空契 | ナノ
7.ふたりの言い分 (2/5)

  


ジョーイさんから貰ったトレーナーズカードと、俺たちは指定された部屋へと入った。
俺が借りたのは、ワンルーム。手持ちがアイクしかいないので、狭い部屋を借りようと思った、のだが、

「ひっろ」

借りた鍵を差し込み捻り、開けてからの第一声だ。そこに広がっていたのは、まるで何処かのマンションのような綺麗な廊下。埃一つもないフローリングを踏みしめながら、少ない部屋を回ってみた。
浴室はかなり広い。「2人ぐらいは一緒に入れるなー」って言ったら、沈黙が走った。その無言の空間に「?」と首を傾げて、アイクの方を見上げようとした。
が、その顔を見る前にアッパーを喰らった。殴られた。え、ちょ、これは本当に意味が分からない。彼はそのまま背を向けて逃げていった。冷たい廊下に倒れた俺を無視して。……おい。

当然、トイレも設備。美しい白だ……。それに洗濯機もある、だと。素晴らしいな。キッチンは2人は余裕で立てる広さだ。
何より驚いたのは、洋室の広さ。ふかふかソファ、机がどーんと置いてあった。広いベッド、テレビも中々大きい。それとエアコン、棚、冷蔵庫…………なんて快適な部屋なんだろうと眼を輝かせる。
この部屋がタダなんて……どうなってんだ、この世界。

「よ、っと」

俺は上に着ていた黒コートを机に。青と黒の上着は床に脱ぎ捨て、ベットにダイビング。
ふかふかなベットの小さな反発。体が少し跳ねた。
枕の堅さもぴったしだし、

「いいな!」

よく見ると、俺が寝転がってもあと一人、寝れるスペースがある。俺はソファに落ち着くアイクに笑いかけた。
うーん、これは、

「一緒に寝れるなぁ」
「・・・・・・」

……ぼすっ

「ぅわ?!」

アイクが、また奇妙な沈黙をつくった直後だった。
顔面に衝撃。ついでに視界が突然真っ暗になった。
なんだなんだと起き上がりながら顔に手を当てると、ふかふか。ん? ……ああ、クッションか。ソファに置いてあったクッションを、あいつが投げてきたんだな。
……あれなんで?!
そろそろ、こういう相棒のとばっちり(?)行為に慣れてきた俺はクションを退かしながら冷静に。「なにさ?!」とアイクを見て、こちらも沈黙。
何故なら、彼が顔を引き攣らせ、わなわなと震えてたからです。アイク君が。くわっと開眼されたそれが怖いです。だが、その威力を殺すのが、その頬にかかる赤み……。
……え?

「……なに?」

思わず冷静に尋ねてしまった。
きっと俺の今の笑みは間抜け。

「て、めぇ……黙って聞いてればさっきから……っ」
「え? なに?」
「っ……、
俺はソファで寝る……」

「は?」

思わず聞き返すと、「何か文句でもあんのか」という意味を含んだ視線を向けられた。あれ、睨まれた?
赤い顔で睨まれても怖くもないが、疑問は膨れ上がるのみだ。キョトンと首を傾げる。
確かに、確かに人間嫌いな者がわざわざ人間な俺と一緒のベットに入るのはおかしいが…………だって、アイ君さ、

「鋼鉄島では一緒に寝てたじゃん?」
「てめぇが無理矢理引きずりこんだんだろ馬鹿が」
「まぁ、そうだけど……ほら、妥協してくれたじゃん?
それに顔赤いんだけど、」
「知るか」

「……ソファ狭くね?」
「、原型に戻る」

……いや、まぁ、原型姿が普通なんだけどさぁ……。
いきなりどうしたのだろう。さっきも言ったように、鋼鉄島のゲンさんの家では一緒に寝てたのになぁ。
あ、そういえばさっきの風呂の件でのアッパーも………もしかしたら照れ隠し? なにを想像したのだろうか……これぞ「思春期?」と聞いてみたら睨みが飛んできた。
それでもいつもより迫力ないし。
ソファの隅っこに縮こまっているアイク(可愛いなぁ)を眺めていた俺は、あ、と瞬きをした。
ああ、そーいやぁ、

「アイク、ずっと外では擬人化してたよな」
「・・・・・、」

「なんで?」と問うっても返ってくるのは無言。質問には答えてもらいたいんだけど。
そう、ポケモンが原型でいるのは当たり前。当たり前であるし、なにより…アイクは人間が嫌いらしい。それは、彼の行動を見てるだけで分かる。
通行であろうが、ジョーイさんであろうが、誰であろうが、アイクにとっては忌みの対象らしい。証拠に、眉間の皺が深く目つきは鋭い。そこに浮かんでいる色は、なに?
嫌ならば、なら、

「俺と歩かないでさぁ、
原型に戻ってボールに入ってればいいんじゃね?」
「……」

俺の指摘に対して、彼はやはり無言だった。彼は赤い顔のまま白い壁を見つめ、考え事あしい?
つーか、そこまで深く考える必要、微塵もないんじゃ。答えは簡単でもないらしい。クッションを抱きしめ首を傾げていると、アイクの目がこちらに向いた。

「……てめぇ、周りの視線は気付いたか」

彼の言う視線とは……ああ、あれか。
俺らが歩くと必ず通行人の視線を集める。いやいや、それぐれぇ気付かないと俺、馬鹿だろ。
気付いてたけど、と言うとアイクは「そういう事だ」と言い残し、俺に近付いてきたと思ったら指弾をデコに食らわしていった。
痛かったよ。うん。かなーり。だって星が舞ってたし! 俺、衝撃でベットに倒れたし!!

「なにすんだごらぁーーー!」
「うるせぇ、馬鹿レオ」

あ、珍しく名前呼ばれた。
じゃ・な・く・て、

「……? 、?」

急に顔真っ赤にさせた上に、クッション投げつけるわ、馬鹿言うわ……一体、なんなんだ。俺は自分の藍い髪に触れながら、シャワーを浴びると浴室に向かった後ろ姿を見つめ、首を捻る。
目立ってた理由?そりゃお前…俺のこの髪とこの眼帯は目立つし…、
美形のアイクなんか隣に並んで、その並ぶ女である俺にも注目が集まるのも当たり前で…、

「ん? 女?」

美形の男と、女である俺。
…ぽくぽくぽくぽく、チーンと音を立てた。一休さんの如しだ。
それで閃いた。頭の上に、ピカチュウつきの電球がぱっと輝く。

アイクはポケモンとは言え、男。
年は多分俺くらい(見た目的に)。つまりこれは!
大発見をしたような衝撃を受け、俺は感情に任せてベッドから飛び降り、駆けた。そしてリビングを飛び出し、風呂へと通じる脱衣所の扉をバァアアアーンと叩き付けるように開け放った。
服を上のみ脱いでいた彼がいた。上裸である。すらりと引き締まった肉体を晒した状態で、ズボンにも手をかけていた彼は突然の俺の乱入に眼を点にして固まっている。
彼に向かって俺は眼を見開き、叫んだ。



「思春期かっ!!!!」



エナジーボールが飛んできた。
どうやら当たりらしい。






   
…なんだか的を得て過ぎた答えを言ってしまったらしく、アイクはその後、顔を真っ赤に染めて(羞恥というかあれは怒りだ)俺にエナジーボールを乱射しまくり、追い出した後、風呂場に篭ってしまった。
……思春期にはちょっと悪いことをしてしまった気がする。ごめんってまさか俺が女扱いされるなんて微塵も思ってみなかったから、衝撃で。

多分しばらく彼は出てこないだろうし、出てきてもまた俺が暴力の嵐に合うのは眼に見えている。
ので、彼が落ち着く事を願って……時間潰し。ポケセンを出て図書館に行っていた。
格好は肩出しの黒に近い灰色の服の上に、黒コート。しかも、眼帯。ぱっと見、不審者だよな……俺。だから、街でも図書館内でも視線をビシバシ喰らったのだ。まぁ、確かに変だけどさ、眼帯+黒コートって。
せめて黒コートは脱いでおくべきだったか…でも寒いし、荷物になるし。

図書館で、椅子に座りテーブルに広げたのは「神話」「シンオウ三湖」「異世界」「昔話」などを題材にされた本である。これを抱えながら、コートを持つのは大変である。
神話については、時を司るポケモン、空間を司るポケモンなどが中心的に書かれていた。でも所詮伝説。神話だしなぁ……こんなのより俺の原作の知識のほうがよっぽど役に立つ。
そんなこんなで、特に大きな収穫はなかった。
なんか「運命がこの世界を創っている」とかそういう昔話?は面白かったけど。あと、大昔大暴れしたポケモンの話とか。


こうしてなんとなくの満足感を抱いた時には、外はもう真っ暗だった。
ポケモンセンターから出ていて、既に3時間近く経っている。慌しく本を元の位置に戻して、図書館を飛び出すと、俺の頭上でキラキラと輝く星空が、この街を見下ろしていた。

流石にアイクは風呂から出ているだろう……。まだ怒ってんのかなぁ。
因みにシャワー中だったアイ君には「図書館行ってきまーすノシ」って手紙を机に置いてきた。きっと大丈夫だと思われる。……た、たぶん。
闇のカーテンが包む空に、月。街なのに星が見えるとは。綺麗である。まぁ、街って言っても、ビルが沢山建ってる訳じゃないしな。でも、こんな田舎ではないこの街で、こんな綺麗な夜空が見えるだなんて。桟橋を渡って、潮風に吹かれて……のんびりとゆったりと夜空を眺めながら路地裏を歩いていた。
大通りで上見ながら歩いてると、人とぶつかってしまう。それに、好奇の目がある。

────ああ、やっぱり、
あの、好奇の目はどこにいても変わらない。
元の世界でも、俺は悪目立ちしていた訳で、この世界ぐらいでは普通に、なるべく平穏に生きたいものである。…いや、個人的にはとっても普通なんだけど。


そんな事で、俺は帰り道に路地裏を選んだ。
人通りのない、静かで暗い道だ。
ここならのんびりーと過ごせれる〜。



とか考えてた時期が俺にもありました。はい。


「こん、ばぁーんは〜、
お嬢ちゃ〜ん?」

「ファ?」

何か変な男、6名に声をかけられました。思わず変な、いや、変すぎる声が上がる。なんだ、ファ?って。
視線を綺麗な夜空から、汚い男達へと向ける。品のない顔の鼻にじゃらじゃらついているピアス。つんつん立っている髪。ダッサイ、所々破けた服。人は見掛けによらないって言うけど、ごめん、うざい。
空を見上げていて、でも気配で誰かが近づいてきていたのは分かっていたが……思わず笑みが引きつる。

この空色の眼と合ってしまった、男共…チンピラの目は最悪だった。
濁っている。ゲンさんやルカリオ、アイクなんかと比べるのは正直、そのふたりに失礼かもしれないが………大違いである。
にたにたと気持ちの悪い笑みを浮かべるチンピラを、見据える自分の右眼がじんわりと冷たくなっていくのを感じた。

「…なんか用かーい?」

言っとくけどー面倒なことはごめんでしてー。
無視をしようとしたが、道を塞がれ仕方なく足を止める。
邪魔だとリーダーっぽい男を軽く見上げる。この右眼は、元々鋭い。眼付きが悪いのだ。故に、口元には勝手に笑みが浮かぶものの、その威圧は知らず知らずの内に重いものとなっていたのだろう。
ぴくりと数人の男の身動きが止まった。うんうん、賢い判断。
そのまま怯える本能に任せて逃げ出してしまえばいいものを、男というのはとても面倒な生き物である。女である俺の、威圧のみで引き下がるなどプライドが許さないのだろう。
ちっぽけなそのプライドに任せ、男は再び俺にと迫る。

「お嬢ちゃん…可愛い顔してるねぇ」
「あーはい、よく言われまっす」

………うそうそうそだからその「うわ、引くわこいつ」って顔やめてくれませんか。

「…うわぁ自意識過剰な女だな」
「…普通に可愛いだけだよな」
「…調子乗ってるタイプだ」
「…ハズレか」

おいそこモブ共、聞こえてんぞ。
やめろ、ガラスのハートにヒビが入るだろ。そうでもないけど。

「と、ともかく、
女一人でこんなとこに来るって事はよぉ…」

そういうことだろ?
ねっとりと纏わりつく声と、視線。
俺はにっこり微笑んだまま、無言。それをどう受け取ったのか、男共は調子付き出してきた。

「ねェねェ〜、
それよりさぁ、お兄さん達とイイコトいな〜い?」
「楽しいからさぁ、おいでよ〜?」

…うわぁ、なんていうか、こう…アイクが恋しくなるっていうかー…。
いらっとする、というかー…。
一息つく。ため息ではなく、呼吸。音もなく吐き出して、俺は眼を閉じる。
俺を占領する感情は“諦め”。

「あー…くそ、」

しかたねぇなぁ…。
弱弱しく笑いながらそう吐き出した声は、男の耳に届く。
にたりと笑う。汚い笑みだ。
突然覇気を無くした俺を見て、今がチャンスだと俺の腕を掴む為、男は手を伸ば―――、


して、でも、届かない。


腕を掴まれる前に、男が倒れたのだ。
どしん、と。後ろへと。

何故?
そんなの簡単。

一瞬、身を屈め、
一瞬、跳躍、
一瞬で、距離を縮め、
ほら、一瞬、
俺がそいつの顔面に、攻撃を加えた、のだ。
体に捻りを加え、回転しながらの、肘鉄を。


それと同時にめきょりと悲鳴を上げた男の鼻からの出血。

それらは全て刹那の動作。
腕を掴まれる前に、男が倒れた。
どしん、と後ろへと倒れた。
その時頭を打ったのか、ゴッ、と素晴らしい音が響き何かが折れる音が響き、
俺は満面の笑みで言い放つ。


「悪いけど、俺に遊ばれてくんねぇかなぁ?」





   
     

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