【てのひら】
 
朝起きて、まず最初に窓から顔を出した。
触れたのは冷たい外気と、しとしとと降る柔らかい雨。
「…良かった。これなら大丈夫そう。」
今日は天気が悪い。
てるてる坊主逆さまにしておいて正解だった。
顔を洗って身支度を終えると台所へ向かう。
起きてからずっと息が白い。
目が覚めるのは良いけど、水が冷たいのは辛い。
知らないうちに指先が切れているのは、冬の乾燥のせいだ。
「衛生的に嫌かなぁ…?うん、嫌って言われたら私が食べちゃお。」
皆は優しいからそんな事言わないだろうけど、と私は静かに笑う。
外ではゆっくりと雨が雪に変わっていった。

*****

「だぁあッ!ただでさえ寒ィのに雪とかやってらンねーよ!」
「だっはっはっ!!この雪が積もったら、金時は自然とステルス迷彩っちゅーやつが出来るぜよ!!」
「金時じゃねェって言ってンだろ!いい加減覚えろ!!」
拠点にしている古い家屋で騒ぐのは銀時と坂本。
それを横目で見て、高杉は溜め息を吐く。
「うるせーぞ、モジャモジャ二人。雪だからって油断してンじゃねーぞコラ。ちゃんと見張っとけ。」
「ンな事言うんだったら、テメーがこのクソ寒ィ中、外で見張ってろよ。…あ!高杉君じゃ雪に埋もれちまうかァ、可哀想にィ。」
「ほぉぉぉお?ちょっと表出るかァ、この腐れ天パァァァ!」
「あァ!?おう、やってやらァァァ!」
「あっはっはっはっ!まっこと賑やかな奴等ぜよー!あっはっはっ!」
銀時と高杉はお互いの胸ぐらを掴んで睨み合う。
坂本はそんな二人を止めるでもなく、ただ笑うだけ。
他にも攘夷志士がいるのだが、この二人の争いには関わりたくないと思っているようで違う部屋に移動したり、この雪の中を出掛けていく姿も見えた。
日頃の戦いの疲れも傷も癒えず、日々磨り減っていく志士達はいつ限界が来てもおかしくない。
気が立っているのは仕方の無い事だった。
今日は雪。
戦場も今日はやけに静かで、暗黙の休戦日となった。
ただ、…それでも危険な場所にいるのは変わらないのだが。

「えぇい、やめんか!二人とも!」
一人、外の見張りをしていた桂が騒ぎを聞き付け戻ってきた。
既に銀時と高杉は、取っ組み合い殴り合いの状態になっている。
「うるせェ!止めんなヅラァ!一度コイツとは白黒つけて、どっちが上かってーのを、」
「俺がテメーみてェな腐れ天パより下なんて事は一つたりともあるめェよ!!」
「ぷぷぷー。高杉君、自分の身長も分かんないんデスカー?」
「あ"ぁあッ!?」
激しさを増していく二人の喧嘩に眉を顰める桂はビシッと言った。
「ヅラじゃない、桂だ!」
「「どうでもいいわッ!!」」


そんな喧騒に近づく人影がひとつ。
雪の白さと、周りの薄暗さがありながらも、四人はそれに素早く気付いた。
「…チッ、この勝負はお預けだ低杉!」
「イチイチうるせェんだよ、捻れ白髪!」
「「あンだとゴラアァァ!!」」
終わりの無いそれに、顔を見合わせる桂と坂本。
「…しょうがないきに、わしが見てきちゃるぜよ。」
ふーっと息を吐いて、坂本は表情を引き締めて出て行った。
いつもふざけている男が真剣な顔を見せることに、少しの緊張感が走る。
そして。

「た、大変ぜよー!!金時、エロ本をしまうがじゃー!!」
坂本の叫びが聞こえてくる。
「はぁ!?何で今そんな、つーか何で俺だけ名指しィィィ!?これお前が拾ってきたやつぅー!あと名前、」
銀時が喋るのを遮るように、坂本は何かを抱えて室内に飛び込んできた。
その腕に抱えられているのは、
「「「真弓!?」」」
「ひ…、久しぶり…。」

*****

「む、真弓。お前、雪まみれじゃないか…。傘はどうした?」
辰馬から降ろされて、私に積もった雪を払いながら小太郎が言った。
「んー…、荷物優先したからだけど、傘差しても頭くらいしか守れないよ、この雪じゃ。」
あと辰馬に抱えられた時に傘落としました…。
埋まる前に探さなきゃ。
背中にも積もってるぞ、と小太郎にされるがままになっている私の手から晋助が荷物を受け取る。
それを奪い取ろうとするのは銀時で、あれれさっきまでケンカしてた?と聞くと、まさにそうらしい。
「つーか、こんな視界の悪ィ日にこんなとこに来ンじゃねーよ。何かあったらどうすんだコノヤロー。」
晋助と胸ぐら掴み合ったまま、銀時が私をまっすぐ見た。
口調はこんなだけど声は優しいし、銀時が私を心配してくれてるのはちゃんと分かる。
「逆だよ。こういう日じゃないと余計に危険だもん。…それに、こう寒かったら皆外に出ないから会えるかと思って。」
「違いあるめェな。…真弓、元気だったか?」
「もー、それはこっちの台詞!でも晋助達も元気みたいで安心した。…本当は帰ってきて欲しいけど。でも皆、私の言う事なんか聞いてくれないんだから。良い意味で諦めてる。」
私がそう言うと晋助は銀時に荷物を押し付けて、そのまま私の頭を撫でる。
…何かを護るより壊す方が向いているなんて言う晋助だけど、そんな事は無いと私はいつも思う。
だって、私の頭に乗せられたこの掌はすごく優しいんだから。
「一人にさせて悪ィな…。」
「オイこらチビ杉。気安く真弓に触ってンじゃねーよ。」
「あァ!?」
お互いの胸ぐら掴んでないと死んじゃうの?って言いたくなるくらい、さっきからその体勢ばっかりの二人。
どうして、この二人は仲良く出来ないのか。
違うからじゃない、きっと似すぎているから喧嘩するんだろうと思う。

私の周りは昔からこんなだった。
辰馬以外は寺子屋からの付き合い。
女友達がいなかった訳じゃないんだけど、気付いたらこのメンバーになってて。
バラバラになった寺子屋の仲間達で今も変わらず付き合いがあるのが彼等だった。
女が私一人って事もあって、優しく扱われてるとは思う。
だけど、面倒じゃないのかなぁ?
男だけでつるんでた方がきっと楽だと思うんだけど…。

「うっわ!真弓、その手はどうしたがか!?」
ぐいっと辰馬が私の掌を掴む。
それと同時に私に影が重なる。
(か、囲まれた…。すごい圧迫感…。)
後ろに小太郎、前と左には銀時と晋助、右に辰馬。
寺子屋時代はそうそう身長なんて変わらないのに、今ではすっかり皆男の人だ。
ちなみに辰馬は初めて会った時からこの距離感でびっくりしたのを覚えてる。
「あ、えぇとね。冬場に水仕事してたらなるんだよー。…痛々しい?」
「うんにゃ、頑張っちょるおなごの手じゃ!わしは好きぜよ。でも早ぅ治って欲しいのう!」
「! わ、ありがとう。…あー、辰馬の手、あったかい。」
辰馬の笑顔は太陽みたいだなぁ。
ずっと雪の中を歩いていた私の手は氷みたいだっただろう。
それを温めるように手を握ってくれた。
「真弓は女だから体を冷やしてはいかんな。どれ…。」
ふいに空いていた左手を小太郎に握られる。
辰馬の大きくて力強い手とはまた違う、繊細なんだけど男の人だと分かる手だった。
「あはは!小太郎はあんまり手、温かくないね。…もしかして、さっきまで外にいたの?小太郎こそ、体冷やして病気しないようにね?」
「ふむ、真弓に心配されるようでは俺もまだまだだな。」
小太郎は優しく微笑むと、応えるように手の力を少し強くした。
両手がうっかり塞がってしまった私は、銀時の目を見る。
相変わらず綺麗な紅い目。
見られているのに気付いた銀時が、ん?、と優しい顔になる。
さっきまで殺気すごい出てたのに、本当に同一人物なのかと疑ってしまいそう。
「銀時が持ってるの、それ皆への差し入れだよー。」
「マジでか!!」
「マジです。いっぱい作ったから食べて!」

中身はおにぎりなんだけど、一人で雪道運ぶのが大変だったくらいには持ってきた。
…まぁ、男の人ばかりだし、たくさん食べるだろうから足りないかもしれないけど。
簡単に中身を二つに分けて、片方は小太郎が他の仲間のところに持って行ってくれた。
(あれ?でも何でこの部屋にいないんだろ、何かあったのかな?)

「つーか、よくこんだけ米持ってたな。こっちは食糧難だっつーのに。」
持ってきたおにぎりの量に感嘆して銀時が言った。
「うん。うちにあったのと、あとはほとんど貰い物。近所の桂くんファンクラブのおば様達からと、高杉様ファン同盟のおば様達から。」
晋助は複雑そうな顔を見せ、小太郎は気にせずおにぎりを食べている。
「あー、何か俺だけ除け者とか視界が滲むわコレ。」
「大丈夫だよ、私は銀時のファンだから安心して?」
「「!!」」
私の言葉に、四人が一斉にこちらの方を向く。
何か変なこと言った?私…。
「えっ?だって仲間だもん。応援してるんだからファンでしょ?私は銀時も小太郎も晋助も辰馬も大事だし、ファンだよ?」
「あー…、そうな。…さんきゅー。」
銀時の声から覇気が消えてしまった。
四人揃って溜め息なんか吐いちゃって、気が合うんだか何なんだか。

皆がおにぎりを食べているのを見て、本日のミッションは完了だ。
(早起きして作った甲斐はあったなぁ。
やっぱり戦争中って極限状態だし、ご飯は食べれる時くらい食べて欲しいもんね。)

「じゃ、差し入れもしたし、皆の顔も見れたし…。そろそろ帰るね、雪が積もって歩けなくなる前に。」
私がそういうと皆は曖昧に笑う。
もう、全部伝わってる。
私が本当は帰りたくないって思ってる事。
皆が引き留める言葉を掛けてくれようとしてる事。
引き留めたら私を巻き込む事になるから、絶対に言ってくれない事。

「真弓、今日は特に寒いから休む時は暖かくして寝るんだぞ?」
「小太郎こそ、考え事して夜更かししちゃ駄目だよ?」
「真弓のおにぎり、美味かったぜよ!」
「辰馬が笑顔になってくれるなら、また作ってくるから楽しみにしてて!」
「早く帰れるよう祈っといてくれ。…元気でな、真弓。」
「うん、晋助が大怪我しないように祈っとくね。だから無茶はしないで?」

分かってはいるんだけど…。
名残惜しくてなかなか足が動かない。

「真弓。…途中まで送る。」
「え、大丈夫だよ!外は寒いし、雪降ってるし、足元悪いし、体冷えちゃうよ!」
「…なのにお前は俺達に会いに来てくれたンだろーが。だから、つべこべ言わずに送らせろ。」
「銀時…。」

銀時は部屋の隅に立て掛けられていた番傘を手に取ると玄関の前でバッと開いた。
「抜け駆け悪ィな。真弓を送ったらすぐ戻る。」
銀時は皆の返事を待たず、私の手を引いて外へ出た。

さくさくと雪を踏み締めて歩く。
銀時が差してくれる傘の中に入り、なるべく離れないようにと思って、…気付いた。
(歩幅合わせてくれてるよね、これ。)
雪でバランスを崩しそうになったら器用に傘を差してる腕で支えてくれてるし。
申し訳ないから、自分の傘が落ちてないかさっきから探してはいるのだけど…。

「うーん…、落とした傘は諦めようかな。検討つかなくなっちゃった。」
「じゃあ、この傘持ってけよ。どうせ俺等は使う事ほとんどねーし。」
「えぇ!?だって帰り道、銀時困るでしょ?」
「馬鹿ですか。お前に雪の中、傘も無しで帰したってなりゃ俺ァ確実に殺されるわ。……ま、そもそもンなつもりは最初からねェしな。」
「そしたら銀時、雪まみれになっちゃうよ?」
「いーんだよ。…ステルス迷彩ってやつだ。」
「すてるす…?何か分からないけど、ありがとう。傘は借りるね?」

私がそう言うと、銀時はあーとかうーとか言った後、少し言いにくそうに口を開いた。
「あー…近々拠点変わるかもしんねェんだわ。だから、その、」
「傘は返すな。もう来るな。…って事?」
「! おー、そうだな。」
「……そか。」
その後は、お互い何も言えなかった。
饒舌な銀時が黙ってるなんて、本当にらしくなくて。
だけど、私が今更どうこう口を挟む話でもなくて。
さくさくと、雪を踏む音しか聞こえない。


結局、銀時は町が見えるところまで送ってくれた。
こんな遠くまで送ってくれるとは思わなくて、この距離を銀時は傘無しで歩いて帰らなくちゃいけなくなってしまった。
「…送ってくれて、ありがとう。…えっと、…。」
またね、なんて言えなかった。
拠点が変わってしまったら、私はもう皆に会いに行けなくなる。
皆との繋がりが、無くなってしまう。
銀時の顔を見上げると、何かをこらえるように眉根を寄せていた。
「銀、」
視界の端で番傘が落ちるのが見えた。
途端に目の前が真っ暗になる。
息苦しくなった事で、銀時の腕の中に収まっているんだと気付いた。
私の背中に触れている両方の掌は、何かに縋るような、力強いのにどこか脆さを感じるものだった。
「…死なねーから。」
「……うん。」
「俺等一人だって欠けたりしねェから。…絶対。」
「…うん。」
「だから、……。」
「待ってるよ、ずっと。…信じてる。私が皆の帰る場所になるよ。」
私から離された銀時の掌は、手離したくなくなる程安心する。
思わずぎゅっと握ると、小せェ掌…、と銀時が優しく笑った。


一人番傘を差して歩く町は、とても静かに感じる。
私は皆の掌の温度を思い出しながら、自分の掌を握り締めた。
(大丈夫、大丈夫…。)
また会えますように、…ううん、必ず。

雪が止んでも、私は家に着くまで番傘を差したまま歩いた。
私が皆と再開するのは、もう少し先のお話。


end

 
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