空契 | ナノ
24.永劫の闇で、 −前編− (1/6)




「────…何でだろうな」

夜から降りだした、ぽとりぽとりとした雫は、真夜中にはざぁざぁと喚く大雨に変わっていた。
うっそうと茂る森が作り出す、重い闇に響く音の中に、青年の声が紛れていた。
雨から肌を守るように、着込まれた闇色のコート。
確実に冬に近付いているシンオウ地方の雨は、恐ろしく冷たく凍える。

しかし、その“誰か”はフードを目深に被っているからか────寒さを感じていないように、雨の中を毅然として立っていた。
何でだろうな、と呟かれたそれは男のもので、
悲壮、自嘲、歓喜、
様々な感情が紛れ込んでいるようだった。

フードの下から覗く、陰った顔と髪と眼。
闇に紛れ、色彩は意味をもたなくなっていた。
それほどまで、月が分厚い雨雲に包まれた今宵は、真っ暗で闇に抱かれていた。
そんな闇の中、更に黒が深まっているのがこの森か。
────ハクタイの森。
それを、青年とおぼしき黒コートの誰かは“見下ろして”溜め息をつく。

「…あいつは、
此処に来てしまったか…」

誰に言うのではなく、呟かれたぼやきに近いそれは、やはり雨に紛れて霧散する。
何故、来てしまったんだと“あいつ”を咎める様に言うものの、この声は届かない。届かなくていい。

普通なら“あいつ”が此処に立ち入る事はまずない。
無視してこのハクタイの森を抜けるだろう。
しかし、それをしなかった。否、できなかったのは、雨が降ってきたからだ。
この雨が降るのも運命で、
“あいつ”が此処に立ち入ったのも運命か────、

此処、森の洋館に。

「─────…何も起こらなければいいがな……」

ふっ…と溜め息をついた誰かが、ゆらりと揺らめいた。
瞬間、闇色にとけるように消えていった。

─────森の洋館な屋根から影が消えると、森に響く音は雨の低い音のみだった。





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