そんなある日、
例の如く親と喧嘩をした僕は逃げるように、鋼鉄島、ゲンの元へやって来た時だ。
ゲンは相も変わらず「久しぶりだね」と笑う。
彼は怖いほど完璧な笑顔を浮かべているから、前までは僕も苦手だった。
今は、もう慣れた。
けれど、その日の彼の笑顔に……僕は何となく違和感を覚えた。
2年間友人でいられて、人の顔色を伺って生きてきた僕だからこそ気付けたんだと思う。
何となく、本当に何となくだが、ゲンのいつも完璧だった笑顔が────まるでジグソーパズルのように欠けていた気がしたのだ。
嬉しそうに見えた。
それでいて、悲しそうにも見えた。
そんな複雑な表情をしていると彼に伝えると、ゲンは少し困ったような笑みに表情を変えた。
…彼が表情を変化させるとは。珍しい。
明日は大砲でも降ってきそうな予感。
けれど様子がおかしいのは、傍ら擬人化して立つ、ゲンの相棒、ルカリオも同じで、
首を捻る僕と若干変な空気に気付けた鋼鉄を家に招き入れると、彼はその微妙な表情の訳を話しはじめた。
「────この前さ、
不思議な女の子が鋼鉄島に来たんだよ」
「………………、…女の子?」
おっと、これはまさかの異性関係?
予想外すぎる話題に僕はルカリオにお茶を入れてもらったティーカップを落としそうになった。
…あ、珍しい。今日はハーブティーみたいだ。
「その時点で不思議な話だね。
鋼鉄島に………しかも、ゲンが女の子の話って」
本気で驚いて瞬きをしながら聞くと、ゲンは苦笑して「でもね」と続けた。
「もっと不思議だよ?
何て言ったって、あの子……行き倒れてたんだから」
げほっ。今度はハーブティーを吹いてしまった。
僕とした事が…………いやいや、こればかりは僕が悪い訳ではない。行儀は悪いが。
隣に立つ鋼鉄が慌てたようにハンカチを渡してくれたが、ごめん。今はそれ所じゃないかも。
「え?
行き倒れ?」
「森で修行中に見付けたんだ」
「………今時珍しい子だね」
鋼鉄島にわざわざ来るという事は、その子も修行か、ポケモンを捕獲に来たのか………観光、はまず無い。
「ポケモントレーナーって事だよね?
何で行き倒れなんて、」
「それが…驚いた事に、持ち物は白いバックにモンスターボール数個だけでさ。
服装はトレーナーらしかったけど、ランターも寝袋も食料も何も持ってなかったんだ」
「…………ミオシティに住んでる新人トレーナーとか」
「あんなに不思議な波動の持ち主がミオシティに住んでいたら、買い出しに出た時に気付いたと思う」
ゲンは1、2ヶ月に1度だけ、食料品を買いにミオシティに行く。その時に気付いた筈、というのがゲンの言い分だ。
しかし、不思議な波動?
「そんな特徴的な波動なのかい?」
流石に何万人も人が住んでいる街で、たった1人を波動で見付けるのは少しばかり無茶なのでは?
それは僕の素人考えだ。
しかし、ゲンはあっさりと首を横へ振る。
「特徴的すぎて……あれは一度見たら忘れない」
「…そんなに?」
「何て言うのかな…………次元が違うというか、禍々しいようで優しくて、人間な筈なんだがポケモンの気がしなくもない……」
分からん。
「分かりやすく言えば…ダイゴ君や他の人が青色で、ポケモンが赤色だとして………、
彼女は白に近い紫色、って感じかな」
「もっと分からないなぁゲン」
青と赤の基準が分からない。
いや、そもそも波動が分からない。
昔、波動についてはゲンとルカリオに詳しく説明されたが結局分からず仕舞いだ。別に構わないけど。
「新人トレーナーみたいだけど凄いに強いし、可愛かったし」
「可愛い?」
「可愛かったよ。
どこが、って聞かれたら答えられないけど、優しくて面白くて…、」
そこから急にゲンは誰も聞いてないのに、その女の子がここに滞在した2日間について話始めた。
おっと、これはまさかののろけだろうか。
しかし珍しい。
あのゲンが異性について話をするなんて、こんな珍しい事もあるんだなと思いながら、僕は黙って話を聞いていた。