【正体不明なアイツの情報は少ないのですが<前編>】
 
※ヒロイン、オタク腐女子注意

最初は、見ねェ奴だな、と思っただけだった。
それから、頑張ってるな、としばしば思うようになった。
…気付いたら目で追うようになったのは、いつからなのか。

有村真弓。
ここ真選組の女中として働いている女だ。
基本的には食堂にいて、調理やら掃除やらをしている。
女中個人との接点などほぼ無いものの、隊士達からの評価は高い。
それは有村が真面目に仕事に取り組んでおり、淑やかな雰囲気も影響しているだろう事は想像に難くない。
年頃の娘が入っても、今まで続かなかったという事が多くある中、確かに有村は頑張っていると皆が認めていた。
(男所帯である屯所に長年勤務している女中はパワーと迫力が段違いで、淑やかな奴には勤まらねェと常々思っていたのだが。)

ただ、有村には謎が多い。
休憩時間は読書に集中しているらしく、その姿はよく目撃されている。
ブックカバーが掛かった本の中身は誰も知らないらしい。
それに、大体の隊士の名前や役職、あげくには誕生日や好きな物まで把握しているらしいのだ。
最近だと総悟にタバスコを手渡すところが目撃されていて、後日そのタバスコの中身が俺のマヨネーズに混入されるという事件があったばかりだ。
つまり、有村は隊士同士の人間関係も大体は知っているという事になる。
(総悟の場合、いつも俺の命を狙ってるから、ここの関係性はすぐ分かると思う。)

果たして、コイツはただの女中なんだろうか。
内部事情を短期間で把握するなど、最早スパイだとしか思えねェ。
俺が有村を目で追うのには、そういう理由が多分に含まれている。
…まぁ、有村本人に惹かれているという現実も否定はしねェが。

「おい、有村。」
「! ひ、土方副長!…お、お疲れ様です。」
休憩中の有村に話し掛け、そのまま目の前の席に座る。
それと同時に有村はブックカバーが掛かった本をぱたりと閉じた。
「なにか、ご用でしょうか…?」
恐る恐る俺の顔を覗き込む有村は、可愛いと形容して何ら間違いはない。
女スパイなら、容姿は女に嫌われず且つ男を惑わせるのが望ましいのだろう。
決して派手なメイクをするでもなく、自然な人柄の良さが出ている有村は、とてもスパイだとは思えない。
…だからこその、という考えに至るわけだが。

「いや、少し話してみたくなったンだが、駄目か?」
「っそんな事無いです!私なんかを気に止めて頂いて恐縮です!」
有村は勢いよく頭を下げると、ゴッとテーブルに頭をぶつけた。
「そんな緊張すンなよ。取って食っちまう訳でもあるめーし。」
「(…その言葉、そっくりそのまま……。)」
「あ?」
有村が何かをポツリと呟いたが、その言葉を拾い損ねてしまった。
何でもないです、と曖昧に笑うだけで有村は言い直したりはしなかった。

「あー…。仕事は慣れたか?」
とは言え、話す内容なんてこのくらいしか無いわけだが。
何とかコイツの中身を把握しておきたい。
「はい。忙しいですけどやりがいありますし、それに何といっても真選組は、っ……あー、まぁ、それなりには慣れました。」
そう継いで有村はニコリと笑った。

"真選組は"?
今、何を言おうとしていた?

「そうは言っても、男所帯だし女には正直辛い職場だろ?」
「な!何を仰いますか!!ここの職場環境は完璧です!!」
「………っそ、そうか。」
突然豹変したように有村が声を上げるから、面食らった。
とりあえず真選組の事は気に入っているらしい事だけは分かった。
あとは、スパイか否か、だ。

「土方副長はお休みの日は何してらっしゃるんですか?」
次の話題を思案していると有村から質問を受けた。
「あー。さばけなかった事務処理済ませたり、稽古したり…。あとはひたすら寝てるかだな。」
「なるほど、なるほど。(……襲うなら、休日。)」
俺の答えを聞いて有村は小声で何やらブツブツ言い出した。
意識を有村に集中させたからか、襲う、とか聞こえたような。
「オイ今お前、襲うって…、」
「!! す、睡魔!睡魔に襲われそうだなって!!」
明らかに取り繕うような笑いを浮かべる。

……怪しい。
何かを隠しているのは間違いない。

「私、もう休憩終わりなので、また!!」
俺の言葉も待たずに、有村はそう言い放つと業務に戻っていった。
ただのスパイだと思っていたが、もしかすると攘夷浪士の仲間の可能性もあるぞ、これは。
そんな訳で、俺は聞き込みを開始した。

「…は?有村?どうしたんですかィ、突然。」
とりあえず手近な所からと、総悟に有村について聞いてみた。
「お前にタバスコ渡しゃどうなるか分かってたみてェだしな。一体いつの間に、」
「それは俺にも分からないんでさァ。」
「…………は?」
総悟は、くぁ、と欠伸を一つすると続けた。
「だから、別に有村とそんな仲が良いとか、そんな事ァありやせん。ま、あの器量なら是非とも仲良くしたいですがねィ。話したのも数える程度なんで。」
「その割りにゃ…、」
「確かに俺等の事やたら詳しいのは不思議ですがね。丁度タバスコ切らしてたんで受け取りやしたけど。」
「テメっ、もしもそれに、」
言いかけて思い止まる。
もしもそれに、"何かが混入されていたとしたら?"
有村は総悟を媒介にして俺をいつでも殺せると、そういう事になる。
という事は、裏を返せば俺以外にだってそれが出来るんじゃないか?
スパイか、アサシンか、それ以外か。
アイツが隠してンのは一体何だ?
「土方さん?」
突然黙った俺が不思議だったのか、総悟は眉間に皺を寄せて俺を覗き込んだ。
「何でもねェよ。…今日は見廻りサボるンじゃねーぞ。」
「ひでェや、俺はいつも真剣に働いてやすぜ。」
そんな総悟の言葉を無視して俺は次の場所へ。

「真弓ちゃんについて?…あらぁ、副長さんも真弓ちゃんにゾッコンなのぉ?」
この人は屯所内食堂のリーダーを長年務めている、別名・真選組の母だ。
「素直だし可愛いし愛想も良いし、こんな男だらけの工業高校みたいな所に来ちゃったらモテまくって大変みたいよォ?」
「…初耳だな。」
「そりゃそーよ!皆こっそり告白してるみたいだし、まぁ全部断ってるらしいけど。…あ!でも居たわ、仲の良い隊士さん!」
真選組の母は、別に食堂だけがテリトリーでは無いらしい。
これは年配女性特有の情報収集能力とおせっかいが成せるネットワークだ。
…あと三十歳くれェ若かったら、監察か密偵にスカウトしたと思う。
「仲が良いってのは総悟の事か?アイツは別に、」
「違うわよ!もっと地味な感じの!真面目そうな!!」
屯所にそんな奴いたか…?
地味、なら山崎かとも思ったが、どうにも違うようだ。
「あっ、今買い出しに行ってもらってるから大江戸スーパーにいるわよ!もう副長さんも告白しちゃいなさいよ!ダメ元で!」
「何でそうなった。」
「でもねぇ、今日はちょっと買い出しの量が多いの心配してたのよ。副長さんが手伝いに行ってくれるなら安心だわぁ。もしかして私ったらキューピッド!?」
「…………。」
この流れで俺に拒否権はねェ。
俺のマヨ管理の大半は食堂の為、真選組の母を怒らせると俺のマヨ達がどんな酷い目に合うか…。
正直、一人で買い出しというのも酷な話で、女の細腕だと不便はあるだろうしと俺も見廻りがてらスーパーへ向かった。

タイムセールが始まる時間が迫っているらしく、獣の目をした主婦がやたらいた。
家庭を守るのも、江戸を守るのも命懸けだな等と思う。
「…生鮮にはいねェな。乾物か?」
乾物置き場に向かう途中、マヨネーズ置き場で俺の足は止まった。
誤解の無いように言うが、マヨネーズに惹かれて立ち止まった訳ではない。
「有村?」
マヨネーズ置き場でしゃがみこんで商品を品定めしているのは有村だった。
「っ!土方副長!?」
休憩時間の名残なのか、有村は動揺をそのまま顔に出す。
…こういうのは、スパイっぽくねェと思う。
「今日は買い出しの量も多いンだろ?手伝ってやるよ。」
「(な、なんというランダムイベント…。休憩室で何かのフラグ立ったの…?)」
「? どうした?」
「あ、いえ!土方副長のお手を煩わせる訳には…!大丈夫ですのでお帰りください!!」
そう言った有村の横には山盛りの買い物カゴが二つ、カートに乗っていた。
確かに、女一人に持たせるわけにはいかない。
「馬鹿言え。こんな量、一人で持たせるわけにゃいかねェだろ。」
「(何だこれ、乙女ゲーみたいな展開になってきたぞ…?困ったな…。平常心、平常心。)いえ、鍛えられてるので!愛があれば重くても持てますので!」
「…は、愛?」
「あっ、…ちが、いつも沢山本を運んでるので、腕力には自信がありますみたいな感じで…。」
「本を基準にすンじゃねェよ。沢山っつっても十冊くれェなもんだろ。…いや、そこそこ重てェか。」
「……そ、そうですよねー。」

おい、何か目が泳いでるぞ。
そもそも本というのは何かの暗喩で実は運び屋だったりすンのか?
例えば本の中に白い粉が隠されていて、一冊数kgとかするのかもしれねェ。

「…何冊だ?」
「え?」
「最高で何冊運んだ?」
「…あ、の。年末年始だけです、よ?…最高で120冊、くらい。」
何故か頬を赤らめて俯く有村を見て庇護欲が湧くのは、やっぱり俺は何だかんだコイツが気になっているからなんだと思う、が。

……はい?
…は?…え、今何て言った?

呆然とする俺の顔を見て、有村は慌てて補足をする。
「あ、先に鞄が駄目になって、担いだのはちょっとでしたけど…!!」
何なんだ、この女。
調べれば調べるほど謎だけが増えていく。
屯所に来るまでは一体何をやっていたんだ?
そもそも何故、誰もコイツを不審がらない?

有村は買い物カゴと俺を交互に見上げて思案し始めた。
暫く唸った後、
「じゃあ、今回だけお願いします。…ところで、土方副長はコレとコレ。…どっちが好きですか?」
そう有村が差し出してきたのは二種類のマヨネーズだった。
「今晩ポテトサラダ作るんですけど、余ったら土方副長用になりそうなので、お好きな方を。」
「お、おぉ…。んじゃ、こっちかな…。」
「こっちですか!やっぱ本人に聞くのが一番ですよね、悩んじゃって悩んじゃって…。助かりました。」
俺の事であんなに真剣に悩んでいたと思うと、何とも甘いような苦いような気持ちになる。
この笑顔を疑ってる事を恥じたくなるぐれェだ。
「つーか、マヨネーズなんかお前にとっちゃどっちでも良い事だろうがよ。俺もマヨの好き嫌いねェし。」
「そうですけど、土方さんはここのメーカーが一番好きでしょ?その中でもどの種類が好きか知っておくと今後の買い出しも楽ですし。」
「! もしかして、最近食堂のマヨネーズの在庫が安定してンのは…。」
「あ、私がマヨネーズ補充してます。無いと業務に支障出るって伺ってるので、補充繰り返してたら何だか私が担当にされちゃいました。」
へらっと笑う有村に心臓がドキリと跳ねる。
「だから、マヨネーズリクエストは私に言ってくださいね。」
「お、おー…。」
何だコイツ…めちゃくちゃ良い奴じゃねェか…!
もう疑わねェ!マヨ管理が出来る奴が悪人の訳がねェしな!

俺は買い物袋を全部引き受け、有村と並んで屯所へと戻った。
他愛の無い会話をしながら歩く心は、本当に穏やかだ。

だが、俺が有村の本当の中身を知るのは、その夜の事だった…。


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