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19,5.欠落した物語 (1/1)

 


プテラによって荒らされ、壊れた町は随分と修復されていて、それを見下すような見下ろしていた人物は、静かに息を吐いた。
そこはクロガネタウンへを覆うっているような形で聳え立つ山の崖の上だった。
一歩足を前にと踏み出せば、成す統べがなく真っ逆さまに落ちてしまう。そんな切り立ち危険で誰かが立ち入る事は少ない場所だ。それでも、実はこの山の内部はクロガネゲートで、有名な鉱山でもある。人らしき者は、彼らふたりしか見当たらないが。

ひとりは、目深に被ったフードから町を眺めていた。ポケモンという生物の力は、やはり素晴らしいと考えながら。ゆらりゆらり、風にゆれて闇色のコートがなびいている。
瞬間、フードで隠れた…両目がピクリと動く。
目線の先、遥か下で人混みを押し退けながら走る影を微かにとらえたのだ。
その影は緑髪の長い男で、藍い誰か………少女を抱えて、走っていた。
ふたりの視線が真っ直ぐとその少女と少年を見詰めている。
その少女達は流石に気付かないまま、何かから逃れるようにクロガネゲートに消えていった。

「─────良ろしかったのですか。
あの少女達を追撃しなくても」

木の影の中から声が響いた。柔らかくて優しくて、静かで………春のあたたかい陽の光を、感じりような不思議な声だった。
綺麗なその透き通った声の音は女のもので、その女に背を向けて崖の下を見下ろしている“相手”に問うった。黒コートの“相手”は首を振る。

「…ああ、
今回は良いだろう」

フードの下から響いた声は、女の声とは対象的で低く、暗い。言うならば、夜の太陽。輝きを失った太陽のようだ。
黒コートの誰かは男だろうと推定されるも、生き物は彼に異質な違和感を覚える事だろう。男が纏う空気は、ひんやりと冷たく、何かが欠けたように感じる。

「…データは既に“ゼロ”が取ってある。
………俺も、あれを見れたからな……。
もう帰ってもいいのでは?」
「そうですか」

淡々と感情が感じられない男の声に、頷く女。ふたりは何かが足りない。
その足りない何かを一般人が理解するのはまず困難か。
少しの沈黙の中、雲が流れて男女に影を落とした。その薄い闇の中で女は、水色の眼を一瞬だけ伏せた。

「…あの少女をどう見ますか」

淡々としただけの言葉に、男は疑問という感情を浮かべて振り返る。
後ろでは、薄い紫の髪を1つに纏める女がただそこにいるだけで、その表情が眼に浮かぶものはやはりない。彼女はいつも通りだったが今の質問はよく分からなかった。

「…“視る”のはお前が得意だろう、陽恵(やえ)。
お前はどう視えた」

男は苦笑をして肩を竦めて、女を親しみを込めて“やえ”と呼ぶ。
女の、陽恵の長い髪が揺れる。
雲が晴れ、溢れた日の光が額を飾る紅玉がきらりと輝いた。

「───あの少女は、とても不思議です」

「……そうか。珍しいな」

首を振って「何も視えませんでした」と申し訳なさそうに陽恵が口にした答えは、男からしたら予想外である。
彼女が“視えない”事も、誰かに関心を持つ事も珍しい。
だが、こういう事が今までに無かった訳ではないので、深くは考えず男はすぐに思考を切り替えた。
もう少しで昼だろうか。太陽が空高くに登ろうとしていた。
男は空を見上げると、音もなくコートを翻して町に背を向けて歩き出す。

「では、
帰ろうか…陽恵」

その時男はベルトから取り出した、空らしいモンスターボールを地面に転がした。
それがあのプテラが入っていたモンスターボールであったが、もう無必要だ。
バキッ
必要ないものを持っていても意味がないだけである。男はボールを踏み潰して世界を歩く。
赤と白の破片を残し、ただ世界を歩いていく彼に、
女は付いていく。


「仰せのままに……。
アース様


静かな感情を見せながら、
ふたりはあの少女を追うように、クロガネタウンを後にしたのだった。











 
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