※女主ちゃんの名前は蓮で固定。 私は、自分がなんなのか、よく忘れてしまう時がある。 その度に、なんだかとてつもなく深い穴底に落ちてしまったような感覚に蝕まれ、 何も見えなくなり、死を感じるのだ。 「───蓮?」 銀色の短髪と、茶色の長髪を、それぞれ輝かしながらいがみ合っていた男二人を、内心微笑ましく思いながら眺めていた少女───なずなと呼ばれた彼女は、少しだけ瞼を震わせて顔を上げた。 20にも満たなそうな幼さを残すその顔立ちは、どこかぼんやりとしていて、無表情に彼ら二人を見上げていた。 気の抜けたような表情をしている、何処かの村にでも居そうな娘だが、その顔には憂いのような影がかかっていて儚く、そして美しく見える。散りつつある花のような娘は、きょとりと男二人…………加藤清正と石田三成を見返して首を傾げたり。 「どうかした…?」 名前を、蓮という自身を証明する名を、何故今此処で呼ばれたのかが検討がつかないらしく、不思議そうだ。 「どうかした、ってか……、 ぼんやりしていた。どうしたのか?」 「…こいつがぼんやりしているのは日常茶飯事だがな」 呼んだ張本人、清正が心配そうに彼女の顔を覗き込んでいる様子を見て、三成が呆れたように腕を組みながら呟いた。 対照的な二人の態度だが、どちらも蓮を気遣うような視線を寄越す。だが蓮はただただ不思議そうな、ぽやんとした顔で首を更に傾ける。 「……ん、ごめん…?」 「…………何故不思議そうな顔をしながら謝るのだよ」 「……さぁ…」 「さぁって……」 …彼女が心配なのは確かだが、気ままな態度は三成の言う通りいつものことで清正は苦笑して彼女の頭を撫でるように、その大きな手で包み込んだ。 その行動すらも不思議そうな顔できょどっている彼女は、幼く見える。 だが、 (……こいつが、俺らが産まれる前からの、 歴戦の勇士……か) 見えない。と、いつもぶつかってばかりいる秀吉の子飼いである清正と三成の感想が重なった。無理もない。どう見方を変えてもこの娘が自分達より歳上などと考えれないのだ。 彼女が豊臣軍にやってきたのは、半年前程だった。 元々織田軍に仕えていたというこの娘。元の主だった織田信長が本能寺の業火の中へと消えてしまってから、少女は秀吉の元に身を置くようになった。 きっかけは、彼女が……主を討った明智光秀である。憎しみも怒りも悲しみもなく、無感情で虚無のまま、何かを求めるように光秀を追っていた時、彼女は秀吉と戦を共にした。 それと同時に、彼の子飼いである石田三成、加藤清正、福島正則たちと合間見えたのである。 秀吉とその少女は、織田軍にお互い仕えていた時から、友として気の知れた仲というのもあって、彼女はそのまま豊臣軍に身を置いた。 それが半年程前の話。 当初は、石田三成も加藤清正も歴戦の勇士と吟われる少女の存在に対して、畏怖のようなものを抱いていた。(正則とは直ぐに打ち解けたようだ。)(流石単純で馬鹿だと三成が言っていた。) それが今では、彼女の頭を撫で、猫のように目を細める姿を見て、愛らしいと思える程までは距離を縮めていた彼らである。 この距離感がとても、心地好くて、蓮はつい先程まで感じていた恐怖感を忘れかけていた。 自分の胸に空いている、大きく深い穴に足を滑らせ、閉じ込められてしまったような恐怖感である。 それは織田軍に加わる以前より空いていた穴で、塞がれたと思ってもまたしばらくすれば空いてしまう、難儀な穴だ。 彼女はそこに、また足を滑らせていたのは、半年前。 今は、彼らを初めとした家族に、引っ張りあげてもらい此処に立っていた。 「……清正、三成」 「なんだ、蓮」 「…ふふ」 「………なんなのだよ、蓮」 こうやって、簡単に欲しいものをくれる二人に、嬉しくなって頬が緩む。笑みと言うには少しぎこちなかったものの、へにゃりとした笑みが二人の調子を狂わすのは十分である。 ───いつものような彼女の様子に、ほっとしつつも罰が悪そうに銀色の髪を掻いて目を泳がす清正と、何がなんだか理解できないことを薺らしいと呆れる三成。それでも、彼らは幾らでも彼女の名を呼ぶので、少女もまた嬉しそうに笑おうとするのだ。 こうやって、 自分が分からなくなって、迷子となった時に彼らはやってきては、 こうやって、助けてくれる。 救い出してくれる。 「ありがとう」 どんなことがあっても、守りたいと、 思ったのがあの時から半年経った、今でした。 |