【銀時の飼い方】
 
白くてふわふわの大型犬を飼うのが夢だった。
白、ふわふわ、大きい。
「どォーも。これからよろしくお願いしまーす、ご主人様?」
確かに、目の前にいるのは限りなく近いけど…これじゃない…。
「あの、喋る犬なんて聞いたこと無いし、どう見ても人間なんですけど…。」
「希少価値高ェだろ?大事にして下さーい。」

私が銀ちゃんに「犬を飼ってみたい」と依頼をしたのはつい先日の事。
生き物を飼うのは大変だと分かっているからこそ、一週間お世話をしてみてから考えたかった。
…のに。
届いたのは、その万事屋のオーナー・坂田銀時。
当然、人間。
(おかしいな、定春とかなら分かるけど…。)
そうやって訴えてみると、
「無理無理。定春は俺等みてェな一般人が飼うもんじゃねーよ。…そんな事より、」
ずいっと銀ちゃんの顔が近付く。
それはもう鼻先がくっつきそうな程。
「銀さんじゃ不服って言いてェの?」
ぞくりとするような声で囁かれてしまえば、もう流されるまま。
銀ちゃん、何か企んでるんじゃないかしら。

1、首輪を着けてあげよう

「ほれ。」
銀ちゃんが私に手渡したのは真っ赤な首輪。
「何、これ…?」
「見りゃ分かンだろ。俺用の首輪。まずは形から、な。」
え、私が銀ちゃんに首輪着けるの?
なにそれどんなSMプレイが始まるの?
「失礼します…。」
犬みたいにしゃがんだ銀ちゃんに近付き首元に触れる。
「…指、震えてる。」
ククッと喉で笑う銀ちゃんは余裕たっぷりだけど、私は緊張してる。
だって人間相手に首輪着けるなんて、した事ないし。
必然的に顔も近くなって心臓はバクバクだ。
「銀さんに首輪着けるなんてレア体験、きっともう出来ねェぞ?」
「んー。着ける側っぽいもんね、銀ちゃんは。…よしっ、苦しくない?」
顔を覗き込んで聞くと、ぺろりと頬を舐められた。
「ひゃっ…、何っ!?」
「ん?銀さん、犬だし?ちゃーんと演じてやっから。ほい、これ銀さん犬の取説。」
「と、取説って言わないの!犬は物じゃないんだから心で通じ合、…ッ、ちょっと…!」
銀ちゃんは返事もせずに、ひたすら私の頬や首筋を舐める。
私より銀ちゃんの方が大きいのは当たり前で、のし掛かられると逃げられない。
「ま、待って!よ、読めないから、取説…!!」
完全に押し倒されてしまった私の胸の上に頭を預ける銀ちゃん。
天パがくすぐったいです…!

2、撫でてあげよう

急いで取説を開くと、何はなくともスキンシップとのこと。
私は自分の胸元にある銀ちゃんの頭を撫でた。
いつもは嫌がる銀ちゃんが好きに撫でさせてくれるのはちょっと嬉しいかも。
(ふわふわ…。綺麗な銀髪…。)
背中にも腕を回して撫でてあげる。
ふいに私も銀ちゃんに抱き締められたけど、これは合格のサインなのかな?

3、餌をあげよう

「餌…か…。」
まさか本当にドッグフードを与える訳にはいかない、よね?
いや、銀ちゃんは食べそうだ…。
犬用の器とかも無いし、…それはちょっと可哀想だからあっても使わないけれど。
「あ、そういえばドーナツがあった気がする!」
たたた、と台所まで走り、昨日半額セールで買ったドーナツを持ってきた。
銀ちゃんの目が輝いてるのが分かる。
「あれ?でも、犬にドーナツってあげても大丈夫なんだっけ…?駄目だったかなぁ…。」
「銀さん犬は、ドーナツ平気だから与えて下さい。」
「えっ…喋っちゃうの!?」
「今のは天の声だから!アドバイスだから!」
どうやら銀ちゃんはドーナツが食べたいらしい。
あげないなんて意地悪はしないけどさ。
「仕方ないなー。」
袋からストロベリーチョコレートのドーナツを取り出す。
すると同時に手を引かれて、そのままぺたんと床に腰を下ろさせられた。
「…ちょっと、銀ちゃん?……っ!」
しゃがんだままの銀ちゃんは私の腕を掴んで、私が持っていたドーナツに直接口を付ける。
何だろう、すごく餌付けてる気分。
それにしても、銀ちゃんは本当に甘いものを美味しそうに食べるなぁ。
(私もお腹空いてきちゃった…。)
空いている方の手で、別のドーナツを取り出す。
シンプルで真っ白なシュガードーナツ。
綺麗に揚がったドーナツと粉砂糖の色が食欲をそそる。
「…んー、美味し。」
程よい甘さがふわりと広がって、思わず口許が緩む。
もう一口かじったところで銀ちゃんにも分けてあげようかな、と思った時だった。
「ひゃっ!?」
いつの間にかドーナツを完食していた銀ちゃんが私の唇を舐める。
「…んん!?…ふ、」
そのまま唇が抉じ開けられ銀ちゃんの舌が滑り込んできた。
かじったばかりのドーナツの欠片は器用に銀ちゃんの口の中に消えた。
「〜〜〜っ!!そ、そんな事しなくても分けてあげるってば!」
もう半分しか残ってないそれを銀ちゃんに突き付ける。
動揺している私とは真逆に、銀ちゃんは器用にドーナツの端を咥えて、反対側をそのまま私の唇に押し付ける。
「ん…、なに??」
と、口を開いた瞬間にドーナツの端を差し込まれる。
それを見届けて銀ちゃんは一度ニヤリと笑ったかと思うと、私の頬に手を添えて…
(って、えぇ!?顔が近い…!それにこれって…!)
あれあれあれ!ポッキーゲームみたいになっちゃってるんですけど!?
そんな事を考えている間に、端からドーナツを食べ進める銀ちゃんが目の前。
「ひゃあぁあ!!」
「ぐがッ!?」
私は気付いたら、銀ちゃんに頭突きをしていた。
ごめんね、でも銀ちゃんだって悪いんだからね!?

4、躾をしよう

このまま野放しにすると何されるか分からない!
躾のページもあるみたいだから、これを参考にしよう。
犬との上下関係は最初が肝心、か。
これに関してはもう手遅れな気がする。
他には…?
「何々…。"トイレの覚えさせ方"…。…、……!!?」
キッと銀ちゃんを睨むと、いつものあの顔でニィッと笑われた。
何かおかしいと思ってたけど、私をからかって遊ぶのが目的じゃない!
今のページに何が書いてあったかは、想像にお任せします…。

5、芸を教えよう

もう、こうなったら私だって反撃するのみ!
「銀ちゃんに芸を教えたいと思いまーす。」
「わん。」
ちょ、もっと犬っぽい返事出来ないの…?
普通に素の声で、わん、って呟いたよ、この男!
「お座り…は、最初からやってるから、お手あたりかな。」
お手!と手を差し出せば、私の掌に右手を乗せる銀ちゃん。
意外と素直。
「おかわり!」
今度は左手を重ねた銀ちゃんが、フッ、と笑うのを私は見逃さなかった。
「?どうし、」
重ねた手は反転させられて、上になった私の指先を舐める。
(しまった!指に粉砂糖が付いてた!)
「銀ちゃんっ!おかわりってそういう意味じゃないぃぃ!」
頭をぐいっと押し返しても、力じゃ勝てない。
他には?他には何か芸はないの!?
あ、あった…!
「ちん、…っ!?!?」
これ駄目なやつぅー!!
それから銀ちゃん!ベルトに手をかけないで!
それもう完全に別物だから!!
あぁあぁ!これ本当に私からかわれてるだけだー!!

6、大切にしよう

「もー、ダメ…。私には銀ちゃん犬は飼えない。諦めて元の場所に返してくるー…。」
「諦めンな。諦めたらそこで試合終了だぞー?」
取説を握り締めて机に伏せる私を、銀ちゃんという名の天の声が横から励ます。
もう犬の演技やめるんかい!とツッコミたい気持ちを飲み込む。
ふぅ、と溜め息を吐いて、まだ読めていない取説をパラパラ捲る。
「ん…?」
最後のページに書いてあるのは。

【この犬には貴女しかいません。最期まで一緒にいてくれますか?】

そもそも、この取説自体が銀ちゃんが作ったものだという事は、途中で気づいている。
だから、このページも然り。
「銀ちゃん、これって…。」
上体を起こすと、横に居たはずの銀ちゃんはいつの間にか後ろに回っていて、私を抱き締めてきた。
こういうところでは敢えて口を噤むんだから、狡い男だなぁと思う。
「…やっぱり、返してこようかな。」
「…。」
「それでも私の所に戻ってくるなら、考える。」
くるりとその顔を覗き込めば、照れたような安堵したような顔があった。
「っていうか。」
「ッ!」
手を伸ばして首輪を引っ張るとバランスを崩した銀ちゃんが私に倒れかかる。
「一度飼ったなら、最期まで面倒見るのが飼い主の責任でしょ?」
「…くはっ、何だそれ。格好良すぎて惚れちまわァ。」
そう言って笑い出す銀ちゃんの頭を撫でる。
「ま、でも、こういうのは"犬"じゃなくて"人間"として言って欲しいなーとは思うかな。」
「それは、追々な?」
「……楽しみにしとく。」
頭の片隅で、あぁこの男は定春に嫉妬したんだなぁ、と気付いたけど気付かない振りをしておく。

「ドーナツだけじゃお腹空くでしょ?何か作ろうか?」
「真弓が作るなら何でもいい。」
「…マヨ丼とかでも?」
「それはマジで勘弁してください。犬の餌だけど、夫婦喧嘩より食えねーからソレ!!」

私が席を立ったばかりの椅子に入れ替わるように銀ちゃんが座る。
テーブルに倒れ込んでいる様は、伏せしてる犬みたい。
私はその頭を優しく撫でる。
「ご飯作ってくるから良い子にして待っててね。」
「わん。」
「お、忠犬っぽい。」
「俺が忠誠誓うのは真弓だけだしィ?」
「なるほど。裏切ったら去勢しよう。」
「ちょ、動物虐待反対ィィィ!!」


こんな賑やかな毎日が過ごせるなら、いつまでも一緒に生きたいな。

「あ、でも、やっぱり定春もふもふしたい。」
「銀さんで我慢しなさい、銀さんで!やっぱ俺じゃ不服って言いてェの?」
「不服じゃありませーん。…はい、放し飼い。」

ねぇ、銀ちゃん。
【私にも貴方しかいません。最期まで一緒にいてくれますか?】

きっと彼はこう答えるだろう。
忠犬らしく。

「わん。」


end

 
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