【正体不明なアイツの情報は少ないのですが<後編>】
 
その晩。
喉が渇いて、食堂まで水を取りに行こうとして、とある会話を拾った。
「……で、…が、……です。」
「それは…、…の、……を、…!!」
中庭でひそひそと聞こえる声音からして男と女か?…いや、この声は。

「土方副長を、…なるほど、それならあるいは…。」
「おい!お前ら何を話している!?」
「!!」
植え込みに隠れるようにいたのは、…神山と、有村?
もしかして"仲が良い地味な隊士"ってのは神山の事か!?
「か、神山さん逃げて!あとは私が!!」
有村は俺の前に立ちはだかり、神山を逃がす。
この慌てよう…聞かれてマズイ話に違いねェ。
「やっぱりお前、何か隠してンだろ?スパイか!?吐け。」
「っ、神山さんがここにいた事を忘れてくださるなら…。」
「……分かった。」
神山が何か関わっているなら隊規違反になるかもしれねェがな。

俺の返事を聞いて、有村は自嘲するように口角を上げた。
…俺が今まで見てきた有村はこんな笑い方はしない。
「あーあ、ちゃんと隠して働くつもりだったのになぁ…。土方副長がお望みならば洗いざらい吐きますよ。」
「お前、やっぱり…っ!」
有村は深呼吸をして、すっと俺を見据えた目があまりにも真剣で思わず息を飲む。

「私、土方副長と沖田隊長で妄想しています。」

「………………は?」
「土方副長は右固定で、たまに相手を変えます。神山さんには沖田隊長の生態を教えてもらってました。彼に罪はありません。」
待て待て待て、有村は一体何を話している??
俺と総悟がなんだって?
「…つまり?」
「あはっ、分かりませんか?私は男同士の恋愛に夢中なんです。もう本人恐れずに言うなら、土方副長は受け…、襲われる方です。獣耳、ショタ、女装なんでもイケます。ただしTPOでリバの可能性は微レ存です。」
「………。」
あ、駄目だ、理解したく無さすぎて思考が止まった。
「真選組は男所帯だし個性豊富だし、キャラブック見てるみたいで萌えます。組み合わせも無限大です。」
「も、萌え…??」
「まぁ、ナマモノジャンルなんで、得手不得手はあるでしょうけど。私は雑食なので二次も三次も平気です。というか、ここまで非の打ち所の無い受属性が三次元にいるなんて思わなくて、」
「ナマモノ…?属性…??」
有村はペラペラと喋り続け、俺はそれを呆然と見ている事しか出来なかった。
ひとつだけ分かるのは、コイツは淑やかでもなければ、スパイでもねェって事だ。
男同士の恋愛って何だ、友情の間違いじゃねェのか?
ただ…、俺の深い記憶の所がそれは何かを知っているようで…。

「私にもナニが付いてたら土方副長をあんあん言わせられるのに…。」
「おまっ、聞こえてンぞ!?それ本人目の前にして言うかよ?大体テメーは女だろうが!あんまフザケた事抜かしてっと、ナニの正しい使い方をお前で実践してやろうか、あァ!?」
「!!!」
強めに言い放つと漸く有村は閉口した。

…が、何だか様子が変だ。
顔も赤いし、涙目になってるし、じりっと一歩後退した。
(ンだよ、そうしてっと可愛いげがあンのにな。)
俺が一歩近付くと、有村は一歩下がって逃げる。
それを繰り返すと狩猟本能なのか、堪らなく追い詰めたくなる。
「オイオイ、さっきまでの威勢はどうしたァ?…逃げンなよ。」
「だ、…って、正しい使い方って、つまり…。男同士じゃなくて、」
「そりゃあ、お前を襲って食うって意味しかねェよなァ?」
「うそだ冗談だ有り得ない…土方副長は受、」
「じゃあ、お前で練習させろよ。"TPOでリバの可能性は微レ存"、なんだろ?」
「何で、意味…っ!?」
トッシーも無駄じゃなかったな。
意味は正確に分からずともニュアンスで大体把握出来る。
…それにしても、怯えてる有村をもう少し見ていたいなんて思う俺は、もしかしたらSなのかもしれない。
試しに手首を掴んでみたら、有村は露骨にビクリと震えた。
「や…っ!」
「おい、さっきまで下ネタぺらぺら喋ってた奴が、ンな可愛らしい反応すンじゃねェよ。残念だったなァ、有村。あんあん言うのはお前の方みてェだぜ?…覚悟して俺に犯されろ。」
意地が悪ィとは思うが、こうやって恐怖を植え付けておけば、もう変な妄想もしねェだろ。
有村は本当に怯えているようで、今にも泣き出しそうな事を確認すると俺は掴んだ手を離してやる。
「…なんてな。これに懲りたら、」
「ひ、土方…副ちょ、…ご、ごめ、…なさ…。」
有村はその場にぺたりと座り込む。

怖がらせる作戦はどうも充分過ぎたようだ。
っていうか異常だろ、この反応は…。

「落ち着け、有村。俺は、」
「あーらら…とんでもねェ現場目撃しちまいやしたねィ…。」
俺の背後から楽しそうな声音で話すのは一人しか思い当たらない。
「総悟…!」
「土方さん、ソイツなんだかんだで隊士のアイドル的な存在なんで、抜け駆けはやめた方が賢明ですぜ?」
「別に俺は、」
「"襲って食う"とか"犯す"とか、随分物騒な話じゃありやせんか。…可哀想に、腰抜かして泣いてんじゃん。いくら俺がドSでも有村をこんな目に合わせたりしやせんよ。」
「総悟っ、テメ…!いつからそこにいた!?」
「"ナニの正しい使い方をお前で実践してやろうか、あァ!?"っていうセクハラ発言からでさァ。」
くっ、なんてタイミングの悪いところから聞いてやがンだ…!
それじゃ完全に俺が悪者じゃねェか!!

「立てやすか?」
「……は、はい…。」
有村は総悟の手を取ってゆっくりと立ち上がる。
「土方、副長…。」
「お、おぅ…何だ。」
有村は涙でビー玉みてェに光る瞳で俺を見た。
「…たいへん、失礼しました…。今まで、ありがと、…っございました。」
「おま、まさか辞めるつもりでいンじゃ、」
「土方死ね。」
俺の言葉を遮り、総悟は有村を連れて屋内に戻っていった。


…辞めるとか続けるは本人の意思だ。
有村が辞めるつもりでいンなら、俺に止める権利も義務もねェ。
なのに、釈然としねェというか、納得しかねるというか。
あんな変な女ほっときゃいいのに、そう出来ない俺がいる。
……あー…これはアレだ、マヨネーズの為だ、うん。
そう自分に言い聞かせて、俺は遅れて後を追った。

総悟はあれでいて、空気を読まなきゃいけねェ場面を決して間違えたりしない。
男に襲われて怯えていた有村と早々に分かれたようだ。
だから俺は廊下の壁に一人、体を預けてじっとしている有村をすぐに見つける事が出来た。
「有村。」
「ッ!!」
小さく悲鳴が上がるのは、俺のせいなのだから仕方ない。
「さっきのはあれだ。ちょっと懲らしめるつもりだっただけで、本気でお前に酷ェ事するつもりじゃなかったンだよ。…悪かった。」
「…………。」
「あー…。男同士のアレコレは共感出来ねェが、一応理解はしてやれるよ。色んな趣味や考え方があるのは当たり前ェだし。…ただし、実害がなければだからな。」
「………はい。」
「っと…まぁ、それが言いたかった訳じゃなくてだな…。まだ余地があればだが、引き止めに来た。辞めるなんて言うな、…俺のせいだろうけどよ。」
「マヨネーズですよね?マヨネーズの為に私を引き止めて下さってるんですよね!?」
ゆっくりと振り返って俺を見上げる有村の目は据わっていた。
…やべ、核心突いてきやがった。
「っ、それもあるけど、そうじゃねェよ。お前がいる事で隊士の士気も上がってンだよ。」
「…工業高校に女子一人って現象ですよね。女なら誰でも良いんですよね。穴があれば女で無くても良いんですもんね!?」
「おい、お前工業高校生に謝れ。つーか、またとんでもねェ事言ってンぞ?」
有村は小さく溜め息を付いて、また泣きそうな顔をする。
「土方副長はもう分かってると思いますけど、私、男性に免疫無いんです。あんな追い詰められ方したら、土方副長にそんな気がなくったって、怖いんです…。」
「有村…。」
「なのに、何かすごいクオリティの高い18禁PCゲーをリアル体験したみたいで、ちょっと嫌じゃなかった自分も何だか嫌です…。」
不服そうに床に視線を落とす有村を見て、底が見えねェ女だなと思う。
知りたいと思うのは、何だ?好奇心?

「……嫌われた訳じゃねェなら幸いだな。」
「! 気持ち悪くないですか?私オタクだし腐ってるし、もう今更ですけど、基本的には土方副長で妄想してますよ!?」
「お前のすごいとこは、それを本当に本人の前で言っちまうとこだわ…。それに言ったろ?オタクには寛大なんだよ、俺は。…つーか、そんだけ妄想してンだったら、もうちっと俺に慣れてくれてっと有り難ェんだけどな。免疫無いにしたってあれは、」
「し、仕方ないじゃないですか…、は、はじめて、だし…。そ、そういうの…、」
「! 嘘吐け。お前なら引く手数多だったろうがよ。」
「…屯所がおかしいんですよ!今までこんな…っ。皆、私なんかに告白して反応を楽しんでたんですよ絶対!」
そんなんでよく屯所で働いてられるなと感心する。
あんなえげつない妄想垂れ流してるくせに、自分事になると普通の女なんだからな。
そう考えれば、あまりにも素直過ぎる、のか?

「有村。」
なるべく優しく有村の腕を掴む。
「ひッ、…ごごご、ごめんなさい。許してください。恥ずかしいし怖いし、からかわないでください…っ!た、助けて土方副長…っ!」
「ふはっ、キョドり過ぎだろお前…くくっ。」
予想以上の反応に、一頻り笑い終えて有村を解放してやる。
真面目で淑やかに見えてたのは、男との接し方が分からなかったからなのかもしれない。
それを理解してるのが俺だけだろうという事実は、最早優越感に変わっていた。
「…し、仕返しに土方副長でとんでもない妄想してやるんだから!」
「じゃあ、俺はその仕返しにこうやってからかえば良いんだな?」
「っ、どうして…、土方副長みたいな方が私なんかに構うんですか…。」
「何でだろうなァ、こっちが知りてェよ。スパイじゃねェって分かったら、疑心が興味に変わっちまったンだよ。…女中が嫌じゃなければ、まだ続けろよ。」
なるべく穏やかに言ってやると、有村は潤んだ瞳で俺を見つめた。
喋らなければコイツはイイ女なんだよな、多分。喋らなければ。
「続けても、良いんですか?バレたら気持ち悪がられて辞めるしかないって思ってたのに…。」
「別に、神山や総悟もそのくだりを知らねェだろうし、俺が黙っときゃ問題にもならねーよ。」
「土方副長…!!」
俺がそう言うと有村はふわりと笑うもんだから、この変な女からは当分目が離せそうに無いなと思った。
有村のスパイ疑惑は、スパイよりもブッ飛んだ正体が暴かれて終わった。


数日は総悟からネチネチと有村を泣かせた日の話をされたが、言いふらさなかったのは有村の為なのが分かる。
結局、有村が此処に馴染んでいるのは誰の目にも明らかだ。
真選組の母曰く、有村はあの日以降さらに仕事に精を出しているとか。
お陰で元々稀薄だった接点は、さらに無くなってきたが、頑張っている有村を目で追うのが気に入っている俺は、それはそれでありだとも思う。
有村は自分から声を掛けたりはしねェから、…ってあれ神山と有村??

「いやぁ、勉強になります。ありがとうございました!」
「いやいや!それよりも先日の夜はお咎め大丈夫でしたか?」
「…大丈夫じゃなかったよなァ、有村?」
後ろから声を掛けると二人は凍り付いて俺を見る。
「じゃ、じゃあ、神山さん。私これで休憩終わるので〜…。」
「じ、自分も隊務に戻るので〜…。」
こそこそと目の前で解散をするが、見逃してやる訳がねェ。

有村の首根っこを掴むと、小さい悲鳴が上がる。
「さっき休憩に入ったって聞いたが、お前休憩10分しかねェのかよ。とんだブラック企業だな、ここは。」
「や、あ、あの、か…勘弁してくださ…、」
「ったく、男に免疫無ェって割には、神山は平気なんだな?…俺には未だ慣れねェくせによ。」
「! そ、そういえば…。いつも美味しい情報が欲しい一心で何回か呼び出してましたが…、冷静に考えてたら、…は、恥ずかしくなってきました。」
「…お前が恥じらうべきは、その趣味を人前で、むしろ本人の前で言っちまう事だからな?」
「良いんですっ、土方副長しか知らないし、内緒なんですから…!」
「!」
ンな事を頬染めて言われっと何か違う意味に勘違いしちまいそうだ。
俺は掴んでいた手を離し、有村を自由にさせる。
「今日も買い出し担当なんだろ?俺はもう今日の隊務終わってっから、行く時声掛けろよ。」
有村はおろおろと動揺を顔に出している。
飽きねェな、この反応。
「………内緒のお礼にこっそりマヨネーズ買ってあげます。」
必死で絞り出した言葉がそれで、ガキかよ、と俺は思わず笑った。


買い出しが終わり、横に並んで歩く。
「最近は何考えてンだ?」
「沖田隊長による土方副長の緊縛ですけどっ?」
「相変わらずマジで言うのな、お前…。つーか、幸せそうな顔しやがって俺の不幸がそんな楽しいのか、あァ?」
「でも似たような事件はあったって神山さんが、」
「…それ、配役を俺が総悟、お前が俺にチェンジして妄想しとけ。」
「〜〜ッ!!!??」
オイ、一瞬で顔が真っ赤になったぞ!?
俺、お前の妄想の中でどんな目に合ってンだよ…怖ェな…。

「あー…総悟の事聞きてェなら俺が教えてやるから、たまにはお前から話し掛けてこい。」
「じゃ、じゃあ、土方副長の事も教えてくれますか?」
「…はぁ。これがお前の趣味に反映されンじゃなくて、個人的に聞かれてるなら悪かねェのにな…。」
「? 何か仰いましたか??」
「さァな?」

俺と有村の関係が何か変わるとしたら、それは随分と先の話だろうなと思う。
今日も有村は笑顔でいるし、マヨネーズも完備されてるし、これはこれで満足してる。

人の好みはそれぞれだ。
お前も、…俺もな?


end

 
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