父親に合わせて普通の家庭より少し遅い時間に夕飯を食べ終えると、名前が食器を洗う音を聞きながら男二人はだらけタイムへ突入するのが常であった。今日もまた母お手製の手料理に舌鼓を打ち、腹を満たした父子はぼんやりと特に面白くもないテレビ番組を眺める。最近人気があるというお笑い芸人のネタで観客は盛り上がっているが、テレビの向こう側にいる二人からする微妙の一言だ。

「番組変えていい?」
「どうぞ」

 一応父である鬼灯の許可を取って番組を変える。すると見知った顔のアイドルが出て来て彼は指を止めた。
 現在地獄で人気急上昇中のアイドル・マキミキである。現世の服装をした彼女達が歩くのはサラリーマンの行き交う夜の繁華街、どうやらこの番組は現世を紹介するものらしい。

「あ、ここ知ってる」

 彼女達が入ったのはこじんまりとした居酒屋だ。清酒の入った枡を傾けていた鬼灯も息子の一言にテレビへ視線を向ける。

「なぜ子供の貴方が居酒屋を知っているんですか?」
「タっくんのお父さんに連れてってもらった事があるんです」
「タっくん…ああ、あのガキ大将」

 タっくんとは多喜が現世にいた頃に仲良くしていた人間の男の子である。突然地獄に来てからもう暫く会っていないが、きっと現在も元気に遊んでいる事だろう。

「そのタっくんの家に預けられていたんでしたっけ?」
「そうそう、お母さんが仕事忙しかったから」

 父の言葉に笑い声混じりに答える多喜は知らない。その母親の忙しさを作っていた御客たちがこの父親によって世にも恐ろしい恐怖体験をした事を。
 無邪気な息子の言葉に「へえ」と頷いているとテレビの景色が変わった。ちょうど多喜たちが住んでいた町の特集のようでここはどこだ、そこだと多喜は興奮気味にテレビに食い入っている。そんな息子の背中に鬼灯は問いをかける事にした。

「貴方と二人でいた頃の名前はどんな風でしたか?」
「うーん、今と大して変わらないかな…でも、今の方がお母さん顔色とか良いよ。昔は一人で俺を育ててたから、何時も大変そうだったから」

 現世で戸籍も後ろ盾も持たない名前は俗に言う夜の仕事で多喜を一人で育てていたと知ったのはついこの間の事だ。
 事もなげに話す多喜に、自分が考えている以上にこの息子は精神面で大人びているのだろうと鬼灯は考えた。それでもやはりまだ子供。一人知らない家に残される心境を思うと「寂しかったでしょう」なんて掠れた呟きが零れていた。酒に酔ってしまったのだろうか。自分らしくもない発言に顔を歪めていれば、多喜は眉をハの字にさせるだけで返事を返さない。

「お母さん仕事は大変そうだったけど良くお土産もって来てくれたんです、それが嬉しかったから、感謝こそすれ寂しいなんて言わないよ」

 随分と難しい言葉混じりで変わりに帰って来た言葉に鬼灯は視線を逸らしてそうですかと返す。
 一気に重苦しくなった空気に風を吹き込むのは名前の存在だ。

「仙桃食べる?」
「食べる!」

 ひょっこりと台所から顔を覗かせた名前の顔に鬼灯は首を傾げた。何時も通りの優しい表情の彼女が、多喜の言う通り現世にいる頃よりも顔色が良いのかは分からないが、もしそうであるなら彼女がここに、この家に安心感を得ていると捉えてもいいのだろうか?
 うだうだ悩むのは性に合わない。枡を一旦置いて台所に引っ込む名前を呼びとめようとする。しかしそれを多喜が阻んだ。
 視界から名前を消し去るように立ちふさがった多喜は顔を赤くさせて手をバタバタと動かす。何を言わんとしているのか、それを理解できない鬼灯は目を細めて息子を見た。

「さ、さっきの話はお母さんには内緒にしてください」

 ああ、なるほど―
 息子の不審な行動に納得がいった。了承の意味を込めて頷くと多喜はあからさまに肩から力を抜いてその場に座り込む。多喜も幼いながらに男、母に面と向かって感謝するのは気恥ずかしさがあるのだ。
 そうしている間に番組はエンドロールへ入り、タイミング良く名前が仙桃を剥いて居間へ戻って来た。甘いデザートを三人で頬張る光景は、確かに家族を感じさせるものだった。

140506