【拠り所】
 
「もう銀ちゃんなんか知らない!!」
「おーおー、どうぞご自由にィ?」
「ッ!馬鹿!!大嫌い!」
そんなやり取りが万事屋で行われたのは、昨日の事らしい。

「頼もー!頼もー!!」
誰でィ、屯所の前でギャーギャー騒いでんのは。
くぁ、と欠伸を一度して、門の前の人物を見る。
それは予想通りというか、俺がよく知ってる女だった。
「ザキを出せェ!ザキを出せェ!」
「おー、真弓じゃねェですか。何?千と千尋?」
「沖田さん…!」
後ろから声を掛けると、サボって寝てたんですね、なんて悪戯っぽく言われた。
…まぁ、間違っちゃいねェけど。
しかし一体何を騒いでんだコイツは。

「ねぇ、沖田さんは、あんぱんはつぶ餡派ですか?こし餡派ですか?」
「はァ?何ですかィ、それは。」
大事な質問なの!と真顔で言われるも、どうにも真面目な質問とは思えねェ。
俺は合わせるように、至極真面目な顔を作って一言。
「俺はカレーパン派でさァ。」
どんなリアクションが返ってくるかと真弓の顔を覗き込むと、潤んだ瞳とかち合った。

「…私ね、好きなの。」
「へ?…え?真弓??」
「私、こし餡派なの…!」
「…。」

あぁ、なるほど。
わざとらしいくらい、真弓の目の前で盛大に溜め息を吐く。
「何、まさかそれで旦那と喧嘩でもしてんですかィ?」
「ご名答。」
あまりに堂々と答えるもんだから、またかよ、と言うツッコミは溜め息に混じって届いたようだ。
こんなにげんなりしている事を隠さずに出しているにも関わらず、目の前の女はへらりと笑う。
どうも、俺のこういう態度が年相応に見えるのが新鮮なんだとか。
…見世物じゃねェっての。
「あのな。毎回毎回、旦那と喧嘩する度に此処に来るの止めてもらえねェですか?」
「だって…、話聞いてくれるんだもん。沖田さん…。」
「……。」

そう、実はこれが初めてな訳じゃねェ。
真弓は旦那と喧嘩する度に俺の所に来る。
三回目までは数えたが、あまりに切りがなくて数えるのはとっくに止めた。
旦那の事を知ってて、でも旦那と直接の関わりがない微妙な距離関係にあるのが、コイツの中では真選組くらいなんだろう。
別にアドバイスだの共感だの、そんなもんは真弓は必要としていない。
勝手にペラペラと、愚痴やら惚気やら一頻り色んな感情を吐き出して、最終的には何も無かったみてェにケロリとして帰る。
俺はといえば、真面目に聞いてやる時もあるし、途中で寝てた事もある。
…別に俺が聞いてなくても良いなら、壁にでも話してりゃいいのに。

どうしてこんな関係になっているかと言えば、もうずっと前の話。
旦那と喧嘩して泣きながら歩いていた真弓を、見廻りをサボった帰り道に俺が偶然見つけちまってからだ。
…最初はからかってやるつもりで声を掛けた。
のに。
大きな目からぼろぼろ涙を溢す真弓を直視して、言葉なんか出る訳がねェ。
自分でも笑えるほど狼狽えて、話聞いてやる、なんてらしくない事を言って公園に引き摺って行った。
お互い存在は知っているものの、サシで話した事も無ェ程度の関係。
今思ったら、コイツよく着いてきたよな。
…いや、コイツを構った俺もどうかしてたに違いねェや。

正直、真弓の泣き顔見てんのも良かったけど、コイツ太陽みてェに笑うんでィ。
コロコロと変わる表情に、いつの間にか魅せられて、気付いた時には、俺はもうこの状態だった。
(普通は逆だろ…。)
何で俺が真弓なんかを気に掛けるようになっちまったのやら。

ぽつりと、あの時に声掛けなきゃ良かった、とこれまた溜め息で語るも、真弓はキョトンとするだけだ。
こんだけ旦那と喧嘩して泣かされるんなら、そろそろ別れたりしねェもんかねェ?
…ま、それを俺が期待してンだろうという事実は、癪だからとりあえず蓋をしておく。
俺がそんな事を考えてるなんて知らずに真弓は真っ直ぐ俺を見ている。
(どうせ泣くなら、俺に泣かされろよ。)
「…こっちの気も知らねェで。」
「? え、何?」
「何でもねェや。…用があンだろ?上がりなせェ。」
俺は真弓を自分の部屋へと連れていく。
部屋に入れるのも別に初めてな訳じゃねェ。
勿論、諸々期待もしてない。
するだけ無駄だからだ。
結局のところ、真弓が俺を頼ってきたところで最後には旦那の元に帰るんだから。
(厄介な相手に惚れちまったな…。)
俺は来客用の座布団を真弓の前に投げ、座って待つように促した。

真弓が俺を頼ってくる事自体は悪かねェ。
愛情か友情かの違いはあるんだろうけど、信頼されてる点は同じだ。
喧嘩の内容は毎回本当にくだらない。
今回のあんぱんだって、そんなのどうでもいいだろうが。
好き嫌いは誰でもあるし、それを全部分かり合おうなんて土台無理な話だ。
(ちなみに俺はマヨネーズ見ただけで吐き気を催すようになりやした。死ね土方!)
それでも真弓は旦那を理解したくて、喧嘩してようが無かろうが頭ン中は旦那だらけだ。
どうせ今だって勢いで真選組に来ただけで、もう既に後悔してるのはいつもの事。
…それが分かってて、ここに留めようとするのは偽善だと理解してる。
心配してる振りをして、手放してやらない。
(ま、今はそんな事より…。)
陽当たりの良い庭に出てみると、すぐにミントンをしている山崎を発見。
有無を言わさずその首を掴んで、俺の部屋に強制連行。
慌てふためく山崎に、ミントンの事は土方さんに内緒にしといてやらァ、と言えば大人しく俺に従った。

開けっぱなしにしてあった俺の部屋を覗いて山崎は、あ、と声を漏らす。
「真弓さん、俺に何か用ですか?」

何故真弓が山崎を知っているか、というのは察してもらえると思う。
そのくらい真選組に出入りしてるって事でさァ。
…勿論、真弓は(理由は旦那絡みだが)真選組じゃなくて俺に会いに来てるってのは譲らねェけど。
だから、今回の事は釈然としねェ。
俺じゃなくて山崎に用があった事に苛つく。

真弓はパッと顔を上げて、山崎にあの質問をする。
「山崎さん!つぶ餡派ですか?こし餡派ですか?」
「ちょ、…っとと!どうしたんですか一体!?」
詰め寄ってきた真弓の勢いに圧されて、山崎が後退する。
真弓の目は真剣そのもので、山崎の回答を真実にしようとしている様子だ。
…つーか、山崎はあんぱんの伝道師か何かか?
俺はじりじり逃げたり追ったりする二人の頭を叩いて本題へと引き戻してやった。

ざっくり聞いたところ、真弓と旦那は、つぶ餡かこし餡かで喧嘩をしたらしい。
今、江戸で流行ってるあんぱん専門店で真弓がこし餡のあんぱんを買って帰ったのが、ことの始まり。
旦那は甘味に対して拘りがあるようで、あんぱんはつぶ餡に決まってンだろ、という主張を決して曲げなかった事は想像に難くない。
そのまま言い争いがヒートアップして、最終的には味覚否定と人格否定にまで発展、そして今に至る。
…何て幼稚でどうしようもねェ喧嘩。
ただの馬鹿だろ、お互いに。
(つーか、旦那はどっちも食えるだろ…。たまには真弓に譲ってやりゃあ良いんでィ…。)
そう思いつつ、自分を理解して欲しい気持ちから来る正面衝突だったんじゃねェかと気付いてる。
それはもう、割り込む余地とか考えらんねェって事だろ。
真弓がこの喧嘩を後悔してるなら、間違いなく旦那も後悔してる頃だ。
「面倒くせェ…。」
「ひどっ!沖田さん、ひどっ!!」
「今回用があるのは山崎なんだろ?んじゃ。」
「ちょ、待っ……!」
真弓の言葉を最後まで聞かず、俺は部屋から出た。
山崎とフラグが立つ立たないは全く心配してない、山崎だし。
そもそも真弓はどうしたって旦那の事しか考えられねェんだし。
……ああ、もう。

実は一度、揺さぶりを掛けた事がある。
『そんなに喧嘩ばっかすんなら別れなせェ。』
それを聞いた真弓は顔を真っ赤にしながら、…だって好きなんだもん、と破壊力抜群の表情を俺に向けた。
あれをもう一度見て耐えきれる自信が無くて、もう二度と聞かねェと誓った。
(旦那は知ってんですかねェ…。コイツが喧嘩する度に俺に助けを求めにくる事。)
そのぐらいの優越感はあっても罰は当たらねェだろうと、俺はそのまま屯所を出た。


すっかり夕方になって帰ってくると、俺の部屋には誰もいなかった。
戻る途中に真弓の履き物は確認済みだから、まだ屯所内に居るんだろう。
「さァて…、どこに行っ、」
「銀ちゃんの馬鹿ー!スパーキング!!」
「もっと手首のスナップを効かせて!もう一度!!」
道場の方から間違えようのねェ声が二つ。
何やら不穏な単語も聞こえてきやがった。
俺は手元の紙袋をガサリと揺らして道場に向かった。

「………何やってんでィ、お前ら。」
予想通りというか、予想外というか。
今回真弓は何しに来たんだって根本から忘れそうになる。
じと、と真弓の顔を見ると、敬礼のようなポーズを取り、俺に答えた。
「はい!師匠からあんぱんスパーキングを伝授してもらってます!」
……まぁ、そうだろう。
完全に、スパーキング、って単語聞こえてたしな。
え、コイツら俺が出かけてる間、ずっとこんな事してたんじゃねェだろうな…。
あまりにも俺から目を逸らさずに見つめ続ける真弓に返すのは、恒例の溜め息。
「馬鹿だろ、特にお前。とっとと帰りなせェ。…あんぱんがつぶあんか、こしあんかなんて下らねェ理由で屯所に出入りすンじゃねェや。迷惑でさァ。」
「!」
「お、沖田隊長…!それは地雷、」
あわあわと、俺と真弓を交互に見る山崎とは対照的に、真弓は俯いてしまった。
…俺も大概素直じゃねェや。
本能では真弓を留めておきてェのに、理性が真弓の為に送り出せと囁きかける。
言葉がキツくなるのは個人的な葛藤であって、別に真弓に辛く当たりたい訳じゃねェ。
真弓はふるふると肩を震わせながら、バッと顔を上げて俺を見据える。
そして。
「沖田さんの馬鹿ぁ!スパーキングッ!!」

………。
真弓の言葉の後、道場がしんとする。
うわぁ、と山崎が息を漏らしたのを聞いた。
思考停止しかけた頭で考える。
俺、今、何された?

真弓の声と同時に、頭に柔らかいものがペシッと当たった。
足元を見ると包装されたあんぱん(つぶあん)が落ちていた。

…これは、良いよな?
怒られても文句言えねェよな?

俺は一度頭をゆっくり振って、前髪の隙間からゆらりと真弓を見据える。
「こンの……!」
ここで断っておきたいのが、別に俺はマジギレしてる訳じゃねェ。
叱るついでに真弓の怯えた顔が見たくなったという、ただのドSの性質でさァ。

瞬間、山崎が猛スピードで道場から飛び出していくのを視界の端で見た。
じりじり近付けば、真弓もじりじり後退する。
この追い詰める感覚が堪らないとか、俺も大概だなと思う。
「人が心配してやってンのに、馬鹿呼ばわりとはいい度胸じゃねェか。食べ物で遊ぶなんて狼藉、屯所内では切腹もんですぜ?」
「ヒッ…!ご、ごめんなさい…!え、あれ今しんぱ、いたたたたた!!」
怯えてるくせにしっかり、心配、という単語を拾った真弓の頭をメキメキと鷲掴む。
これで、ちったァ反省すンだろ。
あんまり旦那の事ばっか考えられンのも癪だけどな。

「……で?マジにスパーキングの練習してた訳じゃねェんでしょう?成果は?」
「あっ、…と。」
「つぶ餡の食わず嫌いは治ったよね。」
どこからかヒョイと山崎が戻ってきた。
俺は真弓と話してんだっつーの。
「はい…。でもやっぱり、つぶ餡よりこし餡が好きです…。」
「……食えるようになったんなら問題無ェだろ。何、つぶ餡派になるまで居座る気ですかィ?」
それはきっと真弓も分かっていることで、視線を下げた内心を俺は察してやれる。
今頃、後悔で頭ン中いっぱいなんだろう。
もっと早く謝りに戻れば良かった、とか。
謝りたいのに完全にタイミングを見失ってどうしたら良いか分からない、とか。
…そんでこれは、ほぼ旦那も同じ後悔をしてると確信してる。
してない様なら、真弓はもう万事屋には返してやれねェや。

俺はドSだと自覚してるから自分の首を絞めて喜ぶ趣味は無ェ。
だけど、俺しかこの背中を押してやれないのだとしたら。
…答えは、最初から決まってる。

「ほら、これやるからとっとと帰れ。」
持っていた紙袋を真弓の目の前に突き付ける。
「わ、良い匂い…。…あ!もしかしてこれ!!」
紙袋を開いた真弓は中を見て、わぁ、と感嘆の声を上げて微笑む。
「あんぱん…、買ってきてくれたんですか?ここの並ばないと買えないのに!」
「店長に話をしたら並ばずに渡してくれやした。」
真弓は、へぇ、とあんぱんを楽しそうに見ているが、山崎は顔面蒼白だ。
別に脅したりなんかしてやせん。
…ちょーっと世間話はしたかもしれねェが。
「いっぱい入ってる…。もしかして栗餡とか桜餡もあります??」
「視野広げろっつー意味で、あんぱんと名の付くものは一通り入ってまさァ。それで仲直りしてきなせェ。」
俺がそういうと真弓は大きな目を数度パチパチと瞬いた。
「お、きた、さん…!沖田さん、優しい!すごく優しい!めちゃくちゃ優しい!つまり恐い!!」
「お・ま・え・は〜…!!」
分かりやすく怒気を放てば、今度は真弓は逃げもせず嬉しそうに笑っている。
この笑顔の向こうにいるのが旦那だと分かっていても、跳ねる心臓は抑えられない。

「ありがとう。ありがとうございます、沖田さん山崎さん!私、ちゃんと仲直りしてみせます!」
屯所の入り口まで真弓を見送ってやる。
ここに来た時とは別人みたいな晴れ晴れとした顔してらァ。
「頑張ってね。」
「つーか、ここは万事屋じゃないんで。もう変な用件で来ないで下せェ。」
「えへへ、どうかなぁ。私、沖田さんの事好きだからまた頼ると思うけど。友達になれて本当に幸せ。あ、山崎さんもね。」
「…好きなんて甘ェ言葉は、甘党の旦那に言ってやりなせェ。」
俺が求めてる好きは、今の真弓からは言ってもらえない言葉。
「それもそうだね…!ありがと、このお礼は必ず!」
真弓は俺たちにぺこりと頭を下げて万事屋へと向かう。
その背中が角を曲がり見えなくなって、この件最後の溜め息を吐いた。
「…損な役回りですねぇ。」
「山崎、その口縫い付けてやろーかァ…?」
「すいませんっしたァァァ!!!」
まァ、また暫く真弓に会う事は無いだろうが、それがアイツの幸せだろうし、俺も心乱されずに済む。
それを寂しいと感じる俺は相当入れ込んじまってンだなと他人事のように思った。


数日後。
想定より早く、その日は来た。
「おーきーたーさーん、あーそーぼー!」
屯所の前で俺を名指しで呼ぶ声の主はもう一人しか思い当たらない。
「真弓…。一体、何、」
「銀ちゃんと喧嘩した!あのね!たい焼きは頭から食べるか、尻尾から食べるか!沖田さんどっち!?」
「……。」
何なの、馬鹿なの、切腹すんの?
コイツら何一つ成長しねェや。
俺は頭を抱えて溜め息を吐きながらも、真弓を真っ直ぐ見る。
だから何でこんな下らない事に毎回毎回真剣なんだよ、お前は…。
「俺は腹からガッツリいきまさァ。…つーか本当に、毎回毎回、」
「だって沖田さん、話聞いてくれるんだもん。ね、こないだのお礼も兼ねてお茶菓子持ってきたから食べよ?」
「コラコラ。何勝手に俺の部屋に向かってんでィ。」
もう通い慣れたに違いない俺の部屋に向かう真弓を見て、また溜め息。
(そう簡単にホイホイ男の部屋に上がるんじゃねェや…。)
もしも自分が真弓を突き放したら、コイツはどこに行くんだろう。
俺じゃない誰かのところに助けを求めるんだろうか。
その僅かな可能性すら恐くて、柄にもなく良い人を演じる自分はこんなに弱かったのかと自嘲する。
真弓は偶然廊下ですれ違った山崎にも声を掛けていた。
そのまま振り返りもせず先を歩く真弓を見ながら、つい本音が漏れる。

「…次、旦那が真弓追い出したら、もう俺が貰っても問題無ェよな?山崎ィ。」
「いやー…、それが出来てたら、とっくに、ぐはッ!?」
「あり?腹でも痛ェの?…真弓には伝えとくから部屋でゆっくりしてなせェ。」
廊下に踞る山崎を放置して真弓の後を追う。
もう決めたんでィ。
俺が優しくしてやれるのは今日まで。
次は無ェから。
覚悟してもらいやすぜ、真弓。

「沖田さん?」
「おー、茶ァ淹れてきやす。」
「えっ!?沖田さんが気が利くなんて意外!すごい意外!めちゃくちゃ意外!つまり恐い!」
「……恐いねェ。まァ、外れてねェし、今のうちに充分警戒してくだせェ。」
「え…?」

ぽつりと言った言葉の意味は真弓には届いてない。
今日まではチュートリアル。
この後の展開なんて誰も知らない。

「俄然楽しみになってきやした。」
俺は小さく笑い、食堂に向かった。


end

 
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