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進路第一希望 (1/1)

   
   



「進路先とか知らんがな!」
「それこそ知らねぇよ」

放課後、いつものように俺の部屋に遊びに来ていたレオは、突然そう叫んで持参してきた紙や本を空中に投げた。

ばっさーと舞った紙と本。それ等は、あいつの後ろで黙々と医学系の本を読んでいた俺の頭に、モロヒットした。
俺の低い呻き声にあいつがしまったという顔をしてから口笛を吹き出し、目を泳がせていたのが振り返れば見える。言い訳か。させるつもりなど更々ないとベッドの下に置いておいた木刀をあいつに投げ付けた。すっこーんといい響きで額に直撃。はっ、ざぁまぁ。

「いっだぁぁ!? 木刀!? これおまっ、アイクの喧嘩用の木刀!?
ちょ、アイくーん! 本が当たっちゃったのは不可抗力だって狙ったワケじゃねーってば!」
「本を投げた時点でてめぇは死刑だ」
「鬼っ!」

いや、今のはあいつに非がある。
今あいつが投げたのは、全国の学校が紹介されてる分厚い本だ。かなりの重さである。しかも、だ。命中したのは角。よりによっての角である。
今日は厄日だろうか。からりと落ちた木刀を掴み担ぎながらそう睨み付け訴えれば、土下座された。低い頭に足を乗せれば掴まれ引き倒され反撃しようとした所を、レオに押さえ込まれた。くそ。

というやり取りまではいつも通り。ただの幼なじみ同士の下らないじゃれあいである。



俺とあいつ、レオはいつも共に居る。
出会いは保育園の頃だったが、気付けばあいつが傍にいた。いつどんな経緯で近寄られたのかは覚えていないがかなり早い段階であいつと俺は今のような“お互い傍にいて当たり前”の関係になっていた。



学校は同じ所になり、あいつは生徒総会に加入し何だか無理矢理会長になった時も俺は当たり前のように副会長になっていた。一緒にこの下らない日常を、学校を変えてしまおうと言われ、面倒でなかった訳ではないが、手を貸すことにしていた。

あいつは生徒会長としてそれなりに良い活躍をしたらしく、毎日がそれなりに楽しく感じられた。それなりにというのは、俺からしたらレオが傍にいるだけで満足なのである。と、自覚したのは最近だ。

学校が終わった放課後は委員会で居残り、終わったら俺の家にそいつは遊びに来る。
それだけなら、恋仲に見えるかもしれないが、ただの幼馴染み、そして相棒である。仮にも男の家に来るというのに、あいつは特に着飾ることもない、制服姿のままで適当に寛いでいる。つまりあいつにそんな気はないし、当然俺にもない。俺らはただの幼馴染みであり、そして相棒。それだけである。



そんな俺等に変化がやってきた。



俺はため息をついて、ぐしゃぐしゃになって床に転がっていた紙を拾い上げた。それに書かれているのは、進路希望調査、の文字。
そしてそれは見事に真っ白である。

「……何だよ…まだ決まってねぇのかよ」

進路先。
呆れて呟くと、あいつは俺に折り重なるように寝転がりながら、口を尖らせた床。アホ面。

「だってさーだってさー将来の夢とか知らんって、まだ未定ー」
「…適当に自分の偏差値に合った所行きゃいいじゃねぇか」

こいつはこの子供っぽい行動の割りには頭は普通に良い。それは俺と、こいつの親友である奴の指導を受けているからである。
故にそれなりに良い学校は望めるだろうが、「それでいいと思うかよホントーに」というレオの視線に黙った。
確かに良いとは言い切れないし、本当にこの相棒がそうすると言い出したのなら俺とこの親友は止めるだろう。そうするくらいならば働いた方がマシである。

「…やりてぇ事とかねぇのかよ」
「えーと、ゲーム」
「ニートとか」
「いや、ヒモとか」
「とことん駄目人間だな社会のゴミだな」
「俺の心に500のダメージ」
「お前はもう死んでいる」
「死んでねーよ」

お互い本気ではない、この距離感だから発しれる軽口で、そいつはけらけら笑いながら俺に抱き付いてきた。冷えるこの時期、暑苦しいとは感じないので拒絶も無しにされるがままになって同じ様に俺も転がっていた。

───今の話は、うまい具合にかわされた気がする。

こいつの本当にやりたい事は何だろうと少し考えてみたが、あれこれ考えてもよく分からなかった。どれもピンと来ない。
それよりもこうやってふたりでごろごろしたり、万年生徒総会をして、たまに風紀委員の奴等と衝突したり、授業をサボるこいつと俺の鬼ごっこをしたり、飯食ったり、何故かこいつの人気が高くて茫然としたり、部活で男女関係なしに手を組んで戦ったり、そんな日常、それが何よりも“らしい”と思った。

「…………ずっと」
「……アイク?」

ずっと、このままで居られたら、いいのか。
ぽつりと呟いたそれに、レオは少し右眼を細めると窓の外に見える夕焼けを見詰めて、そうかな、と小さな声で頷いた。



遠くで、夜の訪れを告げる放送が響き渡った。



晩飯を作るのは俺の役目で、食器を出すのはレオだった。
その後はテレビを見たりしてレオは食事が出来上がるのを待つのみだったのだが、今回は無音のリビングでシャーペン片手に、あの紙を持ってぼんやりしていた。まだ考えているらしい。手は動いたり止まったり、それを繰り返していて大丈夫だろうかと少なからず心配をした。と言うのも、あの進路希望調査の締切は明日であるからだ。

「………おい、今日は泊まってくか」
「んー…………いいや」
「ならとっとと食って帰りやがれ」
「アイくーん冷てーよー?」

いつもの事だろうと思いながら作り上げた料理を運び渡すと、あいつは眼を輝かせながら「もうちょいここにいてー」なんて言っていた。それでも、これを食べ終われば急ぎ足で帰っていってしまった。
どうやら今日は同居しているあの親友が、早めに帰ってくるらしい。



その為かと息を付きながら、俺は途端に静かになり寒くなったリビングで、後片付けをしていた。


あいつが帰った後のこの空間に、寂しさなんていう心底下らない感情を抱くのは、これで何回目だろうか。



─────この日常も、あと数ヶ月で終わる。いや、変わる。

1年後には、この日常が懐かしく感じているのだろう。その1年後が今のように感じて、馬鹿らしく思えてため息をつく。自然と視線は下に落ちていく。
その時、視界に白い紙が映った。

「…馬鹿だ」

馬鹿だ、あいつ。
再びため息が漏れる。
リビングのテレビの前の机に置いてあったその紙は、俺のものではない。
レオの進路希望調査である。

……っておいおい、提出日明日じゃねぇか。
あろう事か、あいつは大切な進路希望調査の紙を忘れていったのだ。ああ、馬鹿だ。あいつは馬鹿だ。本当に馬鹿だ。
本気であいつの人生を心配しながら、仕方なく俺がそれを拾い上げる。今すぐにでも届ける……いや、それは癪だし電話して取りにこさせるか。

そして何度目かのため息をついた時、それをついつい見てしまった。

進路先を記す欄。そこにはあいつの字できちんと埋まっていたのだ。
そう言えば料理を準備している最中、手が動いていたのを見た。
なんだちゃんと書いたのかと安堵していた俺を、その進路先の言葉が機能停止させる事なんて、誰が思うだろうか。

「…………、は、」


“進路第一希望、
アイクのお嫁さん”


「……………………は?」


ぱさ…………、ひらひらと落としてしまった紙がフローリングを滑った。……は?

嫁? 誰のだ? ………俺の?
何とも幼稚な、その進路先。こんなものを担任の先生に付き出せば大目玉を食らいそうなものである。

「…………馬鹿だ」

ため息と共に呟いた俺は、その場に座り込んで自身の紙をかきあげた。
もう一度、もう一度長く息を吐きながら、その紙を見詰める。
“進路第一希望、
アイクのお嫁さん”

「…………馬鹿だ。あいつ」

あいつのその馬鹿さは昔から何も変わっていない。
これもきっと、何も変わらない幼稚な掛け合い。それのひとつ。

…そう言い聞かせていた俺の脳内に、先程のあいつの顔が浮かんでいって、口を押さえ込んで俺は倒れ込む。


“進路第一希望、
アイクのお嫁さん”


そんな下らないそれに、満更でもないと思っている自分も大概だなと思いながら、ちらりと上げた視線にあった真っ黒のテレビに写り込む自分の顔は、真っ赤に見えたのも、
きっと多分、そういう事なんだろう。

静かなリビング、暑く感じだしたこの空間、
くしゃりと紙に力を込める音と、ため息が響いて消えた。

   

 
  
    

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