子供の成長とは早いもので、それが鬼で女の子なら尚更だった。何せ鬼の成長は精神に深く関係しているのである。父親の鶴の一声であの世に誕生した喜子は両親と兄の元、スクスクと成長した。ヨチヨチと覚束ない足取りで短い腕を伸ばす姿は、彼らからすると本当に悶絶物で何度鬼灯の携帯がシャッター音を鳴らした事か。そんな親ばかに磨きがかかりつつある夫の横で娘を受け止めた雪江は知っている。彼の携帯の待ち受けが喜子の寝顔である事を。

「喜子おいでー」
「あー」

 兄である多喜の声に喜子が母親の腕から顔を上げる。また覚束ない足取りで一歩、二歩と歩いた喜子は見事兄の元へとたどり着いた。

「かみかみ」
「いっ!髪ひっぱるなよっ」

 それを微笑ましく見守っていたのも束の間、喜子の小さな手が多喜の髪を力いっぱいに引っ張った。小さくとも鬼の子、しかも父親はあの鬼神。力は強く、今にも多喜の髪は抜けそうだ。若禿げはさすがに可哀想で、そっと娘の手を開かせる。うーと不満げな声を上げた彼女は父親の子供の頃に良く似た大きな瞳で母親を睨み上げた。言葉にするなら邪魔しないでとでも言ったところか。雪江はこまったように眉を下げて白いぷくぷくとした頬を指先でつつく。

「うわあ…その顔、お父さんにそっくり」
「そりゃそうでしょう。私の子ですから」

 カシャ、携帯からシャッター音が響く。何か言いたげな顔でこちらを見た息子にまたシャッター音。

「なんで撮るんですか」
「いえ、可愛いのは今の内だけだと大王に言われたものですから」
「何でそんな所だけ閻魔大王の言う事聞くんだよ!?」
「あっ今の顔撮り逃しました!もう一度!!」
「しません!」

 閻魔大王いわく子供はかわいいけど、段々年をとるに連れて悪知恵も働くようになるし反抗期だって来る。無条件に可愛いって思えるのは今だけだよ、だそうだ。
 反抗期は誰にだってあるものであるし、知恵をつける事も悪い事ではない。そうなったらそうなったでそれに合った対応をしてやれば良い話で、別に可愛くなくなるわけではない。けれど見た目はどうしようもない。だから彼はシャッターを切るのである。

 そうして本日だけでも何度目になるか分からないシャッター音が響いた後、クイクイと最近になってようやく肩下になった髪を引っ張られる。首だけで後ろを振り返ればそこには可愛い盛りの娘が立っている。鬼灯に良く似た無表情、けれど彼のそれより幾らか柔らかさのある喜子は父親を見上げてもう一度髪を引っ張った。

「抱っこですか?」
「んー」
「ではおんぶ?」
「んー!」
「お腹が空いたのですか?」
「ちがうの」

 何を言っても決して首を縦には降らない娘。助けを求めるように雪江を見るが彼女も分からないのか首を傾げていて、助言をくれそうにはない。

「しゃがんでください」
「はい?」

 たどたどしい言葉での要求に逆らえる親がいるのだろうか。頬は緩まずとも素直に従ってしまえばますます強く引っ張られる髪。頭皮に走る痛みにさすがに眉を顰めるが、次の瞬間彼の眉根から皺が消えた。
 頬に押し当てられる柔らかな感触に思考が一瞬にして止まる。数秒ほど吸いついて離れたのは確かに娘の小さな唇で、鬼灯は頬を片手で押えてじっと喜子を見つめる。すると喜子は誇らしげに胸を張った。

「テレビでいってたの。ちゅーされるとおとこのひとはよろこぶって」
「…喜子」
「はい?」
「私以外にしてはいけませんよ」
「おにいちゃんには?」
「多喜までなら許可しましょう」
「きょか?」
「いいですよって事です」
「ならちゅーします」

 利口に返事を返した喜子は宣言通り多喜の元へ歩いて行くと頬へ口づけた。瞬間、シャッター音が響く。カメラに移された可愛らしい子供たちの写真に満足げに頷けば、何時の間にやら横には雪江が座っていた。彼女は画面を眺めて頬を緩ませる。

「可愛い、私にも後で写真くださいね」
「もちろんです、ああでも雪江」
「はい?」

カシャ―

 響いたシャッター音。構えた携帯電話の先で鬼灯が目を細める。顔を真っ赤にさせて抗議する雪江の声も、きゃっきゃと笑う子供たちの声も両耳に収めて彼は写真の一覧を見て微かに頬を緩ませた。沢山ある写真の中には子供たちの笑う顔や寝顔、雪江の驚いた顔、頬を赤くさせた顔。様々な家族の姿がある。それらを眺めて思うのはただ一言、これにつきる。

―嗚呼、愛おしい。

140709