ニジュウ
世間は先月、様々な学校の卒業式を迎えていて、
花のコサージュを胸に付けた子供ときっちり正装をした親が手を繋いで帰っていたり、女子高生達が集団で駅前のカラオケ店に詰め掛けているのを、レオはよく目にしていた。
今、四月。
川沿いに並んだ桜達が咲き、暖かさがやってきた。
レオ達が住む、この小暮町にも春がやってきて、入学式を前に、慌ただしさとのんびりとした空気が入り交じっていた。
レオは、パーカーを深く被り、人目を避けながら、真っ直ぐと病院へ今日も通う。
「お花見をしよう!」と提案したのは、いつも通りユカリだ。
最初はレイの反応は微妙で、でもレオ達がするのなら、と渋々頷いたのだ。
けれど、小児病棟はレオ、エン、ユカリの手によって桜の花びらの形に切った折り紙で壁が彩られていく様子はレイは勿論、他の子供達も目を輝かせていた。
そして、レイの為にエンは医者等と話し合い協力しながら、花見用の弁当を作った。それにレオとユカリも加わり、個性豊かなオニギリができたりした。
「Felice Sakura festival!」
「………なんて?」
「イタリア語?」
「happy 桜祭り………まぁ、花見って良いなて感じで良いんじゃねぇの」
「エンちゃんてっきとー!」
半眼になるレオと、きょとんとするレイ、適当に言葉を返すエン。
しかしユカリが喜んだのも無理はない。レイがいつも眠るベットの横の、大きな窓、そこに一面映る桜景色。両手を広げ、喜んだ。
「Bello!」
これもまたレオとレイには分からないイタリア語で叫ぶと、彼は振り返って緩みきった顔を見せた。
「サイッコーだな、桜!」
イタリア生まれとは言えども、日本には何度も訪れていたし、高校生で転校してからずっとこの町に住んでいるユカリだが、それでもテンションの上がり用は凄まじかった。
桜を見るのは初めてでは無いし、花見も毎年のように友人や家族とするそうだ。
なのに、何故こうもテンションが高いんだろうと三人は思ったが、
「まぁ、ユカリはいつもこんなものか」
と、ほぼ同時に、レオ達は納得したのだった。
そうやって初めは、レオもレイもあまりテンションが高くなかったが、ユカリのノリに釣られたようで弁当を口にした時には嬉しそうだった。
エンは変わらず、だるそうな顔で椅子に座っていたが、目元は柔らかい。
四人の視線の先は、窓に写る大きな桜の木。
「満開だなぁ〜。ハナヤカだな〜。キレイだな〜」
「…風がふくと、ちっちゃってるね」
「………そうだね」
「……(餓鬼共の方がセンチメンタル浸ってるとかどういう状況だよ)」
ユカリは風が吹く度に揺れる桜にうっとりとして、レイとレオはひとひらと舞う桜に寂しげだ。
やはりレオとレイは日本生まれ日本育ち盛り故の、日本人独自とも言われる「雅」を感じ取っているのだろうか。
──いや、違うかとエンは自身の考えに首を振る。
レイは、花が嫌いだ。
そしてレオは、レイを花のようなものだと思っているらしかった。
「……花はいずれか散る、か……」
「…?」
ベッドに腰掛けていたエンが、ぽつりと呟く。
「…人はいずれ死ぬ。花も、いずれ散る。または、枯れる。
……人が死ぬのは、悲しい事だ。
けれど、花が散るのは悲しいと思うのは、人間のエゴかもしれないな」
「……えご?」
何を言っているのか分からない、とレオもレイもエンを見上げていた。
エンの眼は、桜に向く。
──桜より、遠く何処かを、向く。
ユカリもそれを見ていたけれど、ユカリにも分からぬ、エンの表情、言葉だった。
一週間後、満開だった花は散った。
それをまだ知らず、今の花を愛でた、二十の話。
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