【永遠的未完の。】
 
全てを話ながら俺は気付いたら意識を手放していたらしい。
数秒間の記憶がない。
自身で死んだと思ったのに、結局死にもせず、こうやって意識を戻してくるとは、なかなかにしぶといと思う。

コツコツとコンクリートに響くのは、遠ざかって行く自分の足音。
死ぬ間際の、意識が沈んでいく感覚を睡眠のそれと勘違いしそうだ。
動かない体で空を仰げば血のような赤色。

(悪ィな、…俺。)
こんな未来が来ねェように、俺は過去の俺を殺すんだろう。
アイツにとっては未来の俺が死んで、過去の俺が死んで、結果成し遂げた"俺"が死ぬ。

(…俺はもっと早く死ぬべきだった。)
気付くのがもっと早ければ。
過去が変わって俺が消えて白詛が無くなっても、俺にとってのこの世界は、俺が壊してしまった事実は変わらない。
ゆっくりと目を閉じると広がるのは走馬灯。
独りで過ごす五年は、あまりに長かった。

俺の足音が完全に消えた後、すぐにぱたぱたと別の足音がする。
どうやら俺はまだ、感傷的には死ねないらしい。


「…んちゃん、っ…?銀ちゃん!!」
あまりの懐かしさに呼吸を忘れた。
…そうか、もう、五年もこの声を聞いていなかった。
「………真弓。」
「!!!」
名前を呼んでやると、動けない俺の体目掛けて飛び付いてきた。
「ぎんちゃんっ…、銀ちゃん、だ。銀ちゃんに、会えた…!」
最初から涙声の真弓の頭を撫でてやるも、手には既に感覚がほとんど残って無い。

「会いたかった!会いたかった、ずっと待ってた、待ってたんだよ?ずっと、銀ちゃん…ッ!」
ぽろぽろと零れ落ちる涙が俺に降る。
その温かさも、もうあまりよく分からない。
「なん、で…。」
「五年前の銀ちゃんにこっそり連いてきたの。…まさか、銀ちゃんに会えるなんて思わなかった…。」
「馬鹿、やろ…。まだ、完全に呪いが…解けたわけじゃ、ねーんだぞ…。」
「ごめんなさい…。」
「真弓、」
「銀ちゃんが辛い時に、一緒にいてあげられなくて、ごめんなさい…。」
汗も血も、流れるだけ垂れ流してカラカラなのに、目頭が熱くなる。

死ぬのは怖くねェ、と言うのは開き直りだ。
俺の場合は、これは義務であり、責任であり、解決策なのだから、拒否の選択肢は存在しない。
ウイルスに意識を全て食い潰されていれば、こんな気持ちにはならなかっただろう。
世界を滅ぼした俺なんかの為に泣いてくれる真弓に、俺はもう何も返せない。
それが虚しくて悔しくて、あぁそれなら死ぬのは怖ェわ、などと他人事のように思った。

「もう、…俺の事なんか、忘れ、……んぐ!?」
開けた口に何かが押し込まれる。
何だこれ、甘い、のか…?
「美味しい?いちごミルク飴。」
「おま…、空気、読、」
「読まない。嫌だ。…銀ちゃん。いなくならないで。」
「…っ。」
ぎゅうっと力一杯抱き締められる。
苦しいとか、真弓の着物が汚れるとか、頭の端でそう思っただけで俺は何も言えなかったし、動けなかった。
体の感覚はもうほとんどない。
意識もふらふらして、会話が出来ているのが奇跡だった。
間違いなく、俺に迫っているのは死だ。
「真弓、…お前だけ、は、」
幸せに生きてくれ、なんて陳腐な台詞を吐きそうになって気付く。
真弓の髪が艶のある黒髪から、うっすら亜麻色になっている事に。
泣き腫らして崩れたマスカラから銀色の睫毛が見えてしまった事に。
つまり、…真弓は既に白詛にかかってしまっている。

「…っ。」
もっと早く、俺がこの呪いに気付いて自害でもしてりゃ、真弓が苦しむ事なんて無かったんだ。
俺にとっては、世界を壊す事より、真弓が壊れる事の方が何倍も怖い。
「…あ、気付いちゃった?」
「……あぁ、」
「ふふ、良いでしょ?銀ちゃんとお揃いだよ。染めちゃったけど、髪も銀ちゃん色。こんなに元気だからお医者様はビックリしてるけどね、…入院勧められてる。」
「真弓…。」
「ねぇ…、私が辛かったのは白詛なんかじゃない。この色を見て思い出さずにはいられない銀ちゃんが、私の傍にいない事だけだったよ。」
「!」
言葉に出来なかっただけか、いよいよ声が出ないだけなのか。
俺は真弓から目を離さない事しか出来なかった。
…それすらも、もう霞んでよく分からなくなってきたが。

「もう一人の銀ちゃんが、未来を変えてくれるって。…この世界の私達はもう変わらないけれど、…過去が変わっても、また私と出会ってね?今度は絶対ハッピーエンドじゃなきゃ嫌だよ?」
「おー…。」
そうだな、真弓にはハッピーエンドとやらが似合うわ。
お前はいつも笑ってなきゃな。

例え、その未来に、…俺が居なくても。

俺は真弓の顎を掬い上げてキスを落とした。
舌を差し込めば、真弓は小さく息を漏らしながらそれを受け入れる。
「ふぁ…っ、……甘。」
口の中に残っていた飴を真弓の口に流し込む。
それを見届けると、俺の視界が暗転する。
ここまでが、限界か。

「…も、寝る…から、…やる。」
「うん…うん…。私はここに居るからね、おやすみなさい、銀ちゃん…。」
真弓の声を聞きながら、俺は今度こそ戻ってこれない深い眠りについた。


ありがとう。
俺はお前に救われて逝く事が出来る。

愛してる。
次は、もっとマシな奴と一緒に幸せに生きろ。

真弓と生きられて、幸せだった。

…じゃーな。


end



「…って、夢を見たの。」
「ちょ、何勝手に銀さん殺してくれちゃってンのォォォ!?しかも何その複雑なシナリオ!!SF作家にでもなるつもりですかコノヤロー!」
リビングに置きっぱなしになっていたいちごミルク飴を見て、真弓が今朝見た夢の話をした。

何つーか、完成度高ェな、オイ。
映画一本作れるレベルの夢だよォ?それ。
興行収入も動員数も期待出来ンじゃね?

「馬鹿ッ!!」
「ぅお…!な、何だよ。ンなでけェ声出して…。」
淡々と話していた真弓がキッと俺を睨む。
「………泣いたんだから!あんなの、夢でも嫌だ…。」
そう言うと、今にも泣きそうな顔をする真弓。
「オイオイ、たかが夢じゃねェか。」
頭を撫でてやっても機嫌が直るでも無い、か。
しゃーねェなぁ、サービスしてやっか。

「あー…、真弓?俺がお前泣かしたまま一人で死ぬと思うか?」
「え?私も道連れにするの?無理心中?」
「おま…、俺を何だと思ってンの…。」
「でも、一人ぼっちにはなりたくないもん。一緒がいい。」
「……バカヤロー。一緒に生きンだよ。…文句あっか?」
真弓の表情が分かり易すぎるくらい明るくなる。
おー、いつもその顔でいてもらわねェとな。

「銀ちゃん、飴食べて良い?」
「オイィィ!?色気より食い気デスカ!?はいはい、どーぞ?…ったく、人が心配してやってンのにお前は、」
「銀ちゃん。」
ぐいっと着流しを引き寄せられバランスを崩すとそこに真弓の顔があった。
「危な、ッ!」
避けるでもなく、真弓はそのまま俺の体を支えながら唇を重ねてきた。
真弓の舌が俺の唇を抉じ開けようとするのを、そのまま受け入れる。
甘い唾液と飴が、俺の口腔に流れ込んできた。
「っ、」
「寝るからってもらったものだから。銀ちゃんに返すね、…おはよう?」
「だから夢だってのに…。おー、おはようさん。」
たったそれだけの言葉なのに、真弓がひどく幸せそうに笑うから、確かにこりゃ死ぬに死ねねェわ、なんて思う。

「辛い時や寂しい時は一人にならないで、ね?私、ちゃんと支えてみせるから。」
その言葉は救済にも似て、俺にとって真弓がどれだけ必要か改めて思い知らされた。
ただ、そんな事を真剣に言われっと、こそばゆいと言うか、…茶化してしまうのは俺の悪癖に違いない。
「………え?何、夜寂しいっつったら泊まってくれンの?」
「えぇ?神楽ちゃんいるのに??まぁ、泣くほど寂しいって言うなら…。」
「いや、啼くのは真弓の方、ぐふぁッ!!」
「馬鹿ッ!!」
うぐ…腹にキツいの食らった…。
顔真っ赤にして恥ずかしがるとか、逆効果だっつの!
「そーですよォ。俺ァ、馬鹿だから真弓を不安にさせる事もあンだろうけどな?それでも、心はお前に全部預けてンだ。…それじゃ足りねェ?」
「! じゃあ、絶対返してあげないから。」
「おー、俺はお前に心をくれてやンだから、真弓は俺に未来を寄越せよ?一人になりてェなんて言っても叶わねェからな。覚悟しとけ。」
その言葉にニコリと笑って頷く真弓を見て甘い気持ちになるのは、ほとんど溶けきった飴のせいもあるかもな、なんてぼんやり思った。

もしも、真弓が見たような未来が来たとしても。
俺は本当の意味で独りになることはないんだろう。


ありがとう。
俺はお前と生きることが出来る。

愛してる。
他の奴には譲らない。

真弓と生きれる日々の幸せを噛み締める。
…これからも、よろしくな?


end

 
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