事の始まりはリリスのこんな一言だった。

「喜子ちゃんって綺麗な顔してるわよねえ、色々遊んでみたーい」

 え、なんて引きつった声を上げたのは喜子の母親である雪江だけで、その場にいた妲己は名案だとばかりにはしゃぎ、当の喜子も「はあ」と頷いただけだった。
 そのままあれよこれよと言う間に用意された沢山の衣装と化粧道具に宝飾品、目の眩まんばかりの品々。娘の周りでああだこうだと意見を出し合う悪女二人を横目で挟みつつ、雪江は突っ立ったままの喜子へ声をかけた。

「喜子、いいの?リリスさんや妲己さんの事だから中には少しあれなのもあるかもしれないのよ?」
「大丈夫ですよ、これも外交の一環です。それに私将来は獄卒になるつもりですし、良い勉強になります」

 ああ、こんな淡々とした所まで父親に似てしまって…今の喜子の目は、まだ高校生であるにも関わらず既に仕事人のそれだった。鬼灯が亡者を裁く際にする目と良く似たそれに鬼神の遺伝子を垣間見る。
 もう周りには周知の事であるがこの喜子という鬼女は父親である鬼灯に良く似ていた。性格もそうだが、顔形もまさに女版の鬼灯と言った所で長い睫毛や白い頬に小さな唇は非常に良い塩梅に整っている。
 しかも喜子は自身に対する周りの評価を良く分かっている節があった。綺麗だと言われても否定はせずありがとうございますと淡々と返す。かと言ってそれを驕る事もしない娘は雪江にとっては自慢であり、同時に悩みの種でもあった。

「私は貴女が嫁に行けるかが心配ですよ…」
「アラァ、大丈夫よォ」
「男が放っておくはずないわァ」

 ため息をついた途端華奢な指先が雪江の体に絡みついた。リリスと妲己は衣装片手ににっこりとほほ笑んだ。

「「さあ、お着替えの時間よ」」



「やっぱり似合うわ!」

 きゃあと可愛らしい声を上げたのはリリスである。黒のマニュキア片手に彼女は満足げな様子で雪江と妲己の方へ振りかえった。

「どう?似合うでしょう?」
「ええ、確かに」
「とっても綺麗よ」

 女性三人の視線の先には無表情の喜子。普段の着物から一変してシンプルな黒のドレスを着た彼女はマスカラの乗せられた長い睫毛を瞬かせた。
 コルセットをつけてきゅっと細くなった腰と繊細なレースの施されたスカートから覗く真白く細い足。簪で止めていた髪もリリスによって下ろされ、左側には薔薇の髪飾りがつけられている。
 文句無しに綺麗になった喜子にあれだけ心配していた雪江も正直な所感激していた。思わず携帯で写真を撮る。現在の彼女の心境は娘の七五三ではしゃぐ母親だ。

「さあ、次はアタシね。楊貴妃も真っ青の美女にしてあげる」

 続いて喜子を連れだって行ったのは妲己である。リリスよりもうんと長い時間をかけて戻ってきた喜子は先ほどとはまた違う印象だった。

「まあ、カンフクねぇ!」

 喜子が身に纏っているのは赤の漢服。ゆったりとした袖口と帯で締めあげられた細い腰、畳を滑る長い裾。黒のマニュキアを塗ったままの指先には団扇がある。黒の髪を複雑な形で結いあげて横からは蓮の花が覗く。
 先ほどのリリスの洋装も中々だったがこれはこれでとても良い。何時しか雪江も一緒になって歓声を上げながらシャッターを押し続けていた。

「それじゃあ最後は雪江さんね」
「期待してるわ」

 期待の眼差しを向ける悪女二人と「え、お母さんも?」と言いたげな娘の視線を感じながら雪江はつい先ほど選んだばかりの衣装を片手に隣室へ移動する。
 慣れた手つきで漢服を脱がせる雪江の顔は楽し気で、疲れを感じていた喜子もこれは親孝行だと割り切って母親のされるがままになった。
 かくして完成したのはまさに日本美人。白地に細かい模様の入った振り袖と綺麗に結いあげられた髪、襟から覗く項の白さにリリスと妲己は手を取り合って感嘆の息を吐いた。

「素敵ねえ、日本人らしさが全面に出ててやっぱりこれが一番似合うわ」
「その簪は鬼灯?」
「ええ、ちょうど喜子が指していたので」

 さすがに気恥ずかしくなったのか顔を逸らす喜子の肩に手を当てて雪江が笑う。鬼灯の飾りが揺れる簪は、彼女の夫であり父親である鬼灯がせがまれるままに買ってやった逸品だ。言うなれば雪江と鬼灯との共同作品である。
 これは鬼灯に見せなければと写真と撮る母親と、記念にとカメラを構えるリリスと妲己。無表情のままとりあえず撮影に応じる喜子がこの女性三人から解放されるのはこの数時間後の事であった。

 そして家に帰ってからも喜子の受難は続く。雪江により写真を見た鬼灯が珍しく瞳を輝かせて喜子を凝視した。
 嫌な予感しか感じない。うっと身を引いて背中にぶつかったのは、あの白の振り袖。ああ、そう言えば記念にと衣装を全て貰ったのだった。

「喜子、私にも見せてくださいな」

 喜子は鬼灯に良く似ている。そして自他ともに認める父親っ子だ。
 そんな彼女が大好きな父親のお願いを拒否など出来るはずもない。うきうきとした様子の母親に連れられ、寝室へ入ると目の前に広がる衣装の数々に喜子はふうと肩を竦めた。たまには両親へのサービスがあっても良いだろう、疲れた心にそう言い聞かせて。

140524