八大地獄は炎で熱く、八寒は雪と氷で寒い地獄!と言っていた茄子に言いたい。この寒さはそんな簡単に言い切れる物ではないぞと。 多喜は綿入りの羽織とマフラー、耳あて、手袋と完全防備でありながらもひしひしと感じる自然の脅威に鼻水を啜った。雪に覆われてどこが道なのかも分からない場所を父の先導で歩く事三十分。もう足も気力も限界だ。 横を見れば幼い妹を抱きかかえて歩く母の姿。雪鬼と八大の鬼との間に生まれた彼女であるが、やはり寒さには弱いのかただでさえ白い頬を真っ青にさせている。 「つきましたよ」 限界だとの思いが通じたのか、吹雪に混じって聞こえた父親の声に多喜は心底ほっとした。父親の指さす先には民家が並んでいた。 「名前ー良く来たなあ」 「久しぶりです、お父さん」 その中でもひと際大きな家に入るとすぐに体格の良い鬼が飛び出してきた。強面をでれでれに緩めて母を抱きしめているのは多分、多喜の祖父に当たる鬼だろう。 祖父は母を一頻り抱きしめて、離すとその後ろにいた鬼灯たちに入るようにと勧める。何度も言った事ではあるが、もう足も限界だったので多喜はその言葉に甘えてすぐさま家の中へ入った。 「来たな!性悪鬼め…!!」 「あー名前さん久しぶりだよう」 居間へ入り、まず聞こえたのは祖母の怒声と間の抜けた男の声。囲炉裏を囲む母親そっくりな祖母と雪鬼春一である。 相変わらず何を考えているのか分からない顔をしている春一は座布団から立ちあがると名前のそばへ寄った。そして彼女の腕の中の幼子を見て首を傾げる。 「あれ、僕ヤっちゃったっけ?」 「してません。その子は私の子ですよ」 子供の前で良くもまあ、こんな爆弾発言が出来るものだ。すぐさま鬼灯のツッコミが入ると春一は「なーんだ」と呟いて元の位置に戻る。 「その子供…」 春一の行動によりようや子供の存在に気がついたらしい祖母の眉間に皺が寄る。するとその横にいた祖父が名前の腕の中を覗きこんで嬉しげに声を上げた。 「あの時の腹の子か!鬼灯殿にそっくりだなあ」 「ああ、忌々しい!!なぜこうも子供たちは尽く貴様に似るのです!?」 義理の息子を貴様呼ばわりする祖母に相変わらずだなあと思いながら運ばれてきた麦茶に口をつける。この寒い中、キンキンに冷えた麦茶は辛かったが、喉も乾いていたため一気に飲み干す。 「私としても女の子は名前に似てほしかったのですがねぇ…まあ、次に期待します」 「次など許さんぞ!!」 この極寒の地で生まれた雪鬼らしからぬ熱い性分の祖母は名前以上に白い頬を真っ赤にさせて、叫び終えるとその場で肩を落とした。 そんな祖母に祖父が気遣わしげに声をかける。しかし祖母はそれを片手で制すると、反対側の春一を見て、これまた肩を落とした。 「なぜ春一ではいけなかったのです…」 「あの、私自由すぎる人はちょっと…」 名前に同意見である。父親がこんな自由人だったら絶対今以上に苦労する。大きく頷くと八寒の三人の視線が多喜へ集中した。 「お前、身長伸びたなあ」 「ますます性悪に似てきおって…」 「アイス食う?」 「いや、アイスは入らないです」 自由なスタンスを崩さない春一はもうこの際、どうでもいいとして気になるのは祖父母の視線だ。思わず横の父親の背後に回れば、鬼灯はため息をつき祖父が豪快な笑い声を上げる。 「申し訳ありません、照れているようです」 「性格は母親似だな!」 「見た目も似ればもう少し可愛げがあったのに」 生温かい視線が突き刺さるようで肌が痛い。鬼灯の言う通り照れて俯く多喜に祖父がそうだ、と声を上げる。鬼灯の背中から視線を上げると彼はにこやかに何かを持っていた。手招きされる。 「行ってきなさい」 迷っている息子の背中を名前が押す。不思議そうに見上げる妹の目でぎこちなく笑ってみせて多喜は意を決してそちらへ歩んだ。 「ほら、これをやろう」 「何ですかこれ?」 「今日のために作ったんだ」 手渡されたのは氷で出来た兎の像だった。ひんやりとした感触に指先が凍りつく思いをしながら、多喜はその像を見る。 大工だったという祖父ならではの丁寧な作りの像は可愛らしく、今にも動き出しそうに見えた。 「八寒の氷で出来ているからな、そう簡単に溶ける事もない」 「ついでにアイスやるよう。うまいぞ」 「あ、ありがとうございます」 凍りつきそうな手で春一が差し出したアイスを受け取り多喜は笑う。孫の笑顔に祖父も満足気に頷いた。 「そういや名前さん、クッキーは?」 「ごめんなさい、今日は作って来てないの」 「えー僕楽しみにしてたのによう」 そんな心温まる祖父と孫の会話の裏で、自由人春一は名前にクッキーをせがむ。それにすぐ反応をした鬼灯と売り言葉に買い言葉で在りもしないクッキーを賭けて勝負を始めてしまった二人を見て名前は思う。八大も八寒も、違うのは気温だけで騒がしさは変わらないのだなあ、と。 140504 |