空契 | ナノ
46.一歩、君へと手を伸ばした日 (1/7)

    
   

最初から気付いていたくせに。







「レオ……!?」

開け放った窓から、室内へと流れ込んでくる冷たい風にぼんやりと包まれる。朝焼けを眺めていた、俺に後ろから声がかかった。
ゆっくりとした動作で振り替えると、部屋の扉が空いていて、ふたりの姿があった。
ユウと、ナミだ。
荒れる風を受け、暁の光で煌めく髪を、ながびかせいる俺を見たふたりが棒立ちしていた。

ひとりずつ眼が合ってから一瞬後、先程よりも大きな声で、俺の名前を叫んだユウがいち早く我に帰ったようだ。

「よか、った……! よかった!
レオ、起きた…!」


駆け寄ってきた彼はしっかりと、俺の肩を掴む。温もりにびっくりして体を強ばらした。彼の手は、あたたかい。俺と手の大きさは変わらないというのに、広く感じた掌。
彼は俺の顔をじっと見る。頬をその掌で包まれて、反射的に逸らそうとした目は、その茶色の丸い目と合わされる。半ば無理矢理その目を見れば、潤みを持っていて、ほっとした様子で微笑んでいた。

「よかった、ほんと、
あぁ、でも顔色やっぱり悪いね、あああっこんなに体冷やしてなんで窓開けてんの寒っ!寒っ!寒っ!」

「………ユウ、……あの、ちょっと………」

冷えきっていたらしい俺の肩に触れてから、ぎょっとした彼は、早口で言いながら開けっぱなしで風が吹き荒ればたんばたんと音をたてる窓を閉めた。がたがたと今だ音をたてるほど、風は強いが、室内は静かなように感じた。ユウが小言を溢すのみだ。
確かに俺は麻痺していただけで、かなり体を冷やしていたらしい。自覚してからふるりと震えが走って、鳥肌がたっている腕を擦りながら、苦笑していた。

すると、後ろからだ。そっと、毛布をかけられる。さっきまでベットで、自分が寝る際に被っていたものだ。
顔を上げると、目が合う。黒の瞳。ナミが、この毛布をかけてくれたらしい。

「ありがとう」少しつまらせながらも、そっと言えば、ナミは眉を八の字にしてくしゃりと顔を歪めた。「…あぁ」そっと、俺の肩に触れた手はグローブを外している。
震えていたその手に触れると、びくりとまた震えては離れようとした。
俺はそれを、掴むことはできなかったけど、僅かに触れ、真っ直ぐ見上げた。

ナミの視線が、何度か空中をさ迷う。それから、ようやく、俺を見た。

「っ……レオ……」
「………ん」
「よか、った………!
めを、さまして………っ」


一瞬触れた手を、今度は彼から触れてきた。おそるおそると俺の白い手に触れ、その途端………彼は、頬に、涙を伝わらせた。
ぽた、ぽたと床に落ちていく雫を見送り、俺は小さく頷く。ありがとう、を、また呟いた。

彼は、よく、泣く。

よく、その涙を、目にする。

何のために、泣いているのか。
考えて、すこし、分かるような気がしてから、俺は一度眼を閉じて止めた。

「………ごめん、…しんぱい、かけ、て」

ふるふると首を振るナミ。振る方向は上下とも左右とも区別しにくい、あやふやで肩を竦めて、ちょっとだけ、頬を緩ませた。

「…また、俺、長く寝てた?」
「……うんん、
…まだ、あれから……五時間くらい、かな。
レオは、それしか寝てない、よ」


壁にかかっている時計を見ながら、そう言って大丈夫かとユウが覗き込んできた。
俺が気絶する前は、あんなに狼狽えていたが今は落ち着いているらしい。落ち着いたところで、どうなら俺が起きているかどうか、苦しんでないかの様子を伺いにこの部屋を、ナミと来たらしい。

「朝早いし、寝ててもいいよ、レオ………顔色、悪いし…」
「イル、とやらから、おおよそは………聞いた」

また大変だったんだなと、控えめに頭を撫でられベットに連れていかれそうになるが、俺はふたりの腕を引っ張って首を振った。はっきりと横にだ。
「聞いたって、どこから?」と尋ねれば、どうやら本当におおよそ。
“俺とイル、リゼがギンガ団に襲われ、追い返した”とだけだ。ざっと、である。
しかし、そこにあのギンガ団幹部の“サターン”の名がなければ、………アースの手持ちであるらしい“火怨”の名もない。………ダイゴ、もだ。

「………」

気を、使われているとなんとなく、分かった。イルは万が一を考えて、嘘ではないが全てを語らなかったらしい。あとは、喋るも喋らないも俺の自由。“選択を許されてる”らしいのだ。


無言でユウとナミの服の裾を掴んだまま、考え、た。

話す意味、というものを。


「レオ、さま………!」

廊下から足音と声が聞こえて、視線をナミとユウと一緒にそちらに向けた。
俺らの話し声を聞き付けたらしい。開けっぱなしの部屋の扉から入ってきたのは、シキだった。彼もまた焦った顔をしていて、立ち竦むと俺がしっかりと立っている姿に顔を優しくした。

「良かった………また、四日もお眠りに、なるのかと………思って……」
「……ほんと………」
「シキ………、………サヨリ」

涙ぐむシキの後ろから、のそりとサヨリまでもが部屋に入ってくる。サヨリはいつもと同じように猫背で、怠そうだ。
この五時間で、荒れた感情は薄れたのだろうか。そう思ったものの、サヨリは口元を、シュウのようにジャージの襟で隠して俯き気味だ。一度こちらを一瞥した眼は、伏せられ、横を向いてしまう。
代わりにシキが近付いてきて、胸元に手を添えると執事のように紳士のようにお辞儀をする。

「………御無事で、何よりでございます、レオ、様」
「………さま、やめて、って……」
「…ええ。………そうでした」

申し訳ございません。と言って、でも、薄く微笑んで呼ぶのは「レオ様」だった。
俺は以前、彼に叩き付けた言葉を思い出していって罰が悪くなり、頬を指先でいじって下を向く。


やはり、どこか、歪さが感じられる。
ユウからもナミからもサヨリからもシキからも。
歪で、ちぐはぐな空気だ。……つい最近までとは想像もつかない程に、どこか危うく───、

否、
気付いていたくせに。

───俺と、この子達の旅は、関係は、会話は、空間は、
元々、歪んでいて、

今は、つぎはぎの目が、緩んで、
っていう、
だけ。

気付いていた、くせに、
ずっと、見ぬふりをして、だから、今、明るみになってる、だけ、

それだけ脆い関係だ。俺らは。
それを、多分みんな分かっている。
それでも、それぞれなにか、目的を持って、歩んでる。

不思議そうに見詰めてくる、ユウ、
不安げに見詰めてくる、ナミ、
無表情のようで、ぎこちない、サヨリ、
本気で俺を心配する、シキ、
みんな、そうやって………俺についてきた。

「(俺は、………こいつらを、)」

どうする、べきか。
一歩足を引いて彼らの面々を、ひとりずつと眺めていった。
くせの強い、彼ら。───の中に、明らかにかけている人物がいる。
気付いている。
ずっと。

と、その時廊下からふたつの気配が更に近付いてきて、もしかしてと俺の頭に浮かぶのは碧眼の彼だ。
しかしそんな簡単に進むはずもなく───、ひょこりと顔を覗かせたのは、浅葱色と紅色、そして、翠色だ。

「………イル、リゼ……」
『お姉ちゃん…!』
「わ、」

擬人化しているイルに抱き抱えられていたキルリア、リゼが念力の手も借りてこちらへと飛び付いてきた。慌てて受けとめて見れば、リゼは満面の笑みで、彼女も『よかった!』と起きたことを喜んでいるようだ。
無邪気で真っ白に輝くその笑みに、突然は危ないだろう、とかいう叱りがぐっと喉奥に引っ込んでしまう。苦笑して頭を撫でていれば、ユウが変わりにリゼを叱っていた。流石に優しく、寧ろ彼も苦笑混じりだったが。

子供は元気だね本当に……でも、危ないでしょ。あっ、ぅ、ぁ、す、すみません…!ちょなんで涙目、………泣かせた………。ええええぇ。
動揺するユウと、見知らぬ相手で涙目なリゼと、それにちょっかいをかけるサヨリ、そしてそれを笑いながら見守るナミと、シキ。
その様子を尻目に、俺はとりあえず降ろしたリゼをそのまま交流させてみる事にして、傍に来たイルを見上げた。
───その名を呼ぶのは、ちょっとだけ躊躇した。

「紅、………まだ、…いてくれたんだ」
「居ない方が良かった?」
「……きみの、性格上、すぐにふらりといなくなりそう、だな、て」

あえて名前を、紅と呼んでも彼は当たり前のように、くすりと微笑んで肩を竦めた。
どうやら大した傷もないように見える。手当てはナミ辺りにしてもらったのだろう。なら、彼なら、と思ったのだけど、

「随分、分かったように言うんだね」

一日しかない付き合いだと言うのに。と、イルの言葉に確かにと思う。棘があるように聞こえなくもないが、おそらく彼は思ったままに言ったのだろう。

昨日、一日、俺らはデートをしたのみである。

それでも俺は、彼は、行ってしまうんだろうなという、確信に近いものがあった。

「………俺だったら、そう、する、かな」
「…」

少なくとも俺は、そうしてきたな、と振り替える。鋼鉄島でや、谷間の発電所、優しい温もりに触れたのだけれど、それが俺にはむず痒くて、逃げるように飛び出してきたのだ。
そういう自身の体験談からの答え。
紅と呼べばいいのか、イルと呼べばいいのか、分からない、その青年は唇だけ笑ったまま、こちらを見ずに肯定も否定もない。穏やかそうな顔のまま、さぁねとあのじゃれつく子供たちを見詰めたまま。

「───ただ、
“ケンカ”してるらしい君達をほっておくのも、どうかと思ってね」


彼らしい、なんともお節介な理由だ。眉を寄せてまた俺は歪めるように苦笑する。

けんか、そっか、ケンカ、か、
そうなのかな。多分、そうなのかも。
些細な、擦れ違いとか?
うんん、元々、俺と彼等は、俺の手持ち達は、近付いてすらもない。
…そもそも、俺が壁をつくって、突き放して、逃げて、
眼をそらして、

そんな出来事がリンクするのはやはり、二年前の事だ。俺は、二年前、親友と、けんかをした。

「(………いつまでも、同じ道をたどってなんか………いられない、か…)」

前ばかり向いてる気でいて、ぐるぐると同じ道ばかり進んでいたらしい。
前を向いてるなんて、どっちが前なのかすらも見失っていたのに。
バカげていた。あまりにも。

気付いていたのに、そうやって、そうやって、

「………」

昨日、ずっと考えていたのだ。
ぐるぐると巡らせながら、たまに甘い空間に触れながら、たまに張り詰めた時に身を委ねながら、

そして、先程の夢で、ひとつ、答えが出たのだ。

進まなければならないと。

確かな“前”を見つけて、進まなければと。
  
   


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