真実の話。

 とはいえ、こんな状況ではなにが真実でなにがはったりだったのかすら、口にすることさえ躊躇われる。私自身、分からないのだ。急に押し寄せてきた征樹さんへの未練。なにも、あのときから変わっていなかったことに気づいてしまったときの絶望と脱力感。衝動で手にした彼の遺物。止められぬまま、真正面から被ってしまったリアルな喪失。きっと、一番それを知りたいはずの滋君はなにも言わない。覚悟を決めているようだった。滋君の座右の銘の5割3分3厘。

 真実の、話。

 あの人の遺物をもうわずかなあの人の場所にぶつけたあと、襲いかかる自責の念に私は走り去るように家を飛び出した。 どのようにしてマンションの外へと体を弾き出したのかは覚えていない。まるで姉のようだ、と思った。蒸発中の姉。年賀状だけ寄越す人。
 気づけば、私は公園の丸い腹の中に収まっていた。喉の奥には、間違いを起こさないための味が未だ残っていた。征樹さんとのときは、そんなもの食べなかった。そういうときが、私たちにもあったのだ。
 征樹さんが恋しかった。彼を組織していた脊髄があの人の皮膚を持ち上げている、あの加減すら私は覚えている。お互いの背骨をそっと抱くように、過ごした日々があったこと。征樹さんが恋しかった。1年分の、見ないふりをしていた寂しさが鳴る。その気になれば、直接征樹さんと連絡が取れることを知ったうえで、取らない努力をしてきたこと。征樹さんが「恋人の友人」であったそのままにまたなれると思っていたのだ。
 靴すらもろくに履けていない状態で、ポケットにいれたまま持ってきてしまっていたスマートフォンを取り出す。電話のダイヤルを、驚くことに未だに諳んじることのできてしまった番号を、指先でぺたりぺたりと押していく。

「やめとけ」

 横からスマートフォンを奪っていったのは、追いかけてきた滋君だった。滾々と悲しい目をして、私を見つめて、それからまた抱きしめる。滋君の体温は、先ほどよりもぬるくなっていた。私のことを、見失っていたのだろう。私はまたなにも言えずに、滋君にされるがままの状態で、目をとじる。月子さん。いつもと同じ、一音一音を丁寧に発音する滋君に呼ばれるたび、征樹さんが近くなっては結果として遠ざかる。また涙腺が刺激されて、すこしだけ泣いた。スマートフォンのスクリーンライトがついに消える。

「・・・滋君」
「帰ろうぜ。・・・だいじょうぶだって。月子さんが帰る場所には俺もいるから」
「・・・滋君って、いい男ね」
「やっと気づいたか?」


 滋君と一緒に家に戻って、粉々になってしまったコップを見て、またすこし泣いた。思い出の喪失。ずいぶん感情的に、勿体ないことをしてしまった、とは思ったけれど、先程のような錯乱はうまれなかった。破片を片付けようとしたら、滋君に叱られた。ので、私は大人しく滋君がコップの破片を片付けるのを眺めていた。コップを投げつけた先の正方形の引き出しは多少へこんでしまっている。きちんと中身を取り出せるかどうか不安がよぎったけれど、いつもよりすこし力を入れる程度で引き出しは機能した。いつか両親が旅行先から送ってきたお菓子の缶が、きちんと収まっていた。真紅に金色の縁の、滑らかな長方形の缶。内田さんにスペアキーを渡すために見たきりだったそれを、躊躇しながらも取り出して、別の場所に移動させることに決めた。
 そうしているうちに内田さんが部屋から出てきて、その内田さんにも滋君と同じようにあれやこれやと世話をやかれてしまった。掃除機がかけられて、そのうちにキッチンから戻ってきた滋君と入れ違いに内田さんがキッチンに向かう。放心している私を見て、滋君は眉を下げて笑った。

「落ち着いたか?」
「ええ。・・・内田さんには悪いことしたわ」
「まあ、あの子も肝据わってんな。なんとなくそんな気もしてたけどよ」
「話すべきかしら」
「さあな。知りたがりっぽいから、あるいは気になってるかもしんねえが」
「知らない方がいいわよね。訊かれるまではよしましょう。・・・滋君。スマートフォン、返して」
「はいよ。・・・荻野先生?」
「いいえ。光君に」
「ミツルに?」
「ええ。・・・ねえ滋君。私、内田さんを帰したら引っ越すわ」





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -