「お花見しましょう」

 そう言い出したのは秦広王の補佐官、小野篁だった。平安貴族にあるまじき天然パーマの髪をモサモサと揺らして笑う男に鬼灯は顎に手を当てて暫し考える。
 そう言えば、雪江と多喜が花見がしたいと呟いていたな…いつの日か、テレビを見つめて話す母子の姿を思い出した鬼灯の決断は早かった。彼は二つ返事で返事を返すとすぐに携帯電話を取り出し、閻魔から休みをもぎ取った。



「家だけこんなに大人数良かったのですか?」
「いいのよ、子供がいた方が賑やかでいいわあ」

 なんて穏やかな会話を繰り広げるのは女性陣。彼女たちは朝早くから共同して作った料理の入ったお重をシートの上へ所せましと並べる。ここは桃源郷の一角。もちろんそばには極楽満月はない。
 にこりと微笑んだ篁の妻に雪江は少し恥ずかしげに俯いた。横を見れば彼女たちの会話を知る事もない、男性陣+多喜が既に酒を飲み交わし、皆のお母さん事樒に優しく窘められている。もちろん身成年である多喜はジュースを飲んでいるのだが、それだけ飲んでは水っぱらになりせっかくの御馳走が腹に入らないだろう。樒のお母さん節と、本当の母親からの呆れを孕んだ視線に息子は黙ってコップを置いた。

「さあさ、それじゃご飯食べましょう!みんなで早起きして頑張って作ったのよ」

 この場で一番発言権が強いのはきっと樒だ。あれだけ酒を飲んでいた鬼灯、篁、禊萩も素直に箸を取り料理へ手をつけ始める。大の男、しかも夫の子供のような光景に雪江と篁の妻は顔を見合わせて肩を竦めて見せた。

「お酌しましょうか?」
「ああ、お願いします」

 お重の中身はあっと言う間に空になった。御馳走も花を見ながら食べれば、また格別の味わいで、育ち盛りの多喜を筆頭に男たちが掻きこんだ結果である。
 料理を食べたとなれば後はもう酒を飲むだけ。酒瓶片手に花見酒を楽しむ三人の男たちの間に女性陣が入りこんだ。雪江は鬼灯と禊萩の間に座り、酒瓶をちょうど枡の開いた禊萩へ傾ける。既に顔を真っ赤にさせた彼は、同僚の妻から注いでもらう酒を美味しそうに飲み干した。

「やはり良いですねえ、女性に酌してもらうのは…というかこの中で独身の男って私だけだし」

 花見のほろ酔い気分から一変。がっくりと肩を落とした禊萩に雪江は同意も慰める事もできずにただ苦笑する。すると反対側の方から空の枡が差し出された。誰のものかなど見なくとも分かる。

「夫の前で他の男に酌をするのは見ていて気持ちの良いものじゃありませんねぇ」
「ほ、鬼灯様」

 普段とは違う花見酒の力も借りてか、今日の鬼灯は既にほろ酔い状態だ。完全に目は据わっているし、片手が無遠慮に雪江の腰へ巻きついている。

「多喜や他の方もいらっしゃるでしょう!?」
「多喜ならあちらで篁さんたちに遊んでもらっているでしょう。禊萩さんに関しては我が身の不幸を嘆いてこちらに気づいてさえいませんよ」
「そ、それでもです!いい加減、離してください」
「貴女も満更じゃないくせに」

 そっと離された手から逃げるように彼女は立ちあがると、向こう側で遊ぶ多喜たちの元へ駆けて行った。興奮で顔を真っ赤にした多喜が母親の腹へ抱きつき、樒が微笑ましそうに笑って、篁が多喜を茶化し、それを彼の妻が窘めている。
 こんな平和な光景を見ているとここが地獄で、自分が亡者を裁く鬼である事を忘れてしまいそうだ。鬼灯は、顔を上へ向ける。ちょうど風に吹かれた花弁が一枚、彼の枡へと舞落ちた。

140623