。」
松陽は微笑みながら頷いて、銀時は本当に真弓を心配してるんですね、と笑われて、しまった、と思った。
そんな俺にお構い無しに、松陽は真弓の額に新しく濡らした手拭いを置いた。
「ん…。」
急に額に冷たい感覚が起きて、真弓がそれに寝ながら反応する。
ぎゅっと閉じられた瞼がゆっくりと開いて、まだ少し熱で潤んだ真弓の瞳が現れた。
「…せんせい?」
「おはよう、真弓。気分はどうですか?」
「………ちょっと楽になったかも。」
「それは良かった。…お腹は空いていませんか?」
「うん…。さっき、銀時くんが来てくれててね、…りんご食べさせてくれたの。…銀時くん、お料理じょうずなんだよ。」
何故か名前を出されて、俺の心臓がドキリと跳ねる。
「あ、あんなの料理のうちに入ンねェよ!!」
「…銀時くん??」
視界の外にいるはずの俺に気付いて、真弓はゆっくりと体を起こした。
なんとなく気だるそうなのは、起き抜けなのと熱が僅かにでもあるからだろう。
真弓は俺と目を合わすと、にこりと笑った。
「せっかく目を覚ましたことですし、少しだけ食べれますか?私と銀時で作ったのですよ。」
「二人が…?うん、食べたい…!」
熱で潤んだのとはまた別の、キラキラした目で真弓は鍋を見た。
(つーか、俺、味見しかしてねェのに。)
「銀時は一番重要な行程をやったのですよ?」
「! 何だよ突然…!」
心の中で呟いたら、まるで聞こえていたかのように松陽が返事をしたから驚いた。
……俺は、いつかこんな化け物みたいな男に勝てるんだろうか。

「……!……うん、おいしい!」
松陽に冷ましてもらいながら、真弓は粥を口に入れた。
何でそんなに幸せな顔してンだか。
まだ体はつらいだろうし、そこまで絶品というわけでもないだろうに。
「…そんなに美味ェ?」
「うん!!先生と銀時くんが私のために作ってくれたんだって考えるだけで幸せな気持ちになるんだー…。だから、幸せの味がするの。」
風邪で味なんて分からねェくせに、と思った言葉は飲み込んだ。
だって、真弓が幸せの味がするというのなら、きっとそうなんだろうから。

真弓も孤児だ、それは俺と同じ。
松陽に出会うまでの経緯は違うが、俺も真弓も、同年代の奴等より幸せには遠く生きてきたと思う。
(……きっと、真弓は覚えちゃいないだろうが、あの時、俺は。)
一番最初は寺子屋にいる他の奴等とは違う髪と目の色をした俺に、みんな怯えていた。
たぶん、それは真弓も。
俺はそれを予想していたし、別に一人でも良かった。
寺子屋もよく抜け出して、色々悪さもしてたし、食う寝るに困らなければ何でも良かったんだ。
だけど、いつだったかな。
喧嘩して寺子屋に戻ってきた俺に真弓は言ったんだ。
"おかえりなさい"って。
たったそれっぽっちの言葉に、よく分からねェけど、物凄くたまらない気持ちになった。
俺はあの時、返事は返さずに無視したんじゃないかと思う。
正確には、何て返せば良いのか分からなかった。
そのくらいの頃には俺もある程度、周りと打ち解けていた…、といっても松陽のお節介が大きかったが。
ただ、真弓とはなかなか話す機会を得ないまま、今日に至っている。
……だから、ごめんな。
風邪が治って欲しいのは本当だけど、真弓が風邪を引いてくれて良かったなんて思ってる。
俺が松陽の息子で、真弓が松陽の娘だとしたら。
何の理由も理屈もなく、俺は真弓を守ってやれる男になりたい。
コイツが幸せでいられるなら、俺は何だって出来るに違いないから。
俺は、松陽に粥を食べさせてもらっている真弓を眺めながら、そんなことを考えていた。


真弓は汗を掻いた体を松陽に拭いてもらって新しい寝間着に着替えた。
さっき飲ませた風邪薬が効いてるのか、少し元気になったように感じる。
「……先生、寝るの飽きちゃった。」
「今日は飽きるくらいにお休みなさい。…早く治して、お団子作るんでしょう?」
「! うん、作る!」
パッと表情を明るくして真弓はいそいそと布団に深く潜った。
その団子が俺の為のものだと知っているから、嬉しいような気恥ずかしいような気持ちになる。
「いい子です。では、真弓がよく眠れるように、今日やった学問の復習をしましょう。銀時なんか、一度も目を覚ましませんでしたから、かなりの熟睡効果が期待できますよ。」
「オイ、それ言ってて虚しくねェの?」
松陽は懐から教科書を取り出すと、そのまま文字を読み始めた。
俺が眠くなるのは内容のせいもあるが、多分、松陽の声が妙に落ち着くからだと思う。
うん、うん、と相槌を打っていた真弓から寝息が聞こえ始める頃、俺も限界を迎えてその場で眠りに落ちた。
「……おや、二人とも本当に眠ってしまいましたか。先生は悲しいですよ。」
言葉とは裏腹に温かい笑みを浮かべて、松陽は教科書を閉じた。
「私は、いつまで君たちを見守れるのでしょうね。願わくば、君たちがいつか親になる頃まで一緒に居たいものです。…私に何かあったら、真弓は任せますからね、銀時。」
松陽の言葉は誰にも届かない。
月明かりで出来た自身の影を暫くじっと見つめた後、松陽は別の部屋から布団を二組運んできた。
「君達と川の字で眠るの、夢だったんですよね。…私は幸せです。真弓、銀時。生まれてきてくれて、私と出会ってくれて、ありがとう。私も全力でお団子作りしますからね。」
言いながら真弓を挟むように布団を敷いて、松陽は俺を布団に運んだ。
「それでは、おやすみなさい。明日もよろしくお願いしますね。」
松陽はそれ以上、何も呟かなかった。
何かの思いに浸っているのか、眠りに落ちたのかは、俺に知る術は無い。
松陽が真弓の部屋で眠るのを許すのは、真弓の風邪がほぼ治ったと理解したのと、…やっぱり真弓を一人にしたくなかったからだろう。

ここに来て、初めての誕生日。
俺はとっくに、かけがえのない、すごく大事な物をもらっていた。
形の無いそれに気付いて確信できたのだから、こんなに素晴らしい日もないだろう。
俺が失って、持たずに生きるはずだった、家族という関係性。
具体的にはそれだけじゃ無いが、真弓と松陽に祝われる以上に最高の誕生日なんざありはしねェ。

祝ってくれて、俺を思ってくれて、ありがとう。


end

 
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