「さすがは名前さん、頼りになるわあ」

 赤い頬に手を当てて笑みを見せる妖艶な女獄卒に、名前はにこりと愛想笑いをする。何時もそうだ。名前はその性分から何時だって女性から一定以上の愛情を注がれやすい。
 ふわふわと夢心地の鬼女は見えなくなるまで手を振って自分の持ち場へ帰って行った。名前は彼女から貰った仙桃を片手で弄りながら自分もまた持ち場へ戻ろうとする。虫一つ退治するだけで桃源郷名産のこれが食べられるならば安いものだ。そう思い、瑞々しい桃に牙を穿とうとしたその時である。

「あ、これは美味しいですね」
「なっ」

 横から伸びて来た白い腕が桃を掻っ攫い、息つく暇もなく桃に齧りつく。むしゃむしゃと頬張る鬼に名前は小刻みに肩を震わせる。

「私の仙桃を…!?」
「御馳走様でした」
「腹立たしい態度だな…」

 涼しい顔で、桃を平らげたのは名前の後輩に当たる鬼灯である。とは言え、後輩と言っても大昔の話であり、現在では彼の方が格上だ。本来ならば敬わなければならない立場であるが、鬼灯本人がそれを嫌がったため現在でも関係性は変わらない。

「貴女、虫とか平気な人でしたっけ?」
「普通にG潰すくらいなら朝飯前よ」
「なるほど、先ほどの叫び声は奴が現れたせいでしたか」

 そう言われて思い出すのは、先ほどの鬼女の悲鳴だ。実に女らしい甲高い悲鳴は暫く耳から離れず、名前は踏みつぶしたそれをゴミ箱に捨てながら額を押さえたほどだ。

「男はあんな女の子らしい子が好きなんじゃないの」
「まあ一般ではそうですね」
「…ふうん」

 物心ついた頃から名前はその辺の男よりも遥かに男らしかったと昔からの友人はいう。男子に虐められる女子がいれば割って入り、子供用の金棒で相手を殴り飛ばしていたそうだ。だからか、冒頭でも言った頃であるが彼女は女性からとても人気がある。しかし、それは逆を言えば男性からは人気がないという事だ。
 名前も今年で四千歳を越え、五千歳を間近に控える身。そろそろ身を固めてはどうかと母親から言われるのも正直疲れてきた。けれど言い訳をさせてもらえるならば、やはり出会いがないと言うのが本当のところだった。男勝り、と言われがちであるが良い相手がいるのなら直ぐにも嫁に行っている。

「私は貴女のような女性もいいと思いますけどね」
「は?」
「貴女動物も好きですし、普通女性は嫌いな虫にも動じない。私の好きな女性のタイプにぴったりですよ」

 普段通りの会話でもするかのようにサラッとした告白に名前は全くトキメキもしなければ、動揺もしなかった。むしろ笑ってみせて彼の肩を叩く。

「どうした?鬼灯がそんな冗談言うだなんて珍しいじゃない。何か悩んでるなら先輩が聞いてあげるよ」
「いえ、別に悩んでないので結構です」
「そう?なら私は持ち場に戻るから。仕事忙しいのよね」

 そのまま鬼灯に手を振って背中を見せながら名前は肩を竦める。ほら、何も言ってこない所を見るにやっぱり冗談だった。もし本気だったとしたら少しは焦ったりするだろう、後輩の言葉を頭から綺麗さっぱり消し去り彼女は持ち場へと戻る。
 後ろでため息をつく鬼灯には気づかないままに。

140503