【銀時誕生日2014】
 
新八君から遅れること数時間。
私は万事屋に来ていた。

「真弓、遅いアル!待ちくたびれたネ。」
「ご、ごめんね。でも言われたものは全部買ってきたから。」
私はここに来る前に寄った文具店の買い物袋を神楽ちゃんに手渡す。
「キャッホー!真弓、グッジョブヨ!」
「あと、こっちは新八君に頼まれてたケーキと食材。」
「すみません、真弓さん。こんなに沢山食材が揃うと、今日までに銀さんと神楽ちゃんが食べてしまいそうで…。」
「ううん、いいの!…むしろ、教えてくれてありがと。」
そう言って二人に微笑むと、新八君は頭を下げ、神楽ちゃんは私に抱き付いてきた。
(銀ちゃん、愛されてるなぁ…。)

今日10月10日は銀ちゃんの誕生日らしい。
らしい、というのは私が最近まで…正確には二人が銀ちゃんの誕生日を祝うって私を誘ってくれるまで知らなかったからだ。
…彼女だというのに。
私が何度銀ちゃんに聞いてもはぐらかされてしまっていた。
確かに私も銀ちゃんも誕生日が楽しみな年齢では無いのだろうけれど。

ぼんやり聞かされている彼の白夜叉時代の話。
出生とか生い立ちを聞くのは何だか躊躇われて、彼の過去を無意識に詮索してしまうのが申し訳なく思うところもあった。
それでも私は本当に彼女だと、恋人だと言えるんだろうか。
おめでたいはずの今日が、何だか不吉なもののように感じてしまうなんて。
こっそり溜め息を吐く。
銀ちゃんと付き合い始めたのも、こんな晴天の秋だった。
それなのに、私は…。

「じゃあ、飾付けは神楽ちゃん、僕は料理担当だね。」
「おう!任せるヨロシ!」
「あ、新八君、私も手伝うよ。盛り付けだけで済むものもいくつか用意してるから…。」
「いいえ!真弓さんには、もっと大事な役目があるので。」
そう言って、にたぁと笑う二人の笑顔は銀ちゃんにそっくりだ。


私は背中を押されて、ある部屋の前まで来た。
「一応サプライズなので!昼過ぎまで部屋から出ないよう見張ってて下さい。…まぁ、いつも起こさなければ昼過ぎまで寝てるから難しくはないと思います。」
「頼んだネ、真弓!」
「……分かった、任せて。」
せっかくのサプライズなんだから成功させたい。
こんなに二人が頑張ってるのだから、私に出来ることは何だってやってあげたい。
私は銀ちゃんの部屋の襖にそっと手を掛けた。

「…おじゃましまーす……。」
音を立てないように襖を開けて、すぐに閉める。
(なにこれ、甘…。)
部屋は温まったいちご牛乳みたいな匂いがした、…っていうか、本当に飲み掛けのいちご牛乳置いてある!
私はゆっくりと窓の鍵を外し、換気した。
朝の澄んだ風の匂いは、もうすぐ冬が始まると教えてくれるようでひんやりしている。
振り返ると、銀ちゃんは掛け布団からはみ出していて、甚平の隙間から筋肉質な胸元が覗いていた。
風邪を引かせてはいけないと、銀ちゃんの横に座り、布団を正しく掛けてあげようと手を伸ばした時だった。

「……………何してンの?」
「! ひっ、…や、あの…!!」
私が弁解するより早く銀ちゃんの腕が私を捕らえ、そのまま布団に引きずり込まれた。
「窓なんか開けたら寒いでしょーが。」
「ご、ごめん…。」
「…つーか、俺の部屋に入るなら前もって言ってくれ。見られたらまずいモンもあンだよ、銀さん健全な成人男性だしィ?」
気付けば私は銀ちゃんに腕枕されていて、これから寝かし付けられるみたいな状態だ。
「また長谷川さんから借りたの?事務所には持ち込まないの偉いと思うけど、すぐそこだよ?……私じゃ、物足りない?」
「バッ…!!…バ、バカヤロー!そういう意味じゃなくて!つーか、今の反則ゥゥゥ!!」
不安になって聞いてみたら、突然狼狽えだす銀ちゃん。
「あー…、大事にしてる女を性欲処理の為だけに抱けるわけねェだろ。…何、もしかして嫉妬でもしてくれンの?」
「…うん、ちょっと。」
「! ちょ、何なのこの子。可愛すぎだろ…。」
観念したような溜め息を吐いて、銀ちゃんは私をぎゅうっと抱き締めた。

銀ちゃんは暫く私を抱き締めた後、あっ、と声をあげた。
「そーいや、何で居ンの?もしかしてこれ夢?真弓が寝起きを襲いに来る夢を見るとか相当ヤベェな…。よし、夢なら一発、」
「やっ!?ば、馬鹿!夢じゃないっ、夢じゃないから!」
「くはっ、…知ってる。おはよーさん、今日はどうした?」
まだ少し微睡んでいる紅い瞳。
時々この瞳を見ていて思うことがある、銀ちゃんは私とは全く違う所の人なんじゃないかって。
例えば、そう…天人みたいな…。

「真弓?」
「っあ!えっと、会いたくて?銀ちゃんに会いたくて来ちゃった!」
すごく勝手な想像をしていたところで呼ばれたものだから、うっかり声が裏返ってしまった。
銀ちゃんはそれが可笑しかったのか、くつくつと喉を鳴らせて笑う。
「うん、俺も会いたかった。ようこそ、銀さんの布団の中へ。」
「そ、それ、変な意味にしないで…?」
そう言うと、どうしよーかなー、なんて意地悪な返事が返ってきた。
何だか体が熱くて、私は掛け布団から少し出て、それを銀ちゃんへと押しやった。
「あー…つーか、今何時?目ェ覚めちまったな。」
「! まだ寝てて良いよ!いつも寝てる時間だし!!」
「どうした?ンなに慌てて…。」
銀ちゃんが布団から体を起こしたから、私も慌てて飛び起きる。
今この部屋から銀ちゃんを出すわけにはいかない、頑張ってる二人の為に。
私は思わず銀ちゃんの甚平の袖を掴む。
「…なに?」
その言葉は溜め息を纏って紡がれるのに、眉を下げて困ったように笑う銀ちゃんの目はとても優しい。
私はというと、次の言葉なんて考えてなくて、必死に絞り出した返事が以下の通り。
「ゃ、あの…、行かないで。…ま、まだ、二人っきりで居たい…。」
銀ちゃんが目を丸くしたのは当然で、私自身そんな恥ずかしい言葉が自分の口から出るとは思ってなかった。
「…何か変なモンでも食ったの?お前。」
そろりと頬に伸ばされた手は大きくて、私の顔なんて片手で覆えそうだ。
銀ちゃんの甚平から手を離して、頬に添えられた手に自分の手を重ねる。
「…………食べてないもん。」
「ふはっ、一年で随分可愛くなったな。すっかり俺好みに育ってくれちまってまァ。」
「そか…、もうそろそろ一年だもんね。あっという間だったな。」
「つーか、一年前の今日な。真弓が俺のものになった記念日。」
「……へ?そうなの??」
さらりと告げられた言葉に、今度は私が目を丸くする番だった。


先に"好き"って言ってくれたのは銀ちゃん。
私はビックリして、信じられなくて、その場で返事が出来なかった。
だってあの時、銀ちゃんはウチの甘味処によく来てくれるただの常連さんで。
誤解が無いように言うと、私は銀ちゃんの事がすごく気になっていたの。
"返事は今日じゃなくていい"って聞いて、答えは決まってるくせに、何故か安心したっけ。
それから数日して、銀ちゃんが私の働いている甘味処まで来て言った。
"やっぱ待てない。今日、答えが欲しい。"って。
その顔は真剣で、どこか不安げで、でも有無を言わさない雰囲気を纏って。
何度も言おうとしては音にならなかった"私も好き"なんて、そんな言葉を絞り出すのにとても勇気が必要だった。
銀ちゃんはそれを聞いて嬉しそうに笑ったのを覚えている。


「…ね、何であの日だったの?」
「っ、」
いつも饒舌な彼が言葉に詰まるのは珍しい。
私が銀ちゃんの目を見つめながら聞くと、銀ちゃんは顔を赤くして目線を逸らした。
「……あの日、神楽に一番欲しいものは?って聞かれて思ったんだよ。俺は真弓が一番欲しいんだってな。だから、真弓が首を縦に振るしか出来ねェように迫ったっつーか、…後悔してる?」
銀ちゃんは頬に宛てていた手を離すと私の背中に腕を回した。
私はバランスを崩して、倒れ込むように銀ちゃんの胸の中へ。
「してないよ。…私も銀ちゃんが好きだったから、告白してくれるなんて思わなくて夢だと思って、返事待たせちゃったね…。」
「そーそー。マジに究極の焦らしプレイだったわ、アレ。」
「ん?…ってことは、それ去年の銀ちゃんの誕生日の話!?」
銀ちゃんの胸を押して顔を覗き込むと一瞬、しまった、みたいな顔をしたけど銀ちゃんは開き直って笑った。
「…そ。最高のプレゼント貰っちまったわ。なァーんて言うと真弓が怒るンじゃねェかと思って内緒にしてたけどな。」
「なんだ…。だから銀ちゃん、誕生日なかなか教えてくれなかったんだ…。」
やっと理由が分かって安堵の溜め息を吐く。

「……つーか、いつ聞いたの?誕生日が今日だって。」
「しまった!」
「いや、心の声が口から出てるから。誤魔化す顔しても、もう手遅れだから。」
私が銀ちゃんの誕生日を知っているとしたら、新八君や神楽ちゃんに聞いたのは明白。
それで、私がこんな時間に単身銀ちゃんの部屋に入った理由なんてすぐにバレてしまう。
「……忘れて!今すぐに!!」
「ちょ、待て待て!その振り上げた拳は何なのかな、真弓チャンンン!?殴ったくらいじゃ記憶なんて飛ばないからね!!?落ち着こう、な!?」
私がサプライズを台無しにするわけにはいかない。
かといって、せっかくの誕生日に銀ちゃんをボコボコにするわけにもいかない。
どうしたら良いんだろう……。

拳をそのままに固まっていると、とても真剣な声で銀ちゃんが言う。
「…じゃあ、忘れさせてくれよ。真弓が。」
「へ?」
気付いたら目の前が銀ちゃんから天井に変わって、私は布団に押し倒された事を遅れて理解した。
銀ちゃんの体温でまだ温かい布団と、開けた窓からそよそよと入り込む風が冷たくて気持ち良い。
そう思って目を閉じた本当に一瞬で銀ちゃんは私の唇を奪った。
「っ銀ちゃん……。」
「そんな顔すンなよ。止めてやれなくなるだろうが…。」
熱っぽい吐息と紅い目に思わず息を飲む。
甚平の隙間から覗く鎖骨がやけに色っぽくて、自分でも顔が赤くなっているのが分かった。
「わ、忘れてくれる、なら…止めてくれなくても、良いよ…。」
「……言ったな?」
ずいっと銀ちゃんの顔が近付いて私に影を落とす。
銀ちゃんは私の顎を固定して、……あれ?
「銀ちゃん、…?」
「んー?」
銀ちゃんは私の頬に触れるだけのキスを数回した。
(もっとすごい事されるかと思った…。)
安心したような少し残念なような気持ちで名前を呼ぶと、キョトンとした銀ちゃんの瞳と視線が交わる。
「なになに?もしかして真弓チャン"もっとすごい事されるかも"って期待しちゃった?」
「っ!!」
「ちょ、マジでか…否定してくれよ。期待に応えたくなっちまうだろうが。」
言いながら銀ちゃんはゆっくりと私の横に寝転がった。
そのまま私の頭に手を伸ばし優しく撫でながら微笑む。
「…ま、続きは夜にな。今日は俺の好きにさせてもらうから覚悟しとけ。」
「いつも好き勝手してるくせに…。」
ぼそりと呟くと、銀ちゃんは右手の親指で私の唇をふにふにと押しながらラインをなぞる。
くすぐったい。
「一年間、俺と一緒にいてくれてありがとな。まァ…、これからも一つよろしく頼むわ。」
「…うん、任せて。」
二人で笑い合って、どちらからともなくお互いを抱き締めた。
こんな幸せな時間が、また来年の銀ちゃんの誕生日まで続けば良いな。


「真弓ーっ!もう大丈夫アル!!」
スパーンッと襖が吹っ飛ぶんじゃないかという勢いで神楽ちゃんが部屋に入ってきて、思わず飛び起きた。
変なことをしてた訳じゃないけど、銀ちゃんと一緒に布団に寝転がってたという事実をふいに見つけられて何故か恥ずかしくなる。
「おー、終わった?つーか、生殺しなんだけどこの役回り。」
銀ちゃんは神楽ちゃんの登場に全く驚かず、すっと立ち上がって神楽ちゃんの横へ。
「役得って言って欲しいネ。…さ、始めるアル!」
「…へ?え?…なに?…どういう状況??」
頭にたくさんの疑問符を浮かべていると、二人の間から新八君が顔を出した。
「すみません、真弓さん。実はこれ、真弓さんへのサプライズなんです。」
「そうネ!銀ちゃんから話は聞いてるアル!よくこんなマダオの面倒を一年も見てくれたネ。今日のメインは"真弓、これからも銀ちゃんの世話よろしくネ"会だったアル。銀ちゃんの誕生日はついでヨ。」
「おい待てお前ら。そこは銀さんの誕生日ありきだろうが!…え、嘘でしょ?銀さん視界が霞んで来たんですけど。」
三人はいつも通り明るくて賑やかで楽しい。
なのに、何故か私の頬を伝ったのは涙だった。
「えっ、真弓さん!??」
「真弓、どうしたネ!?銀ちゃんに何かされたアルか!?」
「ば、馬鹿言うンじゃありませんんん!まだ何もしてねェよ、まだ!!」
慌てる三人を見て、この一年の事をぼんやり思い返す。
私は万事屋の皆が大好きでとても大事だ。
その事実が嬉しくて幸せで、うん、だからこれはきっと温かい涙なんだと思った。
「ありがとう。私は、すごく幸せ。」
涙を拭って笑うと、三人は一瞬驚いた顔をした後、同じように笑ってくれた。

「今日は一日中、無礼講ネ!」
「夕方からはお登勢さん達が参加してくれるそうなので、一足先に僕達だけでお祝いしようって事になったんですよ。」
そう話す二人の後を着いていくと、ふいに後ろに引っ張られてバランスを崩した私は、そのまま銀ちゃんの腕の中へ収まる。
「…真弓。夜、ガキ共とババァが寝潰れたら二人で抜けるからな。」
さっきの熱を思い出すのに充分すぎる声に思わず身を捩る。
「…ね、銀ちゃん。…好きだよ。これからも。」
「! ハッ、俺なんか真弓のこと愛してっから。簡単に離してなんかやらねーぞ。」

幸せなスタートを切った今日という日は、本当に特別。
だから、あなたにとって毎年そんな日であれば良いな、と思わずにはいられない。
私は心を込めて、この言葉をあなたに贈りたいと思う。

「銀ちゃん、お誕生日おめでとう!!」


end

 
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