『どう?慣れてきた?』
「うーん、それなりにってとこかな」
『同居が女の人でよかった』
「あら、なんで」
『他の男と同居してるとか、安心できるわけがない』
「健くんでもそう思うんだ」
『当たり前だって。内田は俺のことなんだと思ってるの』
「健くんは健くん」
『…ま、楽しんでやってるならいいよ。あ、そうだ。内田はいつ予定空きそう?』
「今週の水曜日、空いてる」
『…奇遇だな、俺も』
「部活、休みなの?」
『そう。監督が出張っていうのと、体育館1日使えないのとで』
「じゃあ水曜日だね」
『12時にいつもの場所で』
「わかった。それじゃ、おやすみなさい」
『おやすみ』

 切れた電話が寂しい。しかし相手だって暇じゃないのだから、と言い聞かせた。自室として貸し与えられている部屋に溜息が響く。もう、すでにこの部屋はわたしの物になっていた。つい最近まで全く知らない部屋だったのに、たった数日で色が変わってしまった。もう少し、他人の色でいて欲しかった。

 櫛引さんがコーヒーをあまり好いていないことをつい昨日知った。その証拠に、この家にはコーヒーを置いておらず、代わりにコントレックスが大量に置かれている。こっそりコントレックスを頂いたが、あっても無くてもいい物だと思った。まだ、わたしが子供、という証拠なんだろうか。ついでに、スーツの姿もあまり好きではないことも知った。知った、というか、感じた。少なくとも、わたしには見られたくないようだった。

 櫛引さんは、よくわからない。嫌われてはいないようではあるが、特別好かれているわけでもない。作って入れておいたからと伝え、次の日の朝冷蔵庫の中をのぞくと、カレーが入っている鍋がなかったので、どうやら食べてくれたようだった。そこから、作ればとりあえずは食べてくれるということを学んだ。気難しい人なんだと思う。歳の離れた高校生がこんなことを言うのもなんだが、気難しくてちょっと変わってる不器用な人、なんだと思うのだ。室井さんは、それを知っている。不器用だけれど、わたしはそこが寧ろ気に入っている。櫛引さんのそれは間違いなく自分にないものだ。

「水曜日、帰り時間がわかりません」
「わからない?」
「彼に会ってくるので。遅くならないようにします。帰る前に一応連絡を入れようと思っているんですが、よければ櫛引さんの連絡先を教えてもらえませんか?」

 そうお願いすると、櫛引さんは少し顔を顰めた。そうだろう、予め予想していた表情に思わず顔が緩みそうになる。いけない、余計に変な顔をされる。嫌われていない、とはいえ行動一つで嫌われてしまうことだってある。好かれていなくとも嫌われていないならいいや、ぐらいの心持ちであるから、完全に嫌われたとなったならさすがに傷つく。だがわたしは、櫛引さんが脳内でしっかり考え込んでからわたしに連絡先を教えてくれると思った。否、わかっていた。仮にも他所の子だ、自分の知らない間に事件に巻き込まれたとしたら。連絡先を教えることより面倒なことになるのは当然だ。櫛引さんが口を開いた。

「…そうね、確かにいつかは必要よね」

そう言って櫛引さんはスマホを取り出した。わたしも愛用しているiPhoneを取り出す。新しく登録された電話番号とメールアドレス。新しいものはやっぱりいい。






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