「さあ、全屋台制覇するつもりで行きますよ!」
「おー」

 えらくデジャヴを感じさせる父親と妹の二人に多喜は母親と顔を見合わせてため息をついた。
 今日はお盆、年に一度の盂蘭盆祭りだ。祭囃子と皆の笑い声が響く祭り会場に似つかわしくないため息をついた母子は先を行く二人の後を追って、家族旅行の時と同じ事を言う。

「せっかくだし楽しみましょう」
「そうだね」



 地獄の釜の蓋も開く時とは良く言った物で全獄卒の夏休みが重なるだけあって、祭り会場は鬼や妖怪でごった返している。離れないようにと母と手を繋ぐ多喜の頭には先ほど買ってもらった怪談話でお馴染みな某人間のお面がかけられ、繋いでいない方の手にはわたあめが握られている。最初こそ意気揚々とした父と妹に疲れを感じていたものの、いざ祭りが始まるとその陽気な雰囲気のせいか多喜もまた二人の仲間入りをしてしまったわけだ。
 人混みが薄れた合間にわたあめに齧りつく。口の中で甘い味が広がり、すぐに溶けてなくなるこの触感が堪らない。

「あ、射的」

 わたあめに夢中になっていると名前がとある屋台を見て声を上げた。鬼が笑顔で呼び込みをかけている店の看板には『射的』の文字がある。
 そして景品を見て多喜は残り少ないわたあめをぽろっと落としてしまった。ああ、勿体ない。そうは思うが、それ以上に気になるのは最上段に置かれた大きなぬいぐるみ。

「やりますよ!!」

 金魚草の特大ぬいぐるみを見た瞬間、鬼灯は腕に抱いていた喜子を多喜へ預けて玩具の弓を手に取った。射的と言えばレプリカの銃が普通であるが、ここ地獄では弓が主流なのである。
 慣れた手つきで矢をつがえる姿は、とても様になっているのに狙っている獲物があれだと思うとひどくシュールだ。そんな中、お父さんっ子の喜子の可愛らしい応援が入り、鬼灯の指が矢を放った。

「本当に取っちゃった…」

 父親の腕から兄へ、更に母の腕へと渡った喜子はたった今鬼灯が見事ゲットした特大金魚草のぬいぐるみを持っている。まだ幼い喜子の体以上に大きなそれに妹は大層御満悦の様子で普段父親に似て堅い頬を緩めている。あまり見られない妹の可愛らしい笑みに母親の名前も嬉しそうに良かったね、と話しかけている。
 そんな女二人より先を歩く多喜は、自分の横に立つ父親を見上げた。すぐそこの屋台で買ったたこ焼きを頬張る鬼灯は、多喜が欲しがっていると思ったらしく一個差し出してきた。正直食べたいと思っていたので素直にもらう。

「おいひい」
「こういうのって祭りで食べるからこそ美味しいんですよねえ、普段食べても特段美味しく感じない」
「祭りあるある?」
「ええ、獄卒衆では有名ですよ」

 熱々のそれを嚥下して口周りについたソースを舌で舐めとる。すると鬼灯が突然歩みを止めた。彼は懐中時計を見ている。

「そろそろですね」

 その言葉は祭りの終わりを告げる物だった。少し寂しさを感じていれば、その寂しさを拭うように鬼灯は多喜の頭を軽く撫でて名前へ寄って行く。

「時間ですので、私は先に行きます。多喜と喜子の事、宜しくお願いしますね」
「はい、行ってらっしゃいませ」

 すぐに人混みに紛れて鬼灯の背中は見えなくなってしまった。大好きな父親の姿が消えた事に喜子は拗ねてしまったのか名前の首に抱きついたままどれだけ声をかけても顔を上げようとしない。
 困った様子の名前はもう仕方がないと諦めをつけたようで息子の手を取るとそのまま人の流れに合わせて歩きだした。

「あれ、名前ちゃんじゃない」

 屋台ももうなくなり、提灯に照らされた道を歩いていると背後から飄々とした声が聞こえて名前と多喜は歩みを止めた。振り返れば、後ろには笑顔で手を振る白澤と桃太郎が立っていた。

「白澤様もお祭りですか?」
「僕も屋台だしてたんだよ。あ、喜子ちゃん久しぶりだねえ元気?」
「ぶたぶた」
「ぶ!?」

 仮にも神獣相手になんたる一言だ。こんな所まで父親に似たのかと名前は顔色を真っ青にさせた。

「ご、ごめんさない白澤様!この子、鬼灯様がいないものだから拗ねてて」
「あーなるほどねえ」

 必死に言い訳する名前に頬を引きつらせたままの白澤は悩む仕草をして見せた。そうして数秒後彼は突拍子もない提案をして桃太郎にため息をつかれる事となる。



 無事、祭りも終わり獄卒達も仕事復帰を始めると第一補佐官である鬼灯も、戻りたがらない亡者を回収するため現世へ向かう準備を始めた。
 しかし、もたもたとする新卒に喝を入れつつ人も疎らになった広場を抜けようとした時、目に飛び込んだ光景に彼は方向を九十度変更させた。速足にそちらへと近づく、握りこぶしを作る。

「せいっ!」

 そしてその拳を娘を抱く憎き天敵の顔面へと埋め込んだ。

「おとうさん」

 正確に顔面に埋め込まれた突きにふらつく白澤の腕から喜子を取り上げて鬼灯は足払いをかける。ふらついていた白澤は大きな音を立てて地面に尻もちをついた。
 いいざまだ、鼻で笑ってやれば白澤の額に青筋が浮かび上がる。

「せっかくこの僕が喜子ちゃんの面倒見てやってるってのになんだよこの仕打ち!?」
「そんな頼みをした覚えはありません。それより少し離れてくださいませんか、喜子に豚臭が移る」
「テメー!豚は綺麗好きなんだぞ!!」

 反論するのはそこで良いのか神獣。
 一部始終を目撃した多喜は内心強くツッコミを入れた。売り言葉に買い言葉でヒートアップする口喧嘩をBGMにぼんやりと空を眺める。横にいた名前があ、と声を上げて指差した。空を駆ける茄子に乗った亡者たちの姿に地獄の夏を感じる。
 豚、常闇鬼神、極楽蜻蛉、ハシビロコウ。様々な罵言を耳から完全にシャットアウトして、名前と多喜は掠れ行く祭囃子へ耳を済ませていた。

140505