【嘘つきは恋の始まり<前編>】
 
有り得ない、有り得ない。
つーか、有り得ねェェェ!!!

一体この数分で何十回そんな事を考えたかしれねェ。
そもそも有り得ない事が目の前で起きてンだから結局は有り得る訳なんだが、いやいや、でもやっぱり有り得ないからね、これは!
言い訳じゃなくて確率論で言えば最早奇跡だから。

つまり、俺のせいじゃない…と言い張る。


「あのォ…真弓、さん?えぇとォ…、」
「あ、勝手に読んじゃってごめんなさい。あと少しで終わるから。」
「お、おぅ…。……。」

混乱して頭が回らないが、少し状況を整理しよう。

まず、俺の部屋で読書をしているのは、有村真弓。
万事屋の一階にあるスナックお登勢で出会った。
どうも失恋しただの何だのでババァに泣き付きながらヤケ酒しているところに鉢合わせたのが始まり。
キャサリンがやたら親身だった事から、ここ最近かなりの頻度で飲みに来ていたと分かった。
そんで何故か俺も捲き込まれ、昼過ぎから閉店まで付き合った事もあり、その日の内に飲み友達という関係に発展。
それから一ヶ月もしない間に、週三に近い頻度で一緒に飲むようになった。
……で、意識し始めたのは俺の方だった。
とはいえ、失恋の痛手に付け入る程下衆でもねェし、言わないままで来たンだが。

…真弓曰く、俺の決意虚しく酔った勢いで言っちまったらしい。
"俺と付き合え"、とか。
しかも、その記憶が全く無ェから酒ってマジ恐ェわ。
あ?下衆?
はいはい、分かってますぅー。もう好きに罵りやがれェェ!

ところが、そんな俺の告白に真弓は首を縦に振ったらしく、まぁ俺としては棚ぼたな訳で。

それが大体一週間くらい前か。
意図せず欲しいものが手に入って、年甲斐もなく付き合ってすぐの甘酸っぱい感情とかを噛み締めたりしてたンだが…、うん。

あァ?前フリ長ェって?
あー…、つまり俺の目の前にいるコイツとは心の隙間に付け入って恋人になったってのが真相で、俺は傷が癒えるのを待つつもりでいるわけよ。
だから手も出してねェわけだ。

でも銀さんだって、ホラ、成人男性だからね?
健全な成人男性なら、どうしようもねェ現実がある訳じゃん?
…な、言いたい事分かってきただろ?

「……銀さん、ナースが好きなの?」
「へ!?あ、あー、ああ!あー、うん、ナースね!いや好きっていうか別に嫌いでは決して無いけどでもどちらかと言えばナースは、…ハイ。」
「そーなんだ。」
「…………。」

もう誰かこの空気どうにかしてェェ!!
お願い、300円あげるからァァァ!!

さっきの言葉には語弊がある。
あれは"読書"と呼んじゃいけねェ。
俺がちょっと部屋から出ている間に、真弓が隠していた"そういう本"を見付けて黙々と読んでるなんて状況が今まさに俺の言いたかった、"有り得ない"。
何でよりによって長谷川さんに借りた本が見付かっちまうかねェ…。
真弓だって、男がそういう生き物だって事は理解してるだろうが、それを許容してくれるかどうかは別の話だ。

「男の人ってナース好きだよねぇ…。あ、この女優さん美人だね、胸も大きいし、足も綺麗。ね?」
「あ、そ、そう!?」

ちょっとォォ!これどう返せば正解ィィ!?

ここで「真弓の方が」なんて言っちまったら完全にそういう目で見てるだろって話になるし、「そうだな」って言うのは何か地雷の可能性が否めないんですけど!

やべ、何か変な汗が止まらないんですけどォォォ!

「あれ?銀さんの好みはこんな感じじゃないの?」
「お、おー。俺はもっと、こう、こんなド淫乱な感じよりは、清純そうな、」

誰かァァァ!俺の口を針で縫い合わせてくださァァァい!!

「…って事は、こっち?」
「ちょ、うわ!…そ、そんなの見付けてくるんじゃありませんッ!」

真弓が俺に向けてきたDVDにはでかでかと"痴漢"の文字と、大人しそうな女子が涙目でこっちを見ているパッケージの…所謂AVだ。
…ちなみにこれも長谷川さんのだ。
つまり長谷川さんの趣味だ。
いや別に嫌いな訳じゃないけどね!?
でも改まって真弓に見つかるともう何か色々と駄目だ。
くそ、こんな事になるなら来週借りれば良かった!
真弓の手からそれを奪い、部屋の隅にぶん投げる。

「銀さん…。」
「ヒッ!…なななななななななんでしょう!?」
「私じゃ、駄目ですか?」
「!」
潤んだ瞳で上目遣いとか、完全に凶器だわマジで。
銀さんの理性がたった今、瀕死になりましたァ!
どうしてくれンだこれェェ!

「あー。駄目、とかじゃなくてだなァ…。」
頑張れ負けるな、俺の理性!
お前はやれば出来る子だって、銀さんちゃんと知ってっから!
だから耐えろォォォ!!
真弓だって、失恋の穴を強制的に埋める為に体を重ねようなんて、本当はしたくないはずだ。
「……分かりました。変な事聞いてごめんなさい。」
「あ、いや…。」
怒ったり責められたりすンだろうと勝手に思っていたが、何故か真弓が一人落ち込んでしまった。
「銀さん。もし、私が…。……。」
「は、ははは!変な空気になっちまったな!よし、パフェ食いに行くぞ!」
「……うん。」


あの時、ちゃんと話を聞いてやりゃ良かったんだ。
付き合い始めてから、真弓は無理矢理笑顔を作るようになった。
やっぱまだ傷は癒えねェだろうし、俺に気を遣ってンじゃねーかと思う。
言いたい事があっても言えずに、飲み込んじまう、とか。
そんな風に距離が詰められないまま、また一週間経って久しぶりの、"有り得ない"。


「銀〜。いーじゃん、ホテル行こうよぉ〜。」
「だあァッ!言っとくけど財布の中空っぽだぞ!?つーか、お前の目的は見え見えなの!銀さんは騙されませんんんー!!」
新しく長谷川さんと開拓したキャバクラに行ったまでは良かったが、強制アフターで女が一人ずっと俺の後を付いてきている。
…いや、これを据え膳だっつーなら頂かない手はねェが、美味い話には大概裏があって最終的に食ったのが毒料理でしたー!なんて多々あるのがこの世界だ。
それに、俺には今は真弓って存在が居…。

「あれ…?もしかして、銀さん?」
「………………違イマス。人違イデス。」

ちょっとォォォ!何でこんなタイミングでェェェ!?
そもそも何でこんな歓楽街に真弓がいンの!?

うっすら回っていた酔いがすげー勢いで醒めていくのが分かる。
「ねーぇー!銀〜?」
「おま、ややこしくなっから黙っててくンないィィィ!?」
「でもぉ、着いちゃったしぃ?」
着いた…?どこに…?
女が腕を引く方に恐る恐る目を向けると、異常な程のネオンが付いたメルヘンをはき違えた城のような建物。
横のパネルには休憩だとか宿泊だとか書かれていて、ああそうですよラブホテルですよ!!
そんな場所で、俺の腕に胸を押し当てるように抱き付いている女がいて、やましい事は無いはずなのに動揺しか返せねェ俺がいて。

まさに、修羅場。

「あのね。私、銀さんと飲もうと思って、今からお登勢さんとこ行くつもりだったんだけど…。」
「…ッいや!これは、あれだ、真弓、」
「うん。突然行っても、銀さんにだって都合あるよね。…今度はちゃんと前もって連絡いれるから。」
「ちょ、真弓、待、」
ニコリと笑顔で手を振って真弓は俺の横を通り過ぎた。
方角としては確かにババァの店に行くのは間違いねェらしい。

…まただ。
また、真弓はそうやって無理矢理笑う。
AVや雑誌の時は、その違和感はそこまで気にならなかった。
でも、今は違う。
どう贔屓目に見たって、今のは俺とこの女がラブホ入る感じだったじゃん!?
いや、入んねーけど!絶対ェ入んねーけど!!
(つーか、何で理由も聞かねェし、俺を責めたりもしねェんだよ!)
ざわざわと胸が騒ぐ。
クソッ!ここまで来ると、"それ"は予感から確信に変わっちまうだろうが…!
「ぎーんー?ちょっとぉ〜!?」
「…………真弓が俺に気を遣ってる?ハッ、違ェだろ。真弓は、」
急いで真弓が消えた方に向かって走る。
後ろから俺を呼ぶ声が聞こえたが、それは今どうでもいい。

気を遣ってる、それは真弓が俺に対して何かしらの情がある場合の話だ。
付き合い始めだから、言いたい事が言えないとか、相手の顔色伺っちまうとか。
それならどんなに良かったか。

真弓は、……ただ単に断れなかっただけだ。
自分を偽って、俺と付き合ってるだけだ。

傷が癒されるのを待つ?
馬鹿言うンじゃねェよ。
俺が真弓の傷口握って閉じられなくしてたんじゃねーか!

「クソッ…!!」
付き合ってからすぐ笑顔の種類が変わった事には気付いてた。
それは、俺のせいだ…!


店の前に着いたが、入り口の隙間から、中に真弓が居るのが見えて、足が止まった。
……泣いてる。
それは、俺が初めて真弓に会った時と同じ光景で、何故か泣かせるのはこれで二度目の気がして胸が詰まる。
客は他にいないようで、バーさんもキャサリンも真弓に付きっきりだ。

「真弓…、泣いてちゃ分かンないだろう?聞いててやるから。」
「…ぅ、うまく、笑えっ…なくなりました…っ。銀さんと、一緒にいる、のが、辛い…です……。」

嗚咽を堪えながら喋る真弓の声を聞いて、俺はそのまま店先の壁に体を預けてズルズルとしゃがみこむ。
(やっぱ…原因は、俺だった…。)

「…それ、ちゃんと銀時に言ってやったのかい?」
「え…?」
「アンタ一人だけ泣かなきゃいけない恋ならあたしゃ応援しないが、…アイツだってね、ただの馬鹿じゃないさ。今頃真弓の事を心配してるよ。」
「そう…でしょうか…。」

何故かバーさんが俺のフォローをしてくれている。
いやぁ、人生経験値の高さが滲み出てるなマジで!
再来月はちゃんと家賃払おうって気にもなってくるよね、うんうん。

「坂田サンハ、上二居ルンジャナイデスカー?」
「あ、…今はきっと女の子とラブホテルにいるかと…。」
「……………真弓、良い機会だ。別れな。」

うおぉぉぉおおぉぉいいぃぃ!
手のひら返すの早っ!有り得ないくれェ早っ!!

「そう、ですよね。…うん、それが良いのかもしれません。ありがとうございます。今日はもう帰りますね。」
あ、やべ!真弓が出てくる!!
慌てて立ち上がったせいか、思わずよろけて壁に体を打ち付けた。
「ってェ…!」
「……銀、さん?」
タイムラグ無しで出てきた真弓の声が俺の背中にぶつかる。

あー…、もう逃げらンねーわ。
…つーか、あんな話聞いちまった以上、逃げたとこで意味無ェか。

俺は覚悟を決めて、ゆっくりと振り返った。
振り返った俺を見て真弓は、あれ?本当に銀さんだ、と目を丸くする。

「…ッ、よう!きっ、奇遇だな!」
「今、ホテルに居るはずじゃ…。あ、もしかして、入るとこじゃなくて出てきたとこだった?」
「あー、いや…。」

そうじゃねェだろ。
怒れ、怒れよ…、頼むから…!!
お前にとって俺は一体何なんだよ?

「…………私、やっと決心が付いたの。銀さんに話したい事がある。…家に行っても良い?」
「っ、……おー。」

それは本当に迷いの無い瞳だった。
なのにどこか悲愴な色を帯びて、この後に何を言われるのかは大体予想が付いた。

俺への最悪の結末として。


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