【銀時誕生日2015】
 
「うーん…。風邪ですね。今日は一日寝ていなさい。」
そう言いながら、先生は大きな手のひらを私のおでこからどけた。
「えっ…じゃあ…っ!」
「今日は無理しないで。風邪なんだから仕方ないですよ、真弓。」
先生は、また様子を見に来ますからね、と言って私を置いて部屋から出ていった。

先生というのは、孤児である私の親代わりであり、寺子屋の先生もしている、吉田松陽。
私は気づいたときには先生とずっと一緒にいるから、親代わりというより、もう本当の親だと思ってるくらい。
どうして私がこうやって先生のところにいるかは、私は知らないし、先生も教えてくれない。
でも、私は先生が大好きだから、まだ深く考えたりはしていない。
そんな感じで、寺子屋には色んなものを抱えた子供たちが集まっている。
身分も何も関係無い。
私みたいな孤児もいれば、立派な武家の子供もいたりするらしい。

何が言いたいかと言えば、私が先生のこと大好きだってことと、先生が言ったことは絶対だってこと。

「何で、今日に風邪引いちゃったんだろー…。」
ずっとずっと楽しみにしていた、今日。
10月10日。
私と同じ孤児として、先生の所に来た男の子の誕生日らしい。
甘い物好きらしいと聞いたので、先生と一緒にお団子を作ってプレゼントするつもりでいた。
男の子の名前は、銀時くん。
最初はなかなか心を開いてくれなくて、…今も開いてくれてるかは謎だけど、きっかけになればいいなって思ってた。
なのに。
どうして私はこの日に風邪なんか引いてしまったんだろう。

それでも、先生が寝てなさいっていうなら、今日のお団子作りはあきらめるしかない。
「銀時くんの誕生日、お祝いしてあげられなくなっちゃった…。」
誰かに誕生日を祝ってもらうことが、すごく幸せだって、銀時くんは知ってるのかな?
先生と出会わず、親も兄弟もいない孤児のままだったら、私は誕生日なんてキライだったと思う。
なんで生まれちゃったんだろうって思ったはずだから。
私は毎年先生が祝ってくれるから、私はいてもいいんだって、嬉しくなる。
もしかしたら、私が銀時くんに一番あげたかったのは、こういう気持ちなのかもしれない。
そんなことを考えながら、私はそのまま眠ってしまった。


目を覚ますと、空は赤くなっていた。
(もう夕方だ…。)
先生が私をみてくれたのは朝だったはずなのに。
「もう寺子屋も終わったかなぁ…。」
病気で体が弱ると、心まで弱ってしまう。
誰かにとなりにいてほしい。
ううん、風邪をうつしちゃいけないから、そんなワガママはダメだ。
それでも、薄暗くなり始める部屋に一人は少し怖くて悲しい。

「おい。」

襖の向こうから声を掛けられる。
先生の声じゃない。
誰か分からずにだまっていると、すっと襖が開かれて声の主が現れた。
「何だよ、起きてンなら返事しろよ。」
「ご、ごめんなさい…。」
部屋に入ってきたのは銀時くんだった。
(な、なんで銀時くんが…??)
夕日に当たった銀色の髪がキラキラしてキレイだった。
「先生は…?」
「あぁ、アイツならまだあっち。やることがあるンだと。…お前がそんななのにな。」
突っぱねるような言い方は普段の銀時くんと同じなのに、私をきづかってくれてるのがわかった。
銀時くんはまっすぐ私のところまで来て、どかっと座わる。
「……。」
「……。」
最初に言ったように、銀時くんがここに来たのは最近だから、私は銀時くんのことをたくさんは知らない。
だから、会話が続かなくなるのは仕方のないことだった。
(銀時くん、おみまいに来てくれたのかな…?)
おみまいだと言い切れないのは、それが私と銀時くんの距離だからだ。
でも。
気まぐれかもしれないし、先生に頼まれたのかもしれないけど、私は嬉しかった。
「けほっ、」
「つれェ…?ん、熱まだあるな…。ちょっと待ってろ。」
言うと同時に銀時くんは部屋から出て行ってしまった。

ちょっと、と言ったはずの銀時くんはなかなか戻ってこなかった。
きっと少し様子を見に来ただけだろうし、待てば先生が帰ってくるだろう。
それでも私は、銀時くんが戻ってきてくれたらいいなぁ、なんて思っていた。

「わりィ、遅くなった。…まだ起きてっか?」
「! う、うん。起きてる。」
銀時くんが戻ってきてくれた。
私はすごく嬉しくて思わず布団から体を起こす。
「ばか、寝てろって。…あー、りんご切ってきたけど、食えそう?」
「えっ、銀時くんが切ったの?すごい…。」
包丁は危ないから触っちゃダメって言われてるから、私は包丁を使ったことがない。
銀時くんが切ってくれたりんごは可愛いうさぎの形をしていた。
器用なんだなぁ、銀時くん。
「食べるのもったいないなぁ。」
「食べねェ方がりんご勿体ねェだろ。ほれ。」
銀時くんは私の口までりんごを運んだ。
うながされるまま、私は口を開けてりんごをかじる。
「……おいしい!」
「そいつァ良かった。薬も探してきたから胃に何か入れとかねェとな。」
私とそう年も変わらないはずの銀時くんがやけに大人に見えた。
「もう一個食べるだろ?…はい、あーん。」
「あーん。…うん、こっちもおいしい!」
「そりゃ同じりんごだから味変わンねェだろ。つーか、犬の餌やりしてるみてェ…。」
言いながら、銀時くんが笑った。
銀時くんの笑顔をちかくで見るのは初めてで、私もつい笑顔になる。

「あとは、これ風邪薬な。」
銀時くんは封をあけた粉の薬と、水が入った湯飲みを私に渡してくれた。
「ありがとう。……うぇ、苦い。」
「苦いってことは、そんだけ効くってことらしいぜ。明日には良くなってらァ。」
言いながら銀時くんは、りんごが入っていたお皿や風邪薬の袋や湯飲みを全部お盆にまとめていく。
銀時くんが帰ってしまうのはさみしいけれど、それはワガママだ。
私は言わなきゃいけないことだけ言うことにした。
「銀時くん、来てくれてありがとう。」
「おー。」
「それと、お誕生日おめでとう。…お誕生日なのに、私の看病させてごめんね。」
「…あ、そっか。俺の誕生日か今日。さんきゅー。」
お盆にまとめ終わって、銀時くんは私の布団をきれいに直してくれた。
「本当はね、先生と一緒にお団子つくってプレゼントしたかったんだけど…先生がまた今度ねって。…だから、何もあげられなくて、ごめんなさい。」
「ばーか、何で謝るンだよ。風邪引いてンだから仕方ねーだろ。」
コツン、と軽くおでこをこづかれた。
銀時くんがやさしくて、私は風邪を引いてしまったことがくやしくて、何故か涙が出てきた。
きちんとお祝いしてあげたかったのに。
こんなはずじゃなかったのに。
「ちょ、オイ、何で泣いて…っ、わりィ、力入れてねェつもりだったけど、痛かったか…!?」
私が突然泣き始めたから、銀時くんはオロオロしながら私のおでこをなでた。
それがまた優しくて、何だか胸がいっぱいになった。
「うぅ、ちゃんと…っ、お祝い、したかっ…!したかった、のにぃ…っ!」
「わ、わァったから!泣くな!俺の誕生日くらいで泣くンじゃねェ!な!?」
銀時くんは自分の袖をひっぱって、私の涙をふいていく。
なかなか泣き止めない私に、困ったようなため息をついて、銀時くんは言った。
「じゃあ、元気になったら作ってくれよ、団子。…楽しみに待ってっからよ。」
「! うん…うん…!頑張ってすごくおいしいの作るね!」
銀時くんが楽しみって言ってくれて、私は思わず笑顔になる。
それで、ようやく銀時くんは安心したような顔をしてくれた。

「…ほんとに来てくれて、ありがとう。元気になったら、また明日だね。」
引き止めると風邪がうつってしまうかもしれないから、まだ一緒にいたいけれど、今日はさよならしなくちゃ。
「は?え、何、俺ここで帰る流れ?」
「え??」
銀時くんが不思議そうな顔をするのを見て、私も不思議になる。
「あ、いや…、一人でいンの心細いのかと思ってたけど、意外と平気なんだな?」
きょとんと目をまるくした銀時くんがぽつりと言った。
「ううん…。平気じゃないよ。でも、誰かと一緒にいたら風邪うつしちゃうから…。」
「あー、ハイハイ、そういう事か。どうせ松陽いつ戻ってくンのか分からねェだろ?俺は丈夫が取り柄だしな。」
そう言うと銀時くんは、私と並ぶように畳の上に寝転がった。
どうやら、まだ一緒にいてくれるみたい。
本当はよくないってわかってるのに、うれしい。
首を横に向けると、ぱちりと銀時くんと目が合った。
うさぎみたいに赤い目。
なんだか宝石みたいだ。
それをじっと見ていると、銀時くんが私から目をそらした。
「目で訴えても分かンねェから、何か言いたいことあったら言葉で言えよ。」
「あ、…べつに、」
外から入ってきた風が少しだけ冷たくて、秋の夜の風なんだなと思った。
「…やだ。」
「何?俺がいるの嫌なら、もう出て行、」
「銀時くんが、風邪引いたら、やだ。…うつしたくない。」
「……。お前が元気になるんなら、風邪くらいいくらでも貰ってやるよ。むしろ寄越せ。」
「でも、銀時くん…っ。」
「あーもー、今日は俺の誕生日なんだから好きにさせろ!お前は、…病人は甘えてたら良いンだよ!!」
銀時くんの視線が戻ってきた。
言葉は乱暴なのに、とても温かくてやさしい気持ちになる。
銀時くんは私の手を取って、しっかり握りしめてくれた。
「とりあえず、もう一回寝とけ。…俺はここにいるから、安心しろ。」
先生の手のひらと比べると、ずっとずっと銀時くんの手のひらは小さい。
それでも、体温や伝わってくる気持ちは先生より強くて、私はその手を軽く握りかえしていた。
「うん…。銀時くんとたくさんお話しできてよかった。…ねぇ、銀時くん。」
「んー?」
「もし、銀時くんが風邪ひいちゃったら…、私、看病しに行くね。」
「! 今の言葉、忘れンなよ?」
「ん、…やく、そく……。…。」
薬がきいたからなのか、銀時くんがいてくれて安心したからなのか、少しずつ頭がぼんやり眠くなってきた。
寝るのもったいないな。
もっと銀時くんとお話したいな。
「…おやすみ、真弓。」
(あれ?銀時くん、初めて名前呼んでくれた…?)
うとうとしながら聞こえた声は、現実か夢か、私にはよく分からなかったけど、あったかい気持ちで私は夢の中におちた。

「真弓、遅くなりました。…おや?」
ようやく戻ってきた松陽が見たのは、仲良く手を繋いで眠っている二人だった。


end

 
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