0,5 | ナノ

37,5.混色ストレンジ (2/2)

       
   


今回任務に向かったのは、アースのパートナー……相棒とも呼ぶ、従者、陽恵と、忠実な僕である江臨。
どちらも強い。他の仲間たちとも負けず劣らずだろう。───……あの最強や最凶には敵わないとしても。(あれは規格外だ)

まさか自分の知らないところで、Sランクの任務を?
かと言っても、Sランクの任務は他地方に蔓延る敵方の組織に潜入したりだとかポケモンを横領したりするもので、確かに危険だが…………彼等の障害にはならないと思うのである。

「……アレ? お前らの任務って……確か……、」

なんか、ポケモンの言葉分かるとか言う女の子を連れてくる?んじゃなかったのか?

その少女が強かったのかと呆然としてる火怨に、江臨は首を横に振った。あの少女は、確かに良いバトルセンスを持っている。アースと同格、それか、或いは──────、
だが、彼女の精神力と、ポケモンがそれに追い付いていない。レベルも、心も、信頼も、何一つ。
そんなトレーナーとして未熟な者に、アース達が負ける筈が無かった。現に、直ぐに方をつけた。本気など出す間もない。

そうわ表情を涼しげな顔のまま、意識させて持続させているものの、内心苦い思いだ。昨夜のあの出来事を思い返しているからである。

「乱入者が現れ出たのでござる


銀髪で、アクアの隻眼の─────名も分からぬ男。
忌々しいと江臨は舌打ちを溢す。

「相性が悪しかった……なぞ言い訳はできぬ。
きゃつは強かった」

「……私も、無力でした」

「…? そいつ、ポケモンか?
……乱入者? …その嬢ちゃんのポケモンじゃないのかい?」

「違うようでござった」

あの少女とあの隻眼の男。男が一方的に少女を知り、少女を助けたように見えた。
確実にそうとは言えないが、彼女の仲間という腺は薄いだろう。


「(───仲間ならば、もっと
早う、あの娘を助けていたであろう)」



あの口振りからしてあの男はもっと前から───影とやらに隠れていたのだろう。
そして、何等かの事情で手出しが出来なかった。
だが、手出ししなければならない状況に陥って、手出しをした?
そう考えた江臨の脳内に、隻眼の男の声が再生される。


───ただ、俺は本来この“抗争”に、関与できる者ではなく、
───見守るのみ許された存在。

───だけどな、

───個人的な都合により、俺も手出しをすることにした。
───それが、
───例え、許されやしないことでも、な。


静かな声だったと記憶している。
そして何処か切な気な声だったとも記憶している。
(くだらぬ感情だがな)どうでもいいと切り捨てた彼はふと眼を細めた。
関与できない。見守るのみ許されていた。個人的な都合。それは許されない。

「……と云ふ事は、あの男、誰かの命令にて動いておる…? その誰かはあの娘を監視しており、自身の管理下に置かくと致し候? ……何の為じゃ? しかして元来なら娘をが危機に陥ったとしても手出しは許させれぬ者…。
なれど、きゃつはあの娘を大事であると思うておる故に、思わず助けたと言う事か。つまりあの娘が……再度危機に陥らば、再度姿を現す…」


「え、ちょっとちょっと、
オジサンにも分かるように言ってくれません……?」

「某の思考、纏まり次第、報告書として提出するでござる。
その時まで、しばし待たれよ」

「……江臨って難しい言葉使うよねぇ」

ちょっと良く分からないと苦笑する火怨を見て「…今更では」と陽恵が視線を送る。
言っている事は分かるけど、内容が少々掴めない。監視下? 男? 何の話だ。

「えぇ? っとー?
ようは? その男にヤラレチャッタのか? アース」

「……それと、波動の使いすぎです」

陽恵の付け加えた言葉に火怨は眼を見開いた。
勿論火怨はアースの能力について知っている。とても便利で、ポケモンのルカリオという珍しいポケモンと似たような力だと。そしてその反動も知っている。
あぁ、と火怨は頭を掻いた。

「………確か、波動ってヤツぁ、体力使うんだっけ?」
「…“波動弾”のような物も使っていましたので……」

今回は大分体力を削られたのだろう。無理もない。
しかし大事はないだろうと思う。隻眼の男の技、悪の波動が直撃して体力が低下していた故に、ここまでの事態となったのだ。
休めば治るものである。体力というのは。


「……今回の我々の任務は、テンガン山、山頂へと通じる道の捜索、そしてその道の確保でした。
…その足で、火怨さんの言う通り、あの少女を捕獲、するつもりで居たんです」



しかし実際の所、テンガン山山頂へと登るための道は見付けたものの、行く手を阻む壁があって、その特殊な壁を破壊する事ができなかったのだ。

その事をいち早く悟ったアースは、自身の波動の力を空間、時間を超越させ、山頂の、また深き場所に眠って居ると考えられる───その神々を、直接操ろうとした。
その超越は陽恵のエスパーの力で成そうとしたのだが───陽恵の体力切れが、先に来た。
思わずダウンしてしまった陽恵を一度ボールに戻し、どうした物かと試行錯誤して居た時だ。
その場に、都合良く、あの少女がテンガン山に踏み入れたのだ。


そしてそのまま戦闘へと至った訳だが、


「……あの隻眼の人の乱入は予想外で……、
……本部に辿り着くので精一杯、でした」


申し訳ありません。深々と頭を下げた陽恵。
アースの従者であろう者が、容易く挫けるとは情けないと負い目を感じていた。あの隻眼の男には、手も足も出なかったのだ。
火怨はその言葉を、小豆色の眼でじっと受け止める。淡々とした……感情は何処かに行ってしまった機械的なその声だったが、真面目だなという感想を浮かべ、ふっと火怨は微笑む。

「そんなに思い詰めるなって!」
「、」

ぐわしっと陽恵の頭を掴み、ガシガシと撫でるその乱暴だけど優しいその手は、とても大きなものだった。
男だからという事ではなく、何となく柔らかくて、包容力がある───そんな、不思議な……陽恵からしたら魔法の、手、だ。
空色の瞳を頭と共に上げて、その大きくて明るい人を見る。太陽のような、炎のあたたかさの持ち主は、やはりその名前───火怨なんて、重々しい名に、名前負けしている気がした。そんな、笑みを向ける。

「生きてりゃー何でもできるさ。
……また、リベンジすりゃいーんだよ、陽恵」

「……はい」

ありがとうございます。
いえいえ。なんて言いながら向かい合うその初老と若い女性の姿は、なんだか父娘のようにも見えると江臨にしては些か抜けた感想を抱く。


火怨は、アースの手持ちである。故に悪行にも手を染める。
何処か狂っている───そして何かが欠落しているこの組織に身を投じる彼は、とても似合わないと周りからは印象を受けるだろう。

実際───陽恵を撫でる手を止めて「さぁて……俺もそろそろ任務かねー」と緩んでいた笑みのまま言った彼だが、任務という言葉に少し眉を寄せていた。
任務だったのに引き留めてしまったのかと、尋ねた陽恵に火怨は手を振って「いや、俺が気になってただけだから、気にすんなー」そう優しく答えた。

「最近よぉ、資金面に不安が残るんで……」
「……“アネモネ”が何やら造っているのでござろう」
「そーそー。
なんか、バクダン? とかなんとか」


資金が足らないという訳ではないが、もしもの事を考えて多く貯蓄しておいて損はないと火怨に任務が言い渡されたのだ。
只でさえ、うちは科学方面での出費が多い。───火怨と江臨は、同時に科学班の班長を務める、アネモネと呼ばれた白衣を着てひょろりとした男を思い浮かべ、溜め息をついた。
最近、ポケモンの大量乱獲の任務が増えている気がする。例にもなく、火怨はその任務を受け持ったのだが、正直の所、乗り気ではない。

「それと、何か別部隊がめずらしーポケモンを見付けた? とかで、その援護の為に合流しなきゃなんねーんだよなぁ」

そして、

「……それがテンガン山南部方面でさぁ…。
ついでに、その謎のトレーナー? 嬢ちゃんの捜索も頼まれちってー…」

困ったなぁ。俺、子供にまで酷い目、合わせたくねーんだけど。

ぼそりと罰の悪そうな顔をして呟いた声は、確かに陽恵と江臨の耳に入った。

「……火怨」

まさか手を抜く等、するつもりか。
剣呑な黄色い眼に気付いて、慌てて火怨は勤めて明るい顔を作った。まさか、と肩を竦める。


「大丈夫さ。
俺ぁ、アースの為に此処に居ちまってるんだ」



へにゃんと気の抜けたその笑顔は、先程までと少し違ってほんの少しだけ、僅かに悲しみを浮かべていた。
無言で見詰め返す陽恵と江臨の頭を再度撫でると、火怨は後で少女についての情報をくれと言い残し、ふたりの間を抜けて歩き去ってしまった。

それを何も言わず見送るふたり。
やがて、溜め息をついた江臨が正反対の道を歩き何処かへ行ってしまった。
冷たい廊下に、自分独り残された。
陽恵は、ゆっくりと瞬きして、まだ僅かに温もりの残る頭に手を乗せた。



彼は、あたたかく、優しい。
冷たく、そして、奇妙で、狂っていて、欠落している者達が集まる、この組織。あの、アースの下。

やはり、陽恵は瞳を閉じた。火怨も何処か壊れていて、何処か欠落しているんだと思った。
そうじゃなければ、アースに使え、手足となり、アースに尽くそうなんて思わないだろう。
───彼は、火怨は、
───アースに……全てを奪われた者なのだから。

そんな彼が───あの少女と、陽恵と同じ色の……空色の瞳をした、あのトレーナーと出会うのか。
徐々に、物語は進んでいっている。
無音の廊下に、陽恵の呼吸が溶ける。
ぼんやり、その呼吸を聴いていた陽恵は静かに瞳を開いた。冷たい廊下が、そこにある。

陽恵は一瞬、火怨が消えていった方向を一瞥すると、
迷わず前を向く。……歩き出した。

嗚呼、まだやることが残っているのだ。
報告書も書かなければならないし、我等が主もしっかりと支えなければならない。
そして、あの謎の乱入者の事も知らなければならないし、あの少女の動向も気になるが───こちらは直ぐに掴めるだろう。

全ては、アースの為に。
そう願うのは、自身も、あの侍らしくない男も、父親のような雰囲気の男も、皆同じである。
故に───皆何処か、狂っているのを、知っている。




かつん、かつん、かつん、
ひとり分の足音が、響いて、響いて、溶け墜ちた。











(その小豆色の眼に、)
(時折、)(冷たい炎が宿ることを知っている)

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