44.Missing (1/5)
その名を聞いて、
俺はどうするつもりだったのか。
相も変わらず、
その行方は知らず、
日没と入れ替わるように美しい月が闇夜を飾った。
それを眺めていられる余裕を、この場には誰も持ってはいないだろう。
月の前に立つ、みっつの影に目を奪われるのみだ。
ひゅるり、吹いた風に誰かが熱い吐息を交ぜる。
しゃらりと、アクセサリーが音を鳴らす。
「───来た!」
興奮ぎみにそう呟いた彼の後ろへと、眼を回したゴルバットが落ちていくも、男、サターンは気にした様子もなく見上げていた。
崖の上、サターン達より遥か上、月に近いそこで、
美しい月明かりの中での、俺らに眼を釘付ける。
はっ、と空気中で白く濁った息を吐いて、俺はゆっくり慌てずに崖から見下ろした。
今の一打でゴルバットがサターン、そしてヘルガーの火怨が立つ後ろで倒れている。───その強力な一打、それを放ったのは俺を守るかのように立つはだかる、二つの影。
片や、小さな翠と真白な服を纏ったような姿。
片や───白銀の色の中に紅色を纏う、鮮やかな姿。
それは、ラルトスから進化した、キルリアと、
───“色違い”の、アブソル───、
「リゼ、
……イル」
俺は小さな躊躇の後にやっとその名を呼んだ。
俺が身勝手につけた名だ。
特に……俺は不安な気持ちで、その、色違いのアブソルを見詰める。
紅という名前ではなく、俺は彼をイルと呼ぶ。
本来アブソルの、白銀の毛に包まれた肢体は闇夜に紛れる黒だ。しかし、このアブソルは色違い…………闇に隠れる事なく、きらきらと耀く───紅。浅葱色の美しい眼と共に主張する色。
成る程、名の通り、紅。
この姿を見たアブソルの主、というその子は、故に名付けたのだろう。印象的な、その色を。単純でも、だがしかし、美しい…………彼だけの色を。
その名が繋がりを生んで、彼を縛っていた。
だから、彼は恐れるものがある。彼は逃げようとする。
けれども俺は「俺のせいで巻き込んだ奴等だけでも、取り返したい」と、身勝手に───立ち上がり、向かうことにしたのだ。
名を、断ち切ったのだ。
また、リゼ、と名付けた少女───キルリア。
彼女はまだ誰の色にも染められず、純粋に生きている。誰にも触れられず、ただただ野生として生きている。
そんな彼女に、俺が名付けた。リゼ、と俺が色をつけたのだ。結構、巻き込んだ。
俺は、弱い。このふたりを巻き込まなければ、どうする事もできないほどに。
───アースは………彼は波動を使って、ひとりでもそれなりに動ける機動力があった。俺は? あいつに似ているという眼を持つ俺は……所詮、俺。
強くなどない。弱い。後ろを向くのが怖い。横を見てしまったら立ち止まってしまう。そんな弱い俺は………分かってる、ひとりでなんか戦えないと。
「(ひとりで、こいつらには勝てない)」
崖下にいるサターンは、ギンガ団の幹部だ。
あのヘルガー、火怨もアースの家族だという。単純に考えても強い力を持つのは確か。
───「君が普通の人間じゃないことは分かったよ」……彼の言う通りだ。
俺はまだ子供だ。弱々しい体。体術を持ったとしても、ポケモンの力も手にした奴等には敵わないのは百も承知。だから、俺はこのふたりを頼った。
自身の持てるもの全てを利用しようと、して、この崖の上に立つ。
立ち上がらなければ、駆けなければ、ならない。
立ち向かう力などないくせに。
エンみたいに、強くなんかないくせに。
相変わらず、後悔なんて怖いから、空回るのが怖いから、動かずにじっとしていたい。眼を背けていきたいけど、
頭を過るのはいつでも、親友の姿。
───そして、何故か、
アイク達の姿。ぼろぼろになった、彼等の姿。
『レオちゃん』『レオお姉ちゃん』名を呼び返し、じっとこちらを見詰める色違いのアブソルと、キルリアはこくりと頷いた。
アブソルの浅葱色の眼は、ゆらゆらと揺れている。キルリアに至っては、少し、震えていた。それでも俺の名を呼んだ声は、ふたりとも真の強いなにかを感じたのだ。
それ以来、すっとふたりは前を向き、崖下へと向ける。
───きっとふたりに、怖くないのか、と聞けば、怖い、と返ってくるのだろう。
それでも、
それでも、前を向くのは、
「イル、リゼ、」
この名に、縛られるから。
俺はもう一度白く濁った息を吐き出した。どくん、どくんと鼓動が煩い。手は、震えてる。その手で、………イルから貰った、紅色と空色の丸い石と、他に静かな色の小さな石で作られたブレスレットに触れる。しゃらん、と三日月のチャームが揺れる。笛のペンダントも呼応するように風で揺れる。
見上げた空には月。
下げれば、敵意も、殺気をも満ちる場。
───どれが、前か。どれが、正しいか。なにが、悔いのない道なのか。分からないけど、俺はどうにか立って、生きて、歩んで、駆けて、
「奪ってやる」
そろそろ吹っ切れなければならないんだと、これが俺が出した答え。
名で、縛ったものの、義務。
綺麗な月の元、
とても不似合いな───張りつめた雰囲気に、意志同士が、ぶつかり合う。今───、
───しゃら、ん、
「イル、剣の舞」「ドクロッグ、挑発」
「リゼ、サイコキネシス」
『っは───』
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