【盲目カレシ】
 
一度告白してフラれた。
『ごめんなさい、気持ちは嬉しいんですけど…。』
でも諦めきれずに、俺は出来るだけの事をした。

二度目の告白も、玉砕。
『…今は、そういう事考えられないです。』
きっと俺の努力が、気持ちが伝わらなかったんだと思った。

三度目に告白した時、俺の気持ちを全部伝えた。
『沖田さん…。』
『俺は本気でさァ。…なァ、もしかして他に好きな奴、いる?』
どれだけ好きなのか、どれだけ愛しているのか、誠心誠意で。
本当に必死で俺らしくもない告白。
『今"いない"なら、その時間だけでも構わねェから、…俺にくれませんか?』
『……分かりました。』
また駄目かと思ったけど、三回目のその告白で真弓は首を縦に振ってくれた。

【盲目カレシ】

あの日から、俺と真弓は恋人になった。

「真弓〜…。」
「ん、…おはよ、総悟。」
目が覚めたら隣に真弓が居る、幸せな朝。
何も身に纏っていないのに、お互いの体温が温かい。
真弓の胸元に顔を埋めると小さな手が俺の頭を優しく撫でた。
「あー…ずっとこうしててェ…。」
「うん。」
そうは言っても今日も仕事だ。
くそ、土方死ね。
「真弓は?今日休みだっけ?」
「………うん、お休み。今日は一人でゴロゴロしながら過ごすつもり。」
「くはっ、次の休みは二人で出掛けやしょう?」
「そうだね、買いたい物もあるし。」
「なんでィ。俺は真弓の財布じゃねーですぜ?」
分かってるよ、と言いながら真弓が笑う。
全然分かってない。
俺は真弓の為なら何だって出来るのだから。
……そう、何だって。

名残惜しくも真弓のいる布団から這い出ると、部屋の隅に畳まれた隊服を掴む。
「シャツのボタン取れかかってたから縫い直したよ。褒めて?」
この前の捕り物で暴れた時に緩くなっていたボタンは、確かにきっちり縫い付けてあった。
「おー、気が利く。…で、一体何が欲しいんでさァ?」
「やだもう!そういうつもりじゃ無いのに。…なんて。あのね、お仕事終わったらすぐ帰ってきて?私の隣にいて?」
布団から体を起こして俺を見上げる真弓の上目遣いに、心臓が慌ただしく暴れだした。
その顔は反則だ。
「あーもう、仮病使って休んじまいやしょうかねィ。離れたくありやせん。」
「…私も。ずっとここにいてほしい。」
そう言って体を起こした真弓は当然何も着ていない訳で、昨晩、散々見たはずのその身体に咲く赤い痕を確認して幸せを噛み締める。
「…何?俺もしかして誘惑されてんですかィ?」
「ご想像にお任せします。」
真弓はそう妖しく笑うものの、すぐに布団に潜り直して二度寝の体勢に入った。
「…いってらっしゃい。自分の立場を忘れちゃ駄目だよ?」
「真弓にゃ逆らえやせん。…すぐ帰ってくるから、待ってて。」
眠り姫にするように、横たわる真弓にキスをしてから俺は真弓の部屋を出た。

「相変わらずバカップルだな、テメーら。」
「嫉妬ですかィ?土方さん、見苦しいや。」
鼻で笑うと勢いよく頭を殴られた。
「ってェ…!マジで焼きもちとかやめて下せェよ。真弓は誰にもやらないんで。」
そう訴えると土方さんは眉を顰めた後、溜め息と煙草の煙を吐き出した。
真弓に煙草臭ェって思われたらどう責任取ってくれんですかね。
「……お前らの付き合い方、ちょっと異常だぞ?」
「…は?」
突然何を言い出すんだ、このマヨネーズ中毒は。
走らせていたパトカーを道の端に寄せて、そのまま停車させた。
「総悟が有村にゾッコンなのは知ってる。むしろ、早上がりしたい一心で仕事の成果も前より挙げてるし、そこには文句ねェよ。」
「何が言いたいんでさァ。俺ァ、真面目に働いてやすぜ?」
土方さんは言葉を選ぶように視線をサイドミラーへ彷徨わせる。
今さら言葉を選び合う関係でも無いだろうに。
「有村が変わったって女中達が口を揃えて言うんだと。仕事が終わったら即自分の部屋に戻るらしいし、あんまり人と関わろうとしなくなったっつーか…。」
「あぁ、真弓は俺にすぐ会えるように部屋に戻るんでさァ。すれ違い入れ違いになる時間さえ惜しいんで。お互い頭ん中はおんなじって事ですかねィ。」
「…なァ、それお前が強要してるって事はねェよな?俺も有村はもっと明るくていつも誰かと話してる印象があったんだよ。それが、」
「土方さん。そんなに俺と真弓の仲を疑うなら、直接真弓に同じこと聞いてくだせェ。」
土方さんの言葉を遮って睨み付けた。

真弓が変わった?
(アンタは一体真弓の何を知ってんだ!?)
上辺でしか真弓を見てなくて、少し行動が変わったくらいで異常?
最初から今だって、真弓は何も変わらない。
俺が愛した真弓のままだ。

そう目で抗議すると、土方さんは後頭部を掻きながら煙草を灰皿へと押し付けた。
「分ァった、俺が悪かったよ。…まだ例の辻斬りの件も片付いてないし、お前らの付き合いにどうのこうの言いたかねェが、心配掛けンじゃねェ。近藤さんも気にしてたみてェだしな。」
「…そいつァ失礼しやした。」
土方コノヤローは良いとして、近藤さんに心配を掛けるのは本意じゃない。
かと言って、真弓と一時たりとも離れたくはないし。
…なのに、急な仕事が決まったのは、まさに同日のタイミングだった。

「っは、ん、…っ、武州…?」
「そう。遠征で三日、っく、…決定らしい。」
「ぁ、あん、…あ、っ、ひゃう、総悟、…もぅ、っ」
「ん…。俺もイキそ…。あぁ、真弓ッ…!」
真弓の体が弓なりに反ると同時に俺達は果てた。
自分から零れ落ちた汗が真弓の胸の上に落ちて、何故かそれだけの事に下腹部が熱を帯びてくるのが分かる。
真弓は必死に酸素を取り込もうと荒い呼吸を繰り返し、俺は覆い被さるように抱き締めた。
「あー、行きたくありやせん。」
「…私ならちゃんと良い子で総悟の帰りを待てるから心配しないで。それとも、私なんて信じられない?」
「…。はは、まさか。」
真弓の瞳に映る自分がひどく情けない顔をしていて苦笑が混じる。
どうにも俺は真弓がいないと駄目なようだ。
「…総悟の不安が取り払えるなら、…好きにしていいよ。」
真弓はそう言って優しく笑うと、俺の髪をさらりと撫でた。
俺は本当に真弓が好きで、好きすぎて。
頭がどうにかなっちまいそうだ。
「ドSに"好きにして"なんて言っちゃァいけやせん。ぐちゃぐちゃに泣かしたくなりまさァ。」
「…もう散々泣かされてるんだけど?今更じゃない?」
「はいはい黙る。…覚悟しなせェ。」
俺と真弓は再び身体を重ね、眠りについたのは結局明け方だった。

太陽が昇りきる前に起床。
横を見ると、すやすやと気持ち良さそうに眠る真弓がいて、あぁ三日も会えないのか、と改めて思うだけで気持ちが重い。
「真弓、行ってきます。」
俺は真弓を起こさないように小さく呟いてから、髪を梳くように撫でて額に口付けした。


列車に揺られながら武州へ向かう。
今回の遠征は、近藤さんと土方の野郎、それから俺。
あとは俺の隊から数名世話役として連れてきている。
景色も江戸を離れて暫くしたせいか、田舎の風景に変わり始めていた。
俺は窓に映った自分をぼんやりと眺めながら横に座っている男に話しかける。
「土方さん。」
「あ?なんだ、総悟。」
「死んで下せェ。」
「おま、淡々と言い放つのやめろ。…元気無ェじゃねーか。まぁ、理由は分からんでもないが。」

三日の遠征。
しかし、土方は別の仕事があるとかで翌朝江戸にすぐ戻ることになっている。
副長ってのはいい御身分だなと悪態を吐いても、近藤さんを任せた、と言われりゃそれに反論なんて出来るはずもなく従うしかないわけで。
隊士募集の遠征ではあるが、他にもやる事はあるらしく、結局宿に着いたのは昼をとうに過ぎてからだった。
「明日は昼から、ですよね?」
「あー…、そうだな。前後は移動で潰れると思ってたし、明日はハードになるからちゃんと休んでおけよ。」
「ハッ、自分は明日の朝イチで帰るくせによく言いまさァ。つーわけで、俺は明日の昼まで自由行動させてもらいやす。」
「ちょ、おいこら総悟!!!…ったく、相変わらず反抗期過ぎねェな。」

さくさくと除草が行き届いていない空き地を歩く。
(真弓、真弓、真弓…。)
一日目でこの有り様。
こんな状態であと二日なんて耐えられる気がしない。
「………。」
間もなく夕刻。
薄暗くなってきた遠くの竹林がザアァッと重い音を立てているのを見て、ぼんやり思った。
(…帰ろう。まだ江戸行きの最終は残ってるはずでィ。明日の朝イチで武州行きに乗れば昼までには戻って来られるはず…。)
そう考え至った瞬間、気持ちが軽くなる。
真弓に会える。
真弓だって俺に会いたいに違いない。
仕事はきちんとしろと真弓は言うが、差し障りが無ければこの判断は真弓だって喜んでくれるはずだ。
俺は急いで宿に戻り、飯は要りやせん、と乱暴に伝えてそのまま列車へと急いだ。


江戸に着いた頃には空には月が浮かんでいた。
もしかしたら真弓は寝ているかもしれない。
でも、今朝何も言わずに出てきたし、せっかくなら真弓と話したい。
そう急く気持ちを抑えながら廊下を歩いていた時、話し声が聞こえた。

「………。」
「はい。くれぐれも沖田総悟には見付からないで。」
「……、…………。」
「本当に、…よろしくお願いします。」

足が貼り付いたように動かない。
聞こえてきた声はあまりにも暗く低くて、一瞬誰なのか分からなかった。
でも、この先は真弓の部屋だ。
漸く角を曲がって視界に入ったのは、誰かを見送った後の真弓の背中。
「真弓。」
「ッ!!?」
足音を殺して真弓に近付いて背中から抱き締めると、真弓はカタカタと震えていた。
「ただいま、真弓。」
「…っ、……おかえり、なさい。総悟。」
「可哀想に、こんなに震えちまって。今夜は冷えるらしいですぜ。……部屋に戻りやしょう?」
真弓の背中に手を添えて部屋の中に一緒に入る。
早く俺が温めてやらなきゃ。
本当に真弓は俺がいなきゃ駄目なんだから。

「ぁ、は…っ、…そう、ご…、…っあ、」
「んー、やっと温まってきやしたねィ。身体は大切にしてくだせェ。それはもう俺の身体でもある訳だし?」
「…あん、ぁ、…っ、はげし…!、もぅ…っ、ん、」
「いい顔でさァ。…もっと俺だけ見て、俺だけ感じてろ。」
「ひぁ、あ、…はぁ、っあん、…っ、…?……そ、ご?」
急に律動を止めるとイク直前だった真弓は不安そうな顔で俺を見上げる。
あーあ、厭らしい顔。
ぐっちゃぐちゃに泣かしてやりてェ。
脳が焼き切れるくらい激しく犯してやりてェ。
その思いは一度何とか飲み込んで、俺は自身を引き抜くと壁に背中を預けて座る。
真弓もそれに倣って身体を起こした。
「こっち来て、ここに座りなせェ。」
「…え、…。」
俺が指差すのは興奮して硬くなったままの自身だ。
「たまには悪くねェでしょう?」
「………うん。」
真弓はゆっくりと俺に近付き、期待が溢れている秘部に俺自身を宛がい沈めていく。
自分からさせるのは初めてで、従順な真弓の行為に硬度もサイズも増すのが分かる。
「…っ、…ぁ、ん、…総悟、おっき、…やぁっ、ぅ、んぁ…、」
「ほら、ちゃんと厭らしく腰も振って下せェ。…そう。今の顔、最高にエロいですぜ。なぁ、そんなに俺のキモチイイ?」
「ん、っうん、…総悟の、ぁ、気持ちい、…ぁあっ、奥、」
快楽に取り憑かれたかのように、真弓は俺の上で淫らに踊る。
「っは、やっぱ帰ってきて正解だったな。真弓はこんなに俺を求めてくれてるし、俺も真弓を求めてる。…っ、そんな締め付けんな。」
「ゃあ、…っだって、…あん、…っ。総悟、も…、気持ち良い…っ?」
「当然。あぁ、真弓…。愛してる…!」
気付けば俺も真弓を突き上げていて、お互いに快楽を貪る。
…本当に、帰ってきて正解だった。

達してくたりとしている真弓を畳に押し倒し、その顔を見下ろす。
潤んだ瞳に、薄く開かれた唇。
もう真弓の全てを食い尽くしたい、全てを俺のものにしたい。
「ん、…どうしたの?」
「……なァ、いつ知った?土方さんが明日戻るって。」
「! 総悟…?や、何で…。」
押さえて掴んだ手首に力を込めると、痛い、と真弓が呻いた。
「…まさか真弓がそんな事するなんて信じたくねェけど、言い訳があるなら聞いてやりやす。」
「っ!…すき。好きだよ、総悟。私は、あなたしか好きにならないから。他の人を好きになったりしないから。…だから、私以外の事を考えないで!お願い、総悟!」
真弓は随分情熱的な告白をしてきた。
その必死な言葉に思わず口角が上がる。
「俺も。真弓が大好きで真弓以外考えられねェや。…だから、邪魔されたくないんでさァ。」
とびきり優しいキスを真弓に落とすと、ぽろぽろと涙が零れて、それが月明かりに光る。
「お願い総悟、お願い…。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。総悟、殺さないで。」
「………。それは無理。」
「! 違うの、手紙を渡してって頼んだだけなの!手紙の中身も私の冗談だって言っておくから!だから、」
「………明日も戻ってくるから。今日はもう遅いからゆっくり休みな、真弓…。」
「嫌っ!総悟ダメ!!お願いだから、もう裏切ったりしないから、殺さないで!!総悟…っ、」
真弓が反論を言い切る前に、軽い衝撃を与えて意識を断ち切ってやる。
おやすみ、良い夢を…。


血塗れで逃げるその背中を追い詰めているうちに、屯所から離れた河原まで来ていた。
「…沖田さん、…アンタ、本当に…っ!」
「ザキ。悪ィけど事情を知っちまったみてェだから斬りやす。ちゃんと辻斬りに細工してやるよ。それに、その手紙が土方さんに渡ると面倒なんで。…ま、それよりも真弓の瞳に映った、会話した事の方が俺にとっちゃ重罪でさァ。」
「…こんなの、間違って、」
「間違ってると思ってても、俺にはこれしかねェんだ。…じゃあな。」

血で真っ赤にそまった手を河原の水で清める。
ザキから回収した手紙はビリビリに破って川に流した。

『土方様。
取り急ぎ失礼致します。
ご存知かと思いますが、私と沖田総悟の関係は異常なものです。
機会が巡れば直接詳しいお話をしたいのですが、常に彼が私を気にしているので、総悟が江戸にいない今日に至るまで叶いませんでした。
単刀直入にお伝えします。
もしまた隊士を狙った辻斬りが起きたら、総悟から目を離さないで下さい。恐らく犯人です。
どうか、真選組を守ってください。
有村真弓。』

綺麗に綴られた字は怯えが伝わってくるどころか、凛とした決意を感じさせた。
「…はは、真弓は本当に真選組思いでさァ。……初めて会った時から何にも変わってねェなんざ、目眩がしそうでィ。」
思い出す、俺が真弓を手に入れる為にした事の全てを。


一度告白してフラれた。
『ごめんなさい、好きな人がいるんです…。気持ちは嬉しいんですけど…。』
でも諦めきれずに、俺は出来るだけの事をした。
真弓が好きな奴を突き止めた。
そいつを突き止める為に、本人の他に二人ばかり辻斬りに見せ掛けて斬った。
我ながら上出来だと思った。

二度目の告白も、玉砕。
『…今は、そういう事考えられないです。彼を弔わないと…。』
きっと俺の努力が、気持ちが伝わらなかったんだと思った。
とりあえず、真弓に言い寄ろうとしている男は全部斬り殺した。
だって、真弓の事を一番愛しているのは俺なんだから。
屯所内では隊士が立て続けに辻斬り被害にあったとして、攘夷浪士の対策本部が作られた。

三度目に告白した時、俺の気持ちを全部伝えた。
『沖田さん…。あなたが、彼を…?どうして!?酷すぎます!返して!彼を!…私なんかにフラれた腹いせですかッ!?』
『俺は本気でさァ。俺は真弓を手に入れる為なら何だってする。どうしたら俺を好きになってくれやすか?…あぁ、もしかして。…なァ、もしかして他に好きな奴、いる?』
『!! 最低!分かってて言ってるくせに!それに、万が一いたら…、また殺すんでしょう?』
どれだけ好きなのか、どれだけ愛しているのか、誠心誠意で。
本当に必死で俺らしくもない告白。
『あなたが殺したのは仲間でしょ!?あなたの勝手な都合で殺されて良い人達なんかじゃない!!』
『…そう思うのは自由だけど、俺はアンタを手に入れる為なら…、それ以上の手段にも躊躇わねェですぜ。』
『……。』
『今"いない"なら、その時間だけでも構わねェから、…俺にくれませんか?』
『……分かりました。』
また駄目かと思ったけど、三回目のその告白で真弓は首を縦に振ってくれた。
そして、真弓は俺に聞こえない声でこう呟いたんだ。

『私が犠牲になって皆の無事が保証されるなら、あなたの茶番に付き合ってあげる。その代わり、私はあなたを愛さない。私は、あなたを絶対に…、許さない。』

仮初めの幸せ。
虚偽の言葉。
脅迫で成立している愛。

俺に向けられているのは愛情じゃない。
嫌悪と憎しみと殺意。
それでも構わない、真弓がこうやって俺の傍にいてくれるなら。

何も見えない。
何も見えない。
でも、俺は真弓だけ見えてれば良いから。
俺を狂わせてしまったアンタが、これ以上、俺が狂わないか見張ってて。
だから、真弓は俺以外を見ちゃいけない。

…じゃないと、また殺さなきゃいけないから、な?


end

 
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