待望の三人目の子供は鬼灯の望み通り妻である雪江似であった。しかしただ一つ望みと違ったのは、女児ではなく男児という事。それでも可愛い我が子には変わりなく、大事に大事に育てて来たのだが…正直教育を誤った気がしてならない。

「おかーさーん!またミっくんが女男って言ってきたーっ」
「まあ由喜くん、そんなに泣いて。はい、鼻チーンして」
「うええええ」

 末子の由喜は今年で三百歳。人間年齢で言えば七歳ほどである。そんな息子は、最近できた友人のミっくんこと満丸くんにからかわれて、今日も泣いて帰って来た。
 雪江に良く似た顔で良く似た泣き顔を晒す息子の鼻を拭いてやる妻の背中を見つめて鬼灯はため息をつく。三百歳と言われて思い出す長男の多喜も長女の喜子のこの頃は、もう少し大人であった気がする。と言うよりそもそも苛められたりなんてしなかったのだ二人は。

「おとーさーん」
「いい加減泣きやみなさい。男でしょう」
「だったらぼく女の子でいいー!」
「はあ…」

 母親の腕から離れ、胡坐をかく自分の膝に乗り上げた息子に鬼灯の眉間に皺が寄る。甘やかしたのは親の責任。特に鬼灯は雪江似という事もあり、この末子には特別甘く接して来た。だからこそ彼は絶賛後悔中なのである。こんな事になるならもう少し厳しく育てれば良かったと。
 そう考えていると由喜が何やら一生懸命に自分の腕を持ち上げている事に気がつく。どうやらこの息子、頭を撫でてもらいたいらしい。

「こら、止めなさい」
「いたっ」

 以前ならば望まれるまま、いやそれどころか望まれるよりも先に「よしよし良く頑張りましたね」と頭を撫でてやっていただろう。けれど現在は、それがこの息子を弱くする原因であると気がついている。軽く額を弾いてやれば、見る見る内に目に涙を貯めてまた母親の元へと駆けて行った。
 向かい側で洗濯物を畳んでいる雪江の背中に抱きついて、優しい母親の腕に誘われるがままに正面へと回りそのまま抱きつく。テレビもつけておらず静かな居間に由喜の嗚咽が響いていた。

「いい加減甘やかすのは止めなさいな。由喜のためになりませんよ」
「でも、まだ幼いのだし…」
「その言葉を聞くのはこれで千百回目です」

 ずっと前からお母さんお母さん、もしくはお父さん、お父さん。泣いて帰って来ては両親に甘えていた末子の由喜。可愛いわが子だからこそ強くあってほしい。多喜しかり喜子しかり、どんなに目をかけようと何時かは必ず親の元から巣立っていくのだから。
 けれど親の心子知らずとはまさにこの事で、甘えたの気の抜けぬ息子は珍しく冷たい父親の言葉に怯えたように肩を震わせた。ますます母親に抱きつく腕に力を込めているのが、こちらから見ても分かる。それを見ると多少は罪悪感も湧くもの。はあ、と鬼灯は大きなため息をついて腰を上げた。雪江の横に膝をついて泣き声を上げる由喜の頭を軽く撫でてやる。キョトンと見上げた息子は現金なもので、泣き顔を引っ込めてすぐに笑顔を見せた。

「今日もまた一緒に寝ると言い出すのでしょうね」
「もちろん!」
「威張るな」

 そして今日もその笑顔に絆されて、親子三人川の字で小さな手を繋いでやって眠りにつくのである。

150617