空契 | ナノ
41.With you forever (2/4)

    
   


「デートって…………どこいくの」


あ、と思いながら尋ねたら、俺をおぶる彼───紅、と名乗った青年は、ふわりと秋風に白銀の髪と少し紅く染まっている前髪を揺らしながら軽快な足取りを止めず、答えた。

「そうだね、まずはレオちゃんの服を買おうかな」

いつまでもその格好でいるのも何でしょ?と指された俺の格好は、病衣に裸足………黒コートを着ている故に寒くはないが、彼の言葉も尤もである。

───そう言えば、以前着ていた服、あの水色と白のノースリーブスと肩だし長袖の黒い服、あれはもう駄目かなと思う。
あの件で───あのハッサム───江臨と言ったか。───に、肩や腹を斬られた際、服も斬れたし血で汚れて簡単には落ちやしないだろう。……あの時はそんな事考える余裕がなかったが、当然である。
そういう意味での、服が欲しいと思ったが、俺は当たり前のように“旅用の服”を求めていたのだ。───その事に気付く。

「…………(あぁ、俺は、)」

───まだ、歩みたいと、思っているらしい。

そのくせ、素足の今は、進めやしなくて、俺はじっとこの背を見詰めた。白いコートは汚れひとつなく、ポケモンクオリティーなのかなと思いつつ、その足取りを見守る。
こんなに広い街なのに、歩みを進めるその足には迷いがなくらしく、目的地がしっかりとあるようである。

「……、…………あんた……ここに住んでんの…?」
「うん? いや、違うよ?」
「………にしては歩き慣れてる、な……って」

きっと俺だったらとっくに迷子になってしまうような、店ばかりが並ぶ街だ。なのに彼は躊躇がない。
指摘すると、紅はんーと瞬きした。

「ちょいちょい、時々来るからなぁ。この街」
「…? たびびと………」
「根なし草の旅ポケだねぇ」
「───…………え、ひとりで旅してんの?」

今の口振りがどうも主がいるポケモンのセリフとは違って聞こえて、思わず口にすれば「うんー」と語尾にハートマークでもつけられそうなテンションで肯定される。
ポケモン、ひとり旅……。初耳だ。最初はそう思ったが、いや、自身の知り合いにひとりいた。俺は名前を与えたが、向こうが俺の心情を掬いとってくれて旅には同行して来なかったあの恐竜のようなポケモンの彼である。
彼が今何をしているのかは分からないが、きっと旅をしているのだろう。擬人化をして。

ならば、なら、この青年は、

「……」
「俺にはトレーナーなんていないよー?」
「………………」
「よく聞かれるんだよん」
「…………なんで旅してるか、とか?」
「そっ」
「…………なんで?」
「なぁーんでだろっ?」
「………」
「あだだだだだごめんてごめんて!」

明るいテンションがのらりとくらりとかわそうとしてきて、思わず彼の白銀の髪を引っ張る。
ぐらっとこっちまで傾いたが彼は落とすこともなく、すぐにバランスを取り戻した。そして歩きながら「レオちゃーんたらたーんーきー」と言われた。チョップしといた。すげぇイラッとした。

「あいたた………ジョーダンだってば」
「…別に無理に話せとは言わない、けど、」

そのうざい態度はどうにかならないのか。

「えー…これが紅ちゃんだしね?」
「…………はいはい赤ちゃん赤ちゃん」
「紅ちゃん!」
「赤ちゃん」
「紅ちゃーん!」
「……紅ちゃーん」
「うん紅ちゃん!」

…………男女ふたりが“あかちゃん”を連呼する、図。
明らかに変だが、それが妙にツボに嵌まったらしく、俺も彼も「あかちゃん」「紅ちゃん」「赤ちゃん」を言葉遊びのように繰り返していた。
それを見守るような周りの視線が妙にほわほわしていたのはちょっと意味が分からない。



賑やかな街の中央には大きなドーム状の、他の建物とは比べ物にならない程に大きく広いそれがあり、特に人が多かった。
人混みを上手い具合に、ぶつからないように避けながら歩いていく彼はその建物を「あれがポケモンコンテスト会場だよ」と教えてくれた。後で行ってみようかという言葉に遠慮しとく。興味はなくはないが、また今度でいい。

その人混みを過ぎてしばらく歩くと今度は、大きなデパートの前までやって来た。「この街最大のデパート」なんだそう。確かに大きい。
東京の街にもあったな、こんなの。池袋とか、新宿とか、渋谷とか、そういう街にあるような…………そんな大きなビルである。

「此処で服とか買おうか」と言われ高いビルを見上げながら俺は「金、足りるの」と返す。「大丈夫大丈夫〜、女の子は心配せずに彼氏に頼ってればいーの」前からにこにこしながらの声。カレカノ、つまり恋人、というよりも───おんぶされてる子供と青年。どちらかと言えば、兄妹じゃないかと言う。苦笑が返ってきた。自覚はあるのか。
いいのいいのと丸め込まれて、彼は人が行き交うその建物へと俺を連れ入っていった。

おぶってくれる後ろ姿が、エンと、ユカリと、被って見えた。


「で、なんで」
「なにが?」
「なんで旅してるのか、って」
「えぇ〜その話まだ続いてたのー?」


紅がまず入った店は高級ブランド店である。引いた。
万を越えるような服が並んでいるのだ。勘弁してくれ、そんなオシャレしたい訳じゃないと言えばキョトンとされた。


「無理に聞くほど興味はない、けど、
言うほど、嫌そうな感じ……じゃなかった、から」
「………」
「…それに、本当に言いたくないこと、言わないだろ」
「レオちゃん、よく分かってるねー……」


紅は俺が着ている黒コートがブランドものだと思ったらしく───というか実際そうであるらしく、俺がお金持ちのお嬢さんだと思ったよう。だからこういう服でないと満足しないのではないのかと…。いや、勘弁してくれ。引いた。
ていうか、これ本当に高いのか。鋼鉄島から旅立つあの日、これをくれた笑顔のゲンさんの顔を思い浮かべながらげっそりとする。それ同時に、アース、とのバトル時に脱いでおいて良かったと思った。………着ていたらボロボロになって使い物にならなくなっていた。


「まぁ、うん、理由はないよ」


このコートは貰い物だと言って白銀の髪を引っ張って無理矢理ブティックから出させて、手頃な値段の服を希望する。我が儘だな〜とか言われて首を絞めにかかった。誰がだ。安い方がいいという言葉のどこがだ。
ただ流石なのがこのポケモンの世界。どんなに安くても高くても、地味でもオシャレでも、機能性重視なものが多い。ポケモンコンテスト用や、ポケモントレーナー用の服が多い。


「旅の目的はないかな。
うん、ないね」


色々な店を巡って、俺は紅に色々すすめられたがぶっちゃけ着れて動きやすければなんでもいい。
そう意見したら紅はノリノリで服を漁り出した。ちょ、だからなんてもいいって……、
俺は紅の着せ替え人形状態で、色々な店の服を着せられた。


「ただ一ヵ所に留まるのは好きじゃないから、いろーんな街に行くだけ。
で、そこで、可愛い女の子と会えてーって言うのが楽しいの。君みたいな女の子、ね!」
「…そりゃようござんした」
「なにその口調!? なにその白けた眼!?」


ふわふわスカートが可愛い服とか、ボーイッシュな格好いい服とか色々着せていって紅は唸っている。
店員さんのお姉さんをたまに口説いたりしながら一緒になって服と俺とでにらめっこだ。俺はげんなりである。


「ちょっと照れたりしないのー?
もしかして鈍感さん?」
「いや…………あんたみたいな美形が周りにいたから」
「そのひとがエンとかユカリ?」
「……エンは確かに顔はよかったけど」
「顔は?」
「性格は最悪。性格なんて悪すぎ」
「へぇ……?」
「人をいじめるのが大好きなドS」
「…あー……被害者だ?」
「……」


そして最終的に彼が選んだ服は、バカみたいに派手でやけに可愛らしい。試着し似合ってるよ!とはしゃがれたがスカートは勘弁願いたい。いや、別に下が見えたって構いやしないのだが、周りからの視線が痛い。
常に女の子らしく、というのは難しい…………というより面倒だった。
故に、直ぐに着替え直した。これは無理。紅がブーイングをするが無視だ。


「はは…………で、ユカリ?さんは?」
「帰国子女でハーフで背が高かったから目立った。
でも顔は普通。
バカで、テンションが高い」


店員さんが選んでくれた服は、黒にスカイブルーのラインが入った上着と、臼藍色の中着である。下は真っ黒のショートパンツ。長いブーツである。
上着は胸元から広く開いていて、肩が出てしまい、袖は着物のように長い。シルエット的には以前着ていた服とは何ら変わらなかったからか、これが一番落ち着く気がする。


「……」
「なにさ」
「…………いや、レオちゃんさ」


紅には「肩出してて寒い」とか「包帯見えちゃうよ。いいの?」とか仕切りに言われたが、俺的には着やすいか、そうでないかで他人の意見は正直どうでもいい。寒かったらあのゲンさんから貰ったコートを着ればいいし、包帯は見えても何ら支障はない。視線が面倒だと感じたらそれもコートで隠せばいいし。


「そのふたりのこと、
本当に好きなんだねって」
「…………」


その服にすぐに着て、靴を履けばやっと紅の背から降りれた。服はしばらくこれでいいだろう。
その後、雑貨や小物などの店を回って、最上階にあるカフェにへとやって来ていた。
窓際の明るい席で、また紅が勝手に頼んだケーキで埋め尽くされたテーブル。俺は紅の穏やかそうな声に、唇を噛んだ。


「あんなやつ、大嫌いだ」


アイスティーが注がれているコップを握るとぴしりと音が走る。
紅が驚いた顔をしていた。俺は眼を閉じて息をついた。

「………ユカリは別に、またいい、」

けど、
エン。
アースと同じ顔をした、彼の姿を思い出せばじんわりと熱い熱が心を蝕むような感覚がやってくるのだ。
嫌いだ。ぽつりと呟く。

「嫌いだ。あんな、やつ。
あんな、嘘つき」

嫌いだ。
自己犠牲が嫌いだ。自分を傷付けることにどんな意味がある。
だから自分の身ぐらい守ってみせろと抜かしておきながら、あいつは───、

「……全部捨てて、
俺らを置いていって……嘘までついて、」


───大丈夫。


「…………嫌いだ。あんなやつ」

なにが大丈夫なんだろう。
その言葉を残して、あいつは俺を裏切って消えたのだ。
──それ以前に、あいつは何でも知ったような顔をして、いつも俺を見下ろしていた。その、見透かすような眼も、態度も、全部全部、嫌いだ。

「…嫌いだ」

チーズケーキにフォークを突き立てながら、何度も繰り返す。
俺はあいつが嫌いだと。
じわじわ、じんわり、
心が、熱を持つ。




───本当は全部分かっていた。
あいつは俺を置いていったんじゃなくて、俺があいつを、突き放したんだと。


   
   

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