多喜がそこを訪れたのは本当に偶然だった。学友のとっくんと遊んで帰りに時間があったから少し寄り道をしようなんて軽い気持ちで歩いている内に辿りついたのがそこだったのである。
 三途の川の畔、ジェンガを積む死装束の子供たちを見て多喜は足が竦んだ。なんだここ。冷や汗を流してどうにか去ろうとした。けれど運が悪い。足元が石だったせいで彼は音を立ててしまった。一斉に子供達の視線が多喜へ向けられる。

「鬼だ」
「鬼の子供だ」

 口ぐちにそう囁き合う子供達は多喜と外見年齢では大差ない。他の亡者と違い滑らかな肌の指が多喜を指し示す。そしてひと際体の大きな子供が叫んだ。

「捕まえろ!」

 その言葉を合図に一斉に飛びかかってくる子供たちに成すすべなく多喜は顔から地面に激突し、そのまま意識を飛ばした。



 額の痛みで多喜の意識は覚醒した。きょろきょろと霞む視界で辺りを見渡す。三途の川と不自然に積み上がったままのジェンガ。ああ、そうだった。一気に額の痛みが増して多喜は奥歯を噛みしめた。

「目が覚めたか鬼の子供」

 そんな子供特有の声に顔を上げる。ふふんと鼻高々に笑うのは先ほど合図したあの少年だった。

「あ、ガキ大将」
「ガキ大将じゃねえ!!」

 体格も良いし、どうやらトップのようだからピッタリな表現だと思ったのだが本人は気に入らなかったらしい。顔を真っ赤にさせて叫ぶ少年に多喜は耳を塞ぎたくなるが、両手は縛られているために動かす事が敵わない。変わりに両目を細めて見せれば、どうしたのか彼は顔色を悪くさせて一歩後ずさった。後ろに控えていた他の子供が「碼紫愛君?」と呼びかけた。ガキ大将の外見に似合わぬキラキラネームが彼の名前であるらしい。

「こ、こいつアイツに似てやがる…!」
「アイツ?」

 なんとなく想像がついて多喜は口をへの字にさせた。あの父親はこんな子供にまで何をしたのか。考えるだけで頭が痛くなる。

「あの、俺のお父さんが何かした?」
「…お父さん?」
「はい、君のいうアイツは多分俺のお父さんです」

 なるべく事を荒立てないよう気をつけたつもりだったのに、どうしたのか碼紫愛の眉間には見る見る内に深い皺が刻まれて行く。ん?と多喜は首を傾げた。目の前の少年が顔を真っ赤にさせたままふるふると震え始めたのである。
 嫌な予感を感じるが、今日ばかりは当たらなかった。周りの子供たちが驚きの声を上げる中、なんと碼紫愛は多喜を縛る縄を解いた。そして格好つけてるつもりか背中を見せて鼻をかく。

「消えな」
「ガキ大将…」
「だからガキ大将じゃねえって言ってんだろ!!」

 とは言え、突然殴られ縛られた多喜がそれにのってやる義理はない。鼻息荒く詰め寄って来た碼紫愛に顔を引き攣らせながら彼は両手を顔の前に出した。どうどう、馬を宥めるように言う。

「あの碼紫愛君をあしらってるぞ」
「あいつすげえ…」

 自分を分析している子供がいるなど露知らず、多喜は飛んでくる唾を払いながら碼紫愛を宥めようと必死だった。そして彼はこの後、父親の計らいで時たまにここに顔を出し、この碼紫愛が転生するまでの間、彼の良き喧嘩友達となるのである。

140506