52.かくれんぼ (2/5)
今宵、分厚く雲に覆われた夜空は、いつにも増して重く垂れ込んでいた。
月明かりもなく、街灯もない。
あるのは焚き火の光と、遠くにある街の僅かな光。
空気は一段と冷え、重く感じる。
その中で、いつまでも響く泣き声に、俺は苦しめられていた。
「う………」
「レオ…大丈夫か?」がんがんと殴られるような痛みと、気持ち悪さに頭がくらくらして、座り込んでいる俺にナミが水筒に入った水を手渡してきた。
ありがとうと言ってみるも、まるで風邪っぴきのようで、掠れた。
「ほんと、大丈夫?」「うぅん…」
すっかり騒ぎにしてしまって、みんな起きてきて俺を囲っていて、怪訝そうな顔だ。
しきりに風邪か、どこか調子が、と尋ねてくるがそういうものではないから、俺はあやふやな返事を返していた。
「ほんっと、君はよく倒れるねぇ…」「二回目…」
イルの呆れた声に肩を竦める。この台詞は二回目だ。さっきも言われた。また言われた。否定はできない。
俺はこんなにも体が弱いのだろうか、と一瞬思うが、いや、違う。これはこんな能力を与えた、某神達を呪うしかない。
というのをなんて伝えるべきか………そう考え込むと、結局「うぅん」というあやふやなものになってしまった。
イルと、それを聞いていたユウとサヨリは一緒になってため息をつく。また居たたまれなくなる俺に、サヨリが濡れたタオルを押し付けてきた。
「……ほんと…気を付けて……」いつもの抑揚のない声で、サヨリは俺の額に滲んだ脂汗を拭ってくれる。ぎこちない手付きと、相変わらずの感情の読めない、真っ黒な瞳のギャップに思わず微笑みながら、こくりと頷いた。
「ありがとう」
みんな最近、優しいなぁと苦笑した。
腫れ物を扱うよう、ではないけれど、常に気遣うような…。
それが擽ったくなりながら呟くと、サヨリが
「……そりゃね………」と言い、ユウが頷く。
「ずっと、君を、
どこか……“強い化け物”か何かに、思ってた、…んだと、思う」「………」
「実際は、…普通の、とは言えないけど………、
女の子なんだなぁ、て」僅かに笑った彼の通りだった。
俺は、強くなかった。弱い。強くあろうとした、化け物なだけ。否定の言葉は不必要だ。
「だから」───ユウの続きの言葉を、シキが拾った。
「だから、皆さん、
勿論私も、
……支えなければと思っているのです」「………うん」
「…みんな受け身だったからなぁ」視線を下げて、こく、こくと、相槌をうつ。
───彼らは、やはり、今まで、進んで俺に踏み込んでは来なかった。ナミと同じだ。
シキだけ、触れようとしたけど、俺は逃げた。
「ええ、だから」シキは跪くようにしゃがむ。夜闇で見えにくい彼の顔だったが、優しく、微笑んで───、
「───今回は、お聞かせください」ふわりと、優しい笑顔に、言葉に、下がっていた視線が引き付けられる。
俺の頭を、彼は撫でる。その手付きも優しく、見れば、ナミも……ユウもイルもそんな顔で見てくる。
サヨリは無表情でありながら、寄り添うように居る。
アイクは、ただ、黙ってこちらを見ている。
それら全て、優しく、促しているようで、
「………あの、さ」
俺の唇を開くのも、………軽くなっていた気がした。
俺らはきっと、少しずつ、仲間になっているのだろうか。
今だ、雑音は消えず、頭に痛みを抱えつつ俺は、“この雑音の原因かと思われる”繋げる能力、について語った。
ディアルガ、パルキア───剛牙、真牙から聞いたものでしかないし、その聞いたものもあやふやだったりするのだけれど。
まずは、俺の身体は普通ではない人間だということを踏まえて、
鋼鉄島で、この身体は生まれた。
鋼鉄島は、波動使いを長い年月をかけて、生む場所───。
「…あ、トキハの森でも、そんな話あった………ような」「え、ユウ、マジ?」
「マジ。僕は見たことないけど…」ゲンさんは波動使いである。
そして、
「───アースも、…もしかしたら、あの地の出身、かも」
「───………」───俺も、その波動使いの能力を、僅かに引き継いでいる。
引き継いでいると言っても、とても微弱。アースのように波動を打ち出したりなんてできない。
代わりに、“想い”を繋ぐ力を得た。
空間を越えるほどの、想いは存在して、そういうのは受け取りやすい。
ただ、どちらかが拒めば、ノイズになって届く。
───そう、簡潔に伝える。彼らは、こくこくと頷いたり、たまに唸りながら、聞いてくれた。
話終えると、ユウが地面に落書きをしながら話をまとめていて、その隣に胡座をかくサヨリがのっそり、ジャージの裾に隠れた手をあげた。
「…今北産業…」「レオは波動使い擬き、
故にエスパー、
テレパシー」「今来たってさっきから居たでしょーがサヨちゃん」ネット用語を何故。
「…あと、エスパータイプて訳じゃないよ。
さっきも言ったように、どちらか伝えようと、聴こうとしても、どちらかが拒めば、ただの雑音になる。
信頼関係が重要だ………て、真牙は、あー、パルキアね。は、言ってたかな」
「さらりと伝説のポケモンの名前………」あ、シキの頬がひきつってる。
「えぇと、つまり?
波動の力がちょびっと
テレパシー擬き
エスパー擬き?」ユウが三行でまとめてくれた。ざっくりしすぎて、要点を抑えれるのかすら微妙だが。
まぁ…うん、そんな感じ………? あながち間違っていない、とは思うのでこくりと頷く。
「…そのような認識で宜しいので?」とシキ。多分と返したら苦笑された。
「了解致しました」………本当にこれで伝わっているのだろうかと、若干懸念していた所、ユウがまた声を上げた。
「あ………もしかして、あれって、」「あれ?」
「うん、たまに、レオの声が聞こえる、時があって……」「…そうだな。そういえば、私も」「………空耳か、という程度だったが」ナミは腕を組んで、アイクは腰に手を当ててぽつりと、頷いた。心当たりがうっすらあるらしくて、俺も「あれかな」とあった。
バトルとか、いざと言うとき、ある。
「うん………最初は空耳かな、程度にしか思わなかったけど…、
ナミさんと、初めて出会ったとき」
───ナミに視線を向ける。彼は、俺と同時にその時を思い返したらしい。瞳をすがめている。
彼がまだ、全てに怯えていた頃。
ただ、蛮勇を見せ、俺に会いに行こうと一人で飛び出して、ムクバードの群れに迷い混んでしまった彼。
その彼を探す際に、何かが聞こえた気がした。
もっと奥、耳よりも深いところで聞いた、闇の向こうの声───それを初めて、意識して、聞いた。今思えば、それはその時が初めてだったかもしれない。
「(アイクの時も、聞こえてた時はあったなぁ)」
色んな声を聞いた。アイク、ナミ、ユウ、そういえば、ロアに助けを求められた時も。
テンガン山で、異変を知ったのも、あの力。
バトルの時にも役立ち───それを今やっと、彼らに伝えられたのは、進歩だと俺は思って、穏やかな気持ちでいた。
「ここからが、本題」
───まぁ、勿論、相変わらず、脳内にはあの、誰かの泣き声が響いているのだけれど。
「今、誰かと心が……無理矢理、繋がれている、らしいの」
きぃんと音をたて、ザッザッザッと不快な雑音と共に、泣き声。
それがさっきから繰り返されていて、苦しいんだと、俺は彼らに伝えた。
やはり、一切聞こえていない彼らは、その事に驚いたように目を見張ると、きょろきょろと周りを見渡したり、耳を澄ましたりする。勿論何かが聴こえる訳はなく、再びこちらを見られた。
ユウの顔が凄いことになっている事に、苦笑する。
「ユウは、何もきこえない?」
聞いた瞬間聞こえない聴こえないと、真っ青な顔を左右に振りまくるという猛烈な否定を受けた。必死かよ。周りのサヨリ達の目も、嘲笑混じりだ。
息をついて、俺も笑いを堪えながら落ち着けと言う。
「でも……さっきの、女の子の声、
あれは、俺も、聞こえたけど、?」
「ヒェッ」ユウくん、凄い情けない声が喉から聞こえた。
彼は怖いのだろう。確実に聞こえた声が他の人には聞こえてはいなくて、ならばいっそ気のせいだ、と自己暗示していた。そこを今更に同意され、冗談じゃないと更に青くなってる。ぶっちゃけ申し訳ない。苦笑する。
「でも、ユウ程明確な言葉としては……聞こえなかった」
「では、何と?」「雑音と、誰か、子供の声かな、…て分かる程度、かな」
必死にチャンネルを合わせようとする時の雑音が聞こえ、僅かに聞き取れはしない声がする。まるでラジオのようなものだったと言えば、ナミはそうそう便利な能力ではないと悟ったらしい。
そう悟ると、しかしすぐにはた、と下げた視線をこちらに向けた。
「…何故、ユウには聞こえたのだ?」そこなんだよな、と俺は頷く。ユウはもっと頷く。ぶんぶん激しく頷く。
サヨリが
「ぶっ」と吹き、アイクが
「うぜぇ」と睨みながらユウの頭を掴んでいた。ぎりぎり音が聞こえながら、俺は答える。これは、殆んど、憶測でしかないけれど。
「ユウは……多分、霊感持ちなんじゃないかな」
「違うそんなことない!!」がしぃっと俺の肩を掴んで、見事な即答。切り返し。否定の言葉。ちょっとだけ肩が痛くて、あと勢いに押されて頬がひくりとした。
そんなに鬼気迫る顔しなくても。
「……ていうか…………逆に……心当たりあるって……こと……」その焦り様は、とサヨリが淡々と目敏く指摘した。ユウが半泣きで
「ちっがぁぁうううう」と呻いて体を丸め込んでしまったので、どーどーと抱き締めて撫でてやる。本当に心霊系に苦手なと言ったら、イルから
「逆に得意な人の方が珍しいんじゃない?」の言葉が横から。なるほど。
俺は、もはやファンタジー的な感覚で、この現象を受け取っているのだけど…、
「その、ユウも聞いた声と、」
ユウを宥めるために、ぽんぽんと撫でてやりながら、俺は淡々と問い掛ける。
「今、俺しか聞こえてない声…、」
…この違い、なんだと思う?と。
ぐるりと見渡す。
目だけはこちらへ向けるユウ、
その怯える彼をぺしぺし叩きながらも、きちんとこちらを見るサヨリ、
心霊というものがいまいち分かっていないらしいナミ、
顎に手を当ててじっくり思考に浸るイル、
最後に目があったのはシキ───そして、俺の持つ推理と、同じ答えを出した。
「…………心霊か、そうじゃないか、ですか…」ざわり、ざわり、風が吹く。やけに、底冷えする風。木々が鳴き、否、笑っているようにも聞こえる。
不確かな答え、あまりにも現実離れしたそれに、俺も、思わず苦い笑みを浮かべる。
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