雪江の夫であり、多喜と喜子の父親である鬼灯は身内の贔屓目を抜きにしても大変女性に人気である。それはもちろん獄卒のトップと言う高い地位による所もあるのだが、そこにプラスされるのがあの長身と端正な顔立ち、物腰の柔らかさである。モテない方がおかしい。そしてそんな鬼灯の息子である多喜もまた、父に良く似た見目のせいでか女性から人気があるようで今日二月十四日の夜、閻魔庁にほど近い平屋建ての一軒家には甘いチョコレートの匂いが充満していた。

「これどう消費しましょうか」

 大量のチョコレートを前にそう悩むのは母である雪江。

「職場でのチョコのやり取りは禁止にしたはずなんですが…」

 興味なさげに視線を逸らしてため息をつくのが父である鬼灯。

「兄さんモテモテですねえ」

 そして大量のチョコレートを前に困っている兄を嬉々としてからかうのが妹の喜子である。

 珍しい妹のにやついた視線を一睨みして多喜は机の空いたスペースに額を押しつける。今にも倒れて来そうなチョコの山は近付くほどに甘い匂いを漂わせていて、正直なところ吐きだしそうだ。それは鬼灯も同じなようで、彼に至っては机から離れた位置で大して面白くもないテレビ番組を眺めている。
 開店するまで多喜は今日がバレンタインデーである事をすっかり忘れていた。開店と同時に血走った目をした女性たちからチョコを投げつけられてようやく彼は理解したのである。そして多喜は見目は父親似だが中身はどちらかと言えば母親似。女性の恐ろしいほどの愛情の籠ったチョコレートをいらないとは言えず、こうして全て受け取って閉まった。今からお返しの事を考えると胃が痛い。

「あ、兄さんこれ手紙ついてますよ」
「お前読むなよ…?」
「さすがにそこまでデリカシーないわけじゃありません」

 喜子が持つピンク色の可愛らしい便せんには若い女性らしい丸い文字で多喜さんへと書かれていた。読むなよとは言ったが中身は想像つくだろう。手づくりと市販品とを分け、さらに賞味期限を見ながら丁寧に一個一個袋に仕分ける女性陣を見つめ多喜は心の中で一人ごちる。
 このチョコレートの大抵は多喜や鬼灯の口に運ばれる事なく捨てられる運命にある。桃源郷に住む神獣が知ったら大層憤慨するだろうが、玉の輿を狙う女性の情熱は凄まじく、薬が混ざっているとも限らないのだ。最近魔女の谷から惚れ薬が日本に大量輸出されたと言うので油断はできない。

「こんなに大量にあるからいらないかもしれないけど、はい。これ私からです」
「ありがとうお母さん」

 多喜と鬼灯が毎年口にするチョコレートは限られていて雪江と喜子、それに時ろいくれるお香やマキ、ミキ、樒が作った物のみに限られる。雪江たちは家族であり、お香たちはその気がない事が明らかなため安心して口に運べるのだ。
 今年も可愛らしいラッピングで包まれたチョコレートを母から受け取り多喜は、横の妹を見る。視線が合った。

「はい、兄さん。これ私からです」
「ありがとう喜子」

 渡されたチョコを見て多喜は暫く思考が停止した。見るからに手作り感溢れるラップングにただ手の中の小さな箱を凝視する。毎年喜子はチョコをくれるもののそれは市販品で、彼女が手作りをあげるのは父親、もしくは白澤のみだったのだ。それなのにどうした事か、今年は手作り。絶対に何かある。

「お前、俺になにさせたいんだ?」
「さすがは兄さん、話が早く助かります」
「お前のおねだりは何時も回りくどいからな」

 妹の喜子は自分が末っ子で家族から深い愛情を注がれている事を良く理解している。ゆえに甘え方も上手で、最近では回りくどいやり方で兄と父親を困らせるのがブームになっている。お父さんが甘やかして育てるからだ、そう思いながらも言う事を聞いてしまう辺り多喜も相当なシスコンである。

「これを白澤様に届けてください」
「自分で渡さないのか?」
「お父さんから向こうひと月は桃源郷へ行く事を禁じられていますので」
「あーなるほど…」

 多喜がもらったものよりも気合いの入ったラッピングの箱を鬼灯に見つからない内に懐へ直す。と言っても鬼灯は現在雪江からもらったチョコを噛み締めている最中なのでこちらに気づくはずもないのだが。そんな視線を遮るように目の前に置かれる大きな袋。上を見れば妹が愉しそうに笑う。

「お返し選び手伝ってあげますよ」
「見返りが恐ろしいな」

 何が恐ろしいってこの妹へのお返しが一番恐ろしい。今年は着物か、それとも帯か。もしくは簪だろうか。来月の今頃はきっと財布と通帳の中身が寂しくなっている事だろう。

140713