今日もまた地獄の最奥の田舎でほそぼそと生活しているだろう、お父様お母様お元気でしょうか。一人娘で早く嫁に行けと言われるのが嫌で、貴方達の反対も振り切って私が獄卒になってから早半年が経過しようとしています。
 新卒の私は亡者を呵責する以外にもたくさん仕事があります。所謂雑用という奴です。しかし、仕事があるだけ有り難いのだと思って友達になった茄子くんや唐瓜くんと頑張っています。立派な獄卒になって帰ってきますので、待っていてくださいね。

「なんて…現実そう甘くないのよ…」

 なるべく明るく、心配をかけないようにと気張って書いた手紙が私の手の中でグシャと無様に潰される。獄卒になって早半年、正直手紙で書くほど順風満帆ではない。
 元々私は鬼にしては体力もあまりなく、かつ怖がりなのが祟ってか亡者からは「あの鬼女よえー」なんて笑われていたりする。ならば事務仕事はどうかと聞かれればそれにも首を振らねばならない。私は体力がないだけでなく、頭が良いとも言えずこの半年で書いた始末書の数の多さは新卒一であると評判だ。
 ここまでグダグダと語ってきた私が何を言いたいかというと、

「本当に獄卒に向いていませんね貴女」

 そういう事である。私の心情を代弁してくれたのは、閻魔大王第一補佐官鬼神の鬼灯様である。本来であれば恐れ多くてお話なんて出来ずはずもない方だけど、茄子くん達と行動する事が多いせいか、こうしてお話する事が多々あった。
 内容はその時々で変わるけれど、大体私の人生相談だ。なんと言っても鬼灯様はそのお若い外見からは想像もつかないほど長い時を生きてらっしゃる。こんな年端もいかない鬼女の悩みなど、彼からすれば子供の我儘でしかない。別に私は慰めの言葉も望んでいなければ、怒られるのも嫌なのでこうして時折返事を返しながら聞いてくださるだけで構わなかった。

「私、実家に帰った方がいいんでしょうか…そろそろ嫁の貰い手もなくなるぞって手紙も来たし…」

 何度も人生相談はして来たが、この話をしたのは初めてだ。
 横に座っていた鬼灯様の鋭い目が私の方を向くのが分かる。なるべく見ないように視線を逸らして私は膝の上に置いたままの手を握りしめた。

「元々私が獄卒になったのって、一人で生きていくのに必要なお給料をもらえるからで、別に昔から憧れてた訳じゃないんです…」

 獄卒になる条件は寺子屋を卒業している、もしくは何か他の職業経験がある、だ。私は寺子屋も出ていたし、これまでバイトもして来ていたから条件は満たしていた。なんだ簡単じゃん。これで将来安泰なんて考えていた自分が恨めしい。
 いざ採用面接となると、あがって何の言葉も出なかった私はただ「憧れの職につきたいんです!!」とだけ叫んだ。今思い出しても恥ずかしい記憶をまさか面接官だった鬼灯様に話す事になろうとは思っていなかった。鬼灯様は恥ずかしさやら情けなさやらで俯く私を暫く眺めると小さなため息をついて、立ち上がった。

(ああ、呆れられたんだな…)

 そりゃそうだろう。こんなめんどくさい部下、嫌になるに決まってる。これは今日中に退職願を書いて提出しなければ…実家で待ってる両親の晴れやかな顔を思い浮かべて私は諦めをつける。どうぜ結婚相手はあの地主のボンボンだろう。色々と不満はあるけれど、将来安泰には変わりない。そんな思考をする自分を嫌な女だなあ、なんて分析していた時だった。風を切る音がして何かが私めがけて飛んでくる。段々近づいてくるそれに「あ、これジュースの缶だわ」なんて気づいた時にはそれは私の額にクリーンヒットしていた。

「いったあああああ」

 膝に転がった缶の壁が私の額の形に合わせてわずかに凹んでしまっている。赤くなっているだろう額を押さえてそれを恨めしく眺めていると私を覆い隠すように陰が出来た。不思議に思い、恐る恐ると視線を上げる。まず見慣れた黒の道服が見えて、その後で無表情の鬼灯様の麗しい顔が目に飛び込んだ。え、呆れてどこか行っちゃったんじゃなかったの?

「ほ、ずき様…あいて!」

 唖然として名前を呼べば、額に強烈なデコピンがお見舞いされた。
 ダブルの苦痛にベンチから転がり落ちてのたうちまわると、鬼灯様はそのおみ足で私の腹を踏みつけた。ぐふう、痛い。蛙の潰れたような声が上がり、頭上から舌打ちが聞こえる。そんなに私の話が気に食わなかったのでしょうか。

「名前さん、この際だから貴女に言っておきたい事があります。その耳の穴をかっぽじってよくお聞きなさい」
「は、はい…」
「まず貴女は何時も同じ事でウダウダウダウダと面倒くさいにもほどがある!」
「う、はい…」
「体力がない、頭が良くないなど何時誰が貴女に言いましたか?確かに貴女は性格からして獄卒には向いていませんが、壊滅的に駄目だとは言っていないでしょう!それに愚痴を言う暇があるのなら少しは努力なさい!」
「お、お母さん…みたいです、鬼灯様」
「こんな馬鹿な娘はいりません」
「ひ、ひどい」

 さすがは閻魔大王第一補佐官様、言葉攻めもお得意でいらっしゃる…って、そんな事に感心してる場合じゃない。ハッとして体を起こそうと腕に力を込めると、予想と反して鬼灯様は簡単に足を退かしてくれた。これまた唖然と見上げれば、眼の前に差し出されたのは白い大きな手。

「ほら、早く起きなさい」
「あ、りがとうございます」

 素直に感謝して手を重ねれば力強く引き寄せられる。ふらつきながらも立ち上がり着物についた土を払っていると鬼灯様も加勢してくださった。その慣れた手つきはやはりお母さんのようである。

「さあ、そろそろ休憩も終わりです。早く持ち場に戻りなさい」
「あの…私」
「退職願など私は受理しませんからね」
「さすが、鋭いですね」

 頬を痙攣させながら嫌み混じりの賛美を送ると同時に時計の針が休憩時間の終わりを告げた。次は茄子くん達と三途の川の掃除だから急がなければならない。
 慌てて走り出そうとした私の腕を鬼灯様が掴む。何事かと後ろを振り返れば、先ほど私を引っ張り上げてくれた大きな手が頭の上で左右に揺れた。

「頑張りなさい、ちゃんと見ていますから」

 一頻り私の頭を撫でて、鬼灯様は振り返る事なく閻魔庁へ戻られてしまった。残された私は頭の上に手を置いて目を白黒とさせるばかりだ。撫でられた頭が異様に熱くって、胸が煩い。

「やばい、嬉しいかも…」

 田舎でほそぼそと生活しているだろうお父さんお母さん。親不幸な娘で申し訳ありません。ですが、厳しくも優しい上司に見守られながら私はこれからも獄卒として頑張って行こうと思います。

140420