そう言えば鬼灯くんたち結婚式挙げてなかったよね?こうなればわし達で用意しちゃおう!きっと鬼灯くん驚くぞ。
 なんてにやけ顔で言った閻魔に重たい財布を渡されて無理やりやって来させられた現世。両親に黙っての遠出に内心ひやひやとしながら多喜はもう記憶とは随分と様変わりした繁華街を歩いていた。

「白澤さん、女の子ばっかり見てたら置いてきますよ!!」

 中国神獣、白澤と共に。

「あのねえ多喜くん、どうして僕があの野郎の結婚指輪選びに付き合わなくちゃならないの?」

 件の閻魔の発言の際、運悪くちょうどその場にいたのが運の尽き。あれよこれよと言う間にまだ子供である多喜の引率として現世へ連れて来られた白澤は、道行く女の子に手を振りながらそう言った。
 このままでは女性を追って人ごみの中に消えかねない。最近父親に似て来たと評判のな多喜は、素早く頭を回転させふらふらと揺れる白澤の腕を掴んだ。

「いったたたっ」
「ほら、早く行きますよ"父さん"」
「はあ!?ちょっと、誰が父さんだよっ」
「そういう設定なんです!甲斐性無しの父親がようやく母親のために指輪を買おうと決心して、息子がそれについて行ってる。完璧じゃないですか」
「ほんと多喜くん最近あいつに似て来たよね、可愛くない!」

 さも始めから設定を考えていたかのように話したが、実はそんな設定端からない。指輪を子供が買えるはずもないので変わりに買ってもらおうとしか考えていなかったのだ。けれどこのまま勝手に消えられて後日それで騒動にでもなってしまえば折角の計画も水の泡。閻魔の突拍子もない提案に驚きはしたものの、多喜としても両親に結婚式を挙げさせてやりたい。ゆえにこんな設定を口走ってしまったわけだが、自分で良くこの短時間に考えたなと褒めてやりたかった。頭の回転の速さが父親に似ていて本当に良かった。

 かくして到着した宝石店。渋々としていた白澤も綺麗な女性店員にすっかり気を良くしたらしくガラスケースに腕を置いてにこにこと笑みを浮かべている。
 このまま「君をちょうだい」なんて言われてはたまらない。繋いだままの手を力いっぱい引っ張って多喜は周りに聞こえるように大声で叫んだ。

「もう父さん!今日は結婚指輪見に来たんでしょう!?」

 瞬間、場の空気が一気に変わった。顔の良い男に微笑まれて嬉しそうだった店員も何となく事情を察知したらしい。彼女は顔に営業スマイルを貼りつけて「こちらなんてお勧めですよ」とケースの真ん中に置かれた指輪を指差した。
 ダイヤの埋め込まれたそれは確かに綺麗ではあったが、彼の両親には似合わないように思えた。面倒くさそうに「じゃあそれで」と言いかけた白澤を遮って多喜は他のお勧めを聞く。

「ではこちらはいかがですか?シンプルなデザインで昔から人気があるんですよ」

 ケースから出されたそれは本当にシンプルなものだった。大小二つ並んだ指輪に知らず内に多喜の頬に笑みが乗る。これなら両親どちらともに似合いそうだ。

「サイズはいかがなさいます?」

 と思ったのも束の間、想定外だった問いかけに多喜は言葉を詰まらせた。指輪にはサイズがあり、聞かれるのは当たり前なのにすっかり失念していた。そんな彼が両親のサイズなんて知るはずもない。

「じゃあ9号と15号で」
「かしこまりました」
「え?」

 さらりと注文を取りつけた白澤は見上げる少年の目に目尻をくっと動かした。そしてふんと小さく鼻を鳴らすと店員が席を外した隙にこっそりと耳打ちをする。

「良かったね、僕がいて」

 その自信に溢れた声色に僅かに気が立つもそれは本当の事なので、反論も出来やしない。そうですねと渋々と頷いた多喜の頭上では白澤が、あの封筒から代金を支払っていた。

「そういやこのお金、閻魔大王どうやって準備したんだろうね」
「なんかお父さんのボーナスから天引きするって言ってました」



 多喜が白澤の協力を得てどうにか買いつけた結婚指輪は、今では両親の左手薬指で輝いている。結婚式の余韻が抜けない雪江は、赤い頬を緩ませたまま薬指を撫でた。幸せそうな様子に現世まで行った甲斐があったなと苦労が報われる思いがする。

「ところで多喜、この指輪貴方が一人で買いに行ったのですか?」
「いや…その白澤さんと」
「そうですか、白澤さんが」

 白澤の名前を出した途端烈火の如く怒り狂う鬼灯を予想していた多喜は、顔こそ苛立っているものの決して怒ってはいない父親に首を傾げた。対して鬼灯はそんな息子の視線が何を意味するのか分かっている。大げさなくらいに肩を竦めて、指輪の光る左手で息子の頭を乱雑に撫でた。

「サイズがピッタリなのが腹立たしい限りですがこれを選んだのは紛れもなく貴方なのでしょう?」
「うん」
「なら良いんです。嬉しいですよ、本当に」

 言葉とは裏腹に全く常と表情の変わる様子のない鬼灯。ぐりぐりと撫でる腕は、きっと父親なりの照れ隠しなんだろう。そう思うと自分まで嬉しくて、くすぐったくて自然と笑みが溢れ出た。桃源郷から家までは距離もあるし、今日は手を繋いで帰りたい。もちろん俺は二人の真ん中で。小さな我儘が叶えられるのは、この数分後の事である。

140628