【しろくろ】
 
異三郎君へ。
今日は曇天、視界は最悪です。

「おーい、邪魔でさ。」
「そう思うなら避けて下さいー?」
「…おー。ほんじゃマジ斬り伏せて通らせてもらうとしやす。」
「あはは!面白い冗談!君如きが私を斬り伏せる?やってやって!」
そう言うと、私の目の前に立つ少年はただ眉間に皺を寄せる。
その理由はたった一つ。
私の方が強い、それが事実だからだ。
何度も私に突っ掛かってくる彼より劣っているものは、今のところ無いと言い切れる。
剣術も口喧嘩もアルコールへの耐性も。
そして周りはそれを理解しているからこそ、割り入ってまで止めようとはしない。
…そう、ここではそうあるべきで、私は誰よりも強い事を全員に知られなくてはならない。
それが私の役目ならば。

「総悟、有村。お前ら顔合わせる度に喧嘩すンのやめろ。総悟も喧嘩売る相手は選べ。有村も郷に入っては郷に従えだ、"今"は仲間だ。…そうだろ?」
睨み合う…といっても沖田君の一方的な視線だけど、それを割って入れるのは屯所では彼だけらしい。
「土方君、私は普通に受け答えしてるだけだけど?」
「そーそー。楽しい会話で親睦を深めてただけでさァ。」
「嘘吐けッ!!テメェらが廊下占拠してるから女中がビビってンだよ!!他所でやれ!!」
おやおや…、それは悪い事をしたかも…。
はぁ、と呆れしか含まない溜め息をひとつ吐いて、土方君は私に向き直る。
「…ここに居なきゃならねェのは不服だろうが、お前ン上司との契約だからな。そこは諦めてくれ。」
「こちらこそ、勉強させて頂きに来た身。不服などとんでもない。…では、自室に戻りますので失礼致します。」
ぺこりと御辞儀をして、二人に背を向けて歩き出す。
沖田君と土方君がまだ何か話しているのが分かったけど、私には関係無いと振り返る事はしなかった。

割り振られた部屋の戸を開けて中に入る。
場所は女中さん達の部屋の方に近く、女である私への配慮だと理解した。
(疲れた…、もう帰りたい…。)
早くも一週間、私は屯所で生活をしている。
そう、私は真選組に所属しているわけではない。
「…上司様に報告しなきゃ。」
私は部屋の隅に追いやった携帯を手に取る。
携帯を携帯しないのには理由がある。
「未読メール…、62件…。」
はぁ、と心からの溜め息が出た。
これでも今日は少ない方だ、初日は三桁だったんだから。
「本日も、変わり無く、隊務終了、っと…。」
カチカチと携帯のボタンを押しながら報告メールを作る。
そして送信とほぼ同時に返信が届いた。
…この人のメール速度は異常過ぎる。
私の居合い抜きより早いんじゃないだろうか。
『真弓たん、おつかれー(^o^)昨日は返信が無かったからサブちゃんおこだお( ̄ヘ ̄)プンプン』
「………。」
私の上司、佐々木異三郎。
見廻組のトップである聡明なはずの彼のメールは常にこんな状態だ。
「報告は最後に書面でまとめた方が良いと思うんだけ、」
私の独り言を遮り、メール着信音が鳴る。
『ごめーん、今は怒ってないお(´▽`)だからちゃんと返信してね?』
「……はぁ。」
分かりました、とだけ返信して携帯の電源を切った。

遡ることまさに一週間前。
鉄君がちゃんと屯所でやっていけるのか心配だった異三郎君が、私に短期異動を告げた。
名目上は、真選組の内部調査及び隊務の支援、あとは時間があれば隊士に稽古をつけてくれ、との事だった。
信女ちゃんはコミュニケーションの問題があるからと、私に白羽の矢が立った訳だ。
それでも信女ちゃんのが適任だった気がするのだけど。
『くれぐれも、真選組にナメられないように頼みますよ?』
それは、普段の私の性格を知っているからこそ念を押された言葉。
氷のような目でそう言った異三郎君の言葉が私には重圧だった。
ナメられないようにって何だろう。
弱いところを見せるなって事?
確かに私が見廻組の一人だという事を踏まえると、ここで真選組にナメられる訳にはいかないに違いない。
(…と思って、そういう自分を演出してはみたけれど。)
でも、実際はそんなに構えなくても大丈夫だった。
真選組の隊士は最初から私と一線引いてたし、沖田君を試合で負かしてからは、ますます畏怖の目で私を見るようになった。
…ちゃんと、元の性格は隠しきれているだろうか。
さっきも沖田君に、邪魔、と言われて思わず謝るところだった。
あんな挑発的な態度を取りたい訳じゃないんだけど、"強い私"を演出する為には効果的なんだから仕方ない。
斬り伏せる、と言った時にチリチリと感じたアレは沖田君の殺意が溢れたものに違いない。
「今更だけど、あそこまで嫌われると、ちょっと…しんどいなぁ…。」
本当は、隊士さん達とも仲良くしたい。
でも、私が皆と対等の関係を築いてしまって、その態度を見廻組全員にされては困る。
可能なら、見廻組に一目置いてて欲しいし。
うーん、人間関係って難しい。


特に人間関係が改善されないまま日にちだけが経った。
そんな見廻りの帰り道。
「有村さん、お疲れ様。」
「え、っと…?」
私を呼び止めたのは綺麗な女性なんだけど、…誰だろう?
私が白じゃなくて黒の隊服を着ていることに疑問を抱かないなら、真選組か見廻組だと思うけど、覚えがない。
真選組に女隊士はいないし、見廻組なら私が知らない訳がない。
私が言葉に詰まっていると、女性は困ったように笑った。
「…あ、もしかして山崎君?」
聞き覚えのある声から推理してたみたが、どうも正解のようだ。
「…………綺麗。」
「へ?あ、いやいやいやいや!え?有村さんでも人を褒めるんですね。」
(しまった…!!)
だって、きちんとした着物を着て、化粧もバッチリしてて、物腰は元々柔らかい人だから、どう見ても理想の女性像なんだもの。
「…違ってたらすみません。屯所では結構無理してます?」
「!! な、なんで、」
山崎君の言葉は図星で、思わず狼狽えてしまう。
「あー…、ほら、よく無表情でいようとしてるじゃないですか。これでも隊士の中では気が回る部類なんですよ。」
「…バレてる虚勢程、恥ずかしいものも無いわね。」
結局また虚勢を張ると、それ、と山崎君は笑う。
「見廻組の体裁もあるとは思いますけど、もっと楽にいきましょうよ。あ、小道具用に買ってた上生菓子食べます?」
笑いながら山崎君が差し出してくれたのは、真っ白いウサギを型どった和菓子だった。
「か、可愛い!!本当にもらっても良いんですか!?」
「あは、そっちが本当の有村さんなんですね。勿論、貰ってください。」
強い自分を演出しなくて良いってこんなに楽なんだ…。
山崎君、優しい人なんだなぁ…。
「そうだ。可愛いの好きなら、こういうのも好きなんじゃないですか?」
山崎君が着物の袂から取り出したのは、艶やかな花のデザインがあしらわれた深紅なのに透き通った簪だった。
「すごく素敵…!でも、私には似合わないし、勿体ないですよ。」
「ご謙遜を。…でも無理に受け取って貰うつもりはないんだ。もう用が無いからあとは捨てるだけだしね。」
こんな綺麗で高そうな簪を捨てる!?
え、それはもっと勿体ない気がする。
捨てちゃうくらいなら、いっそ…。
「…有村さん、全部顔に出てますよ?」
そう言って、山崎君はやさしく笑った。
そして私の答えを待たずに、彼はそのまま私の手を取り、掌に簪を乗せた。
「女装潜入なんてそうそう無いし、人助けだと思って…、ね。」
「っ嬉しいです。…ありがとうございます。」
「大丈夫、絶対似合うから。」
ぺこりと頭を下げると、見廻り頑張ってくださいね、と言って山崎君は先に屯所に戻って行った。

手渡された簪は日の光を受けてキラキラと輝いている。
女らしい物とはどんどん無縁になっていくのに、それでもこういう物に出会う喜びや楽しさみたいなものは変わらない。
きっと異三郎君や信女ちゃんはくだらないと一蹴するだろうし、真選組の人達からしたら違和感しか無いだろう。
私が身を置く場所が、そういう場所なのだから当然といえば当然。
だからこそ、山崎君の言動は新鮮だったし嬉しかった。
彼は見廻組と私を別として見てくれているのが分かるから、肩の力を抜く事が出来た。
近藤君や土方君ともそういう関係を築けたら良いのだけど。
…いや、それよりも。
沖田君とはもう少し仲良く出来ればと願うが、きっと彼がそれを望まないだろう。
出会えば殺気の応酬になってばかりだけど、私はどちらかと言えば沖田君の事は好きな方だと思う。
確かに彼に負けているものは無い、と言った言葉を訂正するわけではないけど、沖田君の戦い方は感心するところもあって勉強になっている。
本人の飄々としていながらも、ちゃんと一本筋の通った矜持みたいなものも良いなと思ってる。
…まぁ、それは全て私の心の奥で思っている事だから、沖田君はそれを知らないし、知られたいとも思ってないけれど。
「…はぁ、仲良くなれないかなぁ。」
「へェ、そんなこと考えてたんですかィ。」
「!?」
不意に背後から掛けられた言葉に息が止まった。
まさか本人が現れるなんて思ってもいなかったから。

「…沖田君、君の見廻りの管轄はここじゃないでしょう?何、またサボってるの?」
「アンタこそ、山崎と楽しそうにコソコソ何やってたんで?…まぁ、俺等みてーなのは女と接点が多いわけでもねェし、落とすのは簡単なのかもしれやせんがね。」
理不尽なまでの沖田君の怒気にも驚いたが、会話が噛み合ってない事に一番驚いた。
「別に、山崎君とは偶々、」
「女出せば良いだけだもんなァ。で、山崎落としたら、誰落とすんで?そうやって俺等を引っ掻き回すのが目的なんでしょう?…相変わらず見廻組はいけ好かないやり方でさァ。」
今までに口喧嘩も罵り合いも不本意ながらやってきた。
それでも、沖田君がこんな一方的に吐き散らすのは聞いたことが無い。
何て返せば良いのか戸惑っていると、沖田君の視線が私の手元に辿り着いた。
「…そんなの受け取って、似合うとでも思ってんの?」
「っ、」
分かってる、これはいつもと同じ挑発だ。
私を煽って自分がいる土俵に引きずり込む、いつもの挑発と変わらない。
なのに。
(…ああ、きっと疲れちゃったんだな、こうやって虚勢を張る事に。)
関わる事を辞めれば楽になる。
だけど、それと引き換えにそれより先には進めない。
私はもう楽になりたかったんだと思う。
「…私は先に屯所に戻るから。早く隊務に戻った方が良いわよ。」
「ちょ、待ちなせェ!話はまだ、」
「ついてこないで。」
私は沖田君に背を向けて歩き出す。
沖田君は何か言いたげに一瞬呻いただけで、特に後を追ってくる事は無かった。


(あー…やっぱ居場所無いなぁ…ここには…。)
屯所に戻るなり、酔っ払いの吐瀉物を浴びたからお風呂に入ります二時間くらい!、と告げ浴室に籠城した。
よくよく考えれば、私が気を張らずに居られるのはトイレとお風呂だけという事実に違う意味で泣きたくなるのだけど。
浴槽に身を沈めて、私はようやく声を殺して泣いた。
(ホームシックなのかな…、早く見廻組に帰りたい…。)
鉄君が元気に頑張ってるのは毎日確認済み。
…あと一週間頑張れば、それで解放される。
もう真選組に居なくて済む。
元々、見廻組と真選組は管轄が違うから頻繁に会うこともない。
(……今日は早く寝て、明日から頑張ろ。)
湯船からあがって、女中のおばちゃんから借りた浴衣に袖を通して、タオルを肩に掛けたまま簡単に頭を拭いた。
脱衣篭に隊服とうさぎのお菓子と簪を入れて、空いた手で刀を持った。
篭は明日こっそりお風呂場に戻せばいいだろう。
カラリとお風呂場の戸を開けると、目の前に広がったのは向かいの白い壁じゃなくて、一面の黒。
「女は長風呂で困りまさァ。」
「沖、っ」
油断した油断した!!
目の前の黒が沖田君の隊服だと気付いた時には、私は肩を強く押され脱衣所に逆戻り。
もう関わらないって決めたのに。
そんなに私が気に食わないのか。
…当然だ、会えば口喧嘩、さっき言い足りなかった暴言がまだあるんだろう。
バンッと叩き付けられるように閉められた戸にはまだ"男性立入禁止"の札を掛けたまま。
「ちょっと、札が見えなかったの?隊規違反よ…!」
「もう風呂から出るとこだったんだから無効ですぜ。」
「………。」
沖田君を無視して振り切ろうと思ったのに、掴まれた肩は指の跡が残るんじゃないかってくらい力を籠められていて、私を逃がす気はどうやら無いらしい。
それにしても、薄い浴衣越しだとかなり痛い。
「……、」
「何か言いなせェ。腹立つ。」
理不尽にぶつけられる殺気にも似た怒気。
それはこれ以上無い決定打だった。
「っ、わ、悪かったわね…!もう、一週間で居なくなる、から、もう…、っ」
精一杯つく予定だった悪態は、目からポロポロと零れ落ちて言葉にはならなかった。
(さっきあれだけ泣いたのに。)
慌てて顔を背けたけど、多分その顔は見られてしまっただろう。
肩を掴まれていては逃げられないし、嗚咽を堪える代わりに震えてしまうのは沖田君の手に伝わっているに違いない。
三週間懸けて作り上げた"強い自分"がガラガラと瓦解していくのが分かる。

「…有村。」
呼ばれると同時に私の手から篭と刀が叩き落とされて、私は文句を言う間もなく沖田君に抱き締められていた。
「やっと泣いた……。」
「は、離しなさい、よ、…ッこの、サド男…っ!」
全力でその胸を押し返してみても、僅かも隙間が生まれない。
「…言わないつもりでいたんですがねィ。もういいか…。俺、アンタのこと好きなんでさァ。」
「やっ、…もう、さっきから意味分からない。私の事、嫌いならそれで構わないから、離してっ!」
いつもと違う熱っぽい声で言われた言葉を私は理解出来ない。
それどころか私の主張を嘲笑うかのように沖田君の腕の力が強くなる。
「ああもう、アンタ本物の馬鹿でさァ!…こっちは最初っから全部知ってんの。」
「…全部、って?」
もうその時には沖田君の怒気は消えていて、観念したように息を吐きながらその腕から私を解放した。
「アンタが可愛い事とか優しい事とか、すげー頑張り屋な事とか、一人で何でも抱え込んじまう事とか、…真選組ではそれを全部押し殺してる事とか。全部。」
「!」
目の前にいるのは本当に沖田君なんだろうか…。
沖田君に変装した山崎君なんじゃないかと疑う程に、私が三週間見てきた彼と雰囲気が違う。
「…俺は、山崎みてェにアンタの心を開かせる術を持っていやせん。さっきのは、完全に八つ当たりでさァ。…似合うに決まってら。……。」
小さく、ごめん、と謝られた。
沖田君の顔を見上げると困ったように眉を下げていて、私も何か言いたいのに言葉が出ない。
「ドSは打たれ弱い生き物なんで、…無視しないでくだせェ。好きな女に無関心にされんのは、嫌われるよりキツイんでさァ。」
「うそ、」
「嘘じゃありやせん。アンタの存在は前から知ってたし、試合したり酒飲んだり言い合いしてて、この三週間で、もうすっかり虜なんでィ。」
「それ、全部沖田君が私に負けてるものなんだけど…実はドM?」
そう言うと沖田君はお腹を抱えて笑い出した。
ニヤリと悪い顔で笑うのはよく見るけど、こんな年相応な笑い方をしているのは初めてだ。
「くはっ、はは…!あれは俺がわざと負けてやったんでィ。あ、一応フォローしとくけど、剣術は手加減してねェですぜ。…かなり油断はしてたけど。」
「は、…え、はぁ!??」
「酒もあれ以上飲ませたらマズイと踏んで俺が先に降りただけだし、口喧嘩はアンタ無理してんの見え見えだから、ネタ切れの前に閉口するようにしてんでさァ。…惚れた弱味ってやつ?有村が見廻組ナメられたくねーって踏ん張ってんの邪魔する訳にもいかねェでしょう?」
沖田君は何を、言って…?
立ち尽くす私の代わりに脱衣篭と刀を拾い上げた沖田君は、今度はニヤリとあの顔で笑った。
「俺としちゃ、もっと早く本当の有村と話したかったんですがねィ。…まァ、もう言っちまったんだから遠慮はしやせん。つーか、言葉にしたら俄然アンタが欲しくなりやした。覚悟しときなせェ。」
「……………った、」
「え?」
「嫌われてると思ってた…。」
「……あー…、もっと早く泣かせて"無理しなくていい"って言ってやりたかったんですがねィ。ま、よく頑張りました。」

私と沖田君は初めて会話らしい会話をしながら廊下を歩いた。
まさか彼から"よく頑張りました"なんて言葉をもらうなんて思ってなくて、私はバレないように俯いて笑う。
私の部屋のある廊下まで出ると、沖田君は私の腕に篭と刀を乗せた。
「あ、うさぎ潰れちまいやしたね…。明日一緒に代わりの買いに行きやしょうか。」
「え、あ、大丈夫…ですよ。気にし、」
「そうじゃねェでしょ?何でここにきて畏縮しちまうんでィ。…はぁ、分かりやした、俺も明日から態度を改めさせてもらいやす。そんじゃ。」
片手を上げて満足げに沖田君は元来た道を戻っていった。
私は突然の出来事だらけで、ただポカンとするばかり。
(明日から態度を改める?…どうしよう、私がこんな性格なのをバラされちゃうのかな。)
その晩は、沖田君に近付けた(近付き過ぎた気もする)嬉しさと、沖田君が去り際に残した言葉の不穏さを抱えながら眠りについた。


「おーい、邪魔でさ。」
「そう思うなら避けて下さいー?」
翌朝、沖田君に掛けられた言葉は以前に言われたことのあるそれで、昨日の出来事は夢だったのかなと思った。
だけど、ここから私の記憶と違う展開に。
「…おー。でも、こうしたら避ける必要ねェでしょう?」
「は?…えっ、きゃあぁっ!」
突然、体が浮いたと思ったら沖田君に抱き上げられていた。
「さて、このままサボ…見廻り行きやしょうか。」
「ちょっ、ちょっと…!お、重いし恥ずかしいから、や、やめて…!?」
「…あー、ツンツンしてんのも可愛かったけど、これはこれでアリだな。」
そう言って私を見詰める沖田君の瞳が優しくて、昨日の事は夢じゃなかったんだと知る。
どうしたものかと黙っていると沖田君がこっそり耳打ちをしてきた。
「安心しなせェ。アンタは楽な自分でいりゃァ良い。見廻組ナメられねェ方法はひとつじゃねェんですぜィ?」
「? それは、どういう、」
抱き抱えられたまま首を傾げると同時に、廊下の角から青筋を立てた土方君が現れた。
「またお前等か!いい加減に、っ」
喧嘩を仲裁しに来たはずの土方君が固まってしまったのは分かる。
あれだけ対立していた私と沖田君がこんな状態なんだから。
「…総悟、有村。一体どういう状況なんだこれは。」
「どうもこうも見て分かりやせんか?俺もう真弓さんに手懐けられたんでィ。今から二人でデー…見廻り行くところでさァ。」
「おま、今何か違う言葉言い掛けただろ!?コラ、待てェェェ!!!」
沖田君は相変わらずマイペースで、私を抱えたまま土方君を素通りして屯所の外に出た。
門の前でゆっくり私を降ろすと、沖田君は私の右手を握って笑う。
「鬼が追っかけて来るんで走りやす。」
「あ、あんなこと土方君に言ってどういうつもりなの…?」
「…今頃、屯所では面白いことになってるはずでさァ。まぁ、気にせず和菓子屋に行きやしょう。」
沖田君は不思議な人だな、と思う。
ドSだったり、優しかったり、賢かったり、不器用だったりして。
あと一週間だというのが名残惜しくなるくらい、沖田君の事を知りたくなる。
少しだけ手を握り返すと、沖田君は一瞬驚いた顔をした。
「また真選組に来なせェ。…歓迎する。」
前を走る沖田君の顔は見えなかったけど、どんな顔をしてるのか分かったような気がした。

その頃、屯所では。
「おい聞いたか?沖田隊長の話!」
「聞いた聞いた!見廻組に手懐けられたってやつ。」
「今まで有村って呼び捨てにしてたのが、真弓さんになったらしいぞ!」
「あの沖田隊長が…。見廻組やべェぞ!」
沖田君の企み通り、私は何もしていないにも拘わらず、見廻組は一目置かれるようになっていった。
その騒ぎを巻き起こした私達は、屯所から離れた場所で温かいお茶の入った湯呑みを持って暢気に一服していた。
「残り数日でどこまで噂が加速するか…。そろそろ"沖田、見廻組移籍説"あたり出てるかもしれねェや。」
「随分楽しそうに言ってるけど大丈夫なの?これって沖田君の評判下がっちゃうんじゃ…。」
「こんなの可愛いもんでさァ。正当な理由付けて真弓さんと一緒に居られるなら俺は文句ねーですぜ?」
茶屋の店先の腰掛けに座って二人でお団子を頬張る。
お日様がぽかぽか暖かくて気持ち良い。
雲ひとつ無い真っ青な空を見ていると、肩に沖田君の頭が乗ってきた。
私は湯呑みを置いて空いた手で沖田君の頭を撫でると、彼は大人しくされるがままになっていた。
(残り数日、か…。ちょっと名残惜しくなってきた。)
それにしても猫みたいだな、そう思ったらうっかり笑ってしまって、それに気付いて彼に不服そうな目線を向けられた。
「何がおかしいんでィ?」
「ううん、嬉しくて。…思い返せば、誰よりも私に一番話しかけてくれてたり、気に掛けてくれてたんだなって。残り数日、変わらずによろしくお願いしますね。…総悟君。」
「! 今まで以上によろしくしてやりやす。」

のんびりお茶とお菓子を堪能した私達は、この後土方君にきっちり叱られるのだけど、…それすら楽しいなんて不思議。
明日は何が起こるんだろう、そんな気持ちにさせられる。

白と黒は真逆でお互いに相容れないけれど。
私には、どちらも大切になった。
机の上に白うさぎと黒うさぎのお菓子を並べて、私は真選組として最後の見廻りへ。
「お待たせ。」
「ん。じゃあ、行きやすか。」
「帰りにお茶してこ?」
「分かりやした。三分で見廻り終わらせちまいやしょう。」
「…そ、それは駄目でしょ…。」

異三郎君へ。
今日は快晴、視界は良好です。


end

 
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