【狂愛生徒】
 
三年間。
どうしたら手に入るのかと考えていた。
少なくとも、この三年間は無理だと思った。
だから、今年の担任に決まったのは想定外だった。
会う回数が増えるというのは、決して幸せとは言い難い。

そうして何も出来ないまま、季節は間もなく、冬─。


狂愛生徒


3年Z組の担任、坂田銀八先生。
今年になるまでろくに会話した事なんて無かったけど、その存在は入学した時からずっと知っていた。
ひと目見た時から、運命だと思った。
こんなのは初めてだった。
私は先生の全てに夢中になっていた。

「先生、今朝の小テスト回収しました。」
このクラスはいつも賑やかで、このくらい先生に近付かないと私の声が届かなかったりする程。
「ん、悪いな。」
先生にプリントを渡すと、私は会釈して自分の席にすぐ戻った。
(声が届かないから、なんて、先生に近付きたいだけの言い訳だ…。)
一言事務的な会話を交わしただけなのに、ドキドキと胸の鼓動がうるさい。
(私、本当に先生の事が好きだなぁ…。)
こんな個性的なクラスにいるのに、私はほとんど目立たない地味な部類だし、先生と雑談なんてした事がない。
だから、クラスメートの神楽ちゃんやお妙ちゃんが少し、…いや、とても羨ましい。

…分かっている、理解している。
相手は先生で、私はただの生徒。
何かあって良いわけない。
卒業してしまえば、この気持ちは伝えられるかもしれない。
でも、上手くいく望みは薄いだろう。
せめて記憶には残りたいと思って、こうやってクラスの雑用みたいなこともやってるけど、…あまり効果は無いみたいだ。

こっそり溜め息を吐く私とは真逆に、クラスの目立つ女子達が人気ブランドの新作財布の話で盛り上がっていた。
私はぼんやりとその光景を眺めながら、財布みたいにお金で先生の心が買えたら良いのに、なんて最低な事を考えていた。


そして、事件は放課後に起きた。


今朝、皆に羨望の目を向けられていた財布が、持ち主の手を離れてどこかに消えたらしい。
私もその子をずっと見ていたわけじゃないけど、皆に見せていたのはあの時だけだったと思う。
(高い物だし、大事そうにしてたから、その辺に置き忘れたりとかは無さそうだけど…。)
そうなると、盗難という事になる。
このクラスでそんな事、あるわけない。

暫くすると、土方くんが先生を連れてきてくれた。
先生はいつもと同じ表情と声色で、皆を着席させる。
動揺していたクラスの雰囲気は、先生のお陰で落ち着きを取り戻していった。
「その財布、いつ無くなったか分かるか?どこかに置き忘れたとか、心当たりは?」
「分かんない…。あの後は一回も鞄から出さずに、ずっとしまってたし…。」
「んー、移動教室の時に盗られたかもしンねェな…。一応、全員自分の持ち物が無くなってないか確認しろ。他にも財布盗られた奴いたら困るしな。」
そんなやり取りがあって、クラスの全員が自分の持ち物が無事か確認し始めた。
私も鞄の中身を確認しようと覗き込んで……、呼吸が止まりそうになった。
(何で、何で…ッ!?そんなのあり得ない!でも、どうして…!?)
騒がしいはずのクラスの喧騒が全く聞こえなくなった。
聞こえるのは、鼓膜を直接叩いているかと思える私の心音だけ。

「有村?体調でも悪いのか?」
「ッ!!」
先生がゆっくりと私に近付いてくる。
私は反射的に鞄の口を閉めて、そのまま抱き抱えた。
体調悪くないです、と一言返すことも出来ないくらい、私は動転していた。
「…有村。」
先生は低い声で私を呼んで、ゆっくりと私の手から鞄を取り上げ、その中を確認した。
「………。」
それはすぐ見付かる。
今、クラス中が探している、あの子の財布。
じっと鞄の中を見つめて、先生は感情が読めない目を私に向け、言った。
「はぁ…。有村、あとで話をしよう。帰る前に国語準備室に来なさい。」
「はい……。」
言いたいことがあるはずなのに、言葉にならない。
(これじゃ…私が盗んだみたいじゃない…。)
先生は手際よく財布を抜き取り、白衣に隠して私の席から離れる。
「他の奴は鞄の中、異常無しだな?…こういうのは他人が探した方が見付かンだよ。先生に貸してみ?……オイオイ、やっぱりな。教科書の下に埋もれてたぞ。ちゃんと確認したのか?」
「えっ、嘘…。やだ、騒がせちゃってごめんなさい…。でも、見付かって良かった…。」
マジシャンみたいに器用な手先は、最初からあの子の鞄に財布があったかのように事実を変えた。
安心したのか泣きながら喜ぶあの子とは真逆に、私は全身の血が冷たく凍っていくような感覚だった。
解散して暫く、私は席から立つことさえ出来なかった。


「失礼します…。」
そう言って、国語準備室に入るまで、扉の前で5分は動けずにいた。
「ん。入って。」
先生はテストの採点をしていたようだった。
国語準備室に入るのは初めてじゃないのに、落ち着かず目線は自然と足元に落ちた。
黙って俯いた私に呆れたのか、先生は私の肩に手を置いて椅子の所まで移動を促した。
どうかしている。
こんな状況で、先生に触れられて嬉しいだなんて。

「…で、どうして財布なんか盗んじまったんだ?」
低く真面目な声音で問われても、それはこちらが知りたいことだ。
「…盗んで、ません…。」
「じゃあ、何で有村の鞄に他人の財布が入ってる訳。」
「それは……。」
少し怒気を含んだような声が、恐い。
こんな先生、見たことがない。
(どうして、どうしてこんな事に…。)
盗んだのは、本当に私じゃない。
私、クラスの為に、少しは尽くしてきたつもりでいた。
(でも…、きっと…。)
嫌われていた…、貶められたんだと思う以外に無い。
(だけど、理由が分からない。)
私が答えの出ない思考を繰り返していると、先生は大きい溜め息を吐いて私に言った。
「あのさ、この時期に問題起こす事の意味分かってる?…せっかく、推薦受けられるはずだったのになァ?」
「!?」
「出来心なのかもしンねェけど、理由を話してくれなくたって、お前の鞄から財布が出てきたのは事実だし。教室では庇ってやったけど、一応盗みは立派な犯罪だからな。」
「そんな……。」
いつもの先生とは違う、冷たい言い方。
私は、ずっと先生に好かれたくて、近付きたくて努力してきたはずなのに、もう取り返しがつかないのかもしれない。

「黙ってやっててもいいよ。」
突然、先生がぽつりと言った。
「っ、本当、ですか…?」
「あぁ、黙っててやる。…その代わり、有村も黙ってろよ?」
言うと同時に私の体はふわりと浮き、机の上に乗せられ、そのまま先生に押さえつけられていた。
「せ、っせんせ…、!」
「今から犯す。」
告げられた言葉の意味が理解出来ないまま、先生の舌は耳朶を這い、手は肌を暴いていく。
(何で、何で、何で。)
抗っても、懇願しても、先生はやめてくれなかった。
私は声を抑えるのに精一杯だった。

「何、もうバテちゃった?もうちっと付き合ってくれねェと黙っててやれねェんだけど?」
「っ…私、…やってない…、」
「……。はぁぁ、理解力低いんだなァ。お前が何を言ったところで無罪にはなりゃしねェの。…進路もそうだけど、親や友達はどう思うだろうな?今までみたいには生きていけないだろうなァ、可哀想にィ。」
酷薄に嘲笑う先生の声と見たことのない表情にゾクゾクしてしまうのは、こんな状態でも私が先生の事が好きなのだと痛感させられる。
そして、違和感の正体が少しずつ明らかになる。
(先生、私の話を聞く気が無い…?)
いつもの先生なら、そんな事はあり得ない。
「いい?有村。俺はね、大事な生徒の未来を心配してンの。お前に幸せになって欲しいの。でも、罪は償わなきゃ、だろ?」
先生の指先が私の肌に触れ、明確に目的を持って犯していく。
「も、…そこは、っ……、」
何度制しても止められなかった先生の指先がゆるゆると私の鼠径部を撫でる。
「そこは?じゃあ、こっちなら良いンだ?」
「ひっ!ちがっ…、あッ、こ、擦んな、いで…!」
先生の指が決定的な箇所に触れて、私は慌てて足を閉じようとしたけど、それを阻止するように体をねじ込み片足を持ち上げられた。
(他の場所は我慢できる、けど、そんな所触られたら…っ、)
濡れ衣だとか、大好きな先生に触れられている事実だとか、そんなもの全て、真っ白になってしまった頭には残らない。
「汚れんの嫌だろーし、脱がしとくな。」
先生は慣れた手付きで私の下着を脱がし、そのまま私の秘部に舌を這わせた。
「っや、やだやだやだやだ!先生っ、やめてください…っ!」
お風呂に入ったばかりでもないし、そんな所を先生に舐められるなんて羞恥で死んでしまいそうだ。
それに、触られるのと舐められるのでは、全然違う。
「そんなキモチイイの?」
「…違、っぁ、…、」
理性が飛んでしまいそうだ。
だって、大好きな先生が、私の事を熱っぽい瞳で見ている。
たとえそれが、私の夢見ていたものとは掛け離れ過ぎていたとしても。

「有村、今日はイキ顔見せてくれたら終わってあげる。…頑張れるよな?」
先生は私のナカを犯していた指を抜くと、それに絡まる愛液を妖艶に舐め取ってみせた。
イキ顔なんて、厭らしい小説でしか見ないような言葉を自分に掛けられているのだと思うと、羞恥と興奮の狭間で揺れる。
「先せ、い…。むり…、ゆるして…っ」
「ククッ、拒否出来る立場だとでも思ってンのかよ。」
先生の指は、私が一番反応するところを探り当て、刺激を与え続ける。
(やだ…、このままじゃ、本当に先生の前でイッちゃう…、)
無意識に反らした顔を戻され、薄く笑う先生と目が合った。
「もうそろそろイキそ?…コラ。イく時はちゃんと先生の目を見ながらイキなさい。」

結局、私は先生の前で痴態を晒してしまった。

「あーあ、先生の指でイッちゃった。有村はいけない子だねェ。」
ぐったりする私を横目に、先生はそう言いながら私に携帯を向けた。
「先生………?」
「あ、そのままでいいから。ハイ、記念撮影。」
「!」
言葉の意味を理解して慌てて体を隠そうとしたけれど、間に合わなかった。
先生に犯されたままの状態の写真を撮られてしまった。
(こんな写真を撮ってどうするんだろう…。見返したり、するのかな…。)
それを想像しただけで、よく分からない背徳感が背筋を這う。
だって、写真なんか無くたって、私が先生に逆らえる訳ない。
無理やりこんな事をされたのに、結局先生の事を嫌いになれない私には。

「消して…は、くれないですよね…。」
乱れた服装を直しながら、私は先生に聞いた。
先生が私の写真を保存している事に嫌悪感は無いけど、恥ずかしさは当然ある。
けれど、財布を盗んだ犯人にされて、推薦を受けられないのは困るから。
教室では庇ってくれたけど、実は私の鞄に財布が入っていたと後出しで言っても、先生の話術なら皆そちらを信じるだろう。
私だって、先生を信じるもん…。

「あの、これで先生は黙っててくれるんですよね…?」
「………黙るって何を?」
先生は初めて聞いた言葉のように聞き返してきた。
「っ!私の進路は大丈夫かって聞いてるんです。」
「………は?何言ってンの。お前の進路が大丈夫かは、お前の頑張り次第だろ?」
ついさっき先生に犯された時よりも、脳が混乱している。
いや、だって、…先生の言葉自体は正論だ。
私の進路は、私の頑張り次第なのはその通りだ。
(あれ?財布の件は…?それを黙ってるからあんな事をされたんじゃなかったの…?)
(そもそも、私は財布を盗んだ犯人じゃないって先生に伝えたかったんじゃなかったっけ…?)
(結局、私の立場は国語準備室に入る前と変わっていない…?)
まだ少しぼーっとしている頭では、何だか上手く考えられない。

先生は私と目線を合わせてから言った。
「さて、先生は残りの仕事するから、有村はもう帰りなさい。……あぁ、心配しなくても進路の "相談" の続きは、また明日、な?」
その顔とその声は、もういつもの先生だった。
(私は、こんなに先生が好きなのに。あんな事をされたって、こんなに先生が好きなのに。)
私が財布を盗んだ犯人ということにされても、私の体を無理やりに組み敷いていても、先生の中での私の存在は、ちっぽけなまま変わらない。
ただの、生徒の一人だ。
私はその事実に暫く立ちすくんでしまったけど、何か言える訳もなく、先生が目線を外した一瞬に逃げるように帰った。

国語準備室を振り返ることも戻ることも、私はしなかった。
私が帰った後、先生は何事も無かったように採点を終わらせて、何事も無かったように帰宅するのだろう。
(先生に与えられた熱は、まだ私の中の深いところを燻っているのに…。)
もしかして先生は、私を助けたかったわけでも何でもなくて、生徒を支配するという、ただのストレスの捌け口にしただけなのかもしれない。
私は、大切な生徒では無いということ。
私は、先生にとってどうでも良い存在だということ。
それでも。
私は、先生のことが好きなのだ。
どうしようもない程。

明日からどんな顔をして先生に会えば良いのだろう。
明日になったら、私の話を聞いてくれるだろうか。
明日になったら、私の罪は無くなるのだろうか。

明日に、なったら。


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